第五話 少女と相棒と彼方からの弾丸
◯???
黒の葉を茂らせた巨木の森に、微かな光が漏れている。
巨木の森を三機で駆けている最中、前方のサーバルⅨが弾かれたように吹き飛んだ。
「シノブさん!?」
「ぐぅ!?」
直後に、彼方から微かな銃声が木霊する。不吉な鳴き声だった。
「狙撃!? どこから?」
振り向こうとした直前に、倒れ込んだサーバルⅨを、追加の銃弾が穿った。
「し、シノブさん!?」
サーバルⅨの装甲の隙間から、毒々しい緑の煙が立ち上がった。機能停止を告げる無機質なアナウンスと同時に、シノブの顔が通信ウィンドウに映る。
「くそ! お前たち! 逃げろ!」
「は、はい!」
前を見れば、ソウの乗るシドウ一式は既に走り出していた。
「アオイ! 早く隠れろ!」
「う、うん――」
狙撃から身を隠す。それだけを考え、近くの木へ近寄った。
「もうすこ――」
ソウの機体が、吹き飛んだ。
「ソウ!?」
「ぐぅ!? 当たった!?」
「大丈夫!?」
「オレのことはいい! 弾道解析結果を共有しろ! 足は止めるな!」
「え! え!?」
「急ぐぞ!」
「わ、わかった! えっと、解析は……!?」
走りながら手元を見て、浮かび上がる仮想ボタンを押す。解析中の文字が浮かび上がり、零パーセントの表示が数秒後に百パーセントへ。同時に、ソウが舌打ちをした。
「クソ! 想定以上の遠距離!?」
予想狙撃地点は自分たちの射程を遥かに超えていた。
「このままじゃ、こっちだけ撃たれる! どうやって近づこう!?」
「オレが囮になる!」
「でも、狙撃は!?」
「回避機動でどうにかする!」
ソウ機背面の偏向推進翼が輝き、闇の木立を照らした。曳く光が蛇行する。
「あんなにジグザグに!?」
左右不規則緩急自在の回避ステップが刻まれる。輝く軌跡が、戦場には不釣り合いに美しかった。操縦技術は一級品の相棒だが、足りないものがある。
「ソウ! こっちのルート!」
そういって、密集する黒の樹冠を指差す。
「なぜそちらへ!? 理由は!?」
「木がいっぱいだから!」
「遮蔽物か!」
「うん!」
そういって、二機揃って向きを変える。方向転換した瞬間、耳元をシュンという音が横切った。リアビューに映る地面が爆ぜ、土埃が舞う。
「危なかった……!」
背筋が冷や汗に濡れた。視線を前に向けると、森が近づいている。
「あとちょっと!」
黒の葉がつくる天幕に逃げ込む。モニターが真っ暗になり、間をおいて光量増強中の表示が灯る。そうすると、木立が見えた。
「なんとかなった……」
「だが、行進が遅くなる。樹木が密集しすぎている」
「撃たれない事には代えられないよ」
足元には巨木の根が張り巡らされていた。転ばないように足元を見ながらゆっくりと進む。狙撃はない。
「あともう少し……ってこの音は?」
口笛を吹くような風切り音が、上空から聞こえた。それがどんどんと近づいてくる。
「なんか、嫌な感じが……」
樹冠の隙間から覗く空を見上げた時だった。眩む閃光と衝撃が機体を襲う。少し遅れて爆音が鼓膜を突き破った。
「何が起こったの!?」
「爆発か!?」
「く!」
廃棄都市での恐怖がフラッシュバックする。罠にかかり、あわや機体損壊となった焼けるような緊張が肌を伝う。危機を察した心臓が、無理矢理に血液を送り、胸の中を暴れまわった。内側から押される様に苦しい。
でも、戦いをやめるわけにはいかない。
(大丈夫! 大丈夫!)
ぎゅうっとまぶたを閉じて、無理矢理に深呼吸して鼓動を抑える。
(大丈夫! 大丈夫なんだから……!)
