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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
短編集:開拓星ウラシェの比較的平和な日常2
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少女と怪我と日頃の備え 後編

黒曜樹海(こくようじゅかい) 開拓中継基地 休憩スペース


 休憩スペースの空気がピリピリしていた。三白眼を光らせるソウが、アオイへ刺すような視線を向けている。


(ボクがフタミさんの通訳かぁ……)


 ボソボソと喋るフタミの声は断片的にしか聞こえない。それらを拾ってつなぎ合わせるのは中々に疲れる。安全のために集中しなければならない任務でくたくたになっていればなおさらだった。


(正直、面倒くさいなぁ)


 だが、ソウから放たれる圧力は強くなる一方だ。


「貸しは?」


 貸してもらったゼロの数には逆らえなかった。


「わかったよ……」


 文句はぐっと飲み込み、フタミの言葉をわかりやすく言い直す。


「武装警備員は怪我が多いから保険に入った方がいいよ、って言ってる」

「保険か。考えたこともなかった」

「ソウも入ってないの?」

「ない。アオイは?」

「前の会社で、なんか色々ファイルを渡されたけど……多分、ないと思う」


 正直なところ、何かあったような気もする。


 安全講習も受けていないが、受けたことにさせられたこともあった。前の会社のブラックさを考えれば、大事なこともサラッと流しかねない不信感がある。


「そう……い……珍しい……よかったら……。いざ……」

「アオイ。通訳を頼む」


 ソウの一言で思考を中断せざるを得なくなった。


(ぐ……。でも断っても無駄なんだろうなぁ……。借金には代えられないか)


 気弱な自分を恨めしく思いながら、ソウに従う。


「今どき珍しいから、よかったら紹介するって。いざっていう時も安心できるし、任務にも集中できるんじゃない?」

「一見すると非効率に感じるが?」

「でも、怪我するかもって心配すると、かえって回りくどくならない?」

「なるほど。許容できるリスクを増やせれば、かえって効率的な方法を選択しやすい」

「そういうこともあるかも」


 ソウが腕組みをして考え込む。三白眼が一層(いかめ)しくなるが、ただ単に悩んでいるのだろうと思うことにした。


「ならば、説明を受ける利益はあるな。続きを」


 あまりにもぶっきらぼうな言い方に、思わずため息が出た。


「わざわざ説明してくれるんだよ? そういった言い方じゃなくて、もうちょっと気遣いとかさぁ」

「それよりも効率を優先した方が良いのでは?」

「もう……」


 筋金入りの効率主義者に何を言っても無駄だろうと、フタミの方へ振り返る。


「じゃあ、フタミさん。すごく助かるから、教えてもらってもいいですか?」

「も……ろん。紹介……特典……」

「なるほど。フタミさんにも特典があるんですね。じゃあよかったです」

「じゃあ……そもそも……フソウ……」


 フタミの説明が始まり、懸命に耳をそばだてる。


 貧困国フソウでは列強のような国民皆保険制度はない。そのため、個々人が民間の保険に入る必要ある。


「列強とかだと、国が保険で助けてくれるんですね」

「フソウ……貧乏……」

「昔は違ったって聞きますけど、実感ないなぁ」

「いま……、自分で……、保険……選ぶ」

「でも、どれがいいか迷いそうで」

「基本……保険……」


 まず基本となるのは、怪我や物損への補償である。さらに労働災害などの休業についても保険に入っておかないと、給与の補填はない。怪我の治療やリハビリ、場合によってはサイボーグ化の費用もある。


 国が補填してくれた時代もあったが、今のフソウにそんな余裕はなかった。基本的な保障も保険に入らなければ受けられない。あまりの世知辛さに思わずため息が出た。


「これが基本なんですね。基本って事は、他にもあるってことなんですか?」

「特約……でも……そういう……保険料も……」

「高くなるんですね。内容も考えなきゃなぁ」

「じゃあ……特約……」

「よろしくお願いします」

「これ……映す……」


 そう言って、フタミがタブレット型端末を取り出した。フタミが入っていると思われる保険のホームページで、様々な特約、つまりオプションが並んでいた。


(ここに並んでいるものを、自由につけられるってことかな?)


