第十話 少女とトレージオンと陣地構築
◯局所熱帯 地熱高原 トレージオン戦最前線地帯
急峻な丘の上で、虹色の輝きが立ち上っていた。刻々と色を変える輝きは、戦場に似合わないほど幻想的だ。宝物庫の名にふさわしく、人々が目の色を変える輝きを誇っている。
吹き出るトレージオンの周りには、回収用の昆虫型機械群が飛び回っている。ミツバチのようにトレージオンを回収する昆虫型機械群の下で、三機の人戦機が岩や倒木を整えていた。
三機の肩には、盾に桜をあしらった社章がペイントされている。倒木を抱えたシドウ一式のコックピットで、アオイが気弱そうな垂れ気味の丸目を、歪めていた。
「えっと……。ここは、こう?」
人戦機が通りそうなルートを選んで、倒木などの障害物を置く。移動速度を遅くする程度に、しかし通ろうとすれば通れる程度に。そんな指示をシノブから受けながら、アオイ機が作業を進める。
急峻な丘の上へと通じる比較的なだらかな坂道は、障害物競争のコースのようになっていた。準備を進めていたアオイが、ふと手を止めて黒曜の熱帯林を見る。
「ソウ。イワオさん、逃げ切れるかな」
「シミュレーションから推察される技量からすれば問題ない」
「確かに、すごく速かったけど……」
その時、メインモニターに映るサーバルⅨのセンサースロットが動く。大耳の肉食獣が獲物の足音を捉えているように見えた。
「……来た! 静かに」
索敵の邪魔をしてはいけないと、口にキュッと力を入れる。シノブも瞳を閉じた。
「……一機。……速い。足音は軽量級。間違いない。イワオさんだ」
胸中に溜まった緊張を、ホッという息とともに口から吐き出す。
「よかった。敵がいっぱいいたから、心配で」
「イワオさんの心配なんていらねーよ。戻って来る前に、仕上げちまうぞ」
しばらく作業を続け、茂みの中から細身の人型兵器が飛び出てきた。長尺の狙撃銃と迫撃砲を背負う、ファルケだった。猛禽のくちばしのような頭部がこちらに向けられると、通信ウィンドウにイワオが映る。
「シノブ。援軍は?」
「まだです」
「ドローン通信網が、まだ来ていないのか?」
「いえ。通信はもう来ていて、イナビシに援軍要請済みです。承認自体はすぐだったんですけど……」
「判断が早い。流石はチサトだ。では、ここまで遠いということか」
「そういうことですね。時間がかかるって言ってました」
「兵装の配達はどうだ?」
「そっちはもうすぐ来ます」
武装交換システムである兵装は、無人ドローンで配達される。利用できるのはドローン通信領域のみであるが、状況に即応できる利点は計り知れない。
「えっと。ワタシは突撃兵装から主戦闘兵装でしたっけ?」
「アオイは盾役を頼む。ワシも援護する」
拠点侵攻は機動力を重視した突撃兵装が望ましいが、拠点防衛には向いていない。ソウとシノブは機動で撹乱する役だが、火力と防御力で相手を引き付ける役も必要だ。
「ワタシが引き付けるってことですね……!」
「その間に、他のメンバーは機動力で包囲する」
「わかりました。でも、配達が来ないと……」
兵装配達用のドローンの影が見えても良い頃だと思い、戦線後方を見る。
「もうそろそろ……。来ました!」
黒曜の葉と雲の間を飛ぶ、一つの影が見えた。ちらりと見えた影はグングンと大きくなっていく。それは間違いなく配送用の大型ドローンだった。
ドローンが吊り下げているのは、主戦闘兵装用の対銃弾用防御装備であるバレットダンパーと、イワオ用の大型銃だ。拡大されたメインモニターを見ながら、自分宛ての荷物であることを悟る。
予想通りに大型ドローンは、自分たちの目の前で止まる。そこで主戦闘兵装の装備一式を受け取ったあとに、去っていくドローンへ手を振った。同時に、通信ウィンドウにイワオが映った。
「どうして手を振る?」
「いつも配達してくれている人だと思うので」
