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獣医師・白馬千咲は動物の声を推理する ~江ノ大獣医学部・天才教授の推理カルテ~

作者: 茨木野
掲載日:2025/10/27

【☆★おしらせ★☆】


あとがきに、

とても大切なお知らせが書いてあります。


最後まで読んでくださると嬉しいです。


「ごめんね、汐夏せなくん。あたし……カレシいるから」


 ここは、神奈川県藤沢市にある【江ノ島大学農獣医学科】のキャンパス内。


 明日に入学式を控えた、新大学一年生の僕……穂高ほだか 汐夏せなは……。


 一個上の、憧れの先輩に、告白し……見事撃沈してしまったのだった。


「え……? カレシ……。だって……そんな……カレシがいるなんて言ったこと、なかったですよね……」

「そうだね。でも、彼氏がいないとも言ってないよ」


「それは……そう、ですけど……。でも……木曽川きそがわ先輩、言ってたじゃないですか。カレシにするなら、君みたいな子がいいって」


 ……だから、てっきりカレシは居ない物だとばかり思っていた。


「そうだね」

「ほら……」

「でも別に君に、カレシになってよって言ったことはないでしょ?」

「そ、それは……そうですけど……」


 木曽川きそがわ先輩はため息をつく。


「あたしが可愛いくて、優しくしてくれるから、もしかして惚れちゃったの?」

「!」


「ああ、そっかそっか。そうなんだ……。ごめんね、あたし、別に君に興味ないから。君のお兄さんに、用があっただけだから」

「……貴喜たかき兄さんに?」


「うん。君の二つ上のお兄さん」


 ……僕には二つ上で、しかもこの江ノ島大学農獣医学部獣医学科に通う、優秀な兄がいる。

 貴喜兄さんは、僕と違って、江ノ島大に【後継者枠】で入った。


 現在、日本には17の獣医大学が存在する。国立が10、公立が1、そして私大が6。

 また、獣医師の国家試験合格者は年間大体1000人といわれている。そう……絶対数が、少ないのだ。


 だから、数を増やすために、私大では【後継者枠】といって、親が獣医の人が入れる、推薦枠が存在する。

 貴喜兄さんは、その枠を使って、江ノ島大に入った。……僕は、その枠を使えなかった。

 使わせてもらえなかったのである。兄さんのほうが、優秀だったからだ。

 兄は、高校生の時から、文武両道、成績優秀。全国模試でもトップの成績を残し、さらにバスケットの全国大会で優勝するほどの、凄い人だ。


 親は、そんな兄に、自分の病院を継がせることを、早くから決めていた。推薦枠で、江ノ島大に入れたのだ。

 兄さんも、勉強はかったるいからという理由で、国立大に入れる頭があったのに、その推薦枠を使って入った。


 ……優秀な、兄。そして……出がらしの弟。それが……僕、穂高 汐夏せな


 僕に、親は将来を期待してなかった。成績は中の下、見た目も並以下。スポーツができるわけもない。


 ……唯一、他人にはない物も、あるにはある。ありは、する。でも……誰もそれを認めてはくれていない。

 親も、家族も、そして……愛した人すら。


「要件ってそれだけ? 悪いけど、カレと待ち合わせしてるんだ」

「…………」


 ……木曽川きそがわ、先輩。僕の、高校の一つ上の先輩だ。

 学校で孤立してる僕に、優しく……話しかけてきてくれた。


 家にも、積極的に遊びに来てくれた。優しくしてくれた。……でも。


「僕に優しくしてくれたのって……全部、貴喜兄さんと、付き合う、ためだったんですか?」


 そうではない、と否定して欲しかった。

 僕に優しくしてくれたのは、孤立してる僕を見て、どうにかしてあげたいって思ったって……。


 そう、言って欲しかった。

 ……でも。


「そうだよ。それ以外に、君みたいなネクラで、気持ち悪い人に……近付くわけないでしょ?」


 現実は、ほんとに……残酷だと、思った……。


    ☆


 僕の名前は穂高 汐夏せな

 出身は、長野県長野市。


 僕の父さんは、長野県では有名な獣医師だ。


 父さんは長野の獣医師の、重鎮的存在である。

 長野で開業医してる人なら、誰でも、父さんのことを知ってる。


 また、父さんは獣医師業務以外にも、いろいろと事業をしてる。タワマンを持っていたり、ソーラーパネルをいくつも持っていたり。

 まあ、端的に言えば、父さんは金持ちだ。大病院を経営してる。

 僕は……そんな父さんの……死んだ兄の息子なんだ。


 そう……僕は父さんの本当の息子ではないのだ。

 父さんのお兄さんが、その妻、つまり僕の母さんと一緒に交通事故に遭って死んでしまった。


 残された僕は、今の父さんに引き取られた、ってわけ。


 そして父さんには本当の息子がいて、それが貴喜兄さん。


 将来……病院は貴喜兄さんが継ぐことになってる。

 多分……木曽川きそがわ先輩は、そんな兄さんの女になるべく、僕に……近付いたんだと思う。


 大病院の、院長夫人になりたいから……。


「はぁあ……獣医学部になんて、入るんじゃなかった……」


 僕には、【とある特殊な力】がある。そのせいで、動物は……苦手だった。


 そうでなくとも、僕は父さんからも期待されていないし、優秀な兄さんがいたってこともあって……獣医になるつもりはなかったんだ。