瞑った目をなんとか開ければ、視界の端に準危機的警告が灯っていた。通信ウィンドウに映るソウが叫ぶ。
「アオイ! まずいぞ! 装甲が!」
「それよりも!」
視界が明るく、頭上には一面の曇天が見えた。
「これじゃあ、相手から丸見えに……!」
爆風で黒曜の葉は吹き飛んだ。つまり、狙撃が再び脅威となる。そして――
ソウ機が吹き飛ぶ。
「ぐお!?」
「ソウ!?」
弾丸が装甲を突き破ったらしく、筋肉状駆動機構から毒々しい緑の煙が立ち上る。直後、平静なシステムメッセージが聞こえた。
「随伴機の機能停止」
残るは自分一人。
「に、にげ――」
あたりを見回すが、枝や倒木が散乱し、行く手を阻む。
「邪魔……! ここまでかんが――」
全ては計算の上。そう思った直後に、ガツンと装甲を叩く音がヘッドホンから響いた
「機能停止」
平静なシステムメッセージが流れ、視界が暗転する。ゴーグルモニターはただの半透明板に変わり、狭く薄暗いコックピットが見えた。
「シミュレーション終了」
聞き慣れたシステムメッセージが聞こえた後、頭の上でガコンと機械音がなり、薄暗いコックピットに光が指した。
◯サクラダ警備 社屋 格納庫
シドウ一式のうなじのハッチから顔を出すと、人戦機が立ち並ぶ格納庫が見えた。視線を横に向ければ、自分と同じようにうなじのハッチから上半身を出したソウが見える。
半透明ゴーグル越しに見えるのは、険しく歪んだ切れ長の三白眼だった。
(うわぁ。ソウ、凄い不機嫌)
相棒は仏頂面が基本だ。しかし、先ほどのシミュレーションで完封された苛立ちで、今は一段と不機嫌に見えた。うかつに話しかけたら何がどうなるか分からない。
(とりあえず、ほっとこう)
そそくさと機体から降りた先には、自分たちよりも早く撃破されたシノブがいた。タブレット型情報端末で、自分が撃破されたシーンを再生していた。
「イワオさん。相変わらず、すげーなぁ」
「全然見えない所から撃ってきましたからね……」
自分も同じようにやられたと苦笑いしていると、背後から芯の通った女性の声が聞こえてきた。
「イワオ。ご苦労だったな」
振り返れば、トモエとイワオが立っていた。
長身なトモエよりも更に背が高くガッシリとした体つきのイワオは、姿勢良くトモエに応じていた。
グレイヘアを後ろに縛り、口と顎に白くなったヒゲを蓄えている。鷹のような険しい目と首元から右頬まで伸びる大きな傷跡は、死線をくぐり抜けてきた歴史を感じさせた。
イワオが鋭い眼光を宿らせて、僅かばかりに口を動かす。
「いえ。これくらいならば」
こともなげに言うが、激しく、不規則に、そして絶え間なく動く人戦機への狙撃は相当の高難度だ。
自分が対甲殻ライフルを手にした時、陸一角を中距離で外したことを思えばなおさらだった。
「どうして、あんなに遠くから撃てるんですか?」
「オレも知りたい。遠距離射撃が可能になれば効率的な対応が」
イワオが白ひげを撫でながら、ふむとうつむく。
「まずは機体性能の違いだな。機体によって得意とする戦術が異なる」
「あー。そう言えばリコちゃんに教わったような……」
「ファルケは遠距離向けの機体だ」
鷹のくちばしのような頭部が特徴的な機体を見上げる。体躯は細身で、装甲が薄いことがよく分かる機体だ。見るからに高機動である代わりに、接近戦では頼りなさそうな人戦機だった。
地を翔ける代わりに、極限までの軽量化を施された機体は、鳥類と同じく脆さも抱え込んでいるように見える。
「ファルケ……。確か西部連合の言葉で鷹って意味でしたっけ?」
「そうだ。西部連合の中でも工業力で名高い国の言葉だな」
問答を聞いていたソウが、イワオを向いた。
「なぜファルケには高度な遠距離射撃性能が?」
「ふむ。見せてみるか」
そう言って、イワオが腕時計型情報端末を操作しながら、ファルケを向いた。その視線を追う。
「動かすぞ」
直後、くちばしのような頭部装甲が開く。中に見えたのは、透明装甲に包まれた、複雑そうな機械だった。
「中によく分からないのがいっぱい……。ソウ、分かる?」
「おそらくは観測機器だな。大型レンズがついている」
「あー。なるほど。カメラっぽいね」
イワオが大きくゆったりとうなずく。
「うむ。正解だ」
そう言って、腕時計型端末を操作すると、くちばし状の装甲が閉じる。
装甲を閉じたファルケの頭部は鷹のようでも有り、中世騎士の兜のようでもあった。
イワオが言葉を続ける。
「専用の長距離用大口径観測装置をファルケは搭載している。敵観測および弾道補正機能はシドウ一式とは比べ物にはならない」
「なるほど。と言う事は……」
「同じ性能の狙撃銃を装備しても、シドウでは無理だ」
「シドウとは、戦い方が違うんですね」
「シドウシリーズは装甲が厚い。重量級ほどではないが、堅牢さが売りだ」
「ファルケは……。見るからに細いですね」
「うむ。遠距離用射撃では被弾も少ない。装甲はそこまでは要らぬ」
なるほど、とうなずく。機体からして遠距離射撃用と聞いて、思い浮かべたのはイワオの狙撃だった。
「狙撃向けの機体なんですか?」
「ふむ。遠距離射撃ではなく、狙撃か……」
遠距離射撃と狙撃と何が違うんだろうと、首を少しだけかしげる。すると、イワオが神妙な面持ちで静かに口を開いた。
「そもそも狙撃とはなんだ?」




