少女とドローン配達と戦場の恵み 前編
〇開拓星ウラシェ 紫電渓谷
曇天の下に広がる、生物を拒むような荒涼とした紫電渓谷。所々で弾ける雷光以外は、さして彩りもない単調な殺風景が広がる。
一見すると何の息吹も感じ取れない、来るものを拒む未踏の世界。だが、拒絶の空気を物ともせずに動く巨人が無数に居た。
巨人は人型重機だった。資材カーゴを引き、削岩機を腕につけ、無人トロッコ用の誘導テープを敷設する。
開拓機材の音が、まるで威勢の良い労働歌のように渓谷に響いていた。曇天が未知のフロンティアを覆い隠す中、人々の活力が未踏の地を切り開く。
明日のため。後に続く者のため。
可能性を敷いていく活気と意志が、今日も惑星ウラシェを切り開いていく。
〇紫電渓谷 トランスチューブ工事現場
地下へ続く大穴の周りに人型重機と、無人トロッコと、作業員たちが右往左往している。ある者は資材を大穴の中に投入し、ある者は大穴から排出される土を捨てていた。
駆動音と、時折聞こえる作業の合図は鼓動に似ていた。大地の下の動脈は、いずれは人々と資材をすみずみに行き渡らせるだろう。
人々が雑多に動き回るなか、二機の人型重機が手を止めた。人型重機の胸部はガラス張りになっており、外から操縦士の様子が確認できる。
ヘルメットをかぶった若い男二人が、風防のガラス越しに目を合わせた。
「線路は続く……と」
「どこまでも、だな」
作業員同士の声が外部スピーカー越しに響く。騒音に紛れかけながらも、二人の会話が続く。
「それにしても、今回の業者は随分とトラブルが多かったな」
「全然、通信がつながらないのな」
「新入りなんか迷子になってたぜ」
「ぽやっとしてんなぁ」
ケラケラとした笑いが、作業で軋みがちな心の潤滑剤となった。
「今は大丈夫になったけど、工期に響いたな」
「あのキャンキャンうるせえ工事総括がドローン屋を吊し上げてやるってイキがってたぜ」
「他人のアラ探しだけは得意だからなぁ」
「昔のフソウ人はもっとシャンとしてたってのに、近頃の若いやつは」
そこへ、もう一機の人型重機が加わる。スピーカーから聞こえてきたのは、低く威圧感のある声だった。
「お前たち、愚痴も分かるが手を動かせ。そんで動かしている間は集中しろ。事故の元だ」
「クドウ監督」
二人が視線を投げた先には、風防越しの強面が見えた。まっとうな職業に携わっている人間には見えないが、れっきとした工事監督だった。
クドウがコックピット内で腕を組みながら、鼻息を一つ鳴らす。
「うちの組の若えやつらだって真面目にやってる。お前たちの命の恩人だってそうだろ?」
「ああ、あのシドウ一式に乗った気弱そうな嬢ちゃんですか」
クドウに窘められた二人が思い浮かべたのは、気弱そうな少女だった。垂れ気味の丸めに低い鼻で、やり手という印象はゼロ。むしろどんくさいイメージの少女だ。
「飲み会の時はあんなにオドオドしてたのに、攻性獣とは真っ向から戦ってるからなぁ」
「そういうこった。説教を垂れているお前たちだって、働き始めの頃はそこまでしっかりしてないだろ?」
「それを言われると耳が痛い」
「さぁ、さっさと働け。若え奴らの見本になるくらいな」
「あいよ」
そう言って、二人は作業に戻る。今日もクドウたちの仕事は続いた。
〇紫電渓谷 トランスチューブ工事現場 工事監督者詰め所
クドウたちの居た工事現場のすぐ近くに、空気圧で白い特殊布を膨らませた簡易的なドームがあった。その中にはプレハブ小屋が積み重ねられている。作業員の休憩所や、直接は工事を行わない者たちの仕事場となっている場所だ。
そのうちの一つに、工事事務を管理する施工管理者たちが待機する小屋がある。デスクが置かれるその一室で、ねっとりとした威圧の籠もる慇懃無礼な声が聞こえた。
「困るんですよねぇ……。攻性獣は仕方ないとして、通信トラブルは人災でしょう? それによる工期の遅れは――」
声の主は工事を総括する管理者だった。
神経質そうな線の細い顔立ちと身体。不健康そうな顔を前に向け、デスク越しに立つ二人へ向かい口を動かし続けている。
二人うちの片方は、坊主に近い髪型をした大柄な中年男性。濃いヒゲともみ上げがよく似合う、強面の男だった。
