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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 氷床洞窟防衛編
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第二十四話 少女と洪水と合流への試練

◯光晶空洞 建設現場 凍結区域


 氷が溶けて雫が滴る洞窟で、イワオが焦りの声を上げる。それだけで、焦りが沸騰した。


「イワオさん!? 何が!?」

「鉄砲水だ!」

「水!? なんで!?」

「雪解け水が天井から抜けたのか!? いや、今はそれより走れ!」


 メンバーたちが一斉に駆け出した。


「に、逃げなきゃ!」


 ぐるりと機体を翻し、ありったけの気持ちを込めて機体を走らせる。その間も背後に腹の底まで響く重低音が追ってきた。リアビュー越しには、光晶空洞の輝きを照り返す水しぶきが迫る。


「やっぱり! 急いでシドウ!」


 ほんの少しだけ、速度が上がったと思った時だった。ガツリ、と固い感触が足先に。


「うわ!?」


 メインモニターに映る床がせり上がる。自分がころんだと気づいたのは、地面へと突っ込む直前だった。殴られたような衝撃が全身に襲いかかる。


「うぅ!」


 光はあるのに視界は滲む。ぐるぐると回る意識の中で、かろうじて聞こえたのはソウの声だった。


「アオイ!?」


 いつもは冷静なソウの声が切迫している。それだけで、事態の深刻さを理解した。


「そ、ソウ――」

「掴まれ!」


 差し出された機械の手を、自機が掴んだ。その間も、背後から鉄砲水が迫ってきた。


「くそ! 間に合わないか!」

「ご、ごめん!」

「謝罪は――」


 ソウが言い切る前に、鉄砲水が眼の前を駆け抜けた。氷が溶けた純粋な水は、目が覚めるほどに透明な青さを誇る。しかし、水流が持つエネルギーは膨大で、機体が水圧で持っていかれた。


「ぐぅ!?」


 筋肉状(マッスル)駆動機構(アクチュエータ)が渾身の力を込めて水流に抗う。だが、戦闘服越しに伝わる圧力は締め付けるように痛い。とても逆らえるような強さではなかった。


 抵抗も虚しく、ついに足が滑る。


「な、流される!」

「アオイ! 掴まれ!」


 見ればソウ機が手を差し出していた。


(手を取らなきゃ……!)


 もし、流されるうちにはぐれてしまう。そんな、最悪のケースだけは避けなければいけない。本能が上げた警告を読み取って、自機がソウ機の手のひらをしっかりと掴んだ。


「た、助かった……!」

「まだだ! 油断するな! 転倒しないように集中!」

「分かった!」


 今はまだ、かろうじて頭部を水流から出せているが、いったん転倒したらどうなるか分からない。


 人戦機(じんせんき)は外気酸素を取り込み、再活性可能(リアクタブル)電解燃料液(リンゲルリキッド)と反応させることでエネルギーを生産している。当然、水中内なら酸素取り込みができない。


 そうなれば、待っているのは機能停止だ。流されている最中に駆動系が落ちれば。


(そうなったら、助からない……!?)


