第二十話 少女と光の洞窟と世間の目
〇光晶空洞 鉄道中継基地
人戦機をはるかに超える巨大な洞窟は、光で満たされていた。
空と通じる吹き抜けのような大穴からは、雲越しの光が差し込んでいる。それが洞穴を覆う氷に幾重にも反射していた。
輝きをさらに増しているのが、岩壁や氷壁に含まれる造光結晶だ。
トレージオンによって作られたと思われる造光結晶は、歪みなどの様々なエネルギーを光に換える。天の太陽と地下の星が二重に照らす洞穴は、天然のプラネタリウムのような絶景を見せつけていた。
天井に散りばめられた輝きに、思わず目が釘付けになる。その視線をゴーグルモニターが感知して、まばゆい光景をこれでもかと拡大した。
「わぁ! 何回見ても凄い……!」
「確かに、規格外の造光結晶密度だ」
「そうじゃなくて……。きれいだなぁ、とかさ」
「基準が不明瞭な事柄は判断に困る」
満点の星空と比べてなお美しい輝きを前にしても、相棒は相棒だった。一人楽しめばよいかと、内心ため息をつく。
地下の星々から視線を下げると、重機が忙しなく動き、資材が乱雑に積まれていた。見るからに混雑している現場を見て、少々の不安がこみ上げる。
「こ、今度は迷わないようにしないと」
「通信状態は良好。問題ないと推察される」
「でも、昔からはぐれちゃうからさぁ。今はソウと二人きりだし」
「仕方ない。サーバルとファルケは特別な整備が必要だ」
「シノブさんも、イワオさんも、けっこう無茶したからね」
先の任務では、他社のカバーに入ることになった。損傷した他社機の退避誘導に、攻性獣の撃退と、かなりハードな戦況だったことを思い出す。
もともと繊細なファルケとサーバルⅨに負荷をかけた影響を考慮して、二機は先に帰投することになった。
「あの二機、改造しているからね。シドウは平気だったけど」
「初期型らしく堅牢だ。多少の過負荷も問題ない」
そのため、今はソウと二人きりだ。
戦闘では抜群の腕を見せるソウであるが、普段はいまいち頼りない。そんな相棒が何処かへいかないように、隣へぴったりと付けつつ現場へ歩き出す。
「はぐれない様にしなきゃね」
右から左からと行き交う人型重機を抜けていくと、途中に緑の透き通った結晶が埋め込まれた柱があった。エメラルドのような美しい翠の結晶に、しばし目を奪われる。
気づかないうちに、わぁ、と声が出ていた。
「これ、攻性獣除けなんだっけ?」
「そうだ。攻性獣除けと言っても、対象は脅威度が低い攻性獣だけだがな」
「軽甲蟻とかそれくらいなんだっけ? それでも、凄く高いんだよね……」
じっと見ていると、通信ウィンドウに映る三白眼がスッと細くなった。
「アオイ。盗難は犯罪だぞ」
「しないよ!? 落ちているのを見つけられたらいいな……とは思ったけど」
「任務中に発見したとしても報告義務がある」
「黙って取ったりなんかしないよ。任務映像は見せないといけないし、もしトモエさんにバレたら怖いし」
「トモエさんが見逃すとは考えづらいな」
「だから、ちゃんと報告して手当をもらうよ」
「賢明な対処だ」
「正直が一番だからね」
そう言って、整備場へ機体を歩かせようとした時、ふと疑問が湧いてきた。
「不思議なんだよね」
「アオイ? 何がだ?」
「なんで、攻性獣除けをあちこちに置いておかないんだろう?」
「製造条件が不明と、自習用テキストに書いてあった。一緒に閲覧したはずだ」
そう言えば書いてあったと、自分の記憶力に苦笑いがこみ上げてくる。
「じゃあ、どうしてここに?」
「優先的に回されたのだろう」
「採れる量が少なくて、みんなへ配るのは難しくて、こういう公共工事とかが先……ってことかな?」
「そう考えるのが論理的だな」
「もし、みんなが持ってたら、ボクたちは失業しちゃうね」
「確かに。武装警備員に対する需要の大部分が喪失する」
「稼げなくなるのは、やだなー」
しゃべりながら人戦機の歩を進める。
今回の建設基地は攻性獣の侵入経路を限定するために洞穴に設けられていた。光晶空洞の内部には、多数の重機が動いていた。
足元をちょろちょろと動く土砂排斥用自動トロッコを踏まないように気を付けていると、前から少し酒焼けした中年男性の声がした。
「おう! サクラダ警備の!」
自分たちをそう呼ぶ人物に心当たりがあった。あたりを見回すと、人型重機が手を振っている。
「あ、クドウさん」
呼んでいたのは地下大鉄道建設で護衛したクドウだ。黄色い人型重機が、こちらに寄って来る。近づいてくるにつれ、反社会的とも言える強面がよく見えた。
並々ならぬ強面で、クドウがニコリと笑う。
「今回も、嬢ちゃんたちがいてくれるなら心強いな!」
「そ、そうですかね……?」
妙な迫力をまとったクドウの笑顔は怖かった。それでも、誉め言葉が頬を熱くさせた。自信がなくなるようなことばかりが続きこの頃なら、なおさらだった。
「じゃあ、今回も頼むぜ」
「もちろんです」
クドウたちの建設会社メンバーと手を振りながら別れた。今回の現場でもやっていけそうだと、ほっとしながら歩みを進める。
