第八話 少女と狙撃と籠の中の獲物
◯局所熱帯 地熱高原
ゴツゴツとした岩が広がる荒野に、巨木がまばらに生えている。装甲を鎧う巨人が、荒野で列をなして歩いていた。
先頭を行く細身の人戦機は鷲に似た、アイアンイーグルという型式だ。機械仕掛けの鷲から、鼻歌交じりの陽気な声が聞こえてきた。
「順調だな。今回の相手がイナビシだと知った時はやべえと思ったが。これなら、査定が楽しみだぜ」
隊のメンバーが軽い調子で応じた。
「次の拠点もサクッと落としたいところだ」
そこへ、たしなめるような重圧のかかった声が割り込んだ。
「お前たち、気を引き締めろ。ここから起伏が多い」
先頭のアイアンイーグルが振り返る。視覚センサーの先にいるのは、モノノフの大鎧を思わせる装甲をまとったシドウ十式だった。
アイアンイーグルの操縦士が、冗談めかした口調で話しかけた。
「でも、隊長。その分だけ撃たれづらいでしょ? それに本命の経路を外して、裏をかいてるんです。気づかれませんよ」
「戦場に万全はない」
隊長と呼ばれた男の声は硬い。それでも、隊員はおどけた調子で答えた。
「隊長だって、査定が良ければ買いたいものがあるんでしょう?」
「それとこれとは別だ。さっきから、偵察のお前が集中を欠いてどうする」
「分かりましたよっと」
そう言って、アイアンイーグルが、くちばしのような頭部カバーを上げた。機械仕掛けの鷲がくちばしを開いて出てきたのは、透明カバーに覆われたセンサー類だった。
「遠距離索敵モード起動」
隊員がそう言うと、アイアンイーグルが岩陰から飛び出した。四方によどみなく視界を向ける。
「近距離、クリア。続いて遠距離に」
先ほど軽薄さは微塵も見せない、きびきびとした動作だった。
「遠距離、クリア。念の為、超長距離を――」
その瞬間、バチンと弾かれるような音が響いた。
アイアンイーグルが吹っ飛び、岩と激突する。頭部センサーを覆っていた透明カバーには無数のヒビが入り、精密機械特有の美しい秩序は破壊の混沌へと変わっていた。
後列の隊員たちが一斉に岩陰に伏せる。
「敵襲! 退避!」
その間に、倒れ伏せたアイアンイーグルへ追撃の銃弾が容赦なく飛来する。狙撃されるたびに装甲が飛び散り、とうとう内部のから筋肉状駆動機構特有の毒々しい緑を帯びた煙が上がった。
「機能停止? なんて命中精度だ!?」
隊長と呼ばれた男が苦々しげに声を上げた。
「くそ! どこから?」
「分かりません。この機体の索敵能力では」
隊長機であるシドウ十式の後ろで答えたのはコブラ型の人戦機だった。
コブラ型の皿状の頭部は重装甲で覆われている。近距離交戦時のタフさを重視して設計されたコブラ型の頭部には、極々小さなカメラ窓しかない。
「隊の目をつぶされたか」
「クソ。他のルートで――」
その時、隊長の耳に警告のアラートが響いた。
「警告!? なんの!? ……砲撃!?」
言い終わるのと同時に、笛によく似た音が上空から聞こえてくる。ぴゅうと空を裂く音に導かれ、人戦機たちが曇り空を仰ぐ。見えたのは迫る黒点。
「くそ!? 立ち上がって回避? いや――」
隊長機が近くを見回す。凹凸が多く、足を取られる地形だった。
「逃げられない! 各機伏せろ!」
人戦機たちは身体を丸める。
しかし、地上に砲弾が到達する直前に、空中で砲弾が破裂する。その音と衝撃は軽い。
「何……!? どうして?」
顔を上げた隊長機は、煙に包まれていた。
「スモーク砲弾……? なぜ?」
つぶやきと同時に、曳光弾の赤が次々と煙を切り裂く。
「銃撃!? なぜ接近に気づかなかった!?