 それらは武装警備員ならではの特約だった。未知の攻性獣との遭遇、不意の資源採取戦などの、どれも身に覚えのある状況が書かれている。その他のオプションにも目移りしてしまった。


「なるほど。いっぱいありますけど、確かにどれも入りたくなる」

「万一……備え……」

「今まではギリギリで無事だったけど、もし怪我をしていたら……」

「……昔……国が……労災……」

「そうなんですね……。昔のフソウは恵まれていたんだなぁ。今じゃ、国がおカネを出してくれるなんて考えられないし……」

「いま……自分は……守る」

「自分で備えておかないと……ってことなんですね」

「……選ぶ……大変」

「確かに。自分にぴったりの保険を選ぶのは難しいですよね……」


 武装警備員になってからまだそれほど経っていないが、それでも死にそうな目に遭ったことは度々あった。できるだけの特約を付けておきたい。


(でも、その分だけ保険料も高くなるだろうし……)


 財布の寂しさが恨めしかった。


「なんとか、安くならないかなぁ」


 思わず漏れ出た心の声をフタミが拾う。


「機体……安全オプション……かわ……」


 フタミが指差す画面には、機体に付属されている安全装置の充実度によって保険料が割引されると書いてあった。


 思わずなるほど、と声が出た。


「怪我することが少なくなるから、安くなるってことなんだ……。うちってどうなっているんだろう」


 そこにソウが割り込んできた。


「サクラダ警備には、このページに記載されている安全装置は全て導入されている」

「さすがトモエさん。これとかそうだよね?」


 肩や肘のパッドに頚椎保護クッションの緩衝装備割引と書いてある。


(ボクの戦闘服にも付いている)


 続きを見ると、感覚フィードバック用人工筋肉を使った衝撃時の関節固定システムなども書いてある。


(確かに、攻性獣(こうせいじゅう)に跳ね飛ばされた時も、ぎゅって締め付けられるし)


 締付けのお陰で、骨折しないようにしているのだろうと思っていた。保険の割引率を見ると、かなり効果のある怪我防止策なのだろう。


「えっと他には……」


 次は人戦機(じんせんき)側の装備についてだった。


(座席自体の緩衝システム……。ああ、もしかして)


 これも覚えがあった。


 操作中は戦闘服と座席がベルトで固定されており、コックピット内壁への激突防止となっている。加えて、座席は緩衝材越しに固定されており、衝撃を操縦士に伝えないようになっている。本来は突き上げるような衝撃も、ぐらんぐらんとした揺動に変換される。


(えっと、他には。あ、これも。人戦機(じんせんき)がガバってするやつだ)


 書いてあったのは人戦機(じんせんき)の受け身動作だった。吹き飛ばされた時、人戦機(じんせんき)は意識せずとも自動で受け身を取る。その分だけ衝撃は分散されている。


 先程のアルマジロ型攻性獣(こうせいじゅう)との戦闘でも、これらの安全装置が働いていたことを思い出す。


「あまり意識しなかったけど、そのおかげで助かってたんだなぁ……」

「貸与機で十分な安全装備を設置しているのは特殊とのことだ」

「そうなんだ。でも、確かにトモエさんらしいな」


 トモエはいつも安全第一だった。シドウ一式は練習機的な扱いで、改造資金を掛けられないと言っていたが、それでも安全関係の資金は削らなかったのだろう。もしもの備えが自分の身体を守っていたと思うと、トモエへのありがたさで、少しまぶたがジンと熱くなった。


 そこにフタミが話しかけてくる。


「後……講習……」

「ああ、ここに受講割引って。そう言えば、フタミさんと会ったのも講習でしたね」

「あれ……大変……」

「そうでしたねぇ」


 思い出すのは、武装警備員協会での共同講習だった。


(アレをもう一回かぁ……)


 妙に意識の高いイシタカに、詐欺師のように胡散臭いサギノ、何を言っているか分からずいちいち通訳しなければならなかったフタミなど、とにかく疲れた一日だった。


 ソウはソウで講習メンバーに喧嘩を売ったらしく、ソウもろとも罵声を浴びせられながらの操縦に神経をすり減らした。



(絶対にやだなぁ……)