しばらくすると、棘のある口論が聞こえる。ハリがなくなった、やや年老いた声だった。
「てめえのせいで重機が。しかもお前、あの時の狙撃手じゃねえか」
「どの時だ?」
応ずる声には聞き覚えがあった。
「あの声? イワオさん?」
声をする方を向くと細身のファルケがいた。ファルケ型特有のくちばし状の頭部は、相対する人型重機へ向いている。
おそらくは、イワオと人型重機の乗り手が口論しているのだろう。戦闘時の傷がそのままであることからすると、口論に巻き込まれて修理できていないだろうか。
「なんか、喧嘩を売られている?」
「口論の相手は誰だ?」
「分からない。建設業者の人っぽいけど」
戸惑っている間にも、口論は続く。
「この傷、忘れたとは言わせねえよ」
ガラス張りの風防越しに、男が腕を見せた。色は肌色ではなく、何らかの機械化がされていた。
「ふむ……。ワシが撃った、という事だな?」
「覚えてないのか!?」
「傷つけ過ぎたからな。ワシも、この稼業を始めて久しい」
「小石を蹴ったみたいに、俺の腕を吹き飛ばしたって事か?」
「撃たなければ、お前はワシを小石のように撃った。違うか?」
「だからって――」
「違うのか、違わないのか。どっちだ」
イワオの口調は淡々としていた。
あくまで事実を確かめるための質問という調子で、感情は見られない。しかし、イワオの相手は答えなかった。言葉の代わりに聞こえたのは、悔しげな唸り声だった。
威嚇する猛獣のような唸り声が続いたが、人の言葉は聞こえない。とうとう、イワオが待つのを止めた。
「答えないなら続けるぞ。命も碌に守られていないあの時代を生きたなら、分かるはずだ」
「く……!」
歯がぎりぎりと軋む音を、スピーカーが拡散した。あたりに剣呑な雰囲気が立ち込めると、傍にいた人型重機が寄ってくる。
「社長。どうしたんですか」
「ああ、お前たちか。作業を続けてくれ」
「わ、分かりました」
部下の手前なのか、社長と呼ばれた壮年男性の声は、泰然としたものになっていた。
「……まぁ、いいさ。俺は武装警備員を辞めた。それで会社を興した」
「今は社長と言う訳か」
「ああ。使われっぱなしのただの警備員とは、稼ぎも世間の目も違う」
男の声に、嘲りが混じる。
「いい歳をして、いつまで続けられるか分からない稼業にすがる。そんな羽目にならなくてよかった」
「そうだな」
「はん。大体にしてだな――」
イワオが抵抗はしないと踏んだ相手が、さらに調子を上げる。
「どうしよう……。イワオさん、何も言い返さない。誰か呼んできた方が……」
「止めればいいと言う事だな?」
「え?」
ソウ機が足早に歩み寄り、ファルケの隣に立った。
「お前、なぜ非効率な会話を続ける? 仕事を停止しているぞ」
「なんだ、お前」
相手の男が面食らったように、戸惑いの声を上げる。
「いや、その社章……。コイツと同じ会社か?」
「そうだ」
ソウ機を追って、機体を隣につける。対面する人型重機に乗った男が自分たちを見回した。男がソウ機へと視線を送る。
「そっちも同じ会社か。お前ら、俺が誰だか分かるか?」
「会話から、元武装警備員で、現在は建設会社の社長と推測した」
「それだけじゃねえよ。お前らが、正義の味方ごっこで重機をぶっ壊した会社の社長だ」
「意味が不明だ。具体的情報を求める」
重機を壊したという言葉に思い当たる節があった。
「あ! もしかして、デモの時の!」
デモ隊に向かい、ネイルガンを発砲した暴漢を止めた時を思い出す。三人で重機に乗り込んでデモ隊の命を守るために、重機を使い、ネイルガンを喰らい、壊した。
重機を壊したといえば、その記憶しかない。
「そっちは分かったみたいだな。そのとおりだよ。たく、コイツといいお前らといい、とんだ疫病神だよ」
相手の男の舌打ちが交じる。
「声の感じからすると若いみたいだから、忠告しておいてやるよ。武装警備員なんて、ある程度稼げるだけの仕事だ。いつまでも続けるようなもんじゃねえ」
「そんな。ワタシたちは……、一生懸命に働いて」
「みんな一生懸命だ。そんなもんは、当たり前だ」
はん、と鼻で笑う音が聞こえた。
「ダラダラと続けて、コイツみたいにはならない方がいいぜ。他の狙撃手に大負けして、みっともなく続けているようなコイツみたいにな」
人型重機に乗った男は去っていく。場には、気まずい沈黙が残された。ソウもイワオも何も言わない。沈黙の重圧に耐えかねて、思わずファルケを向いた。
「あの、イワオさん」
「さあ、戻るぞ。ワシは修理場へ行く。随分と時間を食ってしまった」
イワオの口調は継続を認めない、堅いものだった。
「は、はい」
イワオにそう言われれば、三機そろって、工事現場を歩いていく。
頭の中に響くのは、先程の男から言われた嘲りだった。武装警備員がそんなふうに見られているとは思わなかった。
(ボク、この仕事をいつまで)
その答えは自分で出さないといけない。アオイもそれはわかっていたが、それでも答えは出せなかった。




