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翌日、朝からメイジーに街娘風な装いをしてもらっていると、カルサル師団長が迎えに来た。
「カルサル師団長。おはようございます」
「ニールですよ。リア。今日のリアはとても可愛いですね。平民服を着た所でリアの可愛さは消されないのですね」
「ニール、様もとても素敵です」
カルサル師団長はシャツにズボンとラフな格好をしているが、眉目秀麗な彼は何を着ても素晴らしい。狡い。
ライアン殿下の時には護衛や従者が後ろからそっと付いて来ていたようだったが、カルサル師団長とのデートには護衛がいないようだ。
カルサル師団長は強いからね。
私だって強いわよ?
「リア、今日のドラゴン展はとても楽しみですね。会場はとても混んでいるそうですから手を繋ぎ、離れてはいけないですよ」
「私は子どもではありません」
馬車内では熱くドラゴン談義を交わし、馬車を降りた。カルサル師団長はエスコートしていた私の手をそっと取ると、『迷子にならないように』とそのまま手を繋ぎ歩きだす。
……これは恋人繋ぎというやつではないの!?
恥ずかしくて顔に熱が集まる。カルサル師団長と目が合い、視線を彷徨わせながら、この甘酸っぱい雰囲気を変えようと話を振った。
「ニール、様。そろそろ会場に着きますね。やはり人気の特別展だけあって人が沢山ですね」
「ええ。私から離れないようにしっかり掴まっていて下さいね」
そうして特別展を見て回る。ドラゴンの番行動やドラゴンハートの成り立ち、ドラゴンの子育て方法など、様々な展示があった。
二人とも会場を出る頃には大興奮だったと思う。出口付近の売店では二人でお揃いのドラゴンの爪を模った万年筆を購入したほど。
「リア、楽しかったね。お腹も減ったしこのまま食事にいこうか」
「はい!」
すっかり打ち解けた私達はニール様がたまに行くという小さな食堂へと向かった。
私とニール様は席に座ると、カウンターから女将さんがやってきた。
「美男美女カップルだね! 店の宣伝にもなるからゆっくりしていってちょうだい。今日のお勧めは二角ラビットのシチューとスライムゼリーだよ」
「私はお勧めで」
「同じ物で」
「了解ー! お勧め二つ!」
女将さんの元気な声が店内に響いていた。
「ニール様、この店では魔獣食が出るんですね。びっくりしました」
「ゲテモノ料理と呼ぶ人も一部にはいるが、美味しくて私は気に入っている」
時間を置かずに女将さんが持ってきた料理はとても美味しかった。
これがあの魔物!?
驚きと美味しさで更に興奮する。
「ニール様、美味しいですね。凄い」
興奮している隣で目を細めて食べるニール様の所作はさすが公爵令息。隙が無いわ。
「リアが喜んでくれてよかった」
私は満面の笑みを浮かべデザートのスライムゼリーを口に入れていると、一人の胸の谷間を強調した服を着た女の人が声を掛けてきた。
「貴方、良い男ね。こんなちんちくりんな子どもより、私と一緒に遊びましょう?」
あれ、なんだか嫌な感じ。まさか、殿下と同じように実はニール様も色を好む方なのかしら。私は黙ってこの状況を見ていると。
「私に話しかけるな。話しかけてもいいのは彼女だけだ」
途端にニール様の雰囲気がガラリと変わる。
「こんな子より、私と楽しみましょうよ? ねぇ?」
女の人は胸の谷間を強調しながらニール様の手を取ろうとした時、『熱っ』と手を引っ込める。
どうやらニール様が出した小さな炎に触ったようだ。
「私に触れないでくれるか?」
「もう、何なのよ! こんなちんくしゃな子どもより私の方が何倍も魅力的で楽しめるに決まっているわ!!」
女の人はそう言って激高し、テーブルの上に置かれたコップを持ち、私にかけようとしている。
