少女と社長と大人の隠し味 前編
○フソウ ドーム都市 地下鉄駅プラットホーム
朝の地下鉄駅には、沢山の通勤客が歩いていた。
人々の行き交う階段の脇にはホログラフ広告がきらびやかに映っている。しかし、ほとんどの通行人には広告に興味を示さず、黙々と歩いている。
物言わぬ人々の波から、軽快なリズムを刻む靴音が聞こえてきた。二つの人影が、人々を避けながら息を弾ませて階段を駆け下る。
先頭は猫耳のニット帽によく似合う、猫のような瞳をした小柄な女性。その後を、垂れ気味丸目の少女が追う。
「シノブさん! 待って!」
「アオイ! 急げ!」
声も上ずる二人は、通勤途中のアオイとシノブだった。
階段を駆け下りきった二人の視線の先に、乗車ゲート向こうで待っている地下鉄車両。口を開けてはいるが、既に大半の乗客が乗り込んだ後だった。
「まもなくドアが閉まります。ドアから離れて――」
涼やかなアナウンスが出発を告げている。それを聴いた二人ががむしゃらに脚を動かした。息が上がり、顔も赤いが、それでも二人は懸命に走った。
「間に合え!」
扉が閉まり始める前に、二人がなんとか滑り込む。二人が息を荒げながら、直後に締まるドアを振り返った。
「あ、危なかった……」
「遅刻だけは勘弁だな」
乗客たちの注目がアオイとシノブに集まる。二人は気まずそうに苦笑いした。周囲の人々はすぐに興味を失って、携帯型情報端末に視線を落とす。
ふう、と一息吐いてシノブを向いた。
「それにしても、シノブさんも遅刻だなんて」
「アオイもな。夜更かしか?」
「う……。ちょっとだけ動画を見ちゃって。シノブさんはどうしたんですか?」
「アタシはちょっと付き合いがあって……」
言いづらそうに口をモゴモゴと動かすシノブ。
「一回目を許すとダメだな。チィチィさんの誘いでも、今度は断るか……」
聞こえるか聞こえないか呟きに、アオイが首を傾げた。
「なんのことです?」
「なんでもねえ。こっちの話だ」
シノブが困ったようにキョロキョロと周囲を見回す。そして、得意げにアオイを見返した。
「アオイ、知ってたか? 大侵食前だと電車は地上を走っていて、地下を通る電車をわざわざ地下鉄って呼んでたんだぜ」
「知りませんでした。物知りですね」
「へへ。まぁな」
どこで仕入れた知識なのだろうと、アオイが不思議そうにシノブを見る。
「それにしても、違うもんだなぁ」
「何がです?」
「この頃は大侵食前のキシェルの街、つってもVRなんだけど、その中でドンパ……じゃなかった景色を見ることが多いんだ」
「へえ。ワタシはあまり見たことないですけど」
「普通はそうだよな。で、ウラシェと違うところが結構あるなって」
「どこが違うんですか?」
「うーん。例えば――」
シノブの説明が続く。
ウラシェでは生活の場はドーム都市内に限られる。病原体や攻性獣から身を守るためだ。そのため、生活できる土地はごく限られている。
そのため、生活空間は地上に、インフラは地下に立てられていた。発電所や水道局や通信管理局などは全て地下にある。鉄道もそうだった。
妙に疲れた様子のシノブが説明を締める。
「――って、感じかなぁ」
「へぇ。随分と贅沢な土地の使い方ですね」
「あっちの景色を見ると、こっちは息苦しいよな。ビルばっかだし、青空も見えないし」
「本物の青空を見た人たちも、ずっと前にいなくなりましたからね」
ウラシェへの移住が始まったのは、肉眼で青空を見た者たちが寿命で死に絶えたあとだった。青い空の爽やかさと希望に満ちた世界は、今となってはおとぎ話だ。
「次は、隔離区画外縁駅。隔離区画外縁駅――」
アナウンスを聞いて、アオイとシノブが電光表示へ視線を移す。
「次だな」
「乗り過ごすと大変なんですよね」
「たまにやっちゃうけど、次の駅が遠いから戻ってくるのに時間がかかるよな」
アオイとシノブが喋りながらドアの前へ向かい、ドアが開くと同時に揃って降りる。武装警備員らしき猛者たちに混じりながら、二人が階段へと消えた。
○フソウ ドーム都市 地下第一階層