もう片方は、中背中肉の二十代前半の女性だった。長い前髪に伏し目がちな表情。快活とは言い難い、陰の雰囲気を放つ女性だった。
ヒョロガリと現場員に揶揄される工事総括が、嫌味を込めて二人を見上げる。
「――と言う訳になるんです。場合によっては、損害についてもどうにかしてもらう――」
その時、女性が奇声を上げた。
「ち、ちち、ちちち!」
「な、なんです!?」
女性の声は妙に上ずっており、壊れたスピーカーのように同じ単語を繰り返す。陰気を放つ長い前髪を揺らし、顔を真っ赤にしていた。
その様子を横目で見た強面の男が、見た目通りに低く重い声を出した。
「メグミ。黙ってろ」
「で、でで、でででも! 社長!?」
メグミと呼ばれた陰気な女性は、相変わらず奇声を上げ続ける。それを一睨みし、社長と呼ばれた男が、有無を言わさぬ口調で語る。
「ドローントラブルの原因は断定できていない。通信ができなくなって、お客様に迷惑を掛けたのは事実だ」
メグミが、反論の余地なしと下を向く。大柄の社長も、坊主頭を下げた。
「部下が失礼しました」
どうしようもなく、言葉に迫力が滲み出る。圧に屈し、ひょろっとした工事総括の口調から威圧が抜けた。
「ま、まぁいいでしょう」
「後ほど、点検記録と改善提案書を提出します。説明責任がございますので」
「そ、そうですね。それを見た上で、弊社内にて検討を加えます」
「では、失礼いたします」
社長がもう一度頭を下げて踵を返した。メグミも後を追い、社長とそろって詰め所を退出する。後に残された工事総括は、難を逃れた子うさぎのように安堵の息を吐いた。
○工事現場 休憩室
工事現場の休憩室で強面の社長とメグミがそろって座っていた。
社長がメグミに缶ジュースを渡す。二人揃って缶を開け、二人揃って中身をチビリと飲んだ。その後も同時に一息ついて、メグミが長い前髪越しの瞳を社長に向ける。
「しゃしゃしゃ、社長」
「なんだ」
奇声にも社長は動じない。
「せせ、整備記録に異常はありません。私の組んだ自己診断プログラムも正常に――」
「メグミがミスをしたとは思ってない。そもそも俺が最終確認をした。恐らくは外的な要因だろう」
「わ、わ、私が言いたいのはそうじゃなくて――」
「いったん息を整えろ」
そう言われて、うくっとメグミが息を詰まらせる。そして、深呼吸を二回した。
その様子を見届けた社長が、低音の声を幾分和らげる。
「俺は別に急かたりしない。落ち着け」
「はい。……すみません」
「謝る必要なんてねえよ。それにしても、俺の前だったら普通に話せるのにな」
「それは、社長がいい人だって分かっているから」
「そんな出来た人間じゃねえよ」
社長がほんの少しだけ唇の端を緩めて、坊主頭をガリガリと掻いた。
「で、何が言いたかった?」
「そうでした! 私が言いたかったのは、私のせいじゃないって事じゃなくて! 社長が怒られる必要がないって事で!」
「要らん気遣いだ。俺がそうすると決めた。俺の意志だ」
そう言い切る様子に、微塵の迷いも見栄も含まれていなかった。少なくともメグミにはそう聞こえる。だからこそ、続く言葉に困惑が乗った。
「……どうして、そんな。社長だって嫌な気持ちに」
「俺たちのせいではないと喚いてプライドを満たすか、頭を下げて次の仕事につなげるか、その二つでマシな方を選んだ」
「う……。その二択だと確かに。でも、そんな二択……ひどすぎます」
「それでも最後は俺が決めたことだ」
これ以上は、社長の意思を踏みにじる事を意味する。他に何も言えなくなったメグミは長い前髪を垂らして俯いた。
「……すみませんでした」
「謝る必要はない。お前が仕事の出来にこだわるのも、真っ直ぐなのも知っている。だから採ったんだからな」
メグミが就職面接の様子を思い出す。
名前すらまともに答えられず、絶対に落ちたと思った。ただひたすらに聞き苦しい面接を思い出すだけで、今でも苦笑を禁じえない。
「あんなに酷い面接だったのに」
緊張癖のせいで面接の大抵が門前払い。当然、自分のやってきた事を見てもらえない。その悔しさに何度涙したか、もはや数え切れなかった。
「俺は人を言葉じゃなくて、やってきた事で判断する」
