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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦!
49/97

まつりあとの祭

15.






「ねえねえ、おねがいごと、いくつまで書いていいんだっけ?」

「ケチなこと言わねェで、十でも二十でもいっとけ」

「いいの!?」

「夢は多い方がいいッてモンよ。百もありゃァ、一つぐれェ叶うだろォさ」

「わーいやったー!」


 ヘンゼルは、嬉々としてペンを走らせます。

 まずは明日のおやつ。アップルパイが食べたい。

 しかしこの短冊とかいう紙、小さいのです。ヘンゼルの大胆な筆跡では、一枚に収まりません。二枚目の色を黄色にしようか水色にしようか考えているうち、何を書くつもりだったのか、わからなくなってしまいました。

 こんなときは、誰かに訊くに限ります。その間に思い出すかもしれません。


「先生は? なんて書く?」

「早く……この痛みから解放されますように……」


 応えながらムゥは、眉間に皺を寄せました。

 少しでも動けば、全身の筋肉が引き攣って激痛。動かずとも、ずきずきと下半身に鈍痛。即ちフェザーブーツの副作用、地獄の筋肉痛でした。あれだけ身体に無茶を強いれば、然もありなん。まぁ対効果の代償としては、全身複雑骨折しなかっただけでも、マシというものでしょう。しばらくは要介護生活ですが。

 車椅子と一体化したムゥへと、ヘンゼルは哀れみの視線を送りました。こりゃ、アップルパイは無理だな。

 そうそう、アップルパイでした。


「ヘイおまち!」


 短冊の続きを書いていると、割烹着姿のセヴァが、台所から出てきました。

 威勢良くテーブルに置かれた大皿を見て、ヘンゼルは吃驚仰天。再び手が止まります。カチ盛りになった団子の山が、四皿もあるのです。


「そんなに作っちゃったの!?」

「男の約束だからな!」


 ドヤ顔で鼻を鳴らすセヴァに、それ以上は何も言えませんでした。

 親の仇とばかりに積まれた団子の中から、ひとつ抓んで、口へ運びます。

 うん。でも美味しい。


「願い事ァ書けたかい?」

「ん。まだとちゅう」


 むぐむぐと咀嚼する視線の先、中庭で、立派な笹が夜風に揺れています。

 夕方、セヴァが何処からか取ってきたものでした。なんでも彼の故郷の風習で、飾り付けた笹に願い事を書いた短冊を吊すと、その願いが叶うと言われているのだそうです。たなぼた……いえ、七夕です。

 ヘンゼルにとっては、今年で三度目。飾りを作るのも面白いけれど、文字が書けるようになって断然、楽しくなりました。団子を食べたら、ムゥの分も書いてあげるつもりです。願い事は、たくさんあるのです。あれもこれも。考えるだけで胸がわくわくしてきました。短冊が足りるでしょうか。

 ちなみに、後片付けのことは一ミリも考えていません。


「せっかくだ。笹ァ見ながら食おうぜ」

「あ、そうだね! 先生もいっしょに!」

「よっしゃ。はァいお爺ちゃん、動きますよ~」

「爺はお前の方だろうが!」

「ンなこと言っていいのかい? 明日ッから毎日揚げ物するぜ?」

「遺産目当ての鬼嫁か、お前は……」

「オニヨメってなーにー?」

「知らなくていい」

「そういえば、今日セヴァさんのごはん、おいしかったね!」

「おう。明日は流し素麺でもやるかい」

「やったーあれ好き! すいーって流すやつ!」

「え、片付けは誰がやるんだ……?」


 不安げなムゥを余所に、ヘンゼルは、うきうきと中庭へ飛び出します。

 セヴァが、縁側にどっかと胡座を掻きます。

 ムゥは諦めて、せいぜい溜息を吐きました。

 争奪戦から一夜明け、今日も空は星の海です。

 うるさいくらいの虫の音が、中庭いっぱいに満ちています。

 風が吹けば、笹の葉さらさら。夏の匂いに、飾りが揺れました。折り紙で作った輪っかと星の下がる枝、天辺には、人形が三つ並んでいます。ヘンゼル曰く、特別大きくて黄色いのがセヴァ、青くて大きいのがムゥ、青くて小さいのが自分だそうです。

 あっと叫んで、ヘンゼルが背伸びします。どうやら頭上の笹の葉に、鳴き声の主を見付けたらしい。それこそ虫よろしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねては、しきりと首を捻っています。


「あはは、そっとしておいてやれ」

「もうちょっとなのに~」

「来年は届くかもなァ」


 星は遠く、金銀砂子と瞬いて、そんな三人を見下ろしていました。

 愛しい誰かを描いてみても、もう何も語りません。

 きらきら、きらきら。空から見ている、だけ。

 けれど、ちっとも寂しいことなんてないのです。

 三人の祭は、まだまだ。きっと、始まったばかりなのです。









夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦! / 了







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― 新着の感想 ―
[一言] 「夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦!」完結おめでとうございます。 もう、イケイケドンドンのノリで大笑いしながら拝読しました。予告ホームラン的なクシャミ花粉も楽しかったです。ええもう、…
[良い点] 大の男二人による狂騒と、これでもかと登場する夜の森の不思議、そして思いがけない決着からエピローグ部分にかけての抒情性……いつにも増してメリハリの利いた筆致が冴えていました。せっかくのを色男…
[一言] 「夏の夜の夢! 彦星キラキラ☆争奪戦!!」完結お疲れ様です。 今回はシリアスになりすぎないお話で、楽しく拝読していたら、ヘンゼルの成長した振る舞いにおお、と感動してしまいました。 ……と思っ…
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