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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 氷床洞窟防衛編
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第二十六話:少女と迷いと次の案件

〇???


 周りは暗闇で、見慣れたコックピットにいつの間にか座っていた。だが、いつ座ったかも、いつゴーグルモニター付きヘッドギアをかぶったかも記憶に無い。


「あれ? これ、なんの任務?」


 あたりを見回すが、モニターに映るのは地平線まで伸びる不自然な白だった。パニック障害治療用の仮想空間に似ているな、と思った時に通信ウィンドウが開く。


 映っていたのはトモエだった。


「アオイ。おめでとう。正式採用になってからの初の任務だな」

「え? そうなんですか?」

「どうした。疲れているのか? そんなことでやっていけるのか?」


 いつものトモエとは思えない、咎めるような口調だった。

 芯の通った頼もしい声色が、今は痛いほどに硬い。


(トモエさん。こんなこと言うっけ?)


 だが、違和感もすぐに消えた。ふわふわと居心地に戸惑っていると、トモエが冷たい声を浴びせてきた。


「しっかりしてくれ。これからずっと続けてもらわないと困る」

「そ、そうですよね」

「では、頼むぞ」


 言い捨てるような調子と共に、通信ウィンドウが閉じられる。


「ずっとか……。でも、ボクはどうすればいいんだろう……」


 そこへ別の通信が入った。それはイワオからだった。


「本採用が決まったか」

「あ、はい」


 そういえば、イワオから色々と教わろうとしていた事を思い出す。


「これからもイワオさんに色々と――」

「ワシなんぞに教わってどうする?」

「……え?」

「この前の任務後にも言ったろう。本当は攻性獣を仕留めるつもりで、水蒸気の中を狙撃したと。だが、実際はかすめただけ。ジョウの足元にも及ばない凡愚に教わったところで、凡愚として生きる他にない。ワシは教えぬ。ほかを当たれ」


 それだけ言って通信が切れた。有無を言わさぬ応答に、どうにも現実感がなかった。


「ど、どうして? ボク、どうすれば?」


 そこへソウからの通信が入る。


「アオイ。そちらに攻性獣が向かった」

「え!? なんで? ボク、戦っていたの!?」

「寝ぼけているのか? 早期の迎撃を」


 有無を言わさぬ調子に、なぜそんな事になっているのかという疑問も消えた。


「わ、分かった!」

「今から、手りゅう弾による爆撃を試みる。注意しろ」

「え!? ボクはまだ――」

「三、二、一、今!」


 目の前に突如現れた手榴弾が、身構える間もなく爆発する。体中の筋肉が、勝手にぎゅっとこわばった。


「は! かぁ……!」


 息が上がり、視界が暗くなる。幽霊の手が、肌をすり抜けて心臓を鷲掴みにしているような息苦しさだった。


「そんな……! あれだけ治療したのに……!」


 息も絶え絶えで、吹き出した冷や汗がだらりと肌を湿らす。どうしようもないような醜態だったが、通信ウィンドウの三白眼は、あくまで冷徹にこちらを見ていた。


「アオイ。どうした」

「い、息が……」

「アオイ。それで武装警備員を続けられるのか?」

「う……」

「死ぬ気で、できる事を全部できているか?」

「そ、それは……」

「誓いを守れないなら、オレたちの関係は解消させてもらう」

「そ、そんな……」


 通信ウィンドウが切られた。メインモニターも消え、暗闇のコックピットだけが見える。


「そしたら、また一人に……」


 その呟きを返すものはいない。

 

 そう思った時に人影が一つ、コックピットの中に浮かび上がる。それは自分だった。いつも自分を問い詰めるもう一人の自分が、いつもどおりに酷薄な笑顔を浮かべる。


――キミ(ボク)は弱いからさ、しょうがないよ

「でも……一人は嫌だよ」 


 家族も無く、頼る者も無く、サクラダ警備に来る前の孤独な日々を思い出す。それだけで、肩にぎゅうと力が入った。


 今日の昼は何を食べようか、そんなどうでもよい事を気軽に話せる事すらできない。何を言い返されるかにおびえ、他人の目におびえる。過去の日々に、戻りたいはずがなかった。


