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後ろから包まれるようなエスコートで手を引いてホールの中央まで来た相手は、カルサル師団長だった。
「カ、カルサル師団長。びっくりしました」
「今夜はニールと呼んで下さい」
魔導師見習いとしてカルサル師団長の傍に居て気づいたのだが、普段の師団長は魔法オタク、ドラゴンマニアと言っても過言ではない。
明けても暮れても魔法研究に勤しみボサボサの髪で過ごしているのだが、今日はしっかりと整えられている。
そして普段見ない素顔は殿下達に負けず劣らず見目麗しい。
「ニ、ニール様。み、密着し過ぎで近いです」
あわわ。師団長、眩しすぎる。
こんなに眉目秀麗な方だったとは。
至近距離で目が合うと魂を持っていかれそうよ!
顔を真っ赤にしていると、カルサル師団長はふふっと微笑む。
「意識してくれて何よりです。ほらっ、殿下が悔しそうに見ている。楽しいですね」
「カルサル師『ニールです。呼ばなければこのまま三曲踊り続ける事になりますよ?』」
「ニール様。ずるいです」
「こうでもしないと貴方は私を眼中にも入れないでしょうからね」
確か師団長は公爵子息だったはず。
王族と並ぶと言われる程の魔力を持ち、持ち前の魔法オタクさで王宮魔導師に歴代最速でなった人。
今年二十三歳だったかな?
将来有望でこの見た目、明日から公爵家にわんさかと釣書が届くはずよね。
「リア君、今度五日間の休みとなっていますが、一日を私の為に空けておいて下さいね」
「ニール様。何かご用事があるのですか?」
「ええ。ちょうど今、博物館で特別展をしているそうなんです」
「ああ。今『ドラゴンの赤い糸』特別展をやっていましたね。赤い糸に因んで恋人か夫婦しか入れないと話題の特別展ですよね」
「知っているなら早いですね。私はその特別展に行きたいと思っています。是非とも同伴して下さいね」
拒否権は無いのね。でも特別展は私も気になる。
「分かりました。兄に許可を貰ったらお知らせしますね」
「楽しみに待っていますよ」
ダンスも終わり、カルサル師団長のエスコートでお兄様の元へ向かおうとするが、スッと私の前に男の人が現れて手を差し出される。
「リア・ノーツ侯爵令嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」
カルサル師団長のエスコートのためカルサル師団長に視線を向けるとカルサル師団長は耳元で囁く。
「彼がウェスター・ラストールです」
微笑みながら手を差し出すその姿はまさに王子様の如く輝いている。世の中には何故こんなに眉目秀麗な人達が存在するんでしょうね。不思議だわ。
けれど、ラストール家だものね。これ以上近づきたくはない。
そして彼はこの祝賀会に参加しているって事は騎士か関係者なのだろう。
そう思うとダンスが断り辛い。一曲だけなら大丈夫よね。
「喜んで」
私は返事をし、差し出された手に手を乗せダンスを始める。彼は断られると思っていたようで、乗せられた手をぎこちない動きでエスコートし、ダンスを始めた。
「こんな事なら普段からもっと練習しておけば良かった。リア嬢。君に会いたくて何度も面会を申し入れていたのに侯爵家も王宮も魔導師棟からも拒否されてしまってね。
これも義父とマリーナのせいだろう。俺は今、ラストール公爵家の跡取りだけど、跡取りになる前はブランカ子爵家の次男だったんだ。君に会ったことがあるのを覚えているかな?」
「私に会った事が、あるのですか?」
「王太子の成婚パレードを覚えているかい? あの時、従者とはぐれ一人で歩いていた俺に君は『迷子になるからお父さんとお母さんと手を繋がないといけないんだよ』って注意したんだ。
そして君はお祝いとして配られた花を一輪胸に挿していたけど、『お父さん、お母さんの元にちゃんと帰れますように』って胸元の花をそっと俺に挿してくれたよね。
俺の方がかなり年上なのに。可愛い子だなって思っていたらまさか数年後に騎士団の魔導師兼治療師として配属される程優秀だなんて思っても見なかった。
君に声を掛けたくてもマリーナの事で俺が次期公爵になってしまって声も掛けられず。
デートに誘いたいところだが、少々訳ありの我が家ではデート一つ誘えないのが残念だよ。今日もダンスを断られるだろうと思っていた。相談事があったらいつでも相談に乗るからね」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
曲もちょうど終わり、私は礼をしてから兄の元へ向かった。
ふぅ、緊張したけれど、何事もなくて良かった。
よし、挨拶もダンスも終えたわ!
「お兄様、挨拶もダンスもしてきました」
だから、に、肉を! 目を輝かせてお兄様を見つめると、兄も分かったと言わんばかりにオードブルが並べられている一角へとエスコートで向かったが。
……料理が無い。
キッと兄を睨む。やはり男が多いためにすぐに無くなったらしい。
殿下! 一杯食事を用意してくれたのではないのですか!?
あぅあぅ。悔しくて涙が出そう。朝から磨き上げられ、少ししか食べれずお腹が減っているというのに!
がっくりと膝を突いてしまいそうになる。
「お兄様、もう、帰りたいです」
「……あぁ。帰ろうか。リア、なんかごめん。家に帰ったらリアの好きな物を作って貰おう」
私は空腹と共に意気消沈し、早々に兄と家へ帰ることにした。
「あら、早かったのね」
「ディルク様、リアお嬢様、おかえりなさいませ」
「お母様、ただいま戻りました。メイジーお腹が空いたから何か用意してほしいの。それまでは部屋で寛ぐことにするわ」
「畏まりました」
私はドレスを乱雑に脱いでベッドに転がった。
疲れていたのかそのままベッドで寝てしまい、気づけば朝になっていた。
どうやら私が寝てしまった後、兄は舞踏会での出来事を話し、母とメイジーに小言を盛大に言われたようだ。従者になぜ取り分けておくように頼まなかったのだと。
兄は朝から『今回の祝賀会ではリアが主役だったのにごめん』と小さくなって私にぴったりとくっ付いて出勤するまでの間甲斐甲斐しく私のお世話係になっていた。
メイジーの小言が余程効いたのね。