「ふむ」
イワオは言及してこなかった。イワオはイワオで、ドローンから受け取った大型銃を装備しているところだった。
「イワオさんも機関銃ですか? ワタシのよりも大きいですね」
「汎用機関銃だ」
「置いたり担いだり両方できる機関銃でしたっけ?」
「うむ。腰を据えての防衛にこそ役に立つ」
イワオは汎用機関銃に三脚銃架をつけた。
ファルケが汎用機関銃を担いで歩く。人戦機では滑り落ちるくらい急峻な崖に囲まれた陣地の中にあって、数少ないなだらかな登り坂の方へ向かった。
崖下からは狙われず、しかし坂を登っている相手を狙える絶妙な位置をファルケが見据える。そのまま汎用機関銃をドカッと下ろす。
「よし。迎撃ルートに敵が来たら、ワシがマークスマンライフルで遠距離射撃で遅滞させる」
汎用機関銃を設置したのになぜ。そう思っていると、ソウのぶっきらぼうな声が聞こえた。
「汎用機関銃は使用しないのですか?」
「敵部隊が近づいたらワシが使う」
「長距離射撃する間にも、汎用機関銃のけん制射撃は有効だと思いますが」
「うむ。そのとおりだ。だからソウが使え。できるな?」
「その汎用機関銃、確か私物では?」
「構わん。会社の利益のため、ひいてはワシの利益のためだ」
「了解」
そう言って、ファルケが背面から狙撃銃を取り出す。人戦機の身の丈に迫る長物だ。
膝立に構えて、黒曜の茂みを狙う。猛禽のくちばしに似た頭部装甲が、ぱかりと開いた。中に収められていたカメラ類が、遥か遠くの敵機を捉えようとする。
着々と遠距離射撃の準備を整えながら、イワオが指示を紡ぐ。
「ソウは、敵が接近してきたらアサルトライフルに切り替えろ。汎用機関銃での火力支援はワシが入れ替わる」
「了解。ではそれ――」
ソウの返事の途中で、黒曜の茂みから爆発音が聞こえた。
「爆発!?」
「ワシが仕掛けた。迫撃砲弾を使った即席爆発装置だな」
一呼吸遅れて、黒煙が立ち上り、曇天へと溶け合っていく。立ち上る黒煙の根本にいる敵も、相当の損耗を受けているだろう。
「凄い。こんな広い森で、ぴったり仕掛けるなんて」
敵の進行ルートを読まねばできない芸当だった。無数に路の中から、敵が通るルートを確実に予測する慧眼に、感嘆の息が漏れた。
「さすが、イワオさん」
通信ウィンドウのイワオは、当然とばかりに眉一つ動かさない。
「大した事ではない。それより構えろ。来る」
黒曜の茂みの奥に潜む機械仕掛けの軍団を思い浮かべ、アオイは思わずつばを飲んだ。これから、息を抜く暇は訪れない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
急峻な丘の上には、変わらず虹色の輝きが立ち上っている。しかし、周囲の様子は一変していた。
灰色の空を、曳光弾の輝きが絶えず切り裂いている。けたたましい銃撃音は、途切れることがない。
丘のふもとから絶えず浴びせられる銃撃の先には、バレットダンパーを装備したシドウ一式がいた。軽機関銃を提げながら、銃撃に怯むことなく反撃を繰り返している。
そのコックピットには緊張に顔こわばらせたアオイがいた。
「この! この! ……と、今度はこっちからも!?」
アオイのゴーグルモニターには、無数の敵性存在表示が映っている。近距離から順番に照準を合わせるだけでも、手一杯だった。
次々と打ち寄せる情報の波に揉まれているうちに、意識が前に前にと飛び出していく。 そんな時、ソウの檄が意識を引き戻した。
「アオイ! 横!」
とっさに側面を見ると、崖から顔を出した人戦機がサブマシンガンを構えていた。だが、主戦闘兵装用に長銃身化した軽機関銃の旋回は鈍い。
「間に合わない……!」
防弾減衰層で受けるしか無いと思っていた時だった。通信ウィンドウに映る鷹の目が鋭さを増す。
「かがめ」
「は、はい!」
