第二話:少女と人型重機と即死の戦い
◯フソウ ドーム都市 大通り
大通りは阿鼻叫喚で満ちていた。恐慌の声を上げ、パニックとなった群衆の中心で、三機の人型重機が釘打ち銃を乱射している。
アオイはその様子を、大通り端で立ち上がる人型重機のコックピットから見ていた。
「ちょっとノロノロしているけど、動いた!」
直後、隣からソウの声が届いてきた。
「こちらもだ」
振り返ると、ガラスの風防越しにソウの乗る人型重機が立ち上がろうとしている。
「ソウも動いたんだ!」
「ああ。だが、先行機が囲まれそうだな」
「なら、助けにいかないと!」
「了解」
改めて前を見る。
人波は引き、路面が見えた。灰色の路上に、ぽつりぽつりと倒れ伏した人が取り残されている。万が一にでも踏まないように、目を凝らす。
「重機だから、いつもより鈍い! って――」
視界の端で何かが動いた。悪寒がうなじから背中に駆ける。
「なにが!?」
嫌な直感に導かれ視線を上げると、凶行に及んでいた人型重機が釘打ち銃をこちらへ向けていた。
体中の毛穴が広がって、ぬめりのある汗がブワリと吹き出た。
「まずい!」
恐怖の本能を読み取って、人型重機が風防を守るように手をかざす。それから、数瞬だけの間をおいて、鉄板を穿つ甲高い打鋲音が響いた。
途端に、コックピットにある表示板に故障警告が灯る。そこには、筋肉状駆動機構損傷の文字が灯っていた。
「少し食らっただけなのに!?」
その脆さが信じられなかった。しかし、警告を裏付けるように手の動きが鈍くなっていることに気づく。
「本当に!?」
被弾箇所を見てみると、再活性可能電解燃料液が漏れていた。
「あ……! 重機だから装甲が!?」
腕を覆うのは普通の鉄板だった。そして再び前を見る。
「そういえば、コックピットはガラス……」
自身と外を隔てる透明な板は、随分と存在感が無い。工具とはいえ、銃から身を守るにはあまりにも頼りなかった。
「もし操縦席に当たったら……!?」
一回でもドジを踏めば釘刺しになる。その現実を今更ながら認識すると、身体に寒気が走った。だが、相棒のソウは怖気づくこともなく重機を駆けさせていた。
「アオイ! オレは先行機に加勢する!」
視線を奥に移せば、先行機が凶行に及んだ二機を相手している。
「あの人……! すごく操縦が上手い!」
一目瞭然の軽やかさだった。
鈍重なはずの人型重機でありながら、氷の上を滑るように足さばきに淀みがない。小気味よく入れ替わる左右の脚部の上で、上半身がするすると踊っていた。
共に駆けるソウから、珍しく感嘆の声が聞こえてきた。
「かなりの熟練者だな。オレは鎮圧に協力する」
先行機に危なげな感じはないが、万一はある。そうなれば、一気に不利となる。
「ボクはどうする?」
「残り一機をひきつけろ! すぐに片付ける!」
「わかった! 気を付けて!」
自分が盾になっている間にソウが槍となる。いつもの戦術だった。相手は大通りに端に陣取っていた。なぜか、とある建物に向かって釘打ち銃を乱射している。
「なんで、あんな事を?」
デモの弾圧目的にしては、少し不自然に感じた。だが、首を降って気合を入れ直す。
「とにかく、ボクが相手しないと!」
そろりと背後へ回る。
「このまま……、って!」
人型重機が振り向き、釘打ち銃を向けた。
「よ、避けないと!」
機体が射線から外れてほしい。それだけを願って駆ける。パン、パンと乾いた音が響くたびに寒気が全身を這う。
「あそこへ!」
大通りから路地へ機体を隠した。壁に機体の背を付けて、いつの間にか止まっていた息を吐き出す。
「あ、当たらなかった」
だが、安堵している暇はない。
「隠れてばかりじゃ……! ボクが引き付けないと」
路地から少しだけ機体を出すと、敵機はこちらを無視して駆けていた。行く先では、ソウの人型重機と、暴漢の人型重機が格闘を繰り広げていた。
「このままじゃ、ソウたちが挟み撃ちに……!」
ソウが大型釘に突き刺される光景を想像し、怖気が走る。
「ボクが……ボクが出なきゃ……!」
カタカタと手が震える。白くなるほどギュウと操縦桿を握り込み、ぐっと唇を噛んだ。
「行って!」
叫びに応え、人型重機が路地から飛び出した。足音に気づいたのか、相手は振り返り、釘打ち銃を向けてくる。
「う!」
身がすくむ。だが、ギリと歯を噛み締める。
「避けて!」
人型重機がのっそりと横跳びした。土木用釘が、直ぐ側の空気を切り裂く。
「な、なんとか――」
安堵して前へ視線を戻す。釘打ち銃の冷たい輝きが飛び込んできた。
「ひ!?」
恐怖を読み取って、腕がコックピットを覆う。ガツンと鉄板を穿つ音が聞こえた後、腕がダラリと垂れた。
「機能停止!?」
コンソールには左腕損傷の文字が映る。同時に、片腕が動かなくなったことで、人型重機の動きがより一層鈍った。
格好の獲物と化した自分に向かって、ネイルガンが向けられる。ガラス越しに、中年男性の顔が見えた。操縦席にいる男の顔には躊躇も同情も見られない。
感情のこもっていない殺意が、刺すように冷たい。
「ひ!? しま――」
「アオイ!」
相棒の叫びが、凍りついた空気を割る。
「喰らえ!」
ソウの乗る人型重機が、飛び蹴りを炸裂させた。
敵機が宙を舞い、地面に叩きつけられる。機体は火花を曳きながら道路を滑り、消火栓を吹き飛ばした。水しぶきがあたりに飛び散る。
「くそ! 見えづらい!」
うつ伏せに倒れた敵機が、水しぶきの奥で立ち上がろうとしている。ソウが、切れ長の三白眼を細める。
「畳み掛けるしかないか」
ソウ機が水しぶきを突き破りながら駆け、敵機へ肉薄した。敵機背中にドシンと座り込み、鮮やかに腕を捻り上げた。
「諦めろ」
平静な呟きともに、ぎりぎりと生物様構造合金の軋む音が響く。ブツンと筋肉状駆動機構が断裂する音が響いた。
「これで――」
もはや、ネイルガンを撃つことはできない。そう思ったとき、敵機胸部で爆発が起きた。
「何!? う!?」
爆煙が舞い上がる。そして、続いてじわじわと赤い液体が道路に広がった。
「え。アレって」
操縦席での爆発、赤い液体。その意味を理解した途端、意識が真っ暗に落ちた。




