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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 再訓練編
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第二十一話 少女と老兵と様々な懇願

〇光晶空洞 建設現場 休憩区画


 柔らかな光があふれる氷の洞窟に、風船のように膨らんだドームがあった。その中には、プレハブボックスがパズルのように積みあがっている。プレハブボックス同士は廊下ユニットでつながれて、一続きの建物のようになっている。


 集合住宅のように積み上がったプレハブボックスに、作業員や武装警備員が次々と入っていく。そこは作業員や武装警備員の休憩スペースだった。


 仮設休憩所の空中廊下の中を、戦闘服を着た少女がそそくさと歩いていた。少女らしい黒髪のショートカットと、ゴツゴツとした肩や膝の緩衝パッドが不似合いな印象を与える。


「いまのうちに……」


 それはアオイだった。アオイは気弱そうな垂れ気味の丸目を閉じて、ふぅと一息を吐いた。


「ふう。今回はリコちゃんとソウに巻き込まれずにすんだ……。いったん巻き込まれると長いからなぁ」


 水を汲んだボトルを手に、休憩所と書かれた案内板を見た。


 その扉を開けると、仮設の机と椅子がおかれた簡素な休憩所が目に入る。ぽつぽつと人がいる中で、空いている席がないか見回す。


「次の任務までゆっくりと……って」


 腰掛ける人の中から、鷹の目を見つけた。右ほほまで届く傷が迫力を醸し出している。


(あ、あれはイワオさん)


 ぺこりと頭を下げて、イワオの隣へ座る。


「イワオさんもここでしたか」

「うむ」


 イワオは休憩室の窓から、プレハブタワーの谷間を行きかう人々を見ていた。こちらを見ようともせず、何もしゃべらない。


 人一倍顔色に敏感で、何を考えているか伺う自信はあるが、それでも何も読み取れない。


(うーん。なんで黙っているんだろう。何か落ち込んでるとか?)