 ……でも、憧れの木曽川きそがわ先輩が、東京に出て、兄さんと同じ江ノ島大学獣医学部に入るって言ったのだ(長野県には獣医学部のある大学がない)。


 ……だから、僕は木曽川きそがわ先輩の後をおって、江ノ島大学に進路を定めて、勉強し、やっとの思いで大学に入れたんだけど……。


「何のために入ったんだよ……はぁ……」


 江ノ島大学。私立獣医大学のひとつだ。文字通り江ノ島に存在する、おおきな大学。

 私立獣医大学の中でも、かなりの敷地面積を誇っている。


 神奈川の外れにあるからだろう。都会に近い私立獣医大学は、土地が高いから、どうしても敷地面積がとれないんだって。

 広い敷地面積のところもあるんだけど、でもそれは北海道とか、東北といった、土地が広いところだ。


 まあ、何が言いたいかっていうと、江ノ島大学……通称【江ノ大】農獣医学部は、かなり……とんでもなく、広いってことだ。


「…………」


 本館は、15階建て。別館も存在し、一~六号館まで存在する。

 六号館は、基礎系の獣医学研究室の入ってる、研究棟。


 僕は六号館近くの、図書館前にいた。江ノ大は敷地面積が広いからか、かなり緑も多い。よく近くの幼稚園や、保育園の子らが、遠足でここを利用してる、らしい。


 僕は図書館前のベンチに座って、大きくため息をつく。


「大学……辞めよっかな……」


 木曽川きそがわ先輩に憧れて、長野から一人出てきた。

 もちろんこっちに友達なんて、居ない。神奈川なんて、縁もゆかりもない場所だ。こんなところで、別にしたくもない勉強を、六年間もしないといけない。


 ……苦行としか、言いようがなかった。


「…………」


 未来に、希望が持てない。親は、僕のこと、あんまり好きじゃあないみたいだし(推薦枠を使わせてもらえなかったし、兄さんばかり優遇するし)。


 好きな人には振られたし……。僕には、変な力もあるし……。


『どしたん、あんさん。話しきこかー……?』


 ……僕の隣に、そいつは、居た。

 一匹の……三毛猫だ。


『なんやシケタ顔して。どうしたん? カノジョにでもふられたんか?』


 ……明らかに、猫がしゃべっている。

 明らかに、ファンタジー。明らかな、異常事態……。


 だと、人は思うだろう。でも……僕は違う。

 僕は、違う。


「はぁ……」

『なんや自分、わいの声聞こえとんやろ?』

「このコーヒーを飲み終えたら、うん、帰ろう」

『無視すんなや。わいの話してる言葉わかるんやろ?』


 ……わかる。そう、僕には、人にはない特別な才能……天から授かったとしか言えない、恩恵ギフトがあるのだ。


 それは……【動物の声が聞こえる】。

 なぜか、はわからない。でも、本当に聞こえるのだ。彼らの声が。なぜか。


 ……でも、僕は動物の声が、聞こえないふりをしてる。

 なぜって?


 当然だろう。変だから。普通じゃ、ないから。動物の声が聞こえるのなんて、おかしなことだろ?

 ベンチで、一人で、猫に向かってべらべらとしゃべっているやつがいたら、どう思う?


 普通に、変な人扱いだろ。


『女に振られたくらいで、なーに世界の終わりみたいな顔しとんねん。生きてたら、それ以上に辛いことなんて、たーっくさんあるで?』


 ……どうやらこの三毛猫、僕が振られたところを、見ていたらしい。

 それで、僕を励ましてくれてるようだ。


 ……無視するのが、ちょっと、申し訳ないように思えてきた。


『あんさんはまだまだ若いんやから、落ち込んだらあかん! な!』


 僕の上に、三毛猫が座り込む。そして……手を差し出してくる。


『ほら、わいの肉球触らせたるわ! ぷにぷにやで~ほらほぉら』


 ……僕は、言われるがまま、三毛猫の手をとる。そして……肉球に触れた。


「……柔らかい」

『やろぉ~? おじちゃんの肉球は、世界一きもちよさやろ~?』


 おじちゃん……か。え? オス……?

 そういえば、三毛猫って遺伝的に、メスがほとんどで、オスの三毛猫ってほとんどいないんじゃ……。


『元気になった?』

「…………」

『顔色もどってんな。うん、そらよかった。んじゃなー、坊主~』


 ぴょんっ、と三毛猫は僕の膝から降りる。てちてち……とどこかへと走って行った。


「…………」


 ちょっとだけ、元気出た。ほんのちょっとだけ。

 だからつぶやいた。


「ありがと」


 三毛猫は、遠くにいた。小さくつぶやいた僕の声。それが聞こえたのか、こっちを見て、ニコッと笑っていた。


 ……そして、トラックにひかれた。


 ………………は?


    ☆


 ……江ノ大の敷地は、広大だ。なにせ、敷地内に道路が敷いてあるくらいだ。

 三毛猫は……そんな敷地内の道路に飛び出し、そして……トラックにひかれてしまったのだ。


「…………」


 僕は、思わず走り出していた。だって、他人じゃあないし。それに……僕が、呼び止めたせいで、カレは……トラックにひかれてしまったから。


 僕の、せいで。だから……。僕はカレを抱き上げる。


「ねえ、大丈夫? ねえ……!」


 猫は、動かない。

 口の周りが、赤黒く汚れてる。


 トラックは、もういなかった。猫を引いたくせに! なんて薄情なんだ!


「どうしよう……そ、そうだ! だ、大学病院に……」


 江ノ大には、付属の大学病院(二次病院)が、敷地内にある。

 そこへ行けば、直してもらえるかも!


 僕