36 ラストール公爵視点
― 時は少し戻り、舞踏会後 ―
「アイラ、一体どういうつもりだ! 仮にも君は公爵夫人なんだぞ!?」
騎士達に担ぎ込まれた部屋は半貴族牢ともいう。ここは犯罪が起きてから判決を言い渡されるまでの待機期間を過ごす場所で簡易のベッドに安物のソファが備え付けられている。
公爵夫人が侯爵令嬢に暴力を振るうことは悪いが、犯罪というほどでもない。そのため普通なら客室に連れていかれるのだが、今回はアイラが興奮し暴れる可能性を考えここに連れてこられた。
騎士にドサリと置かれて目覚めたアイラは先程のことを思いだしたのか随分と興奮している。
なぜこんなにもアイラは興奮しているのだろうか?
監視兼報告のために配置された騎士は黙って壁際で立っている。
俺の姿を見たアイラは興奮収まらぬ様子で話をはじめた。
「アイツよ! アイツが悪いのよ! アイツがマリーナを修道院へ送ったのよ! アイツが邪魔しなければ今頃ライアン殿下の妃だったのよ!!」
俺は何故リア・ノーツ侯爵令嬢の事をアイツと呼び捨てにするのかと思ったが、指摘すると話が進まない。
「そうか。ではなぜリア嬢が言った言葉で怒っていたんだ?」
「だって、アイツ、マリーナがライアン殿下のお妃候補にはなれないと言ってきたのよ! 資格が無いって! アイツは知ってたのよ! あっ」
アイラはそう言ってからハッと気づいて顔を青くさせて黙る。俺や騎士はその言葉を聞き逃す筈もない。
どういうことだ?
俺は微笑みながら優しく彼女に問いかけた。
「アイラ、どういう事だい? 資格が無いって。彼女は何を知っていたんだ? 黙っていてもここからは出られないんだよ? 私には言い難いことなのか?」
アイラは完全に黙ってしまった。余程知られたくない話なのだろう。
俺は諦めて騎士にその場を任せ一人部屋を出た。
資格がない?
偽装工作でもしたのか?
いや、もしかして。
本来ならすぐにでも客室へ移す手続きをするが、どうも気になる。
「公爵」
あの場にいた騎士達もアイラの言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう。一人の騎士が後ろから、声をかけてきた。
「公爵、申し訳ありませんが、夫人の話を詳しく聞きたいのでこのまま夫人を留め置いてもよいでしょうか」
「……ああ、問題ない。妻が何を話すのか俺も気になった。後で詳細を知らせてくれ」
「畏まりました。尋問官を手配します」
最悪の事態が頭をよぎる。まさか、な。あとは尋問官に任せるしかない。
ローレンツは疲れた身体を引き摺りながら王都の邸へと帰った。
「ローレンツ様、おかえりなさいませ。奥様は?」
「ああ、アイラが王宮の舞踏会で暴れて半貴族牢に入っている」
執事はその言葉に一瞬固まったが、普段のアイラを知っているせいかすぐに切り替えて動き始めた。
尋問官への引き渡しを行えばこちらからはもう手を出す事は出来ない。
それにしてもノーツ侯爵令嬢は知っていた?
何を?