ああ、デジャヴ。
昨日も掛けられたのに。
また途中退場なのかと目を閉じたが、いつになっても水は私に掛からなかった。
そっと目を開けると、水は宙に浮いており、そのまま湯気となり蒸発していった。凄いわ。ニール様の魔法。
訓練の時にはあまり披露してくれないので謎の多い人だと思っていたが、やはり王宮魔導師の師団長だ。
「ニール様、凄いです。凄い、凄い」
私はニール様に感動の眼差しを送ると、ニール様はフッと笑顔になった。
「これくらい扱えないと恥ずかしくて人前には出られない。リアが喜んでくれたなら嬉しい限りだ。他にも行きたい所がある。いこうか」
私たちは女の人を無視して席を立った。
女将さんは女の人を知っているようで怒っていたわ。もちろん迷惑を掛けたね、お代は要らないよと言ってくれたの。
料理も凄く美味しかったし、またこのお店に来たい。
「ニール様、ご飯がとっても美味しかったですね。びっくりしました」
「リアが喜んでくれるのが一番だ。また来よう。さぁ、行きたかった店はこっちなんだ」
繋いだ手に引かれ連れてこられたのは魔道具雑貨という少し珍しいお店だった。
ここのお店は小さなクズ魔石と私達が呼んでいる小さな石を使っており、小さな雪の結晶の幻影を映し出したり、音が鳴ったりと様々な細工が施されたものを扱っていた。
「ニール様、凄いですね」
私は先ほどのことなど忘れて魔道具を見ては興奮しながら嬉しくてつい饒舌になる。
「そうだね。魔法はイメージで大きく変わるからここの店はいつも刺激をくれる。気に入った物はあった?」
そっと私を覗き込んでくる。ち、近いです。ご尊顔が。私が顔を真っ赤にしているのに気づいたのかクククと笑っている。
「そういえば、リア。もうすぐデビュタントだ。誰かと行く予定はあるのかな?」
「私は婚約者もいないですし、兄にお願いしようかと思っていました」
「では私がエスコート役に手を挙げても良さそうだ」
「ニール様に婚約者はいないのですか?」
「私は三男だからこうして好き勝手にさせてもらっているんだ。令嬢達は爵位も継がない男に魅力は感じなかったんだろう。学生の頃は研究に没頭していたし、女性にも興味は無かったからね」
いや、確かに分かる。
初めて会った時には髪はボサボサで顔もよく分からない程だったもの。そのせいでご令嬢達がニール様に興味がなかったのも一理ある。
けれど、王宮魔導師は婚姻したらその魔力量が子どもに引き継がれるから貴族に留め置きたい国としては伯爵位を与えるシステムのはずよね。
「ニール様程の魔導師様なら種馬として大人気なのかと思っていました」
ブッとニール様が驚いたようで吹き出した。
「リア、種馬だなんてどこからそんな言葉を聞いたんだ? 少し、知識に偏りがあるようだ」
ブツブツと何か言っている。
私はその間に小さな箱を店主に渡す。開けると妖精がふわりと映し出される箱でとても気に入ったので買う事にした。すると、ニール様がこれも一緒に頼むと指輪を一つ店主に渡し、買ってくれた。
「リア、この指輪は離さずにずっと着けておくんだ。この指輪は雷魔法が入っていていざという時にチリッと使えるからね」
「ニール様、ありがとうございます。大切にしますね」
右の人差し指に早速嵌めてみると、ぴったりとはまった。ふふっ嬉しい。
「そろそろ帰ろうか。遅くなると家の人達が心配するからね」
ニール様は邸まで送ってくれると、ちょうど疲れ果てたお父様も王宮から帰ってきたらしく、玄関にいた。
スタンピードの処理に明け暮れ、ようやく帰宅したみたい。ニール様はお父様にお話があるからと二人でお父様の執務室へ去って行った。
仕事の話かしら?
私はメイジーに今日の出来事を話しながら夕食になる時間まで楽しく過ごした。




