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もちろん、午後から仕事のため私は魔導師の服を着ている。ドレスよりも軽くて動きやすく、無理な締め付けのない制服は楽で気に入っている。もう年中制服でいい気がするの。
「お呼びでしょうか、アラン殿下」
「ここに座ってお茶でもどうだ」
いえ、食事がしたいです。私はそんな思いを押し殺し、淑女の微笑みを浮かべ、失礼しますと向いの席に座る。
「今回の視察ご苦労だった。スタンピード前に浄化出来て良かった。また褒美を考えておく。欲しい物はあるかい? やはり食事がいいだろうか」
前回の褒美は全然褒美じゃなかったわよね。
「いえ、仕事を全うしただけですから」
「そうそう、前にライアンと街で食事をしたがどうだった?」
最悪でした。とは口が裂けても言えない。
「そうですね、ドラゴンステーキは、美味しいと思いました」
お茶を一口含みニコリと笑顔を返す。
「そうか。ライアンはどうだった?」
どうだった……?
え、っと。思い出し、一瞬言葉が詰まった。
「私は一足先に帰りましたので、よく分かりません」
「そうだったね。ご令嬢に水を掛けられて帰ったのだったか。あの日以降ライアンから何か言われた?」
「いえ、言われるも何も、何の連絡も無く過ごしております」
「……そうか。ライアンが失礼な事ばかりしてすまない。私からも謝るよ。
デート中に他の令嬢の話など聞きたくないだろうし、プレゼントのセンスも最悪だったと聞いた。私の大切な妃が君とライアンのデートの話を聞いて、発狂しそうなほど怒って、わざわざライアンを呼びつけて鉄扇で殴ったんだよ」
ライアン殿下との一日を把握しているということは、やはり護衛か従者がアラン殿下に詳細に報告を挙げたのだろう。
それにしてもアラン殿下の妃様は恐ろしくアグレッシブな方なのね。そっちに驚いた。
そしてやはり私の褒美はデートだったのね。全然ご褒美ではなかった。
「我が妃が君とお茶したいと言っていたよ」
「その言葉だけで私にとっては十分な褒美です」
アラン殿下は急に真面目な顔をする。
「単刀直入に聞くけど、仕事面でも優秀だと報告が上がっている。家柄も問題ない。リア君、ライアンの妃になって欲しいのだがどうだろうか」
「正直にお答えするなら、お断りします。ライアン殿下と女性達の関係についてもあまりよく思っておりません。王族だから目を瞑れと強制されれば修道院に入ってもよいと思っております。過去にお話をしましたが、私は夫を誰かと共有したくはありません。
ところでアラン殿下、話は少し変わりますが、アラン殿下は光属性の魔法を使える人が出現する条件を知っていますか?」
「いや、それは知らないな」
「これはまだしっかりと解明されてはいない仮説の一つですが、光属性持ちは両親共に想い合う、幸せな家庭に生まれてくることが殆どのようです。人に分け与える事が出来る程の慈愛を受ける事が前提なのかもしれないですね。
その前提条件の上で、先に生まれた光属性の人達の環境が出生率に影響するという話です。
過去、リディス・サルタン嬢は伯爵家に引き取られてからずっと虐待を受け、そこに婚約者の不貞により自死。
リディス・サルタン嬢が伯爵家へ引き取られてから亡くなるまで約十四年だったと聞いております。私が光魔法に目覚めたのが十四歳。
何だか怖いですよね。その間、光属性を持つ人が誰も産まれていない。
私が目覚めてから二年が経ちましたが、二人ほど生まれています。この仮説が本当なら私に婚姻を強要しないで欲しいのですが」
アラン殿下のお茶を飲む手がピタリと止まった。
ライアン殿下は噂の絶えない候補者達に嫌気が差し、街へ出て様々な女性達と遊ぶ事を覚えたのかもしれない。
理解は出来るが私を巻き込むのは心底辞めて欲しい。
「そうか。確かにその仮説も否定は出来ない。やはり、ライアンの事は好きになれそうにない?」
「……そうですね。例えライアン殿下が臣下に降るとしても、ライアン殿下を取り巻くご令嬢達の状況やライアン殿下ご自身が複数人の女の人と遊ぶ事に罪悪感が無い事。『女はこうすれば喜ぶ』と表面しか見ていないようでは不幸になる未来しか見えません」
アラン殿下は笑顔だ。目は笑っていないけれど。
「痛い所を突かれてしまったな。ライアンの婚約者候補達はマリーナをはじめ、強い者を当て過ぎた。これは王家の落ち度だ。君にライアンの支えとなって欲しいんだ」
「私、リア・ノーツ。今は独身ですが、将来も伴侶と共に臣下として国王陛下、延いては王族であるライアン殿下を支えていく所存です」
「はい、支えます」と言ったものなら言質は取ったとばかりに即婚約者となっていただろう。
そうなれば婚約者候補の令嬢達は黙っていないと思うし、ライアン殿下の女癖の悪さが治ることはないだろう。
「そう警戒しなくてもいい。君の考えは十分理解しているし、無理強いはしない。これからも宜しく。また我が妃とお茶をしてくれ」
「畏まりました」
私は礼をして執務室を退室する。
……お腹が減った。
食堂でなんとかパンにありついたが、ゆっくり食べている時間は無かったみたい。途中でニール師団長に見つかり連行されてしまったのだ。
報告書の作成中にお腹がグーッと鳴る。
「リア、きっちり食べていなかったのか?」
「ニール師団長、遅めの朝食を食べようとしたらアラン殿下に捕まり、朝からパンを二口ほどしか食べていません。アラン殿下からライアン殿下の婚約者になるように言われていたのです。勿論断りましたが」
ニール師団長の片眉がピクリと上がる。ニール師団長は無言だったけれど、私は書きながら独り言のようにあった事を話していた。
「そうでしたか。リア、書類は出来ましたか?」
「ええ、ようやく完成しました」
私は報告書を纏めてニール師団長に渡す。
「リア、お疲れ様です。書類を出しておきますので今日は侍女と帰りなさい」
「ニール師団長、私が帰るついでに出してきてもいいですよ?」
「いえ、今回ばかりは急な別件での話し合いも必要になったので大丈夫です」
「分かりました。ではお先に失礼します」
礼をしてメイジーと共に邸に帰る。やっぱり我が家はいいわ。
翌日からまたいつものように午前中は書類整理や魔法研究、午後は怪我人の治療をこなした。