 どうすればよいかと思っていると、あることに気づいた。


「そう言えばイワオさんたちは……!?」

「少し前だ!」


 洞窟内で暴れまわる水流の飛沫に隠れ、かろうじてサーバル(ナイン)とファルケの頭部が見える。


「シノブさんたちも!」

「やはり流されているか」


 いくら経験豊富と言っても、この事態は対処しようがなかったらしい。どうしようかと思っているとソウが声を張り上げた。


「前方に分岐点! 岩壁にぶつかるな!」


 その注意で咄嗟に前を見る。鉄砲水に巻き込まれる前に通り過ぎた分岐路だった。岩は鉄砲水を真っ二つに切り裂いている。


「あれにぶつかったら!?」

「最悪、機能停止だ!」

「イワオさんとシノブさんは!? ボクたちの前にいたはずでしょ!?」


 前を流される二機の行方を追う。激しく波打つ水面からかろうじて見えた二機の頭部は、分岐路の()へと流れていった。


「よかった! 避けられたみたい!」

「アオイ! 前に集中だ! オレたちも絶対に避けるぞ!」


 自分たちは洞穴のやや()を流されている。


「ソウ! このままだと、イワオさんたちとはぐれるよ!?」

「理解している! だが、激突は回避しないとまずい!」

「機体が壊れたら元も子もない……か!」


 分岐路の岩壁に激突したら、イワオたちと合流すること自体は難しい。


「とにかく、転倒しないように集中!」

「分かった!」


 流れに無理に逆らって転倒しないよう、足元に感覚を集中させる。そうしている間に、分岐路を()に流されていった。


 とにかく下を向いて、水越しに足元を見る。氷が溶けた純度の高い水は、透明に近い青。足元の岩肌がよく見えた。


「転ばないように! 絶対に転ばないように!」


 その時、またもやソウが声を張り上げた。


「前! 下り坂!」

「え!?」


 前を見ると、水流は轟音を立てながら駆け下っていた。


「備えろ!」

「どうやってさ!?」

「最大限に集中!」

「とにかく頑張れってこと!?」


 何を備えることもできず、そのまま下り坂へと突き出された。


「お、落ちてる!?」


 下り坂は氷だった。つるりと足をすべらせて、尻もちをついたまま氷の洞穴を滑っていった。


「滑り台!?」


 巨大なハーフループの下り坂。ただでさえ氷で滑るのに、水が後ろから押してくる。風切り音が聞こえるほどの、とてつもない加速度を生んだ。


「ひぃい! 速い! 速すぎるよ!?」

「手は絶対に離すな!」


 ソウ機と手を繋いだまま、氷の下り坂(ウォータースライダー)を滑走していった。


「こ、これってどこまで落ちるの!?」

「不明だ。む」

「どうしたの!?」

「底が見えた」


 そう言われて前を向く。みるみる水たまりが近づいてきた。


「わ!? どうする!?」

「耐ショック体勢! 機体を丸めろ!」

「分かった!」


 膝をたたみ、背中を丸めるイメージを送る。機体が応じた直後に、どばんと、坂下に溜まった水が機体を包み込む。


「ぐぅ!」


 急ブレーキを掛けたような加速度が全身を襲い、がくんと首が揺れる。思わず瞑った目を開けると、青いほどに透明な景色がゆらゆらと揺れていた。


「わぁ……!」


 あまりに透明なので、宙を漂う風になったようだった。先ほどまで耳を騒がせていた風切り音も、今は聞こえない。


(水の中って、こんなに静かで、きれいなんだ)


 危機を忘れて、思わず見とれてしまった。水中の別世界へ誘われるような魅力と引力を感じる。目を離せなくなった時、急に手を引かれるような圧が掛かった。


 引かれる先を見ると水底を歩くソウ機が見えた。


「そ、そうだ。早く上がらないと」


 視界の端に再活性可能(リアクタブル)電解燃料液(リンゲルリキッド)中の酸素濃度低下警告が灯る。


「水の中だと、酸素が……!」


 人戦機(じんせんき)再活性可能(リアクタブル)電解燃料液(リンゲルリキッド)に酸素を取り込んで得た化学反応のエネルギーで稼働する。大気から酸素を取り込めない状況は、稼働停止の危機であった。