どんなに酷い受け答えでも決して否定はしなかった。そして、作品を見せてみろ、という質問までたどり付いた時の感動をメグミは今でも覚えていた。
「お前の作り上げた拡張知能たちは、みんな真っ直ぐで美しかった」
だから、感動した。
「俺は人を言葉じゃなくて、やってきた事で判断する」
だからこそ、安心して話せる。
「有難うございます」
稀有な幸運に預かれる感謝を込める。
社長が缶コーヒーに口につけ、照れ笑いを飲み込んだ。
「だが、世の中みんながそうじゃない。それに、いつまでも裏方仕事だけって訳にもいかねえのは、分かるだろ?」
「だから今回は同行させた……って事ですよね」
「そうだ。俺だっていつかは引退する。そんときゃメグミが前に立たなきゃならん」
メグミの顔が曇る。もとより陰気な雰囲気が、一層暗くなった。
「できるんでしょうか……」
「完璧じゃなくて良い。長所の足を引っ張らない程度で構わん」
「それなら。ただ……それでも」
「今すぐじゃなくて良い。少しずつ慣れていけ」
社長がぐいっと缶コーヒーを飲み干した。
「今回の仕事は引き上げだ。中継基地まで戻る」
「分かりました」
社長が休憩所を後にする。メグミの足取りは重いまま、休憩所を後にした。
○黒曜樹海 開拓中継基地 休憩室
黒曜樹海の畔にある大型ドーム。それは開拓事業者たちが相乗りで利用する開拓中継基地だ。
開拓中継基地には、整備場、資材保管庫、そして各事業者たちの疲れを癒す、休憩、娯楽、宿泊施設があった。
多くの人々が行き交う廊下を、メグミがトボトボと歩く。
「はぁ……。昨日の件、結局は社長に迷惑をかけちゃっただけか」
紫電渓谷の工事現場から引き上げて、メグミたちは開拓中継基地に一泊した。幾分かは身体の疲れが取れたものの、気分は重いままだった。
「社長が怒られる事は無いと思うんだけど……でも、そんな簡単じゃなくて。ほんとバカ、子ども。私」
メグミが長めの前髪を垂らして、うつむき加減で自己嫌悪を撒き散らす様子を行き交う人々がチラリと見ながら過ぎ去った。
メグミは気にせず歩き続け、たどり着いたのは商品販売コーナーだった。
疲れた心を癒やすべく、砂糖たっぷり目のラテを選ぶ。無人機が注いだカップを取り出し、併設された休憩コーナーに力なく座った。
「あぁぁ……。うぅぅ……。ダメだぁ。私ってダメだぁ」
そう言って頭を抱えていると、力ない少女の声が聞こえた。
「はぁぁ……。ダメだぁ。ボクってダメだぁ」
(ん……? 似たような……)
抱えていた頭を上げ、メグミの視界に入ったのは少女と少年の二人組みだった。
グチグチと自己嫌悪をつぶやき続ける少女の方に目が行った。
(随分と幸薄そうなコだなぁ)
垂れ気味の丸目に黒髪のショートカット。随分と人が良さそうで、同時に気弱そうに見える。苦労が多いのか、若い割にくたびれた雰囲気を放つ薄幸そうな少女だ。
「アオイ。先程から同じ単語の連続だ。伝達される情報はゼロ。つまり非効率だ」
一方、少年は随分と近づきがたい雰囲気を放っている。逆巻く刺々しい髪に切れ長の三白眼。鼻と顎のシャープなラインが整った印象を与えているが、威圧感がそれに勝る。
アオイと呼ばれた少女が、ジットリとした目で少年を見つめ返した。
「ソウはいつも効率の事ばっかり……。それでも吐きだしたい時があるんだって」
少女の一言を聴いたメグミが、心の中でもげそうな程に頷く。
(あー、分かる! っていうか、今はまるっきりそれ)
少女がため息をついて立ち止まった。
「ボクの気持ち、分かるでしょ?」
「理解不能だ」
「もう、バディを組んでからそれなりになるのに」
会話が噛み合っている様子はない。なのに、随分と深い付き合いのように感じる。
(なんか変な組み合わせ)
どんな経緯でバディを組んだのだろうと思っていると、少年が販売機へ切れ長の三白眼を向けた。
「アオイ。何か食べるか?」
「今月も厳しいからなぁ……。ミドリムシとオキアミのペーストくらいしか買えないし」
「カネはオレが出す」
「え!? どうしちゃったの!? そ、ソウがそんな気遣いを!?」
まるで大金を拾った様な大げさなリアクションに、思わず肩を揺らす。
(そ、そこまで驚く事?)
