まつりあとの祭
15.
「ねえねえ、おねがいごと、いくつまで書いていいんだっけ?」
「ケチなこと言わねェで、十でも二十でもいっとけ」
「いいの!?」
「夢は多い方がいいッてモンよ。百もありゃァ、一つぐれェ叶うだろォさ」
「わーいやったー!」
ヘンゼルは、嬉々としてペンを走らせます。
まずは明日のおやつ。アップルパイが食べたい。
しかしこの短冊とかいう紙、小さいのです。ヘンゼルの大胆な筆跡では、一枚に収まりません。二枚目の色を黄色にしようか水色にしようか考えているうち、何を書くつもりだったのか、わからなくなってしまいました。
こんなときは、誰かに訊くに限ります。その間に思い出すかもしれません。
「先生は? なんて書く?」
「早く……この痛みから解放されますように……」
応えながらムゥは、眉間に皺を寄せました。
少しでも動けば、全身の筋肉が引き攣って激痛。動かずとも、ずきずきと下半身に鈍痛。即ちフェザーブーツの副作用、地獄の筋肉痛でした。あれだけ身体に無茶を強いれば、然もありなん。まぁ対効果の代償としては、全身複雑骨折しなかっただけでも、マシというものでしょう。しばらくは要介護生活ですが。
車椅子と一体化したムゥへと、ヘンゼルは哀れみの視線を送りました。こりゃ、アップルパイは無理だな。
そうそう、アップルパイでした。
「ヘイおまち!」
短冊の続きを書いていると、割烹着姿のセヴァが、台所から出てきました。
威勢良くテーブルに置かれた大皿を見て、ヘンゼルは吃驚仰天。再び手が止まります。カチ盛りになった団子の山が、四皿もあるのです。
「そんなに作っちゃったの!?」
「男の約束だからな!」
ドヤ顔で鼻を鳴らすセヴァに、それ以上は何も言えませんでした。
親の仇とばかりに積まれた団子の中から、ひとつ抓んで、口へ運びます。
うん。でも美味しい。
「願い事ァ書けたかい?」
「ん。まだとちゅう」
むぐむぐと咀嚼する視線の先、中庭で、立派な笹が夜風に揺れています。
夕方、セヴァが何処からか取ってきたものでした。なんでも彼の故郷の風習で、飾り付けた笹に願い事を書いた短冊を吊すと、その願いが叶うと言われているのだそうです。たなぼた……いえ、七夕です。
ヘンゼルにとっては、今年で三度目。飾りを作るのも面白いけれど、文字が書けるようになって断然、楽しくなりました。団子を食べたら、ムゥの分も書いてあげるつもりです。願い事は、たくさんあるのです。あれもこれも。考えるだけで胸がわくわくしてきました。短冊が足りるでしょうか。
ちなみに、後片付けのことは一ミリも考えていません。
「せっかくだ。笹ァ見ながら食おうぜ」
「あ、そうだね! 先生もいっしょに!」
「よっしゃ。はァいお爺ちゃん、動きますよ~」
「爺はお前の方だろうが!」
「ンなこと言っていいのかい? 明日ッから毎日揚げ物するぜ?」
「遺産目当ての鬼嫁か、お前は……」
「オニヨメってなーにー?」
「知らなくていい」
「そういえば、今日セヴァさんのごはん、おいしかったね!」
「おう。明日は流し素麺でもやるかい」
「やったーあれ好き! すいーって流すやつ!」
「え、片付けは誰がやるんだ……?」
不安げなムゥを余所に、ヘンゼルは、うきうきと中庭へ飛び出します。
セヴァが、縁側にどっかと胡座を掻きます。
ムゥは諦めて、せいぜい溜息を吐きました。
争奪戦から一夜明け、今日も空は星の海です。
うるさいくらいの虫の音が、中庭いっぱいに満ちています。
風が吹けば、笹の葉さらさら。夏の匂いに、飾りが揺れました。折り紙で作った輪っかと星の下がる枝、天辺には、人形が三つ並んでいます。ヘンゼル曰く、特別大きくて黄色いのがセヴァ、青くて大きいのがムゥ、青くて小さいのが自分だそうです。
あっと叫んで、ヘンゼルが背伸びします。どうやら頭上の笹の葉に、鳴き声の主を見付けたらしい。それこそ虫よろしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねては、しきりと首を捻っています。
「あはは、そっとしておいてやれ」
「もうちょっとなのに~」
「来年は届くかもなァ」
星は遠く、金銀砂子と瞬いて、そんな三人を見下ろしていました。
愛しい誰かを描いてみても、もう何も語りません。
きらきら、きらきら。空から見ている、だけ。
けれど、ちっとも寂しいことなんてないのです。
三人の祭は、まだまだ。きっと、始まったばかりなのです。
夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦! / 了




