第二十二話 少女と懇願と照れ屋の老兵
◯流転氷原 光晶空洞 建設基地 共同格納庫
様々な会社の人戦機が共同格納庫に立ち並ぶ。その間を、整備士と補助用ドローンがぶつかりそうなくらいの密度で行き交っていた。
整備員の愚痴や怒声が響く中、戦闘服姿のアオイとソウが歩いている。アオイの足取りには元気がなく、黒髪のショートヘアを垂らして俯いていた。
とぼとぼと歩きながらアオイがため息を漏らす。その様を隣で見ていたソウが、無機質な切れ長の三白眼をアオイへ向けた。
「溜息はこれで十二回目だ」
「そんなに? ていうか、数えてたんだ」
「溜息の回数は、アオイのメンタル指標になるからな。観測は有効だ」
「そんなにいつも溜息ついてる? ……いや、ついてるか」
「なにかストレス要因が?」
「大抵はリコちゃんとソウの喧嘩だけど、ちょっと今回のはね……」
アオイは垂れ気味の丸目を下に向け、ため息を吐いた。その様子を見たソウが、三白眼をスッと細める。
「十三回目。何があった」
「さっきも、上手く戦えなかったじゃない?」
「休憩前の任務か。だが、攻性獣の動きは読めていたぞ」
「ダチョウっぽい攻性獣の話?」
そう言って、休憩前の任務を思い出す。
太い二脚で走る首長の鳥に似た攻性獣が現れた。スピード特化形と言える攻性獣で、巨体での突撃は脅威だ。おまけに近づかれれば、巨悪な脚力による蹴りが炸裂する。鳥型攻性獣が暴れまわり、警備体勢は縦横無尽に切り裂かれた。
当然、武装警備員たちも黙ってはやられなかった。反撃に出ようと各機が構えた。しかし、撃とうと思ってもすぐさま身を翻して照準が定まらなかった。攻性獣のターンは鋭く、高速走行にあるまじき旋回性能に皆が手を焼いているときだった。
アオイが走行中に片翼をさりげなく広げることに気づいた。そして、母星キシェルの大地を駆けていたダチョウを思い出した。ダチョウは片翼を広げて空気抵抗でブレーキをかけて、左右に曲がる習性を持っている。
それをトモエに伝えて作戦が練られ、無事に撃破となった。しかし、当のアオイは攻性獣に翻弄されて、ワタワタと戦うことしかできなかった。トモエに伝えた以降はパッとしない働きぶりに、ため息を付きながら格納庫にたどり着いた。
どうにも締まらない働き方だったと思い返していると、ソウの声が割ってくる。
「初見の攻性獣に対する推察能力は貴重だと、トモエさんも言っていた」
「トモエさんが……? 本当に?」
「虚偽の情報はしゃべらない。非効率的だ」
「確かにソウが嘘は……。そっか。トモエさんが」
トモエが褒めていた。それだけで、自然の視線は上を向き、右左と進める足取りは軽くなった。
だが、アイデアを出した以降は無様だったのには変わりない。
「でも、それだけじゃ……。もうちょっと、何かが」
「何か切っ掛けが必要という訳か」
「うん。でも、中々つかめなくてさ……。ボクなりに勉強はしてるんだけど、空回りしているというか」
テキストを読んで勉強はしている。しかし、それを実戦に活かすときに、もたもたとしてしまう。
同じ戦況など無い。テキストの事例と戦場の共通点を探り、応用する。理屈は分かるが、一人で煩悶する日々だった。
閉塞感を打開するにはどうすればよいか。その解決策は、目星はついていた。
「本当はイワオさんに教えてもらいたいんだけどさ。断られちゃって」
「ならば、もう一回頼めばいい」
「え、でも。断られちゃったんだよ……?」
そう言いながら共同格納庫の扉を抜けた時だった。扉のすぐ脇でソウが立ち止まる。通行人の邪魔にならないようにソウへ歩み寄ると、ソウが三白眼の瞳をこちらへ向けた。
「アオイ。シノブさんから教わった事を忘れたか?」
「シノブさんから……。そっか」
シノブから教わったこと。それは、失敗しても気にするなということ。
(ソウなりに、応援してくれている……のかな?)
