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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード1 バディ始動編
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第十一話:少女と相棒と誓いの言葉

〇開拓中継基地 格納庫


 無数の人戦機が立ち並ぶ中継基地の格納庫。既に夜に差し掛かっており、昼間の喧騒けんそうとはまるで異なる静寂があたりを包む。


 損傷を負ったアオイとソウの機体が、クレーンに吊られながら立っていた。かたわらで、アオイが呆然と立ち尽くす。きめ細やかな頬には血の気が無い。


 任務続行が難しいと判断され、最低限の成果のみしか上げる事が出来なかった。再出撃も難しいほどに損傷はひどく、失地挽回もままならない。当然、手当も最低限しかない。


 それは、社会的破滅を意味していた。


「ダメだ……。もうおカネを返す当てがない……。もう二度と――」


 たたずむ背後から、冷淡な声。


「アオイ。どうした?」

「ソウ……」


 ソウの顔も見ず答える。ソウの平静さが無性に痛く、腹立たしい。


(平気そう……。って当たり前か。ソウに困る事なんて……。ボクとは違って。どうしてそんなに……)


 持っている物が違う。その理不尽さが、普段の自分を壊していく。


「アオイ。何があった? どうして答えない?」

「……ごめん。いまはちょっと無理」


 振り向かずに答えた。顔を見たら、何を口走るか分からない。


「だが、オレたちはチームメイトだ」


 確かにチームメイトではある。逆に言えば、それだけだ。


「職場が一緒ってだけでしょ。お互い何も知らないし」


 熱くて暗いうねりが、声へにじみ出てしまった。


「カネと聞こえたが、それで悩んでいるのか?」


 だが、ソウは意に介さない。それがソウだと、頭では分かっている。


 任務前の会話を思い出す。カネの話になった時のソウのつまらなそうな顔が、真っ先に浮かぶ。


(ソウはおカネのことで悩んだことなんてないんだろうな)


 すぐ隣にいる同僚の境遇の差が、身を震わせるほどの寒さを錯覚させた。


 同じ失敗をしても、ソウに問題は無く、自分は一生のかかった問題まで追い詰められている。もちろん、ソウは悪くない。


(分かっている。分からなきゃダメなんだけど……!)


 でも、心が追いつかない。


 湧き出てはいけない熱い物を押し込めようとしている時に、割り込むソウの声。


「早急な答えを」


 思わずソウの方を振り返り、声を荒げた。


「そうだよ! おカネが返せないんだよ! これ以上、スコアが落ちたら、まともに働くことだって――」

「ならば、オレが代わりに返そう」

「……どうして? そもそも、この金額が返せるの?」


 ここまですれば分かるだろう。そう思いながら、先ほどまで見ていた通知をかざす。フソウの子供たちにとっては、大金と言える額が載っていた。


「ワタシたちの歳でこんなおカネ、返せないでしょ? これ以外にも――」

「返せる。大したことはない」

「大したこと……ない? これが?」


 そっけない返事に身体中の力が抜けていく。


 前を向いていられないほど頭が重い。力なくうつむくしかなかった。


(どうして、こんなに違うんだろう……。同じ国で、同じような歳なのに)