咄嗟のイメージを読み取って、シドウ一式が機体を沈める。ふわりとした無重力を感じた直後に、弾丸が空を裂く風切り音がヘッドホンから聞こえた。
崖から顔を出していた人戦機は銃弾で叩き落されていった。
その様を見届けたあと、すぐさまファルケを振り返る。
「あ、ありがとうございました」
「礼は要らん」
ファルケは狙撃銃を手放しており、かわりにサブマシンガンを手にしていた。既に敵機たちは、ファルケの副武器であるサブマシンガンで狙える距離にまで到達している。
狙撃銃は連射性能が低く、近づかれた後は役立たずと化す。それ故、イワオは武器をサブマシンガンに変更していた。
(狙撃銃は……。もう無理か)
そんな内心の焦りを読んだのか、イワオがボソリと呟いた。
「兵装転換できればよかったのだがな」
「敵、すぐに来ちゃいましたからね」
イワオの撹乱は見事だったが、敵勢力の立て直しも見事だった。援軍の到着を待ち望んでいるが、そろそろ敵の主力部隊が到着しようとしているらしい。
ただでさえ迎撃に手一杯。
そんな状況で敵が勢いを増せば、どうなるかは分からない。ゴクリと唾で喉を鳴らす。
「このままじゃ――」
その言葉を、爆発音がかき消した。
「――!」
思わず息を飲む。そして心臓が不自然な程にうなりを上げる。無理矢理に駆け巡る血液が、痛いほどに苦しい。
思わずまぶたを固く閉じていると、耳元からソウの声が聞こえた。
「アオイ? 脈拍が異常に上昇しているが」
「い、いや。びっくりしただけ」
瞳を開けると、イワオがこちらを見ていた。
(うっ……)
鷹の眼差しが何を見抜いたのか。身体が動かないところに、シノブが割って入った。
「それにしても流石イワオさんですね。仕掛けたところ、ばっちりです」
「経験だ」
イワオの返答とともに、ファルケがサブマシンガンで次々と敵を追い払っていた。それに、サーバルⅨとシドウ一式が続く。
不自然な鼓動を上げる心臓を押さえていると、ソウの呼ぶ声がした。
「アオイ。前」
「う、うん!」
言われて敵機へけん制射撃を送る。銃火の奔流に押され、敵機が坂から退避した。
「ふぅ。なんとか」
ようやっと陣地を見る余裕ができた。メインモニターには。銃弾でボロボロになった倒木が映っている。身代わりとして銃撃を受けてくれた証拠だった。
もし事前の準備がなければ、と想像してしまう。
「陣地を作っていてよかった……!」
そのつぶやきをソウが拾った。
「だが、このままでは押し切られるな」
ソウの予想は正しく、いずれは陣地も崩れてしまう。そうなれば、皆の火力だけでは押し戻せるかは、分からなかった。
通信ウィンドウに映るシノブとソウに焦りが浮かぶ。無論、自分の胸中にも。
その中に在って、イワオだけは表情を変えず、ただ状況だけを冷静で眺め続けていた。
「援軍は手配している。到着はもうすぐだろう。それまで――」
その時、丘への登り坂を防ぐように二機のコブラが黒曜の森から飛び出した。ガトリング砲から大量の弾幕を垂れ流し、あっという間に敵機の群れを押し返している。
同時に、イヤホンから鼓膜を突き破るような声が響いた。
「ひゃっはぁー! 弾幕なら任せろぉ!」
「バカ兄貴。うるさい」
聞き覚えのある声に、思わず顔がほころんだ。
「ナナミさん! ダイチさん!」
唸るような重低音の銃声に混じり、気だるげで気負いのないナナミの声が聞こえてきた。
「アオちゃん。ウチらも来たよ」
「ありがとうございます!」
ソウが思い出したかのように、片眉を上げる。切れ長の三白眼が、呆れがこもったじっとりとしたものになっていた。
「あの、うるさい二人――」
「ソウは黙ってて!」
嫌な予感がしたので、とりあえず相棒は黙らせておく。
その間にも、コブラⅣが重装甲を活かして上り坂の入口を塞ぐ。そのまま、後ろ向きに、弾幕をばらまきながら坂を登った。コブラ二機からばら撒かれるガトリング砲の圧に、相手は攻めあぐねるばかりだった。
