第九話 少女と砲撃と老兵の狙い
◯局所熱帯 地熱高原 敵勢力展開領域
地熱高原の開けた場所に、虹色の輝きが吹き出している。
周りにいる数体の人戦機が、あたりの平原を見回している。一体の外部スピーカーから声が発せられた。
「お前たち、索敵に回すリソースをもう一段あげろ」
周りにいた人戦機たちが、声の主へ振り返る。
「隊長。どうしたんですか?」
「イナビシ指揮下勢力の侵攻が予想される、との連絡だ」
「分かりました。でも、ここまで戦力を集めれば滅多なことじゃ」
「油断するな。別会社の隊が、手も足も出ずにやられたそうだ」
「そんなに強い隊がこちらに?」
「らしい」
「どうすれば?」
「やることは変わらん。防衛に全力を尽くすだけ。二の舞いにはならんようにな」
まだ見ぬ敵に怯えるように、周囲の各機がそろって銃を構えた。
「植生が濃くて、まっ平。普通なら守りづらいですよね」
「だからこその倒木バリケードにトラップ。できるだけの事をした」
本来は守りに不利な平地には、いくつかの倒木が平原に転がっている。それはバリケードになり、強襲からの防御となる。そして、護りの備えはそれだけではなかった。
「心配しすぎですよ。いざって時は周囲の部隊がそろって来てくれるんでしょう?」
どこかが強襲されれば、周囲の部隊が集まり一気に潰す。そういう段取りだった。
「ここらへんに複数の噴出箇所が固まっていて、よかったですね。隊長」
そういって、部下たちが倒木越しに茂みを見た。直接は見えないが、その奥には他の防衛部隊が展開している。隊長と呼ばれた人戦機が、少し緩んだ空気に硬い声色を通した。
「その分、周囲が強襲されれば援護に出なければいけない」
攻められれば一蓮托生だった。それでも、部下の気楽な調子は変わらない。
「まぁ、仮に取られたとしても陣地構築される前にどうにかなるでしょう」
仮にバリケードを破壊された上でこの拠点を取られたとしても、周囲の部隊を集めての奪還は容易だ。もともとは攻めやすい平地で周囲に茂みもある。
薄く広い連携を敷いている以上、備えは盤石のはずだった。
「それは当然だが。ぬかるなよ」
各機が再び気を引き締めて、周囲を見回そうとした時だ。
ガツンという被弾音と共に、一機が弾かれるように倒れた。だれも事態を把握しきれていない。隊員の一人から、妙にとぼけた声がした。
「な、なにが?」
少し遅れて銃声が響く。隊長機が警戒の号令を上げた。
「狙撃! 隠れろ!」
隊長以下の各機が倒木へ機体を隠した。すぐさま倒木から銃だけを出して、周りの茂みを乱射する。
しばらくして、追加の狙撃が倒木へ着弾する。今度は、隠れている人戦機を掠めることもない、凡庸な一撃だった。
一発一発の間の空いた、照準も間抜けな狙撃が続く。
はじめは慎重に隠れていた人戦機たちが徐々にそわそわとあたりを見回す。
「なんだ? こちらを倒す気があるのか? ここまで着弾間隔が開くのはなぜだ?」
「狙いも悪い。ただの下手くそ? 最初のヒットは偶然?」
各機からどよめきが起きる。その間に周囲を探っていたファルケ型の人戦機から声があがった。
「狙撃地点、割れました」
「そう簡単に? 素人丸出しだな……」
「狙撃も止まった。さっさと片付け――」
彼方からひゅぅるる、と風を切る音が聞こえた。経験豊かな操縦士たちが一斉に上を向く。視覚センサーの先で、五つの砲弾が空を裂いていた。
「砲撃!?」
「クソ。狙撃に気を取られ――」
「しゃべる前に伏せろ!」
各機が伏せ終わるか否かのタイミングで砲弾が同時に爆ぜる。一斉爆破の暴力が地形を変えた。直撃を避けた人戦機たちは、爆心地からずりずりと後ずさっていた。
「多弾頭同時着弾砲撃……!?」
多弾頭同時着弾砲撃とは、文字通りたくさんの砲弾が同時に着弾するような砲撃のことだ。
「砲撃隊でも連れて来ているのか!?」
そのためには多数の砲兵が必要なはずだ。当然、砲兵を護衛する人戦機は、それ以上にいるはずだ。
「クソ! 大挙して攻めてくるぞ!」
残った人戦機たちが集まりながら、互いに背をつけて陣形を組む。そこへ、茂みの奥から人戦機の機影が近づいてきた。
