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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 市街死守編
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第四話 少女と冷や汗と古強者の帰還

〇フソウ ドーム都市 居住区警察署前


 昼をとうに過ぎたフソウの街に、雲越しの日差しが注ぐ。


 柔らかな光が照らすのはドローンバイクが多数停められている警察署だった。人々が出入りする警察署から、アオイとソウが出てきた。


 アオイはぐったりとした様子だ。もとより気弱そうな丸顔に生気がない。うつむいたまま、ボソボソと力なく口を動かした。


「うぅ。生きた心地がしなかった……」


 隣にいるソウが姿勢良く直立したまま答える。


「なぜだ。オレたちは人命救助が目的だった。すぐに釈放されるのは明白だ」


 同情も同意も気遣いもない。アオイが深い溜息を吐いた。


「それでもだよ。緊急避難だっけ? ボク、そんなの知らなかったし」


 アオイたちは、重機を勝手に使って壊した罪に問われた。


 司法系拡張知能による簡易判定が開かれた。拡張知能に防犯カメラ画像などがインプットされ、多数の命を守るための措置として判断された。


 理屈を考えれば、ソウの言うとおり人命を救うための措置であり、罪になるのはおかしい。しかし、法律のこともよく分からず、結果が出るまでは冷や汗をだらだらと流し続けた。


