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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
トビラノムコウ
18/97

タイツで何が悪い

3.






 真っ先に質問を浴びせたのは、ヘンゼルでした。


「ねえドアさん。開けてほしいの?」

『はわっ!? べっ、別に開けてほしくなんかないんだからねっ!』

「どうしてカギがかかってるの?」

『おいどんにもわからんのでごわす』

「うんこ付いてるの?」

『ソノ答エヲ、ワタシハ持チ合ワセテイマセン』

「開けたら、どうなるの? 何があるの?」

『ちょっとわからんわぁ~』


 ヘンゼルは、困った顔でムゥを見上げました。つまり埒が明かない。声もキャラもコロコロ変わるので、気が散るったらありません。このドア、生前は役者か何かか、それともよほどの捻くれ者か。


「じゃあ、もう行っていいか? 私達は忙しいんだが」

『どおしてもっていうならぁああ、開けさせてあげても? いいけどぉお!』

「やっぱり開けてほしいんじゃないか……」


 一応ヘンゼルを後ろに庇って、ムゥが後を引き継ぎました。

 怪しいドアではありますが、差し迫って危険はないらしい。そう判断してのことでした。此方に危害を加えるつもりなら、今この瞬間を含めて、何度もチャンスはあったのです。とっくにそうしているでしょう。

 ドアの目的は、純粋に開けてもらうこと。そう考えて構わないようです。

 第一、中身が気になります。大人二人がそうなのですから、ヘンゼルに至っては言うに及ばずです。放っておいたら何をしでかすやら、わかったものではありません。ドアに敵意がなくとも、勝手に怪我をする可能性もあります。

 まだまだ仕事も残っているわけですし、用があるならさっさと済ませて、こんなドアとは早急に縁を切るに限るのでした。

 となれば、鍵が必要です。


「鍵は何処にあるんだ?」

『探して、どうぞ』

「心当たりは? ないのか?」

『知wwwらwwwなwwwいwwwよwww』

「…………」


 それが人にものを頼む態度か。さすがにイラッとしました。それでもヘンゼルの手前、暴力は我慢です。ちらり視線で助けを求めたセヴァは、何かがツボにハマったらしく、ケラケラ笑っているだけでした。

 さて、どうしたものか。

 本人すら在処を知らないとなれば、手掛かりはゼロに近いでしょう。この広大な森で鍵一本を探すなど、それこそ雲を掴むような話です。

 少し考えて、ムゥは“遺品”のことを思い出しました。もしかしたら、混ざっていたかもしれません。

 休憩所まで戻り、回収袋を漁ります。適当にポンポン放り込んでいたので、何を拾ったのか、取り出しながら確認することになりました。


「ヘアピン、爪切り、コイン、スプーン、栓抜き、ペン……」


 鍵は……ありません。

 そう都合良くいかないか。ムゥが小さく頭を振ると、


『アッーーー!』


 背後で情けない悲鳴が上がりました。

 何事かと振り返ると、ヘンゼルが、紙縒(こより)にした草束をドアの鍵穴に突っ込んで、力任せに弄くり回していました。


「何やってるんだ?」

「うん! クシャミしたら開くかなーと思って!」

『やっ、やめて! そこはやめて! あかん! やめろやコラ!』


 必死で拒絶の意志を喚き散らしても、どうしたってドアです。抵抗は叶わず、身を捩ってヘンゼルの超絶テクニックに悶えるしかありません。あまりのアホな光景に、ムゥは堪らずハハハと笑いました。

 けれど、次の瞬間。


『おんどれそこのタイツ男! こんガキィなんとかせんかい!』


 ドアの発した単語に、ムゥの笑顔はピシリ氷結しました。

 タイツ男。誰がだ。私か? タイツ穿いてるからか? それでか?

 タイツはいいぞ。万能だぞ。いやもう全能の域。控えめに言って最高だぞ。

 むしろタイツで何が悪い?


「……私のことか……?」

『他に誰がおんねん! おんどれ、ガキの保護者やろが! 早ぅやめさせぃ!』

「………」


 ムゥは無言で踵を返し、スタスタと歩き始めました。


「先生どこ行くの?」

「ちょっと斧取ってくる」

『はうあ!』


 狼狽えたドアは、傍で笑っているセヴァに助けを求めます。


『これそこの女狐! 余を助けぬか! 苦しゅうないぞ!』

「あァん?」


 が、これまたうっかりキャラ選択をミスってしまいました。よりによっての殿様目線で、思いっきり地雷を踏み抜きに行ったものですから、いけません。たちまちセヴァは怒り心頭、長毛猫のような金髪を逆立てました。


「誰が女狐だァ? 俺様ァな、美人って言われンのは好きだけどよゥ? 女みたいだって言われンのは一ッッッ等! ムカつくんだよ!」

『ひいっ! す、すんません!』


 反射的に謝罪したドアでしたが、こうなるとセヴァは聞く耳を持たないのです。問答無用で把手を蹴り上げた脚が、続いて板部分へと派手に炸裂。蹴倒されたドアは、為す術もなく垂直ストンピングの餌食となるのでした。