「あれは!?」
「いや、待て! 撃つな!」
隊長の制止で、各機が踏みとどまる。その理由は、茂みからくる人戦機たちが手を振っていたからだ。駆け寄ってくる人戦機部隊の一機から、声が聞こえた。
「こちらは救援機だ。状況は?」
「四機が行動不能。残りも中程度の損耗が多い」
「何をされた?」
「五発同時の砲撃だ。当然、攻撃部隊はその数倍が予想される」
「多いな。情報提供に感謝する」
熟練を思わせる無駄がないやり取りのあと、救援側の隊長格がハンドシグナルとともに指示を出す。
「陣形を組む。主戦闘兵装は侵攻予想方向の前面へ」
「了解。防弾減衰層起動」
そういうと、太い体躯のコブラ型人戦機が白い薄膜に包まれる。
「突撃兵装は両翼へ。敵を絡めとる」
「了解。偏向推進翼はいつでもいける」
シドウ型の背面に生えた翼から、稼働音が唸りを上げた。
「偵察機能持ちの遊撃兵装は警戒を」
「了解。補助観察装置を起動」
そう言うと、ファルケ型人戦機の肩から大型カメラとマイク付きアームが生えた。
各機が準備する様子を見届けた隊長機が、しばらく沈黙したまま佇んだ。数秒後、再び周囲を見やる。
「広域指揮官へ援軍要請を送った。持ちこたえろよ」
「了解」
人戦機たちがせわしなく、しかし手慣れた様子であちこちに銃を向ける。一時も立ち止まることはなく、狙撃の的を絞らせない。
そうしている間に、次々と救援が集まってくる。一方で敵影は見えない。
「いつ来るんだ……」
「それに、さっきの狙撃野郎も撃ってこない」
その時、マイク付きの探査補助装置を肩から生やしたファルケ型が、茂みをバッと振り向いた。
「音探成功!」
「情報よこせ!」
「分かっている! 転送する!」
直後、隊長機から焦れた声が上がった。
「突撃兵装二機! 指定するポイントへ向かえ!」
二機が樹冠の暗がりを抜ける。黒い森を駆け抜けて、向かった先には黒曜の葉を茂らせた大枝が落ちていた。
「これは……?」
「ただの枝? 偶然落ちた?」
しかし、視覚センサーが、弾けたようにささくれだった太枝の断面を見ていた。
「違う。落とされたんだ」
「なぜ分かる」
「弾けたような断面だ。それに、木くずが指向性を持って散らばっている」
「……銃撃によるものか。ということは」
「罠だ。構えろ」
「くそ。音につられちまうとは」
二機が、すぐさま銃を構える。さわさわとした葉擦れが耳をくすぐる。
「どこにいる……?」
銃を構えながら、二機がキビキビと警戒を続けている。だが、一発の銃弾も撃たれない。撃つべき敵も、一向に現れなかった。
「来ないな……」
「警戒しつつ戻るぞ」
二機が、来た道をじりじりと戻る。
茂みを抜けて見えたのはすっかり装備を格納しきった味方たちだった。
「え? どうして警戒を?」
「まるで、引き上げているみたいじゃないか……」
戸惑い気味にあたりを見回す二機へ、隊長機が詰め寄った。
「遅い!」
「な、なにが?」
「いいから! 移動準備を!」
隊長機の声には苛立ちがこもっていた。そして、ふう、と深いため息がスピーカーから漏れる。隊長機の声が、砲撃前の落ち着き払った調子に戻る。
「悪かった。ポイントDが落ちた。それを取り戻しにいく」
「ど、どうしてそこが。全く違う場所じゃないですか。大部隊がここを攻めてくるんじゃ」
「偽装だ。最初からここを攻めるつもりなんてなかった」
「はぁ?」
手玉に取られた者特有の間抜けとも思える声は、隊長をふたたび苛立たせた。
「相手はサクラダ警備だったか……。一体どんな手を」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サクラダ警備の面々は侵攻拠点を決めかねていた。
サーバルⅨの暗闇のコックピットでシノブが唸っている。
「うーん。マップを見る限りでは、どこもやりづらい」
どういう理由なんだろう、と考えているうちにソウが声を上げる。
「理由が不明です」
「自分で考えろっつーの……って言いたいとこだけど、今はそんな場合じゃねえな」
ふぅ、と短いため息と共に、シノブの指先が小気味よく空中を叩く。シノブにしか見えない仮想パネルを操作しているんだろうなと思っていたら、視界端のマップにいくつかの起点が加わった。
