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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 市街死守編
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第一話:少女と昼下がりと突然の凶行

◯フソウ ドーム都市 低所得者層向け区画


 高層ビルの谷底から、半透明のドーム都市天井を見上げる少女が一人、歩いていた。黒髪のショートカットと白のフードを揺らしながら、ほぅと口を小さく開いている。


 垂れた前髪からは気弱そうな垂れ気味の丸目が覗く。低い鼻に丸顔の平凡な顔立ちだ。泣き黒子(ぼくろ)が、わずかばかりのアクセントとなっている。


 ドーム天井を見上げる少女はアオイだった。


「当たり前だけど、今日も曇りか」

「当然だろう」


 やたらと無機質な少年の声が横から聞こえてくる。


「そりゃ、そうだけどさぁ」


 そう言いながら隣を見れば、逆巻く刺々しい髪が目に入る。切れ長の三白眼は、こちらではなく真っ直ぐ前を見ていた。しかし、視線を合わせなくても伝わってくる威圧感は尋常ではない。無愛想さと鋭さは、凶器と言って差し支えなかった。


「ソウは、本当にソウだよね。そんな風に言わなくてもさぁ」


 いつもどおり素っ気ない相棒に、少しだけ口を尖らせる。しかし、相棒は気に留める様子もない。


「オレがオレなのは当然。返答も、論理的に正しくあるべきだ」

「なんかもうちょっと、こう、ボクに合わせてくれるとか……は、無理か」

「どういう事だ」

「どうって、そのままの意味だけど?」


 気遣いや愛想を期待するだけ無駄だろうと、思い直す。元より割り切っていたので、特に気に止めることもなく歩き続けた。


 半透明の天井越しでも、曇天の空はそこそこ明るかった。携帯型端末で時刻を見て、昼前であることを改めて確認する。


「ボク、午後出勤って初めてだから不思議な感じ」


 あたりを見回すが、通勤の人混みは見えない。いつもまるで違う人影の疎らな大通りを見て、異世界に迷い込んだような違和感を覚えた。


 切れ長の三白眼が、チラとこちらを向いた。


「不可解なことは何も起こっていない。理由が不明だ」

「えっと、いつもと同じだけど違う感じ……とか?」

「理解不能だ」

「そういうと思った」


 いつも通りすぎて、反感も湧かなかった。ため息まじりに前を向くと、小さな点の群れが遠くの道路で蠢いている。


「あれ? 前の方、なんだろう?」


 目をぐっと凝らすと、点の群れが人混みだとわかった。


 三つのほど先の交差点を、人の波が横切っている。人々はお揃いハチマキを締め、拳を上げてぞろぞろと歩いていた。


「何らかの行進だな」

「行進っていうか……デモ?」


 話しながら歩き続けた。


 近づくに連れて、デモの喧騒と熱気がハッキリと伝わってくる。


「うわ……。凄いね」

「通行の邪魔だな。どうすれば渡れる?」

「途切れるまで、少し待たないといけないかも」

「非効率的だな。受け入れがたい」


 ソウの不満に構うはずもなく、デモ隊は活気を帯びて行進し続けている。人々が口にしているのは、政府と列強国への不満だった。


 終わる気配のないデモを見ながら、携帯型情報端末で時刻を確認する。


「うーん。まだ時間に余裕はあるけど」


 早く列が途切れてくれないかとヤキモキしている時だった。人の波の先頭付近から、驚きと怒声が波紋のように広がってくる。


「な、なに?」

「デモ隊先頭付近に人型重機を確認した」


 ソウが指差す方を見ると、人の波から三体の巨人の上半身が見えた。コックピットがガラスの風防で覆われた黄色塗装の人型重機だ。


「工事と推測される」

「違うと思うよ? 多分、邪魔してるんじゃないかなぁ」


 目を凝らすと、三機が三機とも何かを掲げているのが見えた。フソウの文字とは微妙に異なる字面を見て、誰がデモを妨害しているか悟る。


「あの字は……共和国連邦? デモを抑えに来たのかな?」

「どういうことだ?」

「フソウって共和国連邦の子分みたいになっている事は知っているよね?」

「ああ。傘下または半従属的という事は知っている」

「それでね――」


 ソウへの説明を続ける。


 貧困国フソウは半ば他国に隷属していた。政府は中央共和国連邦という列強国の意向を伺うばかりで、自国民を(ないがし)ろにしているという主張だった。


 事実、このドーム都市に住んでいたフソウ国民を押しやる形で、中央共和国連邦の移民たちが大挙している。そのあおりを受けて、フソウ国民の生活環境は日に日に悪化している。