「違う! 探知に反応なしだった!」
「伏兵か!? なら、最初から読まれていた!?」
隊長機から歯ぎしりが聞こえた。
「偽装ルートを読んだ……? どうやって?」
悔しげな声を上げる隊長機に、コブラ型の隊員機が寄った。
「どうします!」
「とにかく移動! いま撃ってきているやつからも見えんはずだ!」
「了解。俺が盾になります。後ろに」
そう言って、すぐに後退を開始する。だが、スモークの中であるにも関わらず、銃火はビタリと追ってくる。
チッチッチッという甲高く、不吉な音が響いていた。
「どうしてこの中で正確な集中砲火を!?」
「あっちも、見えないはずだ――」
言い切る前に、銃火が隊の一機に襲いかかった。装甲は弾け、内部機構が露出し、膝を付く。同時に、機能停止のシステム音声が流れる。撃破された隊員が声を荒らげた。
「クソ! 限界だ」
一瞬だけ隊長の足が止まる。
「後で回収する!」
「頼みます!」
それだけを言って隊長機が煙の中を駆けた。進行時の記憶を頼りに来た道を戻る。
「ここら辺に……」
窪地が煙の向こうに見えた。
「ここだ! 逃げ込め!」
「了解!」
隊長機ともう一機が、窪地に機体を押し込めた。隊長機が鉄兜のような頭部を回しながら、辺りを伺う。
「くそ、なんなんだ。ルートは読まれる、スモークの中でも狙われる。敵はいったい――」
チッチッチッという甲高い音が、隊長の思考を遮った。
「さっきからなんだ? この音?」
「嫌な感じですね……」
隊長機が一面の煙から少しでもなにかの兆しを読み取ろうとあたりを見回す。
煙の奥に、薄い影が揺らいだ。
「なんだ?」
影は見る間に濃くなり、人戦機二体が煙を突き破ってきた。
「いつの間に!?」
煙から躍り出たのは、シドウ一式とサーバルⅨだった。二機がそれぞれ、隊長機と隊員機へ詰め寄る。
「クソ! 速い!」
二機が同時にナイフを突き出した。それぞれが喉元に突き刺さり、重要装置を破壊する。隊長機と隊員機が、それぞれ膝をついた。
「格闘まで……! そんなの……、ありかよ……!」
悔しさをにじませた言葉は煙へ溶ける。それを気に留めることもなく、シドウ一式とサーバルⅨは再び煙へと消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
荒野に漂うスモークの前で、アオイの乗るシドウ一式が佇んでいる。伏兵として制圧射撃をした後、アオイは煙を抜けて指定箇所で待機していた。
「ソウと、シノブさん。うまく倒せたのかな」
ちょうどその時、直後、サーバルⅨとシドウ一式が、そろって煙を突き抜けてきた。通信ウィンドウに不敵な光を灯した猫目が映る。
「シノブさん。お疲れ様でした」
「アオイもお疲れ! こっちはサクッと終わったぜ」
「早かったですね」
「ここまで準備してもらえりゃな。楽勝だよ」
ついで、半透明ゴーグル越しの切れ長の三白眼に視線を移す。
「ソウもお疲れ様」
「想定以上に順調だった。問題ない」
サーバルⅨが立ち止まり、耳のような大型聴覚センサースロットを周囲に向ける。それは、シノブの索敵の合図だった。邪魔してはいけないと口を閉じる。
サーバルⅨがキョロキョロとしばらく辺りを聴き回してして、動きを止めた。
「うし。なんもきこえねぇ」
「殲滅完了ですか」
「そゆこと。ソウ、頼んだ」
「了解。イワオさんへ連絡を」
ソウのシドウ一式が、小高い丘の上へ向かい手を振った。その先を見る。
(たぶん、あそこらへんに)
目を凝らすと丘の上が拡大されていく。すると、小さな人型の影が手を降っていた。
(あ、いた。イワオさんだ)
小さな影はファルケで、立役者であるイワオが乗る機体だった。
「イワオさん、あんな遠くからでもバッチリ当ててきましたね」
「さすがだよな」
通信ウィンドウの中のシノブが、首を回しながら答える。
「今回も楽勝。装甲も弾薬も損耗はほとんどなし。待ち伏せのおかげだな」
「場所と時刻。両方とも正確でした」
「イワオさんだからなー。煙幕弾もバシッとど真ん中だ」
今回の作戦は、イワオによって立案された。
まずは敵機の進行ルートとタイミングを予測する。次いで、狙撃で敵の偵察役を撃破する。当然、敵は狙撃を避けるために手近なところへ隠れる。そこへすかさず煙幕弾を迫撃砲で浴びせる。