 水底に足をつけて、ふわりふわりと弾むように歩く。


 しっかりと前を見据えると、水面(みなも)から差し込む光がたなびいていた。その奥には、登り坂が見える。


「あそこまで、早く……!」


 酸素が切れる前に登り切らないといけない。その間にも、酸素低下警告は明滅している。水の中の緩慢な動きがじれったい。


「急がないと!」


 ようやっと登り坂へ着いた。そこから足に力を込めるイメージを送る。ソウ機に手を引かれながら、ゆらめく水面を目指して水中の登り坂を踏みしめた。


「あと少し!」


 最後の一歩と共に、頭部がざばりと水面を割った。ふぅ、と安堵の息を吐いてソウ機を向く。


「な、なんとか助かった。ソウ、ありがとう」

「いや、助かったとは言い難い」

「え? もう上がれたでしょ?」

「だいぶ落ちた。それにもと来たルートからの帰還は困難だ」


 ソウに言われて背後を向く。登坂する気も起きないほどに滑らかで急な氷の上り坂が、見えた。


「も、戻れない? どうしよう……」

「戻るしかない。このままでは危険だな」


 いつも平静な相棒が、妙に切迫した調子だった。はぐれたとはいえ、そこまで危機的な状況だろうか。


 首を傾げていると、その答えがわかった。


「先程の溶融が各所で起きていると推測される」

「え!? じゃあ、攻性獣が!」

「ああ、大挙してくる」


 ソウがそういったのと同時に、遠雷のような轟が洞穴の奥から聞こえてくる。


「この音……。洞窟が崩れる音じゃない……!」

「間違いない。攻性獣のものだ」


 当たってほしくなかった予測だった。だが、ソウも同じ予測となると、攻性獣のものに違いないだろう。洞穴に幾重にも反射する轟は、腹の底を重く震わせる。


 とてつもない数の赤目が、洞窟の奥から出てきそうな気がした。いつの間にか口に溜まっていたつばを、ごくりと飲み干す。


「どれ位いっぱいで、どこにいるか分かんないけど」

「正確な情報は不明だが、楽観はできない」

「ボクたちだけじゃ、倒しきれるか……」

「確実な勝利のためには、一刻も速い合流が必要だ」


 二機だけで立ち向かい、倒しきれる保証はない。ソウの指摘は合理的だった。

 

 ならば、と仮想アイコンをタッチする。出てきたのは、任務開始時に配布された洞穴マップだった。幸いなことに、流されたと思われる下層まで記載してある。


「多分だけど……このマップのここにいるから」

「いくつか道があるが、このルートなら行けるか?」

「登り坂か……。えっと」


 あたりを見回すと、地図のとおりいくつか道があった。その中の一つに登り坂がある。後ろにある氷と水の坂とは違い、しっかりと踏みしめられる岩の道だった。


「登坂可能だな。行動を開始するぞ」

「わかった。準備を――」

「アオイ! 待て! 視覚解析に反応あり!」


 ソウ機が、登り坂とは異なる道を指した。


「何? ……って! あれは!?」


 ソウ機が指し示す奥から見えたのは、洞窟の分岐から躍り出る赤い三つ目たちだった。軽甲蟻(けいこうあり)の群れが、洞窟の脇道から次々と飛び出てくる。


 既に有効射程圏内よりも近い位置まで踏み込まれていた。


「あそこまで近づかれていたなんて!」

水音(ノイズ)で聴覚センサーが見逃したか!」

「急いで逃げなきゃ!」


 二機揃って坂道を駆け上る。ソウ機が、前腕部の格納ボックスから手榴弾を取り出した。


「時限信管二秒後!」


 疾走しながら、手榴弾を後方へさり気なく落とす。コロコロと洞窟を転がった手榴弾は、ただの石ころのように攻性獣(こうせいじゅう)を待っていた。そして、攻性獣たちが通り過ぎようとした瞬間に爆発する。


 ソウの正確な読みに、思わず声を上げる。


「ぴったりだ!」

「想定以上ではない。それよりもスピードを落とすな」


 攻性獣の先頭集団が吹き飛び、黄色い地肉にまみれた甲殻積み上がる。洞窟の限られた幅を埋め尽くした死骸がバリケードと化した。


 攻性獣たちの進撃が止まり、リアビューに見える死体のバリケードが遠くなる。


「これで諦めるかな!?」

「楽観的な推測だ!」


 ソウの言った直後、死体のバリケードが吹き飛ばされた。突破口から後続の攻性獣(こうせいじゅう)が湧き出てくる。味方の死体を踏み砕くことに、微塵の躊躇(ちゅうちょ)も感じさせない。その無機質な行動に、不気味さと不快感が湧いた。