「――で、この人たちって共和国連邦反対って感じでデモしているんだ」

「しかし、従属的な立場が反抗的態度を取るならば、抑圧されないか」

「だと思うよ? 押さえつけるために人型重機を持ち出したんじゃない?」

「つまり、弾圧目的か」

「怖い言い方だとね」

「しかし、生身に対して人型重機を持ち出していいのか? しかも、フソウのデモになぜ他国が?」


 他国のデモに文句をつけるのはお門違いだ。しかし、デモの妨害なども平然と行ってくるまで、その横暴は悪化している。それは、政府も認知していた。


「そう思っても強くは出られない。それがフソウなんだよ」

「弱みを握られているのか?」

「外縁基地だと冷凍睡眠状態の人たちがいるからね。人質みたいなものなんだ」

「どういうことだ?」

「昔、冷凍庫行きって脅されていたんだけどさ――」


 冷凍庫行きとは、渡航前にアオイがもっとも恐れていた言葉だった。


 フソウは大侵食前から没落しかかっていた。加えて、大侵食の混乱で中央共和国連邦へ半ば準属国と成り果てた。中央共和国連邦の主導で恒星系外縁基地に避難したが、代償は彼らへの服従だった。


 僅かな資源の貧しい恒星系外縁での生活は過酷を極め、逃げてきた全員を養えるほどの余裕はなかった。それゆえ、大半の人間は冷凍保存を用いた待機状態となった。


 恒星間航行の実現のために過酷な労働に耐えていたが、怪我などで働けなくなったときに言い渡されるのが冷凍庫行きだ。代わりに、別の者が稼動状態に移される。そして、問題有りと認定された者は、数千万を超える待機順序の最下位に回される。


 ウラシェが見つかる前までは、冷凍庫行きは実質的な死刑と考えていた。下手をすれば人類が滅びるその日まで凍らされているかも知れない。


 そこまで聞いて、ソウが疑問で三白眼を細める。


「だが、フソウ人は開拓の為の尖兵として、かなりの数が移住したと聞いた。同時にほとんどが死んだとも」


 危険で未知の惑星での開拓事業の尖兵(モルモット)として、フソウ人は懸命に生き延びた。その犠牲の上に、今日の生活がある。


「ソウの言うとおり、冷凍睡眠状態の人たちはほとんどいなくなったけど」

「ならなぜ、反旗を翻さない」

「弱気だったから……って感じみたい。噂だと、上級国民たちは中央連邦とべったりだとか」

「シノブさんが好みそうな話だな」

「陰謀論みたいな話、好きだもんね――」


 その時、デモ隊先頭から聞こえる喧騒が一層大きくなった。視界を向けると人型重機が何かを掲げている。


「なんだろう? なにか持ってる?」


 その形は、任務で使用するハンドガンに似ていた。


「え? 銃?」

「あれはネイルガンだな。トランスチューブ建設現場で見た」

「本当だ。そういえばパンって打ってたね」

「カートリッジ形状から推測すると、あの重機が持っている物も火薬式だな」

「脅す気満々だね……」


 デモ隊の怒声が一層大きくなった。横暴、許すな、といった単語が飛び交う。喧騒と混乱は熱を帯びていき、ますます道路を渡れるような状況ではなくなった。


「どんどん騒がしくなってる……。会社に間に合うかなぁ」


 視線の先で、人型重機が掲げたネイルガンを人混みに向けた。僅かな悲鳴の後、反撃の怒声が更に加熱した。


「構えたぞ。打つんじゃないか?」

「まさか。おどかすだけ――」


 火薬の弾ける乾いた音が、数発響いた。人の波から赤い飛沫が僅かに散った。ミュートを押したように、あたりが静まり返る。


「え?」


 目撃した赤色の意味を言葉にできなかった。ありうる現実は、たった一つだというのに。口元から聞こえた声は、どこか遠くから響いているようだった。


「……うそ」


 つぶやきが口から漏れたと同時に、人々からざわめきが広がる。声の波は徐々に大きさを増していき、とうとう悲鳴となって決壊した。


 大通りいっぱいに詰め込まれた人々が我先にと逃げ出す。津波が襲いかかる群衆の一人に突き飛ばされた。


「うわ!?」


 道路に叩きつけられると思った時、大きな手が肩を受け止めた。


「大丈夫か?」


 渋みのある低音が聞こえた。立ち直り、振り向いて、頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」


 頭を上げると、眼の前には大柄で筋肉質の壮年男性がいた。


 グレイヘアを後ろで縛り、顎と口を覆う白ヒゲが貫禄を醸し出す。何より印象的なのは、鷹を思わせる鋭い目つきだった。今もその瞳は、喧騒に惑うことは無い。元凶となった人型重機をじっと見据えていた。


