29
ある日の週末、お母様から聞かれた。
「リア、忘れていない?」
「お母様、何がでしょうか?」
「明日はデビュタントよ。ドレスはもう届いているわ」
あぁ、忙しくて忘れていたわ。明日はニール師団長が迎えに来るらしい。職場では一言もそんな会話が無かったのに。
やきもきしている母を他所にメイジーがドレスを持ってきてくれた。
白を基調としているのだけれど、所々にワンポイントでニール様の色が入っている。お母様もメイジーも流石公爵家とドレスにうっとりしている。
確かに可愛い。
これをニール様が選んだのかしら。
翌日は朝から邸の侍女総出で私のデビュタントの準備に取り掛かってくれている。
今日のデビュタントにはお父様とお母様と私、エスコート役のニール様で出席することになっている。
お兄様はライアン殿下にこれ以上虫が付かないように側近として朝からライアン殿下の側にいるようだ。
メイジーと他の侍女達は湯あみから始まり、マッサージ、お化粧とワイワイ、キャーキャー言いながら私を令嬢に仕立て上げる。『甘く柔らかい雰囲気を醸し出しながらも凛とした大人の香りをまとう令嬢』というテーマらしい。
……可愛い、可愛いわ。
「お父様、お母様、どうですか?」
「リア、とても可愛いよ」
「メイジー達が一生懸命頑張ってくれました」
自分じゃないみたい。浮かれて玄関ホールでクルリとターンをして遊んでいると、迎えに来たニール様と目が合った。
「リア、やはり美しい。女神のようだ。どうぞ女神の手を取るお許しを頂けませんか?」
ニール様はそう言って手を差し出した。
「ありがとうございます。ニール様も素敵です。今日はよろしくお願いします」
「さあ、いきましょうか」
「はい」
私達はニール様の馬車で会場に向かった。車内で緊張して多弁になってしまったせいか母にふふと微笑まれた。
私達は侯爵家だから入場はいつも前の方なのだけれど、今日は公爵家のニール様のエスコートなので一番はじめに入場することになっている。
「カルサル公爵家、ノーツ侯爵家、入場」
案内の声と共に会場中の視線が一堂に集まる。そして一瞬のうちに静まったが、またざわざわと聞こえはじめる。
光属性のあの子よね? というような注目なのよ、ね?
みんなの視線で緊張しているとニール様がそっと耳元で囁いた。
「会場中がリアの可愛さに騒然としている。アークドラゴンのようなリアの美しさや素晴らしさが広まってしまった。私としては今からでも隠してしまいたい」
私は耳元で囁かれたせいか、甘い言葉のせいか、両方か分からないけれど顔は真っ赤になっているに違いない。
因みにアークドラゴンはニール様の好きなドラゴン三位に入る最小ドラゴンらしい。
ドラゴンを絡めてきたのは緊張を解そうとしてくれたのか、私とイメージが被って可愛いと言ったのかは謎だ。
「さあ、二人とも陛下達に挨拶しますよ」
お母様の声でハッと意識を戻す。
今回我が家は一番初めの挨拶だ。陛下の前でお父様が長々と挨拶を述べている。後ろの家からは長い挨拶を略してもいいということになっている。
陛下は手を挙げ、言葉を掛けてくれた。
「リア嬢。スタンピードでの活躍ご苦労だった。儂も娘になることを望んでいたが、ニール・カルサル君が婚約者では諦めるしかないな。今後とも国の発展の為に宜しく頼む」
えっと、婚約者? 疑問に思いながらも私は返事をする。
「勿体無きお言葉。恐悦至極に存じます」
お父様もお母様もニール様も微笑み礼を執り、後ろの人と交代する。
「さぁ、リア。ファーストダンスが始まるようだ」
「楽しみです」
「では私の女神、この手をお取り下さい」
「お父様、お母様、踊ってきますね」
私はニール様の手を取りダンスホールの中央へ向かう。そして煌びやかなダンスホールの中央に辿り着き、音楽と共に踊りはじめた。
「リア、とても上手だ」
今日のニール様はいつもに増して輝いている。
見目麗しく、高長身、公爵家子息、王宮魔導師筆頭。
なんて素敵な肩書きなのでしょう。仕事中と違い、話し方も仕草もスマートだし令嬢が山のように来るはずよね。
ニール様に選んで貰えるご令嬢は羨ましい。
ん? 羨ましい? 私、もしかして私、ニール様の事が。
「リア? どうした?」
「いえ、ニール様に選ばれるご令嬢を羨ましいと思っただけです」
「ようやく、君は、私の事を考えてくれるようになったんですね。私の婚約者殿」
「えっ? 婚約者なのですか? 私達」
「ええ。そうですよ。まだ仮の、と言う段階でしたが。熱烈なプロポーズをしてくれたのに素っ気ないので、リアがこうして私にしっかりと言ってくれるまで待っていたんだよ? 私もリアの家族も」
えっ!?
気付かぬは本人ばかり。驚きと嬉しさと混乱が頭の中がグルグルと渦巻く。気づけば二曲目も踊っていたわ。
「ニール様。いつから、なのですか?」
「え? リアは忘れている? あんなに大きな出来事だったのに?」
今度はニール様が驚いて目を見開くようにこちらを見つめているが、私としてもいつからか分からない。ニール様の言葉で私が目を見開き更に驚く。
「リアが先に私にプロポーズをしてきただろう? 私の手にそっと包んでくれたドラゴンハート。今でも忘れない。どんなに感動に打ち震えた事か」
「ドラゴンハートを渡すと何故プロポーズになるのですか?」
「ドラゴンハートは太古の高位貴族達が使ったとされる最高の求婚アイテムだと知らなかったのか。その貴重さから贈られた者は生涯幸せになると言い伝えがあるのだよ。今更返せと言われても絶対返さないし、リアを誰にも渡しませんが」
ふぁっ!?
そんな重い物だったの!?
そして本人の気付かぬうちに外堀が埋められていた。というか自分でせっせと埋めていたらしい。はははと笑うしかないわね。
「詳しくは後で話しましょう」
私は三曲を踊り終えて家族の元へ向かう。
「リア、ニール様と三曲踊ったということはついに決心したのね。ふふふ。周りを見てご覧なさい。二人とも沢山の人に狙われていたのよ? 悔しそうね」
お母様は何だかとても楽しそう。すると、ライアン殿下が私の元へやってきた。
「リア嬢、私と一曲踊ってくれませんか?」