予め伏せていた、アオイ、ソウ、シノブによる銃撃で敵機を一方的に攻撃する。シノブのエコーロケーションを使えば、煙幕の中でも一方的な攻撃は可能だ。
あとは、シノブとソウが煙の中を忍び寄り、隠れ伏せた敵機を近距離戦で仕留めれば終わりという作戦だった。
全てが読みどおりだった。その鋭さに感心しつつ、丘の上を見る。
「イワオさんが持ってるアレのおかげですね」
ちょうどその時、丘の上から曇天へ舞い上がる小さな鳥のような影が見えた。空へと舞い上がった影は色を変え、雲の灰色へと溶けていく。
それは無人偵察機であり、今回の作戦の要だった。
「なんだか鷹みたいですね」
「鳥の一種だっけ? 確かにそれっぽいな」
シノブとしみじみ見ていると、通信ウィンドウに切れ長の三白眼が映った。
「シノブさん。あの偵察機について疑問が」
「改まってどうした? ソウ?」
「あの無人偵察機は、非有線式ですよね?」
「そりゃそうだ」
「では、イワオさんはリアルタイムで画像を取得している訳では無い」
「んだな。無線が使えねぇからな」
開拓星ウラシェは電波阻害が酷い。
そのため、偵察機が観察した画像をリアルタイムに取得したければ有線で送信するしかないが、イワオが使っている偵察機に通信ケーブルはついていない。
「つまり、偵察機が録画した上空画像を帰投後に再生している。しかし、それでは観察と再生にタイムラグが有る」
「そうだな」
シノブが平然と答える。
(でも、それって……。イワオさん、すごいことをしているような……)
常に変化を続ける戦場において、イワオはタイムラグをものともせずに状況を見抜いていた事になる。
ソウが、質問を続ける。
「では、なぜタイムラグを見越した正確な未来予測が?」
「答えは言ったろ。イワオさんだからだよ」
「経験による予測。回答としては論理的ですが、やはり理解はできません」
時間の壁も超えて相手を見極める。鷹の目の鋭さに思わず感嘆の息が漏れた。それはソウも同様だったようだ。
「あえて防衛地点での迎撃を捨てるとは」
「聞いたときは、なんでそんなことをするんだろう……って思ったよ」
「アオイもそう思ったか」
イナビシから提案された提案は、防衛地点でも迎撃だった。しかし、だがイワオからの逆提案により、敵進行途中での奇襲を敢行することになった。
結果、快勝だった。
「イワオさんの読みのお陰だね」
「結果として損耗も最小限。効率的な作戦だ」
その功績を噛み締めていると、通信ウィンドウにシノブが映った。
「それにとっと片付けた方が――」
「評価にもつながる」
「ソウ。お前、本当に食い気味にくるな」
ソウの割り込みに、シノブがじっとりとした視線を送る。一方のソウは、面倒くさがられても気づくことすら無い。
だが、ソウの言うとおり、早期に敵を倒せばその分だけ自分たちへのメリットも大きい。思わず声が弾む。
「それに査定もあがる……! 今回の報酬も期待できますね!」
自然と鼻息が荒くなったとき、通信ウィンドウに鷹の目が映った。
「次に行くぞ」
「あ、イワオさん。ドローン通信が回復したんですね」
「うむ。展開領域が変わった。盤面が動いた、という訳だ」
「分かりました。ワタシたち、次はどこに行くんですか?」
「転送した」
転送されたマップを確認していると、シノブが悩まし気な声を上げる。
「うーん。これ、やりづらいなぁ」
どうやりづらいのかと思っていると、ソウが思ったことを代弁した。
「理由が不明です」
「自分で考えろっつーの……って言いたいとこだけど、今はそんな場合じゃねえな――」
シノブが手元を操作すると、視界端のマップに光点が理由を説明する。シノブが状況を事細かに説明するとほど、頬がひきつるのが分かった。
(これ、攻めるの無理じゃない?)
どう考えても指示された侵攻ルートは無理筋に聞こえた。
「ええと……。いったいどうすれば」
「ワシに考えがある」
割って入ったのはイワオだった。その声色は、固く、重く、それゆえに安心感があった。きっとイワオなら何かしてくれる。そんな期待と共に、イワオの作戦指示を待った。