(すごい怪我)


 首から右頬まで伸びる大傷が、刃物を思わせるような剣呑な雰囲気を助長する。荒事にも動じず、ナイフで刻まれたような深い眉間のシワは、歴戦の戦士を思わせた。


(なんか、雰囲気が。……武装警備員? ……いや! それより!)


 ソウが人波に飲まれないように身構えている。置いていかれなかった事は嬉しかったが、今はそれどころでないと頭を振った。


「ソウ! 早く逃げないと!」

「だが、こうも混乱していると――」


 乾いた発砲音が何発も鳴り響く。振り返れば、人型重機がネイルガンを発砲していた。その度に、鮮烈な赤が目に入る。


「乱射しているの!?」

「アオイ! 早く!」

「う、うん――」


 そして、人波が引いた道路の上に、うずくまる大小二人の人影があった。


「親子……!?」


 母親は足を痛めたのか動かない。その傍で、小さな女の子が母親を逃がそうと、泣きながら母親の袖を引っ張っている。


「助けなきゃ!」


 思わず駆け出した。しかし、すぐさまソウが肩を掴む。


「危険だ! 退避を!」

「でも……! でも! って――」


 視界に巨大な影が割り込んだ。


 それは水色の塗装をされた人型重機だった。さっきまでの人混みで気づかなかったが、乗り捨てられた人型重機が通りの端に三体あった。


 そのうちの一体が動き出している。


「別の人型重機……って、さっきのあの人!?」


 人型重機の操縦席はガラス張りだ。ガラス越しに見えるのは、先ほど肩を抱きとめた大柄の壮年の男性だった。首から右頬まで伸びる傷が、凄みを見せつける。ヘッドギアから除く鷹の目は、相変わらず鋭さを灯していた。


 壮年男性がこちらを向いた。重機についているスピーカーから、渋みを響かせた低音が響く。


「二機残っている。来るなら来い」


 その言葉で、道路脇に乗り捨てられた重機を見る。ガラス越しの操縦席を見ると、操縦用のパネルは光ったままだ。きっと、持ち主は起動させたまま降りたのだろう。


 ならば、動かせる。そう思った。


「この重機なら!」

「待て! アオイ! 本当に行くのか!?」

「うん」


 自分を見つめてくる三白眼を、ジッと見返す。すると、ソウが人型重機に向かった。その背中に問いかける。


「一緒に行ってくれるの?」


 ソウが背中を向けたまま止まる。


「一緒と誓ったはずだ」


 それだけ言って、ソウは再び人型重機へ向かった。


「ありがとう」


 道路端に止められた二機の人型重機前まで来た。乗り込もうと二手に分かれる前に、ふと気づく。


「でも、操縦はどうしよう」

「人戦機と同じはずだ」

「思考読み取りってこと?」

「正解。行くぞ」

「わ、分かった!」


 それだけ言ってソウと分かれる。屈んだ人型重機に駆け寄って、腿に足をかけて上り、胸部へ登る。そこには、開け放たれた扉が見えた。


「良かった。ドアは開いてる」


 半開きのドアからガラス張りのコックピットへ身体を滑り込ませる。機体と繋がれた有線式ヘッドギアが、シートの上に転がっていた。


「これを被れば」


 ヘッドギアを被り、シートに身を沈めて、ベルトを装着する。


 いつもどおりにすればよいだけ。そう信じる。


「立って……!」


 念じたとおりに人型重機が立ち上がる。いつもより反応が鈍いのは、戦闘用とは違って、瞬間的な反応を求められていないからだろうか。


 だが、今はとにかく動いたことに感謝するしかなかった。


「これで、助けられる……!」


 そう、つぶやきながら前をみる。視界には助けを求める多数の人が溢れていた。


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