 そんな思考を、もう一人の自分は見透かす。自分の事は、自分が一番知っている。当然の事だった。


 もう一人の自分は、呆れたようなのっぺりとした無表情で淡々と事実を告げる。


――キミ(ボク)はずっと弱いまま。しょうがないよ

「だけど! 変わることだって――」


 眉一つ動かさず、氷のような言葉を吐き出した。


――キミ(ボク)変わったつもりでも、周りから見れば変わってなんかない

「そんなはず……ない」


 そう信じたかった。しかし、現実は自分だけが治療で迷惑をかけている。


――全力で対等なんでしょ? じゃあ全力を出せない今は?

「そ、それは――」






 そこで、まぶたが空き、現実の天井が見えた。開拓中継基地の宿泊部屋で、安く簡素な部屋だった。


 建設基地防衛任務の契約期間が一区切りして、休暇も兼ねて開拓中継基地に戻っていた事を思い出す。


 蝦蛄(しゃこ)型攻性獣から逃げるために爆発に巻き込まれて気絶した。脳震盪を疑われて、その日は休み。以降の任務では、念の為に比較的安全なところに配置され、そのまま警備契約期間が終了した。


 いまは開拓中継基地で整備と補給、そして休養中だった。


 その経緯を思い出し切って、ようやっと悪夢だったと実感できた。


「嫌な夢……」


 でも、夢で良かった。安堵の溜息を吐きながら、今日も仕事に向かう。






〇開拓中継基地 休憩所


 青色の作業服に身を包み、今日も開拓中継基地の廊下を歩く。窓から見える灰色の空を見て、自分の作業服を見る。


 空色と言われた青い作業服だが、自分にとって空の色とは灰色だった。


「昔はこんなきれいな青だったんだ」 


 青空はバーチャル空間の作り物しか見た事がなかった。全天が澄み渡る青に包まれた、そんな贅沢な世界があったとは信じられない。

 

「今はずっと曇り空かぁ」


 灰色の空と黒の森。そんな中で、今日も生きていかなければならないのか。あれこれ考えているうちに、いつの間にか大きな影が目の前に迫っていた。


「おっと」


 危うくぶつかりそうになった、大柄の中年男性を避ける。戦闘服を着ていたので、男は武装警備員なのだろう。すれ違いざまにギロリと睨む男に向かって、慌てて頭を下げた。


 男はそのまま去っていった。ふぅ、と安堵の息を吐きながら前を向く。


「ボクも武装警備員だなんて、まだ実感ないなぁ」


 自分とはまるで異なる人ごみを抜けて、休憩室にたどり着く。ドアを開くと、休憩室の奥にトモエが背を向けて立っていた。そばには、サクラダ警備のメンバーが座っている。おそらくは、定刻前に集まっていたのだろう。


 ソウをはじめとしたメンバーがこちらを見る。それにつられて、トモエが振り返った。見慣れたはずのバイザー型視覚デバイスが、いやに冷たく見える。


「あ……」


 夢の中の冷たい声を思い出し、思わず手をぎゅうっと握ってしまう。それでも挨拶をしない訳にはいかず、部屋の奥にいるトモエへと歩み寄る。内心の緊張を隠しつつ凝視していたトモエの唇が、いよいよ開かれた。


「アオイか。おはよう」

 