アオイとシノブが地下ターミナルと書かれた標示の下まで歩いてきた。地下に設けられた道路にはバスや配車ポッドが止まっている。
「この時間ならバスで間に合うな。走った甲斐があったぜ」
「ですね。節約したいので、配車ポッドはちょっと」
「高いって言ってもジュース一本くらいだろ?」
「それが惜しくて……」
「そこまで切り詰めるのかぁ……。倹約はいいけど、この前のレストランみたいにぶっ倒れるなよ」
二人が列の後ろにならぶ。しばらくすると、自動運転のバスが到着した。乗車口に取り付けれられたカメラが二人を観る。顔面認証と信用スコアの確認を終えて、OKサインが点灯した。
乗車して車内を見回すと、少ないが席は空いていた。
「お、あそこの席にしようぜ」
「二人分空いていて、よかったですね」
席に座ってしばらくすると、バスが発車した。
地下道路帯は明るいが殺風景だ。しばらくアオイが外を眺めていると、蛍光表示が窓を彩った。拡張現実表示によって、地上にどんな建物があるか逐一表示している。
「えっと、あそこは――」
表示される建物を注視する。前にバスを乗り間違えてからは、正しい経路のバスに乗ったか確認するのが習慣だった。その時、拡張現実表示の向こうにトレーラーが見えた。
「あ、あれって」
傷防止のシールが全面に貼られた人戦機が、荷台に載っている。隣のシノブが猫のような瞳を少し開いた。
「おー、新しい機体の搬入か?」
「鳥のくちばしみたいな頭の人戦機ですね。たしか、うちの格納庫にもあったような?」
「ファルケだな。鷹って意味だった気がする」
「なるほど。鷹のくちばしってことですか。シドウよりずいぶん細いですね」
「遠距離交戦用に良いセンサーを積んでいる機体だよ。近距離でぶっ放し合うような機体じゃない」
「だから軽装甲なんですね」
「そうそう。そういや、操縦士もそろそろ戻ってくるって、トモエさんが言ってたな」
「そうなんですか。どんな人か、ちょっと不安です」
「悪い人じゃねえよ。ちょっと無口で、とっつきづらいかも知れないけどな」
シノブがそう言うなら大丈夫だろうと、安堵の息を吐く。そして、ピカピカの機体と年季の入った自機を頭の中で見比べた。
「ワタシたちも新しい人戦機が欲しいですね。シドウ、気に入ってはいるんですけど」
「アオイたちのやつはシドウの中でも一式だからなぁ。古さは年季入りだな。癖がない分、練習機としてはいい感じなんだけどな」
「そうなんですか?」
「全部の人戦機のご先祖さまみたいな機体だ」
そう言われると、自分の機体がおじいちゃんのように思えてくるから不思議だった。そして、老人をこき使うような錯覚に申し訳なさ感じていると、アナウンスが降車場所の名前を告げた。
降車口をとおり、再び顔面認証を済ませる二人。降車口近くのエレベーターから地上に出る。見上げる先には、いつもの半透明の天井があった。
そこからしばらく歩くと、サクラダ警備のロゴが見えてくる。さらに近づくと、フェンスの向こうに見慣れないトラックが停まっているのを見つけた。
「あれ? このクルマ、何でしょうか?」
「さあ、何かの搬入じゃないか? 早く着替えちまおうぜ」
「わ、分かりました」
門を通り、入り口を開け、廊下を抜けて、更衣室の扉を開ける。パーカーとスラックスを脱いで、青空色の作業服へ着替えた。
シノブと同時に着替え終わり格納庫へ向かう。重めの扉を開けて、息を吸い込んだ。なるべく元気を込めて、喉を震わす。
「おはようございます! ……って、あれ?」
そこでは、トモエが見慣れない作業者と格納庫の中央で話していた。状況が分からず隣のシノブを見ると、訳が分からないと言った顔をしていた。
「業者さんが? シノブさんは何か聴いてます?」
「いや……。何も聴いてねえけど」
トモエがこちらに気づき、振り向いた。バイザー状視覚デバイスの上の整った眉が跳ねる。
「お前たち、どうした? というか、なぜ来ている?」
「え? どういうことですか?」
「なに? メッセージを送ったはず――」
そう言ってトモエが携帯型情報端末を取り出した。
「……あ」
「あ?」
