第十一話 少女とスナイプとカウンタースナイプ
◯局所熱帯 地熱高原 トレージオン戦最前線地帯
まばらな木々が生い茂る開けた森の中、サーバルⅨが突如吹き飛んだ。
(今の、イワオさんに撃たれたみたい)
そこで確信を得た。
「狙撃!?」
「うむ。だろうな」
イワオの肯定は冷静だった。直後、トモエが通信ウィンドウに映る。無機質なバイザー型視覚デバイスが目を隠しているが、その奥の焦りがありありと読み取れた。
「シノブ! 状況は!?」
「頭部破損! 索敵能力低下!」
ヨロヨロと立ち上がるサーバルⅨをかばうように、ソウのシドウ一式が駆け寄った。
「どこから狙撃が?」
「わっかんねぇ! 相当遠い! 見つけられなかった!」
ソウが辺りを警戒する間に、サーバルⅨが巨木の影に隠れる。シノブの離脱は免れたものの、状況は依然として悪い。
未知の敵が遠くから狙っている。踏み出そうとして撃たれる自分を想像し、足踏みしかできなかった。
「ど、どうしましょう!? このままじゃ敵が!」
そこまで言って気づく。
「それを狙ってる……? 足止めのため!?」
このままでは、追撃はできない。敵の策に気づいたと同時に、渋い残響を含んだ低い声が聞こえた。
「迎え撃つ。あそこだな」
「え!? 見えなかったって――」
しかし、イワオの瞳に猛禽の獰猛さが宿った。
「見えん。しかし、分かる。まずは隠れるぞ」
それだけ言って、イワオは機体を巨木へと駆けさせた。
(ぼ、ボクも隠れきゃ!)
辺りを見回し、一番近い木陰に自分も機体を隠す。その間に、ファルケは背面から狙撃銃を取り出していた。
(イワオさん、狙撃返しを!?)
ファルケが巨木の影から半身を乗り出す。一拍もおかず、狙撃銃が火を吹いた。
(けん制?)
あまりに早い発砲だった。銃口が向く先を見る。
(あっちに飛んだ)
シドウ一式に搭載された弾道解析ソフトが弾丸をマークしつづけた。彼方へ飛翔するマーカーが、ある巨木の樹冠に吸い込まれる。すると、黒曜の葉の塊から人戦機の影が落ちた。
影は落下中に身を翻し着地する。そして、そのまま丘と空の境界へ消えた。
「当てた!?」
照準の短さからけん制と思っていたが、そうではなかった。
「あんな一瞬で!?」
しかし、イワオの声にはなんの感慨も乗っていなかった。
「ほう。迷彩外套装備。武器交換用背面マウンターを排した狙撃特化装備か」
通信ウィンドウに映るイワオが、こめかみを指先で叩く。
「この距離で決めた。射撃の腕は良い。だが、隠れる場所が絶好すぎる。裏をかくことを知らん。若いな」
トントンと指先でこめかみを叩く度に、イワオの口から考察が飛び出す。そこへトモエからの通信が入った。
「イワオ。排除を」
「了解です」
「長引けば厄介。確実に仕留めろ」
「ならば、五分ほど戦線を離れます」
「……三分だ。と言いたい所だが、おそらくは無理か」
「相手の動きによるので。五分なら確実です」
「分かった」
間髪おかず、ファルケがこちらを向いた。通信ウィンドウに映る鷹の目も、こちらをまっすぐ見ていた。
「お前たち。任せた」
言って、ファルケが駆け出す。あっという間に森へ消えた機影を呆然と見ていると、トモエの声が意識を引き戻した。
「各機に告ぐ。敵スナイパーは気にせずに戦え」
「ほ、本当に……?」
「問題ない」
トモエはわずかに微笑んでいる。戦闘中には滅多に見せない笑みが、イワオへの信頼を物語っていた。
〇局所熱帯 地熱高原
一機の人戦機が疎らな木々の間を駆ける。
細身の機体は装甲よりも機動性を重視した設計であることを物語っていた。その頭部は鷲のくちばしを思わせる。武器変更マウンターの可動を邪魔する迷彩外套を羽織ってまで狙撃にこだわったその機体は、アイアンイーグルという。
アイアンイーグルの胸部には、積層装甲の剥離痕が刻まれていた。それは狙撃を受けた跡である。
アイアンイーグルのコックピットに座る男の勝ち気そうなツリ目が、暗闇の中で浮かび上がっていた。半透明ゴーグルモニター越しに浮かぶ双眸は、悔しげに歪んでいた。
「クソ! あのファルケ! あっさりカウンターを決めてきやがった!」
そう言って、若い男はゴーグルモニター視界端のアイコンを見る。人戦機を模したアイコンの胸部は、真っ赤に染まっていた。
勝ち気な瞳に警告色が照り返している時、ヘッドホンから威厳のある中年男性の声が聞こえてきた。
「リョウ。撤退支援はどうした? 相手はサクラダ警備らしい。やり手だ。一秒でも早い狙撃再開を」
釣り気味の瞳に苛立ちが混じった。
「場所を探している! その後だ!」
「さっさとしろよ。前線を張れない分は働いてもらわないと困る」
「分かっている! 今まで、さんざん助けただろうが」
「逆もあったことは覚えておけ。役に立たないようならば、先に撤退する」
狙撃は前線で耐え抜く味方があってこそ。盾となる仲間がいなければ、あっという間に懐まで入られて、機能停止に追い込まれる。
それが狙撃手にありがちな末路だった。
リョウと呼ばれた若者が勝ち気な瞳を歪ませて、ギリと奥歯をきしませる。
「言われなくても……!」
そう言ってリョウは自分の武装を確認する。ゴーグルモニターに映る武器欄には、狙撃銃とハンドガンのみが表示されていた。