無愛想な少年が特に反応もせずに淡々と話す。
「シノブさんから学習した。アオイが落ち込んだ時には効果的だとな」
「確かにボクには効果的だけど。……いいの?」
「嫌なら借金に加算するが?」
不穏な単語に思わず片眉が跳ねた。
(借金? もしかしてヤバい話? でも、仲は良さそうだしなぁ)
噛み合っていないようで会話は子気味よく弾み、不穏な内容にも関わらず親しげに見える。疑問と興味はますます深まった。
無愛想な少年が腕を組んで、ふむ、と何かに納得したように話し出す。
「なるほど。定義によっては施しに分類される、という訳か」
「確かに、そういうのは受け取らないって言ったけど……。でも、今月は厳しいし」
「どうする? 一秒待つ」
「みじか!? その……お願いします」
「了解」
少年が早歩きで自動販売機へ向かう一方で、少女は随分と落ち着かない様子で近くに座った。ソワソワするほど珍しい事なのかと観察していると、少年が戻ってくる。
「買ってきたぞ」
「ありがとう! ……って、これはなに?」
「ミドリムシのカフェオレだ」
「なんでミドリムシ!?」
「常に購入している。好物ではないのか?」
「違うよ!? ボクが買っているのは、安いから仕方なくだよ!?」
「なら、廃棄するか?」
「いや……流石にそれはもったいないし、なによりソウに悪いよ」
「そうか。次回からは別の物を購入しよう」
少年は微塵も表情を変えず、もう片方に持っていた袋を少女に差し出した。
「これも買ってきた」
「スナック? そ、ソウなのに随分と気が利くんだね」
「学習した。内容はコオロギパウダーのサブレだ。高タンパク食が好物なのだろう?」
「ソッカー。アリガトー」
あまりにもあんまりな棒読みだった。流石にこれは少年も気を悪くするだろうと思って見てみると、全く気にした様子はない。
(このコ。マイペースというか動じないというか……。凄いわね)
無愛想、無反応、無表情の三拍子がそろった少年。自分だったら共に働くのは辛いだろうと思うが、少女は気にする様子もない。
渡されたコウロギパウダーサブレとミドリムシのラテを少女が口にし終えると、ふうと一息を吐いて微笑んだ。
「うん。少し元気が出てきた」
「効果があったか」
「ありがとう」
「そもそも、今回の広域駆除任務での失敗は、アオイだけが原因とは断定できない」
「そうかな? ボクがモタモタしたせいもあるかなって思ったんだけど」
「決定的だったのは兵装交換用の配達ドローンの遅延だ」
「あー、確かに。いつもより遅れてきたね」
兵装交換用のドローン手配は、メグミの会社でも取り扱っている内容だった。
(む……。どこの会社かな。うちでも兵装配達はやっているけど)
同業他社の話を聞くため、なにより顧客候補からの遠慮のない意見を聞くために、耳に意識を集中する。
「途中でモーターが壊れたんだっけ?」
「突発的な故障の予知は困難だ。不可避な事もある」
故障の予知は不可避。その単語を聴いて、思わず立ち上がった。
「あまい!」
「うぇ?」
少女の困惑に満ちた声をきいて、我にかえる。横を見れば少女と少年が、なんだコイツと言わんばかりの視線を向けていた。
嫌な汗が全身から吹き出る。
「あ、あ、あ、あ」
「な、なんでしょうか……?」
助けを求めてあらゆる所に視線を向けた。そして、手に持っていたラテを掲げる。
「このラテ、あまいなーなんて」
「はぁ……?」
絶対に納得していない口調だった。冷や汗の量が五割ほど増す。
(や、やっちゃった。流石に怪しまれる……?)
少年の冷静な声が割って入る。
「突発的な故障の予知は困難という所までだったか。アオイの回答を求める」
少年はすぐに視線を少女へと戻し、淡々と会話を続けた。
(少しも気にしてない……!? いや、でも助かった……!)
その動じなさに驚くとともに感謝を捧げたくなる。一方の少女は、困惑気味の視線をチラチラと送ってきた。
「う、うん。ボクも難しいと思うよ」
少女のリアクションが当然だと思いつつ、目を合わさないように俯く。心の中の声を出さないように必死だった。
(難しいけど、工夫すれば分かるんだから! 音とか回転の具合とか、私の拡張知能なら発見できるんだから!)