「支援します!」
ナナミたちへの加勢とばかりに、坂の上から軽機関銃で弾丸を浴びせて敵機を削る。自分だけでなく、イワオ、シノブ、ソウも同様に銃撃を浴びせていた。
コブラ二機が坂を登りきり、サクラダ警備に合流する。ガトリングガンの垂れ流す弾幕は強烈で、丘の下にいる敵機たちの装甲が次々と舞っていく。倒れ伏せる敵機も出てきた。
押し戻している実感を噛み締めつつ、安堵をつぶやく。
「よかった……。イワオさん、読みどおりでしたね」
「うむ。しばらくは防御だ」
その後も、近づく敵機たちに弾丸を浴びせ続ける。
敵機も攻め方を変えてきた。しかし、その都度にイワオの号令のもと、集中射撃で跳ね除ける。
敵機部隊の人戦機が倒れ、侵攻部隊も歯抜けになってきた。通信ウィンドウに映るイワオが、顎の白ひげを撫でた。
「頃合いか」
イワオが虚空を叩く。自分からは見えないが、イワオのゴーグルに映る仮想スイッチを押しているのだろう。おそらくは通信ウィンドウを立ち上げているのか。
「社長。反撃は? 他の拠点も押さえれば」
「当然やる。そろそろ追撃だ」
「了解」
そう言っている間に、敵機の部隊がいくつか退却をはじめた。それを見たトモエの声が、冷徹さを含んだ低い調子に変わった。
「戦力転換点を越したか」
その言葉を聞いて、テキストでならった事を思い出す。
(たしか……、守る方と攻める方で、戦力の大小が変わるタイミング……?)
うろ覚えの内容を頭の中から掘り起こしている間に、トモエがチサトと何かをまとめていた。
「イナビシから通信。援軍組が装甲を活かして前へ出る。サクラダ警備は両翼を担当する。各機、反転攻勢準備」
その指示を受けて、ダイチとナナミが頷いた。二機のコブラが揃って坂を下る。ついで、トモエからの指示が飛ぶ。
「アオイ、援護を」
軽機関銃で、ダイチとナナミの全身を援護射撃する。見下ろす視界の片隅で二機のコブラが下り切った。同時に、通信ウィンドウにダイチとナナミが映る。
「弾幕は、まっかせろぉぉぉ!」
「とりあえず、がんばっとく」
丘の下で弾幕が張られている間に、ソウ、シノブ、イワオがそれぞれ坂をかけ下る。最後に自分も、軽機関銃でけん制をしつつ坂を下った。
「今だ! 前進展開!」
コブラがまばらな森へゆっくりと進んでいった。敵方からパラパラと弾丸が飛来するが、堅牢なコブラの装甲をわずかに砕くだけだった。
イワオの鷹の目がギラリと光る。
「シノブとソウは左、ワシとアオイが右だ。囲むぞ」
コブラが敵攻撃を引きつけている横を抜け、各機が森へ向かって駆け出した。
その中でもファルケはひときわ速い。滑るように森を駆けていった。だが、決して一人で突っ走るようなペースではない。十分に追いつける距離でいったん止まり、サブマシンガンを辺りに向ける。そして、自分が追いついたところで、再び周囲を警戒しながら前進を再開する。
(イワオさん、ボクのことも敵のことも、本当に色々見てる……!)
その視野の広さに感心している間に、敵を包囲できる位置までたどり着いた。
「では、すり潰すぞ」
「わ、分かりました!」
イワオのファルケが、サブマシンガンと狙撃銃を交互に装備を変えながら敵機たちにプレッシャーを掛け続ける。敵機たちは、疎らな森をジリジリと後退していった。
その時、別方向からも敵機へ銃撃が襲いかかった。
「あれは!」
彼方には、大耳の人戦機であるサーバルⅨがアサルトライフルを構えていた。 当然、乗っているのはシノブだった。
シノブたちが敵部隊の更に向こう側にいるということは、敵機を挟み撃ちにできたということだ。
「このままなら押し切れ――」
突如サーバルⅨの頭が、弾き飛ばされたように吹き飛んだ。
「な、何が!?」




