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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 局所熱帯資源採取編
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第十五話 少女と鷹と群れる鷲

黒曜樹海(こくようじゅかい) 開拓中継基地 トレーニングルーム


 開拓中継基地に設けられたトレーニングルームには、照明が煌々と灯っている。その中にいるアオイ、ソウ、イワオの三人は、トレーニングルーム入口に立つ武装警備員の徒党を見ていた。


 その先頭には小柄な壮年男性が立っている。


 刻まれた皺と白髭は年相応の見た目なのに、逆巻くようなグレイヘアとギラついた鷲のような眼は猛るような生命力を匂わせた。額には、わずかばかりの傷がある。


 壮年の男性が、目元と口元を挑発的に歪ませた。


「あの勝負、俺の圧勝だったな。凡夫よ」


 壮年男性がニタニタと嗤うと、男性を取り巻く若者たちも同様にくすくすと嗤いを浮かべた。嘲笑を受け止めたのはイワオだ。


「ジョウか……」

(この人が、元相棒の……?)


 研ぎ澄まされた雰囲気がよく似ていた。おそらく正解だと思いながら、最後の確認を取る。


「イワオさん。あの人が?」

「うむ。先ほどの話の男だ」


 再び、徒党の戦闘に立つ、ジョウという男を見る。


(やっぱりこの人が、イワオさんの……。でも、凡夫って?)


 凡夫呼びとは穏やかではない。元相棒に向けるとは思えない嘲笑に戸惑っていると、ジョウが含み笑いを漏らした。


「今日の資源採取戦でも、相変わらずだったな。貴様の射撃、美しくない」

「……そうか」

「俺の助けが無ければ、貴様の部隊もどうなっていたことだろうな」


 引き続き穏やかでない雰囲気にたじろいでいると、隣にいるソウが耳打ちした。


「アオイ。どういう事だ。あの二人は何の事を話している?」

「たぶん、あの人が今日の資源採取戦で、霧の中で助けに来た人じゃないかな」

「あの観測困難な状態での狙撃を実現した狙撃手か。好都合だな」

「え? ちょ?」


 嫌な予感が湧くと同時にソウが前に出て、ジョウの前へ躍り出た。


 ジョウと徒党が怪訝な視線を向けるが、ソウは気にする様子はない。いつもの仏頂面のまま、睨んでいるとも受け取られかねない三白眼での眼差しを送る。


「質問が。どうしてあの中でも正確な射撃を?」


 なぜそんな事を今聞くのか。


 今なお良く分からない相棒に疑問を向けるのは、ジョウも同じようだった。ジョウの挑発的な笑みは消え、シワの深い眉間に力を入れた。


「……小僧。何者だ?」

「ソウ」

「貴様の名前に興味はない。どこの何者かについてだ」

「サクラダ警備の試用契約社員」

「……イワオの後輩と言う訳か」


 ジョウが、鷲の様にギラギラした眼差しをイワオに向ける。その後、ソウへ視線を戻して意地悪い笑みを浮かべた。


「ならば教えてやろう。特別にな」


 そう言って、ジョウはこめかみをトントンと叩く。その仕草はイワオと瓜二つだった。 イワオとジョウがともに過ごしたであろう時間の濃さに戸惑っていると、ジョウが腕を組んでどっしりと構えた。


「勘だよ。小僧、分かるか?」

「理解不能です」

「そうか。ならば貴様も凡夫だな」


 ジョウの笑みに嘲笑が混じる。


「勘という不明確な根拠にしたがっても――」

「黙れ、小僧。(さか)しげに語ろうとも、無能は隠せんぞ?」


 無能と呼ばれ、ソウが仏頂面をわずかに歪めた。その様子を見て、ジョウが嘲笑を深める。腕を組んだまま、おどけたように肩をすくめた。


「根拠? データ? 凡夫どもはいつもそうだ」


 そういうと、徒党の若者たちがニタニタと笑みを深める。嫌な雰囲気に身体をこわばらせていると、ジョウがギラギラとした攻撃的な眼差しを向ける。


「射撃補正装置に至っては、邪道も邪道。己の才覚を研ぎ澄まし、導かれた一撃こそ美しい」


 自賛の笑みをジョウが浮かべると、徒党の若者たちが一斉に頷いた。嫌な威圧を感じて身がすくんだが、ソウは気にも留める様子はない。


「だが、曖昧な感覚に頼ったものでは安定的な運用できないのでは?」

「小僧。やはり貴様も凡夫だな。イワオと同じことをいう」


 ジョウの威嚇するような笑いが向けられる。ねばっこくまとわり付く不快な感情は増すばかりだった。


(なんか、嫌な感じ……)