「狙撃一本で黙らせてきたんだ……! なめんじゃねえ!」
リョウは、今時珍しい狙撃専門の操縦士だ。
刻々と変わるトレージオンの噴出ポイントへ侵攻し、占拠し続けなければいけない都合上、機動力に富んだ突撃兵装や、拠点防衛に向いた主戦闘兵装が多い。
そんな中、リョウは多様な武装を捨てている。背部マウンターの武器交換システムが擬装外套と干渉してしまうためだ。
狙撃へこだわっているからこそ、カウンタースナイプを決められた事が許せなかった。
「狙撃ポイントは……。どこだ。どこがいい?」
狙撃位置にはいくつかの条件がある。リョウはそれを口ずさんでいる。自分を落ち着かせるためのクセだった。
「予想交戦距離は……。いまの前線からすると」
まずは距離。獲物から近すぎれば狙われ、遠ければ温度や湿度、風による弾道のずれが大きくなり、補正が難しくなる。そして、近づかれにくい、または近づかれても気づける地形だ。射角が広く、死角が少なければ敵の発見も狙撃も捗る。
「次に、見つかり辛い場所を……」
狙撃手の存在を知らせて相手を警戒させるのも仕事の内だが、場所が知られてしまっては元も子もない。
「木陰は……」
枝葉の密度、光の加減。それらを考えながら、場所を絞り込んでいく。
「とにかく、手早くやらねえと……!」
リョウの勝ち気な双眸に、ぐっと力が入った。
「時代遅れなんて、言わせねえ!」
一部の者は、時代遅れとリョウを嗤う。
人戦機の機動力が低かった昔は、専業狙撃手もそれなりに有用な選択肢だった。だが、人戦機が高機動化してからは、狙撃の難度が劇的に上がった。
疲れを知らず、動き回る人戦機を狙うのは至難の業だ。
だが、それらの物ともしない才能をリョウは持っていた。即座に相手を見つけ照準を合わせる反応時間、細かい照準のずれを補正する当て勘、そして狙撃位置を素早く見つける嗅覚。
「俺ならできる! 俺が狩る側だ!」
その自負と嗅覚が、絶好の狙撃位置をかぎつけた。
「あそこなら」
緩やかな下り坂となる丘の中腹をめがけ、機体を駆けさせる。その中でも適度に植生のある所に機体を滑り込ませた。
「チェック」
即座に敵がいると思われる方向を確認する。まず、周囲をさっと。そして怪しい箇所は二、三秒ずつ。
「敵影なし。よし」
次に、アイアンイーグルは射撃体勢に入り、光学センサー越しに戦場を見る。迷彩外套の効果も相まって、そこに人戦機がいるとは気づかないだろう。
最初から見ていなければ。
「獲物は……。うちらを追撃中か」
リョウのゴーグルモニターには、狙撃用の特殊拡大ウィンドウが映っている。その中で、一機のシドウ一式が暴れ回っていた。
「あのシドウ。無茶苦茶な動きをしやがる」
そのシドウ一式は不意を突いて相手を引き倒し、そのままマウントを取って容赦ない追撃を浴びせている。味方機がやられているが、それでもリョウの表情は平然したままだった。
「ありゃあ、撃っても助けられないな。それよりも」
戦場をなめるように視線を揺らす。
「他にやべえのは……」
狙撃兵にとって、通常の歩兵は近づかれない限り脅威ではない。シドウ、サーバル、コブラなど獲物を確認していくうちに、その場にいるはずの機体が居ない事に気づく。
「奴は……。あのファルケはどこだ?」
その時、ほんの僅かだが物音が聞こえた。
「葉擦れの音……?」
攻性獣にしては小さすぎる。
「ただの物音だ。そのはずだ……」
リョウの理性はそう判断した。だが、本能はそう言っていない。
「どうする? どうすればいい?」
冷や汗が頬を伝う。
擬装を解いてでも確認をするべきか。その天秤が確認に傾きかけた時だった。
「ぐぅ!?」
蹴り飛ばされたような衝撃が、背後からリョウの全身を叩いた。
「か……!?」
肺から飛び出た空気は、わずかにだけ声をなした。機体が茂みを突き抜けて地面に叩きつけられる。コックピットの中で、ガクンとリョウの首が揺れた。
「ぐぅ……! 何が起きやがった!?」
そう言ってうつ伏せに叩きつけられた機体を、ごろりと転がす。見えたのは駆け寄ってくる鷹だった。
「ファルケ!? どうしてここに!?」
リョウの勝ち気な瞳が驚愕に歪む間にも、影は見る間に大きくなった。猛禽のくちばしが倒れ伏すアイアンイーグルへ襲いかかる。
「近寄ってきたならば見逃すはずがねぇ……って事は」
リョウがギリギリと、悔しげに歯を鳴らす。
「最初から、ここに来ると読んでやがった……!」
ファルケが駆け寄りながら、背面マウンターからサブマシンガンを取り出す。
アイアンイーグルが自動で起き上がろうとするが、それよりも早くファルケが覆いかぶさった。
「クソがぁ!」
リョウの叫びがコックピットに響くと同時に、サブマシンガンから銃火が吐き出された。先程撃たれた胸部装甲の傷が、更にえぐられていく。
無数の弾丸がコックピットをガンガンと鳴らす。それとともに、視界に映る危機的警告が限界を知らせたが、サブマシンガンの銃火を止めるすべはない。
そして、とうとう駆動系が落ちた。
「機体機能停止」
「クソが! クソが! クソがぁ!」
リョウはコックピット正面の壁を殴り、唇を噛みしめる。尋常ではないほどの力が籠もる双眸には、モニターの画像が照り返っていた。瞳に映るファルケは、振り向くこともなく森へと消えていった。