「うちらが頼まれているのは、この地点の制圧だ」
目標候補地がポツポツとまんべんなく散らばっていた。意味がわからないとばかりに、ソウの三白眼が歪んだ。
「攻め易い所を、制圧すればいいのでは?」
「攻められ易くもあるんだよ。獲った後に守り切れない。お前たちも習ったろ?」
ソウはふむと言ったきり考え込んでしまう。だが、ピンと来るものがあった。
「あ、機動。バッと来たら、周りのみんなでサッと囲む」
「アオイの言う通り。攻めている間に囲まれる危険が高いってことだ」
「じゃあどうすれば……」
シノブの憂慮はわかったものの解決策自体は見つかっていない。すると、先ほどからこめかみを指先で叩いていたイワオが動きを止めた。
「ここを攻める」
イワオの素早いタップと共に映し出されたのは、少し離れた目標地点だった。等高線が随分と狭い間隔で分布している。
「ここは……丘?」
「そのとおりだ。見晴らしのよい丘。射撃は有利。砲撃があっても稜線に隠れればやり過ごせる。守りに向いた場所だな」
「でも、その分だけ攻めづらいです。確保する前に周りから敵援軍が……」
「それは任せろ」
イワオの断言は力強かった。しかし、具体的にどうするかなど思いもつかない。
「どうするんですか?」
「釣り出す。これで、大軍が来たと見せかける」
ファルケが背部マウンターに格納していた携行型迫撃砲を取り出した。
しかし、それでもイワオが意味するところが分からなかった。それは、ソウも同じだったようで三白眼の双眸を険しく歪めている。
「一門のみで大軍に見せかけるのは不可能では?」
「多弾頭同時着弾砲撃を行う」
多弾頭同時着弾砲撃とは、最初の砲撃を高初速で高く、そこから徐々に低初速で低く砲撃することで、複数の砲撃を同時に着弾させる技術である。
「そういった芸当が可能な改造をしている」
「でも、一機だけってバレちゃうんじゃ……」
「そういった改造をしている者は、ほぼいない。誤認は確実だろう」
リコの改造により、弾頭発射時のガス圧を調整できるようにしてある。ガス圧を低くすれば、勢いは弱くなる。
そこまで説明を受けて、ようやっと腑に落ちた。
「なるほど。一気に爆発させて。でも、改造したといっても、どうやって?」
「最初に高角高初速での砲撃を。角度を落すとともに初速を減らして後続砲撃を」
「そんなことができるんですね……!」
そこがイワオの狙い目だった。
「あとは狙撃や罠も組み合わせれば、それなりの時間を稼げるだろう」
二十機をゆうに超える部隊を、一機で足止めする。
その無茶を平然と口にするイワオの静かな迫力に、思わず生唾を飲む。その間にもイワオは淡々と説明を続けた。
「整理するぞ。ワシが陽動だ。砲撃後、周辺戦力がワシのところに集まる。その隙をついて、別働隊であるお前たちは本命を攻めろ。丘の上の守りに向いた地点を」
ソウとシノブが、通信ウィンドウの中でうなずく。それを横目に自分もうなずいた。
「ワシが遅滞工作を行う。その間に陣地を構築し、敵の反撃に備えろ。万全の守りで、相手を削り切る」
元々守りやすい地形で陣地を敷けば、相手の損耗を誘える。効率よく敵機を削れれば、高評価を期待できるはずだ。
非の打ち所のない作戦である。イワオの危険を除けば、であるが。
「けど、イワオさんは敵の真ん中に」
「このファルケ。遅れは取らん」
有無を言わせぬ口調だった。自分が敵陣のど真ん中から帰還するのは当然とばかりに、イワオが話を進める。
「その後は合流して防衛。シノブ。その後は、わかっているな」
「自陣をさっさと構築。作戦がうまくいきそうな事をイナビシにアピールして、援軍を頼むんですよね?」
「うむ。本来ならば、後方撹乱が本領のお主にも頼みたいところだが」
「みんな入院してるから、しゃーないです。で、援軍が来たら?」
「敵が損耗したら追撃。殲滅後に、他拠点も奪う」
通信モニターの鷹の目がギラリと光る。
「こちらの有利にはめて、すり潰す。ぬかるなよ」
平静な言葉には、ごつりとした硬さと重みがあった。




