第三話 少女と老兵と思わぬ尋問
◯フソウ ドーム都市 居住区道路上
ぼんやりとした意識を押しのけるように瞼を開けると、誰かが覗き込んでいた。
「誰……?」
見えたのは切れ長の三白眼だ。
「なんで睨んでいるの? ソウ?」
「睨んではいない。それより、気が付いたか」
「あれ? ボク、横になってた?」
寝転んでいたことに、今さら気づく。
「気絶していたため、人型重機の操縦席から回収した」
「あ、ありがと」
身を起こし、あたりを見回す。
「ここは?」
歩道のビル際にいた。人だかりの喧騒が耳に入る。どうしてこんな所にいるのかと、頭を抱えながら記憶を探った。
「えっと……。ボクは……あ!」
人混み、重機、そして鮮血の赤が頭の中に飛び込んでくる。
「あ、あれ! あれはどうなったの!?」
「あれとはなんだ」
「人殺したちだよ!」
「すべて鎮圧した」
ソウは事もなげに言う。
気絶している間に解決したらしい。今は安全だと知ると、がちがちに固まっていた肩の力が抜けていく。
「そっか。うっ……」
道路に広がっていく赤い液体を思い出した時、胃の中からすっぱくて熱いものが込み上げそうになった。とっさに口を押えて、胃酸が飛び出るのをせき止める。
ソウが、不思議そうに三白眼をこちらへ向けた。
「どうした?」
「血。思い出しちゃって」
「そうか」
相棒は、少しも怯む様子はなかった。
「ソウは平気なの?」
「特には。気にしていたら戦えない」
「……そういえば、初めての資源採取戦の時もそうだったね」
人を殺すかも知れない。そのリスクを実行できるのが相棒だった。
(ソウとボク、全然違うんだな……)
いざという時に動けず、いざが起こった後に倒れてしまった。
重い空気が、ずんと肩に乗った。ソウと一緒に仕事をするようになってから、何度も何度も突きつけられてきた違いだった。
(ボクなんかが、武装警備員をやって……いや)
初任務での失敗後、壊れた機体の前で誓った日の事を思い出す。
(簡単な任務もあれば、困難な任務もある。順調な事もあれば、苦境に立たされる事もある。それでも一緒に戦うって誓ったんだから)
誓いの言葉を口の中でころころと回して、飲み干すように吸い込んだ。
肩にのしかかる空気はふんわりと散って、いつもの重さに戻った。今にも中身が飛び出しそうだった胃も、随分と落ち着いた。
「……ふぅ。何とか話せるくらいにはなった」
「そうか。この後だが、警察が来るまでこの場に待機した方がいいと聞いた」
「聞いた? 誰に?」
心当たりはなかった。
顎先に指を添えて考えていると、大柄の影が背後から近づいてきた。振り返ると、筋肉質な長身の壮年男性が立っている。
「え……? たしか」
口と顎の白ひげと、後ろで結んだグレイヘア、ナイフで刻んだような眉間の深いしわが、積み重ねた年齢を感じさせる。一方で、首元から右頬まで伸びる大きな傷と、鷹のような鋭い眼光は、いささかの衰えも感じさせぬほどの迫力を生んでいた。
見た目どおりの、低く渋みのある声が広がった。
「ワシが教えた」
「あ。さっきの」
ぼんやりとしていた記憶が蘇る。目の前の壮年男性は、自分の肩を抱きとめ、凶行を止めるために人型重機に飛び乗った人物だった。男性は、白くなった顎髭をひと撫でした。
「酔狂だな」
「酔狂ってどういうことです? えっと……」
名前はどうだったか。しかし、名乗られた記憶はない。口ごもっていると、壮年男性から話しかけてきた。
「オオタカ=イワオ。イワオでいい」
「分かりました。アサソラ=アオイと言います」
紹介のあと、無言の時間が訪れる。イワオはどっしりと腕組みをして、話し出す気配はない。
(な、何か話したほうが……)
そう思い、気になっていたことを口にする。
「イワオさん。もしかして武装警備員ですか?」
「ほう。どうしてそう思った?」
「雰囲気もそうですし、人型重機の操縦もうまかったし……」
イワオが白ひげを撫でながら、ゆっくりとうなずいた。
「そうだ。武装警備員――」
唐突のサイレンが、イワオの言葉を遮った。イワオから音のなる方へ視線を向ける。
「な、何が?」
ピカピカと光る回転灯が、人混みの上を飛んでいた。こちらへ近づく、複数のドローンバイクだった。群衆を蹴散らすように大通りの真ん中へ降り立った。
「あ、警察ですね」
イワオが警察官たちを鋭い目線で見据えながら、呟いた。
「事情を聴かれるだろう。逃げない方がいい」
「逃げる? なんで……です?」
「すぐに分かる」
群衆に事情を聞いた警察官が、こちらを向いた。鎮圧に使用した人型重機にチラリと視線を送り、駆け寄ってくる。
「この重機を使用して、暴漢を鎮圧したのはあなた方で間違いないですか?」
「は、はい」
「状況を詳しく伺っても?」
警察官特有の威圧感とともに、ギラリとした目線が刺してくる。
嘘も誤解も無いように、なるべくゆっくりと話した。タブレット状の情報端末に話した内容が次々とまとめられていく。
「なるほど。事情は把握しました」
「はい。では、ワタシたちは会社へ――」
「では、署まで同行をしてください」
「うぇ?」
知っていることは全て話したはずなのに。そう思って瞬きをしていると、複数人の警察官が周りを取り囲んだ。
「重機盗難および損壊の容疑があります」
「えぇぇぇ!?」