 ぱっと思いついたのは、先の工事現場で巻き込まれた口論だった。何を言おうかと見ていると、こちらも見ずにイワオがぼそりといった。


「なんだ。言いたいことがあるのか」

「え、あ、その!」


 何も思いつかなかったが、聞かれた以上は何か答えないといけない。とにかく何かを、と思いながら口を開く。


「イワオさんの事、凄いと思っています」

「……なに?」


 イワオの反応は鈍い。もうはっきりと言わなくてはと、二の句を継ぐ。


「だから、あんな風に言われても、落ち込む必要なんて」

「なんのことだ?」


 イワオの鷹の目が疑問に曇る。白髭を撫でながら、しばらく考え込んだ。


「む?」


 何かに気づいたように、イワオが白髭を撫でる手を止める。そして、筋肉の目立つ大きな肩を震わせた。


「ふっ! ふはっ! ははは!」 


 突然の大笑いに、思わず肩が跳ね上がる。


 イワオに何が起きたのか、何を話しかければよいのかもわからない。おろおろと戸惑っていると、笑い終えたイワオがこちらを向いた。


「ワシがしょげていると思ったのか? それで、励まそうと?」

「え? あ? その……」

「まさか、そんな日が来るとはな」


 そう言って、イワオは再び外を向いた。


「大丈夫だ。慣れている。昔から言われてきた」

「昔から……ですか。どうして?」

「遠距離射撃と言うのは、わが身を危険に晒さずに攻撃する方法だ。撃たれた方からすれば不条理極まりない」


 イワオの説明が続く。それは孤独の歴史だった。


 前線を張る突撃兵装や主戦闘兵装とも戦う場所もスタイルも異なる。共に学ぶものも励まし合うものもいない。当然、戦闘の苦労を分かち合うような存在も少ない。


 味方からは前線を張らずに気ままに攻撃する臆病な存在として、敵からは姿をみせずに攻撃する卑怯者として、扱われる。それゆえに、戦闘後はいつも一人。


 そんな日々を、イワオは実直な言葉で、感傷を込めることもなく、淡々と説明した。


「昔は、狙撃手(スナイパー)観測手(スポッター)の二人一組だったが、それもなくなった」

「確か、イワオさんは観測手(スポッター)でしたっけ」

「そうだ。そして、マークスマンに転向した。ずっと一人だ」

「他にいなかったんですか?」

「遠距離射撃で成果を上げられる者は極わずかだ。人戦機の機動性や耐久力が増した今となってはな」


 イワオの説明が続く。


 人間ならば無意識に動きが止まるタイミングはあるが、人戦機はそうはいかない。撃ちぬいたとしても、それだけで行動不能まで追い込めるような高威力武器も規制で使えない。


 それゆえ、遠距離狙撃で安定した戦績を上げられる人間はそうはいない。


「確かに、あまり見ませんね。前回の資源採取戦で初めてみたくらいです」

「いわゆる絶滅危惧種だ。故に、一人は慣れている」


 高い空から戦場を見下ろし、飛んでいく。戦場から戦場へ、一人で飛んでいく。


 それがイワオの生き方なのだろう。


「理解などされない。知らぬ者からすれば、偏屈で、卑怯。それがワシへの評価だ」

「そんな……」

「人は異物を理解しない。自分に害を成し得る者なら特に」


 そう言われて心当たりがあった。


(確かに。ボクも、昔はソウの事を)


 ソウと会ってすぐ位のころは、カネの苦労も知らないで、と随分と嫉妬したことを思い出す。偶然に偶然が重なって、相棒としての今に至る。


(でも、ボクとソウみたいなのは、特別なんだろうな。色々となきゃ、こうはならなかったろうし)


 イワオが出会った人々は、イワオの深いところは知らない。ひと目見て、異質と判断し、そのままだったのだろう。ゆえに、孤独へと繋がる。


 しわの刻まれた風貌に冷たい孤独がまとわりついているのは、きっとそういう理由だろうと思った。


(でも、ソウにだって言わなかったら伝わらなかった)


 知らないから、伝えないから、分かり合えなかった。だから、今、イワオへの言葉を音にする。


「でも、ワタシは凄いと思っています。教わりたいくらいに」

「ワシに教わってどうする。長距離射撃は向いてない気質で」

「でも、どこにどう来るか分かれば、みんなのためになると」

「皆のためか……」


 ふぅと、イワオが溜息をつく。


「心意気はよし」


 その返事に緊張が緩む。しかし、イワオが表情はさみしげなままだった。


「だが、異端の変種が下手に教えれば、お前の人生がつぶれる」

「そんな……」

「他を当たってくれ」


 そういって、イワオは席を立った。隆々たるイワオの背中からは、逆風のような拒絶感が放たれていた。かける言葉も見つからず、イワオはそのまま休憩室の外に出た。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 イワオが休憩所のドアを開けて廊下へ出た。大柄な身体をゆったりと動かしながら、そのまま廊下の奥へと消える。その様子を、イワオの死角から聴いている一人の女性がいた。

 

 ひょこりと猫耳付きの帽子を廊下の角から出す。


「イワオさん、相変わらずだなぁ」


 そういってシノブは、むぅと腕を組む。 


「まぁ、少し世話を焼くくらいなら、()()として当然……だよな? お節介じゃない……よな?」


 適切な手助けであるはず。シノブは自分にそう言い聞かせて、その場を去った。






〇流転氷原 光晶空洞 建設基地


 蓄光結晶の輝きが、大晶洞内の壁面を照らす。明るい地下巨大空間の中に、プレハブがいくつも段組みされていた。


 複雑な立体パズル思わせるコンテナの一つは、武装警備員の休憩室になっていた。その角で、グレイヘアを後ろ結びにした大柄の壮年男性が、壁に向かい独りで座っている。


 それはイワオだった。


 机の上に置いたタブレット端末には盤と駒が表示されていた。トントンと画面をタップするたびに、盤上の駒が減っていく。


 そして、投了の文字が表示された。


「詰み、だな」


 感情を込めず吐き出したつぶやきが、誰にも拾われずに消えゆくと思った時だった。イワオの背後に、小柄な猫耳の影が近寄る。


「相変わらずやってますね」

「シノブか」


 イワオは振り返りもしなかった。イワオの大きな背中越しに、シノブが盤上を覗き込む。


「見ててもいいですか」

「好きにしろ」


 シノブがイワオの横に座る。イワオは見学者に構うことなく、次の試合に進んだ。その様子をじっと見つめていたシノブが、おもむろに口を開く。

 