トモエが額に手を当てて天井を仰ぎ見る。何があったのだろうと困惑していると、トモエが深い溜め息を吐き出した。
「すまん。ソウにしか送ってなかった……」
「あの……。なんの事でしょうか?」
「いや、今日は業者の点検が入るから訓練できないんだ。だから、今日は有給休暇を取得するように連絡した……つもりだった」
「そうなんですか……。いつもしっかりしているトモエさんらしくないですね」
「疲れているのもあるが、そこまでしっかりしている訳でもない」
トモエが再び深い溜め息を吐く。
「アオイと初めて会ったときもそうだったろう?」
「ああ、そういえばソウに無理やり連れてこられてと勘違いしていましたね」
「恥ずかしい話だが、そういう事だ。気をつけてはいるつもりなんだがな……」
そう言われると、ちょこちょことドジをしている事を思い出した。初心者講習の件もそうだったと思い出す。その間に、トモエが壁にかかった時計を向いた。
「今から帰らせては無駄足になるか……。午後から半日休暇にしてもらってもいいか? 午前中は事務仕事を片付けてくれ」
「分かりました」
シノブと二人で格納庫から出て、廊下を歩く。
「びっくりしました。トモエさんのうっかり」
「そうか? たまにあるんだよな。開拓中継基地の集合場所を間違えたり」
「へえ。意外な一面かも」
「アタシも最初そう思ったな」
事務室の扉をくぐり椅子につく。
端末を開けて、時にはタイピングで、時には口頭指示を出しながら目を通しておけと言われた教材を開く。うなりながら暗記を続けてしばらく経った頃、シノブのだらけた声。
「昼、何にすっかなー。まだ時間があるけど」
「ワタシはいつもので」
「アオイはペースト以外も食べたほうが――」
その時、扉の開く音が聞こえた。振り返るとトモエが入ってくるところだった。
「お前たち。昼はどうする?」
「いつもどおりにしようかと思っていました」
これくらいの時間に、昼食をドローン配達してもらうように手配するのが日課だった。トモエの質問の理由がよく分からないでいると、答えが返って来た。
「もしよかったら、気分転換に料理でも振る舞うが?」
「え? いいんですか?」
「元々は私のミスだ。埋め合わせくらいはするさ」
「助かりました。これで一食浮きます」
その横でシノブが眉をわずかにひそめた。
「工事は? トモエさんが見ていなくても大丈夫なんですか?」
「あとは業者に任せても問題ない。打ち合わせも終わった」
「なるほど。じゃあ、アタシもお言葉に甘えてと」
何をつくってくれるのかとウキウキしていると、一つ疑問が浮かんできた。
「でも料理となると、材料はあるんですか?」
「ああ、ついてこい。屋上へ行く」
「屋上? どうして? それに、今からだと仕事が」
「今日は上がりで。業務扱いにするから給与も心配しなくていい」
「え、いいんですか?」
「さっきも言ったが、元々は私のミスだ」
仕事をしなくても給料がもらえるならば、それに越したことはない。だが、それでも罪悪感を覚える自分の生真面目さに内心呆れた。
踵を返すトモエを追って席を立つ。廊下を抜け、階段を上がり、屋上への扉を抜けた。
「初めて屋上にきました……」
なんで屋上に連れてこられたのか。半透明のドーム天井を見上げながら不思議に思っていると、緑の葉が生い茂る一角を見つけた。大きな植木鉢と照明が備え付けられている。
「これは?」
「プランターだ。ヒノミヤさんのところから土を買って菜園をやっている」
「初めて知りました。……ああ! だからヒノミヤさんの設備防衛の時、よく知った感じだったんですね」
ヒノミヤたちの設備を防衛した際に、トモエとヒノミヤが親しげな様子だったことを思い出す。
「そういう事だ。照明を補強しているから、植物も育つ」
「それで、何を育てているんですか?」
「そうだな……。今日の気分だと、玉ねぎに……」
そう言って、植木鉢から葉をつかんで引っこ抜く。土を払って次の作物へ。
「じゃがいもに、ニンジン、あとはローリエか」
「何の材料ですか……? もしかして?」
「そう。カレーだ」