 思い出すだけで、頬がげっそりと()けたような錯覚を抱く。どんよりとした気持ちで俯いていると、フタミが覗き込んできた。


「アプリ……どんな……見積もり……」

「なるほど。どれくらいになるか調べられるんですね」

「これ……紹介割引……」

「じゃあ早速。ソウもやってみる?」

「了解。試算する」

「わか……転送……」


 フタミがタブレットを操作して、読み取りマークが表示された。それを撮影すると見積もり画面へ切り替わる。くるくると回る砂時計の表示を見ていると、ソウが声を挙げた。


「なるほど。個人情報が変数となっているのか?」

「え? そうなの?」

「この価格だ。先程の説明よりやや高い」

「あー、結構むちゃするからね……。じゃあ、ボ……って、あれ!?」

「どうした?」

「す、すごく高い! ソウと同じ内容なのに、なんで!?」


 補償内容は同じなのに、ソウよりも保険料が一桁は高い。どうして自分だけ、と思っていると後ろから声がした。


「どうした? デカい声で? 耳がキンキンするぜ」


 聞き慣れた声に振り返れば、小柄の猫耳女性がいた。


「あ、シノブさん。いつの間に」

「たまたま通りかかったんだけど、保険の話だって?」

「どうして知って……って」


 猫耳を見て納得した。シノブが強化改造を受けている聴力拡張用マイクが仕込まれた場所である。


「ああ、聞こえてたぜ。で、端末を見してみ」


 言われて、携帯型端末をシノブに渡す。


「あー。信用スコアでガッツリ等級下がっているじゃん」

「等級?」

「ソイツがどれくらい事故を起こすかもしれないかの目安」

「あ、もしかして信用スコアが低いから」

「そういうこと。アタシも昔は酷かったからなぁ。保険なんて入れなかったぜ」

「じゃあ、怪我したときとかどうしてたんです?」

「スラムの闇医者かな」

「や、闇医者……ですか」

「そ。縫った後が化膿しまくって、熱とゲロでヒデえ目に遭ったりとかなぁ。あとは――」


 シノブが語るのは、耳を塞ぎたくなるような悲惨な生活だった。スラムで子どもが生き抜くのは、そこまで大変なのだと思うと、自分の貧乏ぐらしが、まだマシに思えてくる。


 元気を削ぎ落としていく生々しいエピソードを聞き終わったところで、フタミがぼそぼそと呟いた。


「……あと……じこ」


 精神的疲労が溜まっていたためか、今度は細部を聞き逃してしまった。


「あ、ごめんなさい。もう一回言ってもらって――」

「ああ~。確かに事故歴とかで等級下がるわな」


 シノブが当然の様に答える。


「え? シノブさん。フタミさんの言ってること、わかるんですか?」

「ああ、そっか。アタシは耳があるから分かるぜ」

「なるほど。声が小さくても大丈夫なんですね」

「で、アオイ。事故歴があって保険を使うと等級が下がるけど、なんか覚えはあんのか? ここまで等級が下がるとなると、機体全壊とかのレベルかな? アタシが復帰する前とか?」


 そう言われてもすぐには思い浮かばなかった。


「うーん。確かに危なかったときはありますけど、そこまで機体を壊したのは……。ソウ、覚えてる?」

「いや。この前の坑道救出での前腕損壊くらいだ」

「うーん。じゃあいつだろう?」

「サクラダ警備に転職する前はどうだったんだ?」

「あ! 確かに! でも、その時は保険なんて……」


 確かに、サクラダ警備に転職する前、ソウと初めて共闘した帰り道に機体を壊したことを思い出した。機体を壊したからといって、あっさりとクビになったことも。


 その経緯を話していると、シノブが腕組みをしながら首をかしげた。


「そういやリコに聴いたんだけどさ、アオイの前職ってすっげえブラックだったんだよな?」

「ええ……、それが?」

「実はこの頃、保険会社でニュースがあったんだけどよ――」


 シノブが語ったのは武装警備会社と修理業者がグルになった、保険金水増し請求事件だった。


 武装警備会社がド素人の新人を任務に出す。そのときに、本人に黙って高額の保険をかける。ろくな教育は受けさせないから、新人は機体を壊す。そして、破損した機体を修理会社に渡す。


 悪質なのはその後で、修理会社が破損した機体を更に壊して、被害を水増しする。そのうえで、保険を使って保険費用を過大に請求するというものだった。そして、修理業者は修理依頼を出した武装警備会社へ報酬を渡して暴利を貪るという、漆黒に近いブラックな内容だった。