 床を眺めていると、予想しなかった感情が込み上げてきた。可笑しさだ。


「ふ……。ふふ……。ふふふ……」


 どこか他人のようなわらい声。それはまぎれもなく自分の口から飛び出していた。


「どうした? アオイ。なぜ――」

「そうか。ソウにとってはちっぽけなおカネか」

「端的に言えばな」

「ソウからしたらちっぽけだよね。おカネに悩んでいるボクだって」


 込み上げる可笑しさの正体も分からなかった。まるで自分が壊れたようだった。


「アオイ?」


 顔をのぞき込もうとするソウを、制止するように、め上げる。目尻から頬を流れる熱い感触。


 出た声は震えていた。


「ボクを……。ボクを憐れんでいる?」

「そうでは――」


 だがソウの言葉をさえぎって、行き場のない暗さが自分と言う薄皮を突き破った。


「確かにソウに比べれば、ボクはドンくさくて! へたくそだよ!」


 どうして、自分をわらわないといけないのか。わらっているのに涙が出るのか。もう訳が分からなかった。


「ボクなりに頑張ってきたんだよ!? どれだけ、どうでもよく扱われても!」


 頼れる人は居なくなった。だからそれしか方法がなかった。


「大して親しくもない人から、理由もなくおカネを恵まれるなんて! そんなこと――」

「アオイ」

「放し――」


 落ち着かせようと手を伸ばしてきたソウの手を払おうとする。しかし、勢いのあまり、一人で転んでしまった。


 その様子を、もう一人の自分がさげすんだ目で見降ろしていた。


――ソウのおカネはソウもの。どう使おうとキミ(ボク)には関係ない


そして、酷薄にたしなめる。


――無能なキミ(ボク)らしく、愛想笑いを浮かべて受け取ればいいのに


 幼い八つ当たりを、鏡写しの自分が冷笑していた。


 自分をわらい、憐れみ、冷笑する。床に手を付き項垂うなだれた。もはや立ち上がる気力もない。


「うぅ。うぅぅ!」


 格納庫に嗚咽が響く。それでもかまわず、貯めていた全てを声と涙にした。


 熱くて冷たい濁流が尽きた頃、聞こえてきたのはいつもの平静なソウの声。


「どうして、そこまで借金が? 何に使っている?」

「……ソウ。本当に空気を読まないんだね」

「不得手だからな。それで理由は?」

「断っても聞いてくるだろうし……。言うよ」


 もはやこれ以上の醜態は無い。腹を括って、ゆっくりと立ち上がる。ため息を付き、噛み締めるように言葉をつむぐ。


「お姉ちゃんを探しているんだ」


 ウラシェで待っているはずの姉がいない。混乱と孤独と不安の日々を思い出す。


「警察にお願いしたけど、まともに探してくれない。探してくれる所にお願いするために、生活費もギリギリまで削って……。その時、前の前の仕事をクビになっておカネを借りてから、段々と返せなくなって……」

「そうか」

「たった一人の家族だったのに……。先にウラシェで頑張るって言って、ボクの二つ前の渡航船に乗ったきり連絡が取れなくなって……」


 脳裏には、自分と瓜二つな姉の面影が浮かんでいた。目の前には不思議そうに見るソウ。無理解に腹が立ったが、それがソウだと諦めてため息をつく。


「きっと、ソウには分からないよ……」

「ああ」

「やっぱりか。そんな気が――」

「オレには家族がいないからな」

「……え?」


 予想しなかった回答に、今までの嫉妬が霧散する。


「オレが働く理由を言っていなかったな」

「う、うん」


 ソウは目線を落とし、一瞬の躊躇ちゅうちょを見せた。しばらくの沈黙があたりを包む。


 やがて、ソウは意を決したように、顔を上げた。


「オレはある研究所で被検体として育てられた」

「研究所? ひ、被検体?」


 次々と出る予想外の単語に、理解が追いつかない。だが、ソウはお構いなしに話を続ける。


「そうだ。イナビシの研究所。気づいたらそこにいた」

「気づいたら? どういうこと?」

「貧困国フソウには浮浪児も多い。彼らが人体実験の対価として多額の治験費を得るケースもよくある。恐らくはそういった事例だろうと、トモエさんは言っていた」


淡々とした口調と内容の差に、理解が追いつかない。


「そして、被検体になる以前の記憶はない」


 無言でソウの説明を飲み込むしかなかった。


「その後、トモエさんが引き取ってくれてオレはここにいる」

「トモエさんが……。でも、トモエさんなら」


 長いとは言えない付き合いだが、今まで出会った誰よりもトモエは誠実だと言う確信があった。


「オレはトモエさんに恩を返したい。そのためにアオイが必要だ」


 名前を呼ばれ、我に返る。


「ボクが? どうして?」

「サクラダ警備には社員が必要だ。ウラシェでは事故や遭難の危険が極めて高いため、二機以上での行動が基本だからな。厳しい経営の中、任務はギリギリまで控えてきた。オレたちが出会ったあの日が唯一の例外だ」