 自分がたじろぐ様子を、ジョウがチラリと見る。瞳に宿る嗜虐の光が、暗い輝きを増した。


「才覚に自負を持てぬ半端者。だから、射撃では傑出できぬ。そこの凡夫のように」

「イワオさんの射撃能力は高水準では?」

「せいぜいが技巧だという事だ、小僧。芸術ではない」

「意味不明です」

「超一流ではないと言えば分かるか? ん?」


 幼児に言い聞かせるような調子だった。ジョウが腕を組んだまま肩をすくめる。思わず、と言った調子で吹き出した徒党の一人が、ニヤケながらジョウへ歩み寄る。


「ジョウさん。相手はガキですよ」

「そうだな。からかい過ぎたか。すまんな、小僧」

 

 クツクツと嗤った後に、ジョウが再び鷲の目を向ける。


「まぁ、そやつには才覚がない。狙撃手(スナイパー)として最も必要なものが。それがなんだか分かるか? 小僧?」


 ソウは答えない。ジョウが、腕を組んだまま胸を張る。


「教えてやろう。それは、自分が撃つにふさわしい者という自覚だ」


 何の事かと眉をひそめる。ソウも、三白眼を細めながら眉をひそめていた。対するジョウは、悦に入った様子で語り続ける。


「自分なら獲物を隠れ場所を暴ける、自分なら相手より先に狙いを定められる、自分が撃って当然、自分が撃ち殺すのは天命」


 語りの調子があがるほど、周囲の若者たちもうんうんと調子を合わせた。


「相手の生死を決めるのは自分。相手の上に立って当然。その自負が無いものにスナイパーは務まらない。そしてそれは天賦の才だ」


 芝居がかった調子に、徒党の若者たちから感嘆の声が上がる。過剰にも思える反応に、気持ち悪さが混じった反感がこみ上げる。


(もう、いい加減に――)

「なんか変な雰囲気だな」


 苛立ちを遮ったのはシノブの声だった。徒党たちが後ろを振り返った先、つまりトレーニングルームの入口には、小柄な影が立っていた。


「シノブさん」


 思わず声を掛ける。


「いったいなんだ? こりゃ?」


 徒党たちをまじまじと見つめながら、シノブが徒党の脇をすり抜ける。そして、こちらへ寄ろうとした時、ジョウが声を掛けた。


「シノブ……なのか?」

「ジョウさんだったんですか」


 シノブが猫の瞳を丸くする。


 それを見たジョウが、眉間に刻まれた皺を緩めた。瞳のギラつき潜まり、年相応の大人な落ち着きが浮ぶ。


「……随分と雰囲気が変わったな」

「そうですか?」

「貴様がそんな穏やかな目をするとは、思わなんだ」

「色々とあったんですよ」


 シノブがちらりとこちらを向いた。


 坑道の一件以来、確かにシノブの様子は変わった気がする。何かに憑かれたような焦りは消え、気負いのない目をすることが多くなったと思う。


 そう思っていると、シノブがジョウと徒党を見回した。


「ジョウさんは……変わらないですね。相変わらずギラギラしている」

「老いるものかよ」


 そういうと、鷲の瞳にギラギラとした活力が戻る。


(シノブさんも知り合い……。と言う事は、イナビシの人?)