色々気になりはするが、今は謝罪の手紙を書かなければいけない。
俺があの時アイラに目を向けず、リディスを選んでいればこんな事にはなっていなかった。
後悔しかない。
リア嬢を一目見た時、リディスを思い出した。
周りを優しく包み込むような温かな魔力をリア嬢から感じた。リディスと同じような温かな魔力。
そして彼女の持つ雰囲気。
気付かぬ間にリディスの名を呟いていた。
リディスは大人しく、いつも人の事ばかり気にかけていたな。私にいつも微笑み、励まし、寄り添ってくれていた。
アイラは薔薇のように鮮烈な印象を与えるが、リディスは霞草のように柔らかで優しかった。
アイラがいなければ、リディスと政略結婚ではあったが上手くいっていただろう。なぜ俺は彼女を自殺に追い込んでしまったのか。
俺はなぜ『真実の愛』なんて軽々しく口にしてしまったんだろう。
何度考えても後悔しかない。
あぁ、リディス、すまない。
俺がアイラを見てしまったばかりに。
重い息を吐き、手が止まる。邸内の雰囲気も暗い。俺はこれからどうしたらいいのだろうか。
数日後、王宮からリア嬢の結婚とアイラの罪が確定したと連絡が入った。俺は急いで王宮に向かった。
王宮で聞かされた話では、今回の騒動が引き金となり、教会は嬉々としてノーツ侯爵令嬢を保護する名目で引き取ろうとしていたようだ。
カルサル公爵子息との婚約を無効にした上でノーツ侯爵令嬢を新たな聖女として担ぎ出そうと計画していたらしい。
それに気づいたノーツ侯爵令嬢は急いで婚姻する事になった。
カルサル公爵子息との仲はとても良いと噂には聞いていたので少し安心する。
またアイラのせいで光属性のご令嬢を不幸にしてしまうところだった。
そして、もう一つ。
アイラのことだ。
当初は事情を聞いてからすぐに釈放され、公爵家へ戻ってくるはずだったが、彼女は黙秘を続けたことでそのまま留置され、尋問官によって尋問されることになった。
渡された報告書を見て俺は衝撃を受けた。
尋問によりアイラが自白した内容……マリーナは俺の子ではなかった。
マリーナはキール子爵とアイラの子だったのだ。俺は嘘を吐かれていた。
アイラと育んだ愛は真実の愛だと思っていたのに…。
リディスが死んだあと、アイラの公爵夫人としての振る舞いに嫌気が差してはいた。
アイラによく似たマリーナに対しても同じ。マナーは出来ているが、人としては最低だった。
俺は二人が何かする度に心が擦り減り、リディスへの思いを自覚し後悔が強くなっていった。
アイラが吐いた嘘は結果として公爵家を騙し、王家も欺いていた。
本来、男爵位でしかないマリーナがライアン殿下の婚約者候補になったことでアイラは簒奪を狙う犯罪者となった。
自白の確認をするために修道院で生活をしていたマリーナには第一魔導師師団主導で魔法鑑定が行われた。
陛下から差し出された鑑定結果を見ると、やはりマリーナはキール子爵とアイラの子だった。
陛下の話ではアイラは侯爵令嬢への傷害。光属性の令嬢への自殺教唆、公爵位の簒奪。また、娘を使った王族位の簒奪未遂という罪名になるらしい。
陛下の考えとしては、アイラは権力や財力を欲して公爵家にすり寄り、俺を騙した。
さらにリディスを死に追いやり、俺とアイラを王命で婚姻させるように仕組んだ。という流れのようだ。
陛下としても王命で婚姻させたと非難を避けたいのだろう。
アイラはライアン殿下とマリーナを婚姻させて王子妃にしたあと、数年後には公爵家の力を使い、二人の兄を病死させマリーナを王妃にさせると侍女に漏らしていたようだ。
その事が罪を重くさせたようだ。
王命で婚姻したが、今回陛下からアイラと離縁するように命令が下された。
また今回の件を重く見た陛下から俺の監理不行きの責任として公爵から伯爵へ降格となった。
本来なら夫人の罪は連座するものだが、アイラが俺を騙していたことや俺は騙されていた被害者だったのにも関わらず、王命で犯罪者と結婚させられていたことで連座は免れた。
それと公爵位をウェスターに引き継ぎ、公爵の引退を準備していたのも責任を軽くする理由になったようだ。
それにしても、リア・ノーツ侯爵令嬢は何故アイラの不貞を知っていたんだ?
もしかしたら噂として聞いていたのかもしれない。
考える事は沢山あるが一先ず邸に帰り、執事とウェスターに話をする。
「妻だったアイラとは王命により離縁した。アイラは侯爵令嬢への暴行、公爵位の簒奪及び娘を使った王族位の簒奪未遂となるらしい。アイラは処刑となる。そして娘のマリーナは現在修道院に入っているが、俺の娘ではない事が判明した。
キール子爵とアイラの娘だったという事だ。セバス、アイラと離縁した時にマリーナも公爵家から籍を抜いた。後はキール子爵がマリーナをどうにかするだろう。そして我が家は公爵から伯爵への爵位降格だ」
キール子爵にとっては寝耳に水だろう、アイラの犯罪の片棒を担いだことにされて罰せられることはないが、世間からは白い目で見られるだろう。
俺は苦い記憶や複雑な感情を抱き、また重い溜め息を吐いた。