無愛想で不器用な相棒らしからぬ、励ましに疑問を覚える。
「ソウ、今日はなんでそんなに親切なの? なにかあったり――」
ソウが唐突に掌をバッと顔の前にかざした。思わぬ拒絶のサインに戸惑っていると、ソウが口を開く。
「質問には答えられない」
有無を言わさぬ口調だった。理由をつかめず、思わず眉をしかめる。
「え? どういうこと?」
「これ以上はオレからは言えない」
「言えないって? どうしちゃったの?」
「繰り返す。質問には答えられない」
「え? え? え?」
何を言っているのかと首を傾げていると、ソウが言葉を続ける。
「イワオさんなら、休憩室がトレーニングルームにいるだろう」
「え? あ? うん」
「オレは別件がある。任務開始前までは別行動だ」
「え? いつもみたいに一緒に休憩はしないの?」
「しない。アオイ独りで行け」
「わ、分かったよ」
言い切る前にソウは去っていった。
「なんだったんだろう……? それに別件って?」
ソウならば、曖昧な言い方はせずに具体的な用事を言うはず。なにから何まで不自然だった。
「なーんか、嘘をついているような……。でも、あのソウが? なんで?」
虚偽の情報交換は非効率的というのがソウの口癖だ。偏執的とも言えるこだわりからすると、何かをごまかすようなソウの態度は不自然に思える。しかし、当の本人は去ってしまった。
「まぁ、今はソウのことよりも」
いなくなってしまった相棒よりも、いまは自身の事が大事だ。ソウから言われた言葉を思い返す。
「シノブさんから教わった事か」
積年がこもった言葉を思い返す。
「諦めないで、失敗しても……か」
ぐっと唇と拳に力を込める。
「元々、不格好だったんだから。イワオさんの所、もう一回行ってみよう」
前を向いてイワオのいるところを目指した。
〇建設室 休憩室
休憩室の扉を開けると、そこには数人の武装警備員がいた。その中で、後ろ縛りのグレイヘアと空色の作業服を探す。
「あ、いた」
イワオは壁に向かって座っていた。大きな背中の近くまで歩みよる。
「あ、あの。イワオさん」
「アオイか……」
イワオが振り返って、鷹の目を向けた。その鋭さに気圧されそうになるが、ぐっと堪える。
「あの、ワタシに――」
「ソウかシノブに何か言われたか?」
お願いを制する意外な言葉だった。なんでそんな質問をするのか良く分からず、まずは正直に答える。
「え? いや、何も……。そういえば、ソウは何か変でしたが」
「変? どういうことだ」
「質問には答えられない……とかなんとか」
イワオの白くなり始めた眉がピクリと上がる。そして目元のシワを細めて、クツクツと笑い出した。
「あ奴は、ワシ以上に不器用だな」
「良く分からないですけど……。不器用なのは、確かにですね」
笑い終えたイワオが白ひげを撫でる。
「あやつにはサポート役のアオイが必要と言う訳か」
「ちゃんとサポートできていればいいんですけど……。あ、その事について話したくて」
「……言ってみろ」
射るような眼光が向けられた。思わず一歩下がりそうになる足に力を込める。
「もう一度、お願いします。ワタシの先生になってください」
「……ワシは先生ではない。弟子は取らん」
「そうですか……」
案の定の返答だった。ふぅと肩を落とすが、すぐに鷹の目を見つめ返す。
「じゃあ、また来ま――」
「だが」
イワオがタブレット型端末を取り出した。
「ワシは先の任務の再検討をする。それを横で見ているのはいい」
「は、はい」
何を期待されているのか分からないが、とにかく巨躯の隣に座る。大きい背中を丸めながら、イワオがタブレットを操作している。
先程の戦闘を様々なカメラで撮影した動画が映っていた。イワオは、それを早送りで見ている。
場面は進み、ある時点で動画を一時停止した。
「ここで攻性獣たちが集中している。この場面で集中射撃が欲しいな」