 そう思っていると、シノブがこちらに寄ってきた。やや歩いて、くるりとジョウへ振り返る。その位置は、自分とソウを守るように、ジョウとの間だった。


「相変わらず、ゾロゾロと引き連れていますね」

「群れを率いるのは、才あるものの宿命だ」

「そう言うのも変わりませんね。イナビシを辞めてからの噂を聞かなかったですけど……。ジョウさん、何してたんです?」

「詳しくは言えんが、いわゆる教官だな」


 それを聞いたイワオがぼそりと呟く。


「お前の弟子たち……という訳か」

「そうだ。それに引き換え……」


 ジョウが腕を組んだまま、睨みを利かす。 


「サクラダ警備のような弱小では、お前以外に狙撃手はおらんだろうなぁ」


 ジョウが唇を意地悪気に釣り上げる。嘲笑に素早く反応したのはシノブだった。


「弱小だぁ? ジョウさん。アンタ、トモエさんの事を――」


 イワオがシノブの前へ出て、手で制止した。


「シノブ。ワシに」

「イワオさん?」


 イワオはシノブへ振り返らずに、ジョウを見据えたまま落ち着いた調子で口を開いた。


「ジョウ。何を隠している?」


 ジョウの顔から嘲笑が消える。


「……なに?」

「何か隠したい事がある時、腕を組む癖は、変わっておらんようだな」


 ジョウの目じりがピクリと動く。だが、その僅かな反応は、直後の高笑いでかき消された。


「クハハ! 分かったような事を」

「分かるさ。相棒だったからな」


 イワオからの一言が聞こえないように、ジョウはクツクツと嗤い続けている。それでもイワオは、普段と変わらぬ淡々とした調子で問いかけた。


「お前とて暇ではあるまい。この会話に何の意図がある?」

「……ならば答えを教えてやろう。俺は才の無い者、弱い者に反吐が出る」


 鷲の目に宿る攻撃性が、一層激しくなった。


「弱小に属したままに甘んじる凡夫などは特にな。こいつらを見ろ」


 そういって、後ろをチラリと見る。

 

「この十倍はいる候補者から選りすぐった俺の弟子どもだ。俺の芸術を継ぐ者だ。それに引き換え、貴様には誰も跡を継ぐ者は……」


 鷲の瞳が自分とソウを見た。


「おらんようだな」


 ジョウが腕を組んだまま、語り続ける。


「不細工な技すら残せない。だというのに、チマチマと節制に努める。そんな弱者を見ているとイライラする。弱者とつるむものも」


 しわがれ始めた壮年の声に、一層の唾棄の嫌悪が混じる。


「それを迎え入れる者もだ」


 それを聞いたイワオが意外そうな声を上げた。


「迎え入れるもの? トモエの事か?」


 ジョウが、自分の発言にいまさら気づいたように目を剥いた。それから苦々し気に吐き捨てる。


「……そうだ」


 フンと鼻息を鳴らし、元の嘲笑と攻撃性に満ちた調子に戻った。


「人を見る目があるなどと、持てはやされているが……」


 再び、ぎらついた目が向けられた。


「その目も今はないらしい」


 ジョウが腕組みを解き、目を抉るような仕草をした。怪我を揶揄しているのは一目でわかる。

 

(この人……! トモエさんの事を……!)


 思わず拳に力が入った。


 ソウの髪はわずかに逆立ち、シノブの肩に力が入るのが見えた。空気がギシギシと軋みを上げる中、ジョウが悠然と腕組みをしなおした。


 その時を狙いすましたかのように、イワオが言葉を放つ。


「ジョウ」

「なんだ」

「腕は組んだままだったが、良かったのか?」


 ジョウが舌打ちを一つした。


「構わん。腹の底からの本音だ」


 鷹の目と鷲の目がにらみ合う。そして鼻息を一つならし、振り返った。


「お前たち、行くぞ。飲みなおす」

「分かりました」


 そういって、ジョウの一団がトレーニングルームから出て行った。しばらくは身構えていたシノブが警戒を解き、ふぅとため息を吐く。

 

「ジョウさん。相変わらずでしたね」

「うむ」

「イナビシの頃から、あぁだもんなぁ。なんか、トゲトゲしてるっつーか」


 やはりイナビシ時代の、という思いと共に問いかける。


「いつもあんな感じだったんですか?」

「なんか群れの真ん中にいて、ギラギラしてたな。いつも才能とか色々しゃべってたよ」


 そんな仕事仲間がいる日々を想像すると、それだけで気分が重くなった。サクラダ警備に来る前の、(ないがし)ろにされる日々を思い出す。


(ボクがイナビシにいたら、大変だったろうな。まぁ、ボクなんかが入れるとは思えないけど)


 自虐で落ち込んだところに、ジョウの一言が刺さる。


(才能か……。狙撃手どころか武装警備員のだって、ボクには……)


 そこまで思って、イワオに声を掛けようと思った事を思い出す。


(あ、でも、そうだった、読みなら?)

 

 顔を上げて、鷹の目を見据えた。


「あ、あのイワオさん。話が――」

「ワシからも話がある」

「な、なんでしょう?」


 意外な返答に戸惑った直後、イワオが目の前でパンと手を叩く。その瞬間に、全身の血が湧いた。


「……あ! は!?」

 

 息が上手く吸えず、思わず床へへたり込む。シノブが目の色を変えて駆け寄ってきた。


「アオイ!? イワオさん!? 何を!?」

  

 イワオが静かに答える。


「PTSD。心的外傷後ストレス障害。その疑いがある」

「……え?」

「お前には、緩和訓練が必要だ」


 やっぱり見抜かれていた。


 先の戦場でもそんな感じがした。爆発で取り乱した時、イワオが通信ウィンドウ越しに、こちらを観察するように、ジッと見つめていたことを思い出す。


 その観察眼の鋭さを前にして、アオイに取り繕うことはできなかった。


次回も1~2週間後の更新です。

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