『いっ痛い痛い! ちょっとよさないか!』

「命令されンのも大ッッッ嫌いだ! 食っちまうぞゴルァ!」

『やめてお願い! 割れちゃう! 割れちゃうからぁあ』

「鍵がねェなら蹴破ってやンぜオラオラオラオラオラオラァ!」

『助けてくんろ~~~!』

「おいチビ、手伝え」

「はーい」

「斧持ってきたぞー」

『アイエェエエ!』









 三十分後。

 斧を振るうのに疲れたムゥは、その場に腰を下ろして、脚を放り出しました。

 気が済んだらしいセヴァは、胡座を掻いて煙管を一服点けています。

 ヘンゼルは、割とすぐ飽きました。今はタンポポの綿毛という綿毛を吹き飛ばすのに熱中しています。


「刃が欠けてしまった」

「で、蹴破ンのも駄目ときた」


 なんて頑丈なのでしょう。

 三人から総攻撃を喰らって、傷一つ付かないなんて。それでも尋常ならざる恐怖を味わったと見えて、ドアは倒れたままガクガクブルブル、涙ながらに震えていました。心なし青ざめた白い塗装が、不憫と言えば不憫です。

 図らずも、これで二つの選択肢が消化された形になりました。

 即ち、破壊は不可能。蹴破る、こじ開ける、叩き切るなどといった手段は、功を成さないと証明されたわけです。

 燻る紫煙を眺めながら、セヴァが呟きました。


「くッたびれたなァ……」

「……うん」

「どォするよ? まだ続けるかい?」

「…………」


 立てた片膝に頬杖を突いて、ムゥは思案します。

 自分達が此処に来たのは、雨期の準備。ゾックの実を集めるためです。それなのに、まだ仕事は半分も終わっていません。予定していた作業時間は、いつの間にか茶番の彼方へと過ぎ去っていました。

 何をやっているんだ、私は。

 冷静になってみれば、なんとも馬鹿馬鹿しい話です。所詮、赤の他人の事情ではありませんか。出しゃばったところで、此方になんの利益もない。確かに中身は気になりますが、それだって一時の好奇心です。三日も経てば忘れるはずでした。

 私達の生活を犠牲にしてまで解決してやる義理が、何処にある?


「……いや。終わりだ。今日は引き上げよう」


 頭を振って、ムゥは立ち上がりました。

 妙なことに関わって、必要以上に疲労してしまった。明日にでも出直そう。あのドアは、もう放っておこう。ゾックの生える場所なら他にも知っている。この野原には、しばらく来るまい。

 休憩所を撤収すべく、セヴァと移動を始めます。


『おい! か、帰るのか……?』


 ドアが跳ね起きて、不安げな声を上げました。


「あァ」


 セヴァが、振り返らずに答えます。


『本当に帰るのか!?』

「私達にも生活があるんだ。いつまでも此処にはいられない」


 努めて素っ気なく言い放ち、ムゥは歩を進めました。


『ま、待って。見たいだろ? 中。見たいだろ? 見たいだろ!?』


「…………」


 ムゥもセヴァも、今度は振り返りません。


『待って……待って! お願い!』


 上擦ったドアの声が、背中に突き刺さりました。

 ムゥは僅かに、唇を噛みます。

 今更。そんな声を出さないでほしい。

 これまで散々、わけのわからないキャラクターを演じておいて。


『行かないで!』


 そんな、捨てられる仔犬みたいな。

 去りゆく恋人に縋る女性みたいな。

 寂しさで張り裂けそうな声は、卑怯だろう。


『お願い、私を置いて行かないで! 一度も開けてもらったことのないドアなんてドアじゃないわ! それなら私は……私は、いったい、なんなの!?』


 ふと服を掴まれました。

 ヘンゼルでした。

 ――仕方ないんだ。

 自分を見上げるあどけない顔に、ムゥの胸が痛みました。あれこれと言い訳が、脳裏を過ぎります。どう説明すれば理解できるのでしょう。この幼い子はきっと、まだ知りません。世の中は、悲しいほどの“仕方ない”に溢れているのだと。


「ドアさん、開けてあげないの?」

「……気の毒だが……鍵がないことには」

「うん? だからね。ぼく、さっきから考えてたんだけど」


 大きな緑の眼を瞬き、さも不思議そうに、ヘンゼルが言いました。


「先生が作ってあげればいいんじゃない? あのカギ穴に合うカギを」


 あ!


「「それだッ!」」


 ムゥとセヴァは、互いの両手を合わせて、パチンと打ちました。

 そうですそうです。探す必要はありません。作ればいいのです。どうしてこんな簡単な方法を思い付かなかったのか。固定観念とは怖ろしいものです。負うた子に浅瀬を習うとは、まさにこのこと。

 ムゥは早速、回収袋の中身をぶちまけました。


「……あった!」


 散らばったガラクタの中に目当ての物を認めて、ニヤリほくそ笑みます。


「おいドア! タイツの何が悪いって?」


 しばしの沈黙の後、ムゥの意図を汲んだドアは、慌てて口笛を吹きました。


『とんでもないっす! タイツ最っ高! イエーイ!』







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