集中射撃をするのは、連射性能と弾倉数に優れた武器を持った機体の役目だった。つまり自分の役目である。
(あ、あの時は)
ソウの援護に気を取られていて、呼ばれてから駆けつけたことを思い出す。おかげで、最も効果的なタイミングは逃してしまった。
(あそこから、調子が崩れちゃったんだよね……)
次の処理が遅れ、その次が遅れ、ずっとごたごたしていた。その時の罪悪感を思い出して、キリキリと胃が痛む。
「す、すみません。上手くうごけなくて……」
「謝罪や言い訳は要らん。どうすればいいかが大事だ」
「は、はい。どうすれば……?」
鷹の目がギラリとこちらを向いた。
「ワシは先生ではないと言ったはずだ」
「は、はい!」
「……分かればいい。では、三十秒前まで記録を戻す」
そう言ってイワオがタブレットをタップする。なぜ、そんなことをするのか検討もつかなかった。
「なんのためですか?」
「三十秒後に何が起きるかを知るためだ」
「あ! その時の状況を覚えておけば!」
「そうだ。三十秒後に重大な局面が訪れる事が分かる」
「……なるほど! そうやって!」
そこまで言ってはたと気づく。
(あれ? これって教えている?)
つまりは先生として、どう学べばよいかを教えているのではないか。顎先に指を添えて悩んでいると、イワオが傷を掻きながら続きを述べた。
「ワシは教えん。戦場から学べ。その後に社長の作ったテキストを見ろ」
「はい!」
おまけに、この次にテキストを見れば良いことまで教えてもらった。これでは、先生のようではないかと、首を捻る。
(教えているような……? いや、直接じゃなくて勉強の方法なら大丈夫……って事?)
随分とひねくれた教え方にも思える。イワオに視線を戻せば、頬の傷跡をせわしなく掻いている。
(もしかして、照れてる?)
良く分からないイワオの挙動に悩んでいると、鷹の目がこちらを睨んだ。
「何を呆けている。画面に集中しろ」
「はい!」
そういって、イワオが次々と表示する場面を切り替えていった。場面は敵を目の前にして、忙しく照準を振っている場面に移った。
「次に戦っている時だ」
また、イワオが動画を止める。
「その場所に着いたとて、慌てふためくようでは」
「そ、それが中々難しくて……。あ、言い訳でしたね。すみま……、あ、これも謝罪で」」
怒られないようにとすればするほどに、怒られそうな言葉しか出てこなかった。恐る恐るイワオを見ると、ふうとため息を付いた。
(ま、まずい!)
呆れられたかとギュッと目をつぶると、意外にも穏やかな声色が聞こえた。
「遠山の目付。調べろ」
怒られてはいないことと、知らない単語を耳にしたことで、思わず首をかしげる。
「はい?」
「武術の言葉だが、人戦機にも通じる」
「わ、分かりました」
その後も、イワオが動画を回し、その横でアオイがワタワタと教えを聴いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廊下にいるシノブが、休憩室の壁にもたれ掛かっている。その眼は固く閉じられていた。理由は、聴くことに集中しているためだ。
隣にいるソウが、小柄なシノブを覗き込むように腰を曲げた。
「シノブさん。アオイへの指導は順調ですか」
「聞いた感じだと、上手く行っているっぽいな」
「了解です」
シノブが目を開けてソウを見上げた。猫の瞳を呆れ気味に細める。
「ソウ。お前のヒント、けっこうギリギリだったぞ」
「ですが、違反ではありません」
「直球過ぎだっつーの」
ガヤガヤとソウとシノブの小競り合いが続く。しばらくして、シノブがピクリと動きを止めた。
「やべ。二人がこっちに来るぞ」
「迅速な退避を」
「もちろんだ!」
そう言って二人が廊下へ消えていく。休憩室のドアが開いて、アオイとイワオが出てきたのはその後だった。