 安全第一のトモエならばきっとそうするだろうと、容易に想像できた。


「それだけではない。研究所は事故で無くなってしまい、記録は全てロストした。だから、この名前もオリジナルのものかわからない」


 つまり、ソウには何もない。自分以上に何もない。家族も過去も名前も、何もかも。


「オレは、オレが何者なのか知りたい」


 その苦悩は、理解できない。気持ちは分かるなどと言う言葉は、あまりにもおこがましい。


「研究所では人戦機と操縦士の能力向上の研究をしていた。武装警備員として名をあげれば、当時の関係者と再会できる確率は高い。オレには成果が必要だ」

「だから、あんなにこだわって……」


 ソウはいつも何かに追われるようだった。今なら、焦りが理解できる。


「アオイに辞められては困る。施しが嫌ならばオレから借りればいい。その代わり、オレと一緒に、武装警備員として一流になってもらう。セゴエ=タイシのように」

「セゴエさん……。あの教科書に載っていた人?」

「武装警備員で知らないものはいない。それほどの存在だ。以上が理由だ。アオイへの憐れみではない」

「嘘だったりしないよね?」

「非効率的なことはしない。さぁ。どうする?」


 ソウから手が差し出される。その手を見つめ、力と意志を込めて握り返した。


「やるよ」


 顔を上げソウの目を見つめた。今度は視線を逃がさない。


「けど、施しは受けない。文字どおり、ソウへの借りだよ」

「簡単な任務もあれば、困難な任務もある。順調な事もあれば、苦境に立たされる事もある。それでも一緒に戦ってもらうぞ」

「一緒に戦う。誓うよ」


 そして、頭を下げる。


「それと、ごめん。勝手に勘違いして、ひどい事を言っちゃって」

「謝罪は不要だ。これからの事に集中するべきだ」


 出会っていた頃に戸惑っていたソウの言葉が、いまはとても心地よい。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」

「そうか。そう言えばオレもアオイの事を知らなかったな」


 お互いに何も知らないと言い放った先ほどの自分を恥じた。自分の過去も働く理由も何も言わなければ、互いに何も知らないのは当たり前だった。


「確かに、お姉ちゃんの事を――」


 だが、ソウが言及したのはその事では無かった。


「アオイは自分のことを、ボクと言うんだな」

「ぅえ?」


 先の会話を思い出す。


 言った。確かに言っていた。


「……あ!」


 顔が見る間に熱くなるのを感じる。なんとか絞り出した声は、自分でも可哀かわいそうだと思うくらい震えていた。


「……その、他の人には内緒だよ?」

「それも貸しだな」

「ぐ……。分かった。そろそろ上がりの時間だから、とりあえず今日は――」

「訓練をするぞ」

「ぅえ?」


 意味が分からなかった。既に任務は完了しており、一般的な就業時間は過ぎている。


「え? 残業ってこと?」

「違う。自主訓練だ。人戦機単体でも簡易的なシミュレーションはできる。一緒に一流を目指すのだろう?」

「ボク、今日は疲れていて……。それに給料は?」

「武装警備員の給与体系ならば、当然無給だ」

「う……。それはちょっと――」


 言いよどんでいると、目の前にソウが立つ。


「貸しは?」


 ソウの切れ長の三白眼が鋭さを増す。気圧けおされながら、おずおずと答えた。


「……わかったよ」

「協力感謝する」


 そうやって二人は各人の人戦機に乗り込む。人戦機のセットアップをしながら、ため息交じりにぽつりと呟いた。


「まさか、こんなことになるなんて……」


 何気ない呟きは今までどおり誰にも拾われず、静寂に溶けていくと思った時だった。


「聞こえているぞ。承諾したのではなかったのか?」

「え!? しまった!? インカム! ……ごめん。約束どおり頑張るよ」

「そうしてくれ」


 ソウが通信を切る。ちょうどその時、アオイのシドウ一式の起動プロセスが完了し、格納庫が映った。


 シドウ一式から見下ろす物影にバイザー型視覚デバイスを掛けた長身の女性がいた。きびすを返し、格納庫の出口に向かう所だった。


(トモエさん……。もしかして聞いていた?)


 物陰で聞き耳を立てるトモエを想像する。


(心配してくれていたのかな……)


 出会ってほんの少しだが、トモエならありえると思った。インカムのスイッチを切った事を二回確かめて、再び独り言をこぼす。


「もう、一人じゃないんだ」


 この間までは、誰にも本音を言えなかった事を思い出す。疲労に重い身体だったが、心はそうでもない。その事を意外に思いつつ、二人での訓練が始まった。






ここまでお読みいただきありがとうございます。

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[良い点] アオイちゃんのお姉さんが前に夢で出てきてからずっと気になってしました! 借金の理由も分かったし、ソウくんとの距離もぐーんっと近くなったような気がする(*'ω'*) 私はソウくんのことを、金…
[良い点] アオイちゃんの仄暗いところがみれたところかな…人間味あるというか [一言] ソウ君、社畜精神のない社畜という、これがプロなんでしょうね(◡ω◡) おそれいります。これからも応援します。宜し…
[良い点] rtタグにて来ました。 ハラハラな展開がたくさんで、二人の無事を祈ってしまいます。 バディを組んだもののまだ距離のあった二人が、こうして歩み寄るのを見れてホッとしました(*´ω`*) …
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