「アオイに教えないんですか?」

「聞いていたのか」

「盗み聞きだけは得意なんで」

「そうか」

「怒らないんですね」

「その耳に何度も助けられたからな。嫌でも耳に入ってくるのだろう?」

「本当に、色々と聞こえちゃって……」


 シノブが苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。鷹の瞳が、シノブの顔を一層凝視した。

 

「シノブ」


 呼ばれたシノブが猫の様な瞳を丸くする。呼ばれた事が物珍しそうに首を傾げた。


「なんです?」

「ジョウの言ったとおり、変わったな」

「そうです?」

「お前が、そんな穏やかな目をするようになるとは思わなかった」


 シノブが頬を掻きながら照れくさそうに瞳を逃した。


「バカな思い込みを捨てれたので」

「そこまで変われるとはな。ワシの読みが外れたな」

「イワオさんにも読めない事、あるんですね」

「せいぜい十手まで。その程度の見通しだ」


 イワオの顔に自嘲が浮かぶ。シノブも困り顔を浮かべる。イワオの自嘲は、これ以上踏み込むなというサインだった。


 しかし、シノブは困り顔を真面目な面持ちに改めた。


「それで、アオイには教えないんですか」

「ほう。詰めてくるか」


 鷹の目が、射すくめるようにシノブを向いた。しかし、シノブはひるまない。


「今回は特別です。それで、アオイには教えないんですか?」

「教えない。ワシのスタイルは、ワシだけに合っている。だから、教えたところで却って――」

「アオイ、凄く考えています。本当です」


 シノブの進撃に、イワオが戸惑いの目を向けた。


「真っ直ぐだな」

「もっと直球のヤツが入ってきちゃいましたけどね」

「お前も先輩と言う訳か」

「やっと……という感じもしますし、もう……って感じもします」

「お前なら良い教導役になれる。お前は……な」


 自分は違う。語らずともそう言っていた。


 シノブが怯む。しかし、シノブの眉根に再び力がこもった。


「もう一回、お願いします。アオイに教えてやってください」

「シノブ。逃げ道を防ぎつつ追い詰める。そういう打ち方も覚えた方がいい」


 このままのらりくらりと逃げればイワオの勝ち。その打ち筋を指摘され、シノブの言葉が詰まる。


 口をパクパクとさせて反論を試みるが、シノブの言葉は続かなかった。猫の瞳を伏せ、力なく肩を落とす。


「イワオさん相手に、そういうのはできませんよ……」

「なら、出直して――」


 そこに無機質な少年の声が聞こえた。


「イワオさん。アオイに教えて下さい」

「ソウか」


 イワオとシノブが振り返った先で、切れ長の三白眼がこちらを見ていた。イワオは少しばかり鷹の瞳を開いた後に、佇むソウから隣に座るシノブへ視線を移す。


「シノブか?」


 シノブが少し慌てて答えた。


「違いますよ。な、ソウ?」

「何の事ですか?」

「察しがわりぃな。ソウを呼んだのか……って聞いてるんだよ」

「なるほど」


 ソウが三白眼の瞳をまっすぐイワオへと向ける。


「違います」

「そうか。だが、答えは一緒だ」

「なぜ教えないんですか?」

「ソウ。シノブにも逃げ道を防ぎつつ追い詰める。そういう打ち方も覚えた方――」

「理解できません。非効率です」


 正面から言ってのけるソウに、シノブが呆れ顔を向ける。ソウは、シノブの呆れ顔を気に留める様子もなく、イワオに迫る。


「組織全体で知識を共有した方が効率的では?」

「ワシの知識は役に立たん。教えた者たちは、ワシと似ても似つかぬ形になった」

「ですが、独力よりも効果的なはず」

「自分で考える力が必要だ」