メグミの内なる声が聞こえるはずもなく、少年少女は話を続ける。
「代わりのドローンも通信できない死角に入っちゃって止まったんだっけ?」
「通信リレー網再構築と回収ドローンの派遣で更に時間が掛かったらしいな」
「そういうのって、拡張知能でどうにかならないのかな?」
「一般的な性能では難しいと聴いた事がある」
内なるメグミが更に憤る。
(それも甘い! うちの会社なら地形別に障害物の影響も学習させたモデルがあるんだから!)
心の中でプリプリと頬を膨らませていると、少女が申し訳無さそうに眉をハの字に曲げた。元々薄幸そうな顔が、一層不憫に見える。
「まぁ、それでもさ。ソウやシノブさんにも迷惑をかけちゃったし。ごめん」
(私たちがミスすると、こんな顔をさせちゃうんだ……)
メグミは裏方で、普段は客との接点がない。生の反応を見るのは初めてだった。
(今まで、仕事で手を抜いた事はないけど……)
だが、失敗した事がない訳では無い。
どれも当時の実力を超える困難ばかりだった。仕方ないと割り切った。だが、その裏で顧客がこんな顔をしているとは、知っていても分かっていなかった。
ラテのカップを握る手に力が入り、仕事の記憶へダイブする。あの時は、この時は。そうやって深く意識を沈めていった時、冷静な声が意識を引き戻す。
「謝罪は非効率だ」
少年の顔を見る眼差しに、驚きが混じった。
(誤っても許さないって事……?)
どうしてそんな酷いことを、と思いかけた時だった。
「そうだね。ありがとう」
少女の声には、一片の皮肉も混じっていない。心からの感謝が疑問に拍車を掛けた。眉間にますます力が入る。
(どういうこと? ……あ! もしかして?)
つい昨日の社長とのやり取り。謝罪は不要との言葉を思い出す。
「そうだ。アオイが言ったとおり、次の事を考えるべきだ」
「うん。……そうだった。そうだよね。うん」
この二人にも、社長と自分のような何かが通じ合っているのかも知れない。そう思うと、チグハグに見えた二人がピッタリの相棒に見えてきた。
親しみを込めて見つめていると、少女が何かを思い出した様に頭を抱えた。
「でも、今度こそ上手くやらないと借金が……!」
「そうだな。オレも評価がほしい。サクラダ警備の立て直しにも貢献するべきだしな」
彼らが所属している会社名には聞き覚えがあった。
(ふーん。サクラダ警備で働いているんだ。凄腕揃いって聴いたけど、新入社員なのかな?)
少数精鋭で知られる会社で、滅多に新入社員を採らないと言っていたように記憶していた。とても凄腕に見える二人には見えないが、見どころがあるのだろうか。横目でチラチラ見ていると、少女がショートの黒髪を抱えた。
「ボクも失敗したらどうしよう……」
「多少の想定外はしかたない、とシノブさんの言うとおりにするしかない」
「確かに……。怖がりすぎるのもダメか」
随分と良い事を言う先輩らしき人物がいると感心していると、少年が腕を組んでフムと一声。
「それにしても、試行錯誤による効率化。一見すると非効率に見えるが、実際は効率化に繋がるとは意外だ」
少女が突然立ちあがった。目にも正体不明の闇が籠もり、今までには無い圧を感じる。
「実は、アリとかもそうなんだ。大抵のアリは仲間が通ったルートをなぞるんだけど、たまにルートから外れるアリがいて、一見すると非効率に見えるんだけどそれで新しいルートは――」
猛烈な早口。意気消沈からの豹変に思わず口を開ける。
(こ、このコ。いきなり早口になって、どうしたのかしら……)
その時、ラテの水面が揺れた。気弱そうな少女もあたりを見回す。
「ねえ、今、小さいけど揺れなかった?」
「む」
同時に、少年少女の携帯型端末も鳴った。
「アオイ、ソウ。至急、格納庫へ集合」
「トモエさん、これって」
「ああ、資源採取戦だ。シノブもすぐに合流する」
「了解! それにしても、随分と多いですね」
「なんだろうな。とにかく稼ぎ時だ。アオイ、ソウ、頼むぞ。私は格納庫で待つ」
「分かりました」
そう言って、少年少女は席を立った。少女の顔に出会ったばかり時の陰鬱さはなく、仕事に臨む社会人としての覇気が見られた。
資源採取戦となれば、ドローンデリバリーも出番になる。つまりは休憩もここで終わり、自分の出番が来る。
「私もしっかりしないと!」
そういってメグミも気合を入れて歩きだす。