 もし、ずっと捕まっていたら。恐怖の余韻は、まだ体を濡らしていた。


「ボク、信用スコアが低いから何言っても信じてもらなさそうで。冷や汗で下着が冷たい……」

「あれは民間企業の間で使われる評価指標だ。公的機関には関係ない」

「そう言えばそうか……。それでも怖かったぁ……」


 ふう、と安堵の息を吐きながら、警察署を振り向く。


「思ったより早く出られたのはよかったね」

「監視カメラ画像と法務用拡張知能による判断。効率的かつ合理的だな」

「すぐ終わったから助かった」

「裁判になれば長引いただろう。訓練ができなくなってしまう」

「アー。ソウダネー」


 思わず棒読みになってしまう。こんな疲れた日まで、居残り訓練はしたくない。会社に行ったら、どう言い訳して訓練を避けようかと思っていた時だった。


「……あ! しまった!」

「なんだ?」

「トモエさんに連絡するの、忘れてた!」


 携帯型情報端末を取り出す。解放されるまでは警察から没収されていたため、今の今まで通知を確認してなかった。


 恐る恐る画面を見ると、そこには大量の通知が表示されている。


「電話がいっぱい来てる!」

「オレの方もだな」


 怒り心頭で電話するトモエを想像する。それだけで、全身の毛が逆立ち、身体が勝手に震え、奥歯がカチカチとなった。


「どどど、どしよう!? 無断遅刻なんて……! いや、もう夕方近いから無断欠勤!?」

「アオイ。落ち着け」

「もしかしたらクビに!? も、もうダメだ! おしまいだよ!?」

「落ち着け。……あれは?」

「え?」


 ソウの三白眼が見つめる先で、トモエとシノブが歩いていた。バイザー型視覚デバイスの下にある薄い唇には、苦笑いが浮かんでいる。


 自分の狼狽ぶりを見られていたのだろうか。目の前に立ったトモエが、やたらと優しい口調で話しかけてきた。


「アオイ。大丈夫だ。落ち着け」

「は、はい」


 その声色から怒ってはいないと悟る。それでも一抹の不安ともにトモエを見ていると、トモエがシノブの方に顔を向けた。


「事情は聴いている。な、シノブ?」

「仕方なかったんだろ? それで、トモエさんがクビにする訳ねーじゃん」


 冷静になってみれば、トモエが理不尽な解雇を言い渡すはずがなかった。自分がどれだけパニックになっていたかを思い知り、少し頬が熱くなる。


「そ、そうですよね」


 トモエの良識を疑ってしまったことに恥じ入る。そして、ふとした疑問が思い浮かんだ。


「でも、トモエさん。どうしてここに?」

「当然、迎えに来た。困っているかも知れないからな。逮捕されるのは初めてだろ?」

「は、はい! もちろんです」


 いささか返事に力が入りすぎてしまった。トモエが珍しく声を上げて笑った。


「二回目以降だったら、クビにしていたかもな」

「じょ、冗談でもやめてください……!」


 明らかに本気ではないと分かっていても、トモエの口からクビという言葉を聴くと心臓がトンと一段強く跳ねた。


 嫌な汗をぐいっとぬぐい、トモエへ頭を下げる。


「とにかく、ありがとうございます」

「気にする必要はない」


 相変わらずの気遣いに心の中で感謝する。


「本当にここに来てくれて助かり――」


 そこで、はっと気づく。


「でも、どうしてここにいるって分かったんですか?」


 トモエが答える前に、となりにいたソウが機先を制した。


「警察からの連絡と推測する。勤務先も聴取された。可能性が高い」

「あぁ。そうかもね」


 なるほど、とうなずいていると、トモエが首を横に振った。


「別口の連絡があった」

「別口? なんだろう……?」


 あご先に指を添えて唸っていると、トモエの背後から大柄の壮年男性が現れた。


「ワシだ」


 その姿には見覚えがあった。逮捕直前まで一緒にいた壮年男性だ。


 口と顎のひげは灰色がかった白で、額には深いシワがある。後ろでまとめられた髪の毛も、歳相応に同じ様に詫びた灰色だった。


 壮年らしい枯れ具合から浮いているのが、頬の傷と目だ。


 右頬から首まで伸びる傷は相当な大怪我を思わせる。おそらくは服に隠れている右肩まで伸びているのだろう。目は鷹の様に眼光鋭く、衰えは感じさせない。加えて、歳に合わない長身で筋肉質な身体が印象的だ。


 その姿を見て、人型重機を駆っていた場面を思い出す。


「え? なんであなたが?」


 しかし、イワオと名乗った壮年男性がトモエに連絡した理由が分からない。


 混乱していると、イワオの前にトモエが進み出た。


「イワオ。久しぶりだな」

「社長。お迎え感謝します」


 イワオが屈強かつ大柄な身体を曲げて、トモエへ頭を下げた。


(イワオさん、トモエさんを社長って呼んだ?)


 それが意味するところはただ一つだった。


「え? え? え?」


 疑問の声が止まらずにいると、トモエがコホンと小さな咳払いをする。


「紹介しよう。砲撃と遠距離射撃支援を主に担当するオオタカ=イワオ。お前たちの先輩だ。イワオ。お前から挨拶を頼む」

「お前たちの話は社長から聞いていた。よろしく頼む」 


 低く渋みのある声での挨拶だった。


 そして、自分たちの話を聞いているという一言で、暴漢鎮圧の一場面が脳裏をよぎる。


 人型重機にイワオが乗り込むとき、自分たちが呼ばれた事を思い出す。人型重機を操縦できることを知らなければ、一緒に来るか、など誘わないだろう。


「あ……! だから、来るなら来いって!?」


 顎の白ひげを撫でながら、うむ、とうなずく。


「お前たちも操縦できることは、知っていたからな。無理強いはせんが」

「どうして、そんな遠慮を?」


 先輩なのだから、強引でも良かったはず。まるで、何か不都合が起きるから遠慮しているようだった。


 そこまで、考えて理由にたどり着く。


「……あ。逮捕されると分かっていて」

「それもある」

「それ以外も?」


 どんな理由があるのだろうか。あご先に指をあてて首を(かし)げていると、イワオが白ひげに囲まれた口を開けた。


「死ぬやも知れん。されば、なおさらだ」

「……う」


 死ぬかもしれなかった状況で、まさに死にかけた。装甲に守られた人型戦闘機と、被弾を前提としていない人型重機の違いを分かっていなかった。しかし、違いを知らなくても現物を見ればわかった事でもあった。


(あのガラス張りの操縦席に座った時に、頭では分かっていたはずなんだ)


 ガラス張りの操縦席にネイルガンを打ち込まれればどうなるか、それくらいは分かる。だが、実際に腕部へネイルガンを打ち込まれるまで、実感として分かっていなかった。


 その事を見透かすように、鷹のような目から放たれる鋭い眼光がこちらを射抜いた。


「後先を考えてなかったな?」


 図星だった。


 打たれそうな親子を助けなければいけないと思っていた。そこに考えなど無かった。


「……夢中だったので」

「戦場では気をつけろ」


 イワオはそれだけ言った。居心地悪い沈黙が流れそうになった時、トモエがパンと手を叩く。淀みかけた空気は霧散し、皆の注目がトモエへ集まった。


「初日はここまでにしておこう」

「は。了解です」


 イワオがビシリと背筋を伸ばして返事をした。トモエがその様子を見届けたあと、こちらを振り返る。


「アオイ、ソウ。今日は疲労もあったろう。訓練はいい。休め」


 それを聞いて内心でほっと胸を撫で下ろす。しかし、となりの相棒は違ったようだ。普段から迫力のある切れ長の三白眼をスッと細めて、鋭い眼光をトモエへ向けた。


「ですが」

「いいから休め。下手をすれば死んでいた。恐怖の毒は抜いておけ」

「ですがオレは――」

「ソウだけの話ではない」


 トモエのバイザー型視覚デバイスがこちらを向き、切れ長の三白眼が後に続いた。


(う……。こっち見てる)