「シノブさんにその心構えは教わりました。ですが、ヒントもあった。今回も、アオイには切っ掛けが――」

「くどい。なぜ、そこまで――」

「相棒だからです」


 相棒の一言を聞いたイワオが、息を止めた。すかさずソウが切り込む。


「互いに全力を尽くす。それが相棒です」


 急所を突かれた打ち手のように、イワオの動きが止まる。ソウの瞳を見つめ返したあと、ややあって鷹の目を閉じた。


「……相棒か」


 噛みしめるように、続く言葉を吐く。


「ワシは一人だって教え上げた事がない。時間の無駄になる。だから――」

「人は変わる事ができます」

「そう簡単には――」


 その言葉をシノブが遮った。


「変われると思いますよ。アタシだって、変わりました」

「お前のようには――」

「読みは当てにならない、でしょ? さっき、言いましたよね」


 イワオが目を見開いた。


「……詰みか」


 視線を逃したイワオが、ふぅとため息をつく。


「お前たちは、真っ直ぐすぎるな。だが、それも打ち筋か」


 イワオがこめかみをトントンと叩く。しばらく目を瞑った後に、ソウとシノブを見た。


「アオイが、また明日、諦めずに来るなら考えよう。だが一つだけ条件がある」


 それを聞いて、ソウが視線を向ける。


「条件?」

「自らの判断でなければダメだ」

「助言および示唆は禁物と」

「うむ」

「了解です」


 目的は達成されたとばかりに、ソウが即座に踵を返す。シノブも、ぺこりとイワオに礼をして休憩室から出ていった。


 シノブたちが出ていって、十を数える頃だった。トモエが休憩室に入る。


「社長」

「トモエで大丈夫ですよ。今は勤務時間外です」


 それだけ言って、トモエがイワオの隣に座る。トモエが思い出したように、クスクスと笑う。口に手を当てた、上品な笑い方だった。


 一方のイワオは渋い顔のままだった。歳と共に色素が抜けた、灰色の眉をひそめる。


「聞いていたのか?」

「ええ。外から」


 イワオがムスッと乾いた唇を締めた。


「笑ってくれるな」

「失礼。アオイのことを教えてくれると知って」

「どうして外にいた?」

「アオイの事を頼もうと思いまして」

「おぬしもか」


 イワオが眉間のシワを深める。


「業務命令なら従う。そこを曲げるほど愚かではない」

「知っています。どうしても……と言うなら業務命令としてお願いするつもりでした。ですが、必要なくなってホッとしています」

「なぜ。命令すれば早いのでは――」

「ですが私は、私が全部を命令する会社にはしたくない」


 イワオが押し黙る。トモエは溜めた思いを吐き出すように、唇を動かした。


「上からの命令だけを聞く。そんな組織は脆い」

「……そうだったな」


 二人がそろって、昔を思い出すように沈黙を噛み締めた。沈黙が少し続いた後に、トモエが腰を浮かせた。


「では、アオイをよろしくお願いします」

「アオイが諦めずに来れば、の話だ」

「来ますよ」


 トモエの口調には確信のこもった硬さがあった。トモエが言い切るのが珍しかったのか、イワオが僅かに目を剥く。


「愛されておるな。ヤツは」

「はい。サクラダ警備にとって、一番大事な物を持っています」

「前にワシに言ったアレか」

「そうです」


 トモエは微笑みながら去っていく。イワオはそれを見送ったあと、机に置いておいたタブレットに視線を移す。トモエと会話している間に、画面は暗転していた。イワオはタブレットを取り、暗い画面に映り込む自分の顔を見つめていた。






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