 聞こえた声は、凛としつつも暖かなものだった。夢に出てきた冷たさは微塵も感じられない。こわばった身体を緩め、内心で安堵の息を吐く。


 小さく息を吸い、いつもの調子を装おうとする。


「おはようござます」

「よく寝れたか? まぁ、ここでの寝泊まりも慣れてきた頃だろう」

「は、はい」


 平静を務めたつもりだったが、声が上ずってしまった。トモエが不思議そうに小首を傾け、沈黙が生まれた。


 そこに、ソウが割って入ろうとする。特に怪我をしているわけでもない相棒を見て、まとわりついていた罪悪感が少しだけ軽くなった。


「ソウ。大丈夫そうだね」

「爆破の件か? 後方への飛び退きなど、回避動作は想定通り行えた。機体もオレも、ダメージは最小限だ」


 いつもの仏頂面で答えたあと、ソウはトモエの方を向いた。


「トモエさん。次の依頼について、アオイにも説明した方がよいのでは」

「確かにそうだな」


 内容は聞いていない。おそらくは、早めに集まったメンバーで共有されていたのだろう。


「次の依頼ですか?」

「ああ。割の良い依頼が入った。ちょうどソウ機の装甲換装が終わるくらいに開始となる。詳細だが――」


 トモエが依頼の内容を説明する。


 次の依頼は、攻性獣除けの採取だった。


 攻性獣除けが確認されたので、すぐに採取に向かってほしいという事だった。希少な資源と言う事で競争も激しいのだが、とある地帯に散在していることが明らかになったそうだ。


 依頼主は他社に出し抜かれる事を恐れており、相場よりも高い依頼料が提案されているとの事だった。


 トモエは場所や想定される戦闘、その他の込み入った事についてハキハキと説明を続ける。


「――という訳だ」


 金額などの具体的な条件を聞いたシノブが、おぉ、と驚きの声を上げた。


「気前がいいなぁ! ずいぶんとカネを持っている会社なんですね」

「そうだな。滅多にない好条件だ」


 浮かれた雰囲気が漂い始めた時、イワオが鷹の目を光らせながらトモエを向いた。


「依頼元はどこです?」

「イナビシ傘下の会社だ」

「その会社の創業は?」

「三十年前だ。私も気になって与信調査したが、調べられる範囲で怪しい所はない」


 イワオが筋肉質の長身を曲げて、後ろ縛りのグレイヘアが揺らしながら頭を下げた。


「出過ぎた真似をしました」

「いや、助かる。うますぎる案件なら、依頼元の素性を疑うのは当然だ」 


 トモエがこちらを向いた。


「と、言う訳で受けようと思う。大規模な戦闘は予想されない。今ある装備で事足りるだろう」


 戦闘はない。その一言がありがたかった。


(それなら……大丈夫……かな?)


 パニックが再発したことを、まだ言ってはいない。幸いなことに、爆破の衝撃による脳震盪と誤解されて、パニックの再発は疑われていない。


(次の任務が怖そうだったら言おうとおもったけど、それなら……)


 トモエから説明された任務ならこなせそうだった。いつまでもお荷物になる訳にはいかないと思っていた所だったので、朗報といえる。


(迷惑をかける訳にはいかないし)


 そんなことを考えていると、トモエが肩をすくめた。


「正直な所、社長としても助かる。良い案件が舞い込んでくるのはありがたい限りだ」


 それを聞いて、練習後の退社時間まで働いているトモエの姿を思い出す。自分とソウしかいなかった時、トモエが相当に疲れている事を察していた。


(たぶん、依頼を受けられれば、トモエさんも少しは楽になるのかな)


 今はイワオとシノブが戻ってきたが、それでも元の人数からすれば少ない。トモエは、今も夜遅くまで残っている。


(ボクも、頑張らないと)


 トモエは恩人で、自分の不調でトモエに迷惑をかけてしまったら。そんな状況を想像しただけで、胃がきゅうと痛みそうだった。


 戦闘も無い、自分が少し我慢すれば大丈夫、そもそもそんな心配だって要らないかも知れない。そんな事を考えていると、バイザー型視覚デバイスがこちらを向いた。


「アオイ? 何か考え込んでいるが、どうした?」

「い、いえ! なんでも!」


 咄嗟に出た言葉は、元には戻せない。喉から出そうな弱音を、ぐっと力を込めて押し戻す。


(迷惑をかけちゃ、ダメだから)


 トモエはこちらを気に留める事も無く、一同を見渡す。


「では、各自昼頃まで休養を取ったのちに出発する」


 そうしてその場は解散になった。


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