 思わずたじろぐ。ソウが視線をトモエへ戻した。


「了解です」


 自分のために諦めた。足を引っ張っている。それが、どうしようもなく重く、自然と下を向いた。


「……ごめんなさい」

「謝る事は無い。当然の措置だ」


 トモエはそれだけを言って解散を命じた。果たしてそれがどこまで本心だったか、聞く勇気は湧いてこなかった。






◯サクラダ警備 事務処理用居室


 オフィスルームに、二つの人影が座っていた。机上の情報端末に向かい、それぞれ仕事に勤しんでいる。


 二人はトモエとイワオだった。


 イワオがタイピングと口頭指示を交えて仕事をしている。そして、トモエの方へ視線を向けた。


「いま、送信しました」

「確認した。拡張知能での判定は問題なし。念のため……よし、よし。これで終わりか」

「ええ、提出物は以上です。社長」

「では、本日の業務は終了だな」


 トモエが肩を回して、ふぅと一息つき、イワオへ向かい微笑んだ。


「イワオさん。無事に戻って頂いて、良かったです」


 イワオがナイフで刻まれたような深い眉間のシワを歪めた。


「イワオと呼んでください。社長」

「さっきの提出以降は、勤務外ですよ。イワオさん」

「ふむ」


 イワオが鷹のような目をそっと閉じて、白ひげを撫でつける。しばらく白ひげをしごいた後に見開いた目には、鋭さと柔らかさが同居していた。


「他の社員もいない……なら。待たせたな」

「大変でしたよ、イワオさん」


 トモエが苦笑すると、イワオがゆっくりと頷いた。


「だろうな。この人数で元が取れる任務と成ると、相当に絞られる」

「毎日調整の日々でした」


 トモエが肩を回す。その度に、固まった筋肉が音を立てた。


「それにしても……」


 トモエが、ふうと一息吐いた。


「相変わらず厳格ですね。自分の事を呼び捨てにさせて、私の事は社長呼び」

「お前がワシに気を遣えば下が迷う。頭は二つも要らぬ」

「その教えを初めて聞いた時が懐かしいです」

「お前はすぐに重大さを理解したな。感心したものだった」


 イワオが、白ひげを撫でながら遠くを見た。その傍で、トモエが照れくさそうに笑う。


「ありがとうございます」

「将来有望な操縦士だった。あの事故さえ――」


 そこまで言って、イワオが言葉を止めて口を一文字に結んだ。鷹のような目が、トモエの顔を覆う大怪我へと向けられる。鋭い眼光に僅かな寂しさが混じり、鷹の目が細められた。


 イワオが自身の右頬に残る大怪我を搔いた。


「いや、何でもない」


 沈黙が流れる。


 数秒後、トモエの情報端末に今日のニュースが表示された。その一角に、イワオの乗る人型重機が映っている。イワオ機が、釘打ち銃(ネイルガン)を巧みにかわしていた。


 その画像を見て、うんうんとトモエがうなずく。


「復帰直後の操縦にも関わらず、さすがですね」

「大したことではない」

「それでも、久しぶりだったんじゃないですか?」

「ブランク以上に人戦機も人型重機も使っていた。それだけだ」


 イワオがどっしりと腕を組む。漂う雰囲気は重厚で、眉間の深いシワが、戦ってきた年月を物語っている。


 トモエがギィと椅子へもたれた。


「それで、あの二人。イワオさんから見てどうです?」

「そうだな……」


 イワオが白ひげを撫で、静かに目を閉じた。


「大事なものは持っている……ように見える」

「でしょう?」

「まだ、見極めが必要だがな」 

「お願いします。明日からの教育も」


 イワオが鷹の目を開けて、自嘲気味に乾いた唇を歪めた。


「ワシが教導か。(がら)でもない」

「そうでしょうか?」

「ワシのスキルは特殊過ぎる」

「それでも、伝わるものがあるはずです」

「どうかな、いや――」


 イワオが、振り払うように太い首を横に揺らし、ふむと一呼吸を置く。


「言い訳だったな。業務命令だ。謹んでやろう」

「頼みました」

「任された」


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