 あまりの悪質さに、思わず頬を引きつらせる。


「ええ……。でも、ありそうです」

「それだったんじゃないか? アオイの前の会社、あまりいい噂きかねぇし」

「それで、ワタシ名義でいっぱい保険を使って……」

「ああ。アオイが前にいた武装警備会社と修理屋は丸儲けって訳。アオイの等級だけが犠牲になるけど、クビにした社員なんて知ったこっちゃねえ、みたいな」

「くぅ……。本当に最初に入るところ間違えたなぁ……」


 つくづく過去の自分と前の会社が恨めしい。しかし、文句を言ったところで保険料が安くなるわけではなかった。


「でも、保険に入らない理由にはいかないし、当分はカレーを我慢してでも保険に入った方が……」


 そのつぶやきを聴いて、シノブがこちらを不思議そうに見た。


「随分心配性だな。サクラダ警備が入っている協会保険じゃ不安なのか?」

「ぅえ?」

「え?」


 シノブの眼差しが生暖かいものに変わる。


「……あのな、トモエさんの方でな、協会がやってる割の良い保険入ってっから、サクラダ警備の保険、使えるぞ?」

「そ、そうなんですか?」

「手取り額だけじゃなくて、給与明細をちゃんと見とけよ」


 自分の心配が全くの無駄としって、思わず肩の力が抜けた。小柄なシノブが、こちらを見上げる。なだめるように、少し声が優しくなった。


「まぁ、そんだけ等級が低ければ、天引き額も増えるから、なんかした方がいいな」

「確かに。ミドリムシペーストの日をもうちょっと減らしたいです」

「あれ、普通の舌の人間にゃキツイだろうなぁ」


 そして、シノブがソウを見上げる。


「で、ソウ。お前はもうちょっと特約つけとけ」

「なぜです? 保険料が高額になるのでは?」

「お前のやりかたはリスクがデカい。たまたまなんともなかったけど、保険をつけといた方がいいと思うぜ」

「ミスをしなければよいのでは?」

「失敗はつきものだって、教えたろ?」

「なるほど」

「いざっつう時の思い切りにも効いてくるから入っとけ。あれだ。効率的任務ってやつだ」

「了解」


 効率的と言う言葉を聞いて、ソウが素直に携帯型端末を操作する。先程の見積もり画面で、オプションを足しているのだろう。一通り操作を終えたソウが、三白眼を細めた。


「オレも出費を抑えるべきか」

「ソウも? でもおカネいっぱいもっているでしょ?」

「今後の装備拡張や機体交換も視野に入れれば、保険費用などの固定費削減が望ましい。効率的な資金確保を行いたい」

「まぁ確かに、節約よりもそっちのほうが楽だよね。でもどうやって……」


 信用スコアを上げるにしても、等級を上げるにしてもすぐには難しい。顎に指を当てて考えていると、ソウがこちらを向いた。


「また講習を受けに行くぞ。アオイ」

「ぅえ? 講習って?」

「先程言っていた、保険会社推奨の安全講習だ。今調べていたが、武装警備協会主催の安全講習が対象とのとこだ」

「じゃあ、前に受けたような感じかぁ。うーん。……あれはちょっと。大変だったし」


 やたらと疲れた講習を思い出していると、ソウが目の前に詰め寄ってきた。腕組みをしたまま普段から恐ろしい三白眼に一層の迫力を込めて、こちらを睥睨(へいげい)した。


「貸しは?」


 有無を言わせぬ迫力だった。うっ、と喉をつまらせる。


「わかったよ……」


 借金や保険料のことも考えれば、受けない選択肢はない。ため息をついていると、フタミが優しげに肩へ手を置いた。


「わた……うけ……」

「ああ、フタミさんもですか」


 後日、講習を受けに行ったところ、イシタカとサギノと再会した。前回同様に息は合わず、保険料の割引と引き換えに、ぐったりとするような疲労感に襲われるアオイだった。


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― 新着の感想 ―
フタミさんから保険について説明を受けている場面だけど、読者としては人戦機の仕組みについていろいろと知ることができました。 ちゃんとトモエ社長が保険に入ってくれてて良かった!(*'ω'*) さすがトモ…
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