攻性獣(こうせいじゅう)ってなんなの!? 連携は取るくせに、全然仲間意識がない!」

「不要な考察だ! 効率的に足を動かせ!」

「わかったよ! でも助かった! 距離も開いたしね!」


 ソウの手榴弾でも、数は大して減らなかった。しかし、死体をバリケード代わりにした分だけ、攻性獣(こうせいじゅう)との距離は伸びた。


「すこしでも前へ急がないと……!」


 リアビューへ注いでいた意識を、進行方向へ戻す。眼の前に見えたのは、まだまだ続く坂道だった。味方機の影は見えない。


「イワオさんと、シノブさん。無事だといいけど!」

「水流で激突して損壊した様子はなかった! だが」

「どうしたの?」

「どこにいるかは予測できない」


 予測という言葉を聞いて、ふとイワオの事を思い出す。もしイワオが無事なら、今頃はどうしているだろうか。そんな考えがスッと浮かんできた。


「ちょっと待って。今マップを。……あった」


 そう言って仮想アイコンをタップする。指したのは、来た路の途中にあった広間だった。氷のシャンデリアが頭の中に浮かぶ。


「たぶんここ」

「どうして分かる?」

「崩れる前に、もし何かあったら、ここに後退しようって言ってた。大群を迎え撃つなら、ここへの入口で待ち構えるはず」

「では、ルートを変える必要はないか」

「まっすぐ行って右だね!」


 喋りながらも洞穴を駆け抜ける。徐々に分岐点が近づいてきた。マップどおり、岩壁の側面にぽっかりと穴が開いている。


「曲がるぞ!」

「うん!」


 足に力を込めるイメージを機体に送る。グンという加速度が身体を引っ張った。食いしばりながら加速度に耐えて、旋回した先にも氷の洞穴が続く。


 岩壁を覆う氷には、天井と蓄光結晶から漏れる光がたっぷりと踊っている。


「余裕があれば、じっくり見ていたいけど!」


 光のシャワーを浴びて、洞窟の中を進む。前方には攻性獣はおらず、挟撃される形にはならなかった。


「よかった。無事に通れそう」

「だが、この道で本当にあっているのか」

「マップによればもうそろそろ……見えた!」


 上下左右を囲まれた空間が続いていたが、その奥にまたしても分岐点が見えた。分岐点を駆けながら、注意深く地面を見る。


 そこには、欲しい物があった。

 

「足跡が! ここ、イワオさんたちが通ってる」

「アオイの予測が正しかったか」

「だと思う。さっきの言った場所で迎え撃つために移動しているはず!」

「このまま駆け抜けるぞ」

「待って!」


 そこで立ち止まる。当然、相棒が声を荒らげた。


「なんだ!」

「ちょっと待って、多分ここらへんに」

「後ろから来る! 何をしている!」


 ところどころ落石が散らばる地面を見る。そして、消えかかったファルケとサーバルの足跡を見つけた。


「真ん中はダメだ。端に寄っていこう」

「どうしてだ」

「この足跡、ファルケが何かしてる。罠だと思う」

「何故分かる 勘か?」

「勘。信じない? 頼むから――」

「信じる。走るぞ」


 即決は信頼の証なのだろう。本当に相棒と組んでよかったと思う。

 

 岩壁スレスレ、肩部大型装甲を擦ってしまいそうなくらいまで機体を寄せる。ソウ機の後ろを駆けながら、洞穴中央も時々チェックする。


 幾ばくか走り抜けたあと、石がうず高く寄り集まった小山が見えた。思わず見落としそうになる、ほんの少しだけの不自然さが目に留まる。


「あ、あそこ!」


 きっとあそこに、切り札が眠っている。そう直感が告げていた。


次回も1~2週間後の更新です。

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― 新着の感想 ―
氷が溶けていた事で何のフラグかなと思っていたら、鉄砲水という直接的な理由とは…イワオさんのベテランみを感じますw 攻性獣が、脳を共有しているならそういう事も起こるのではと妄想。 頑張って下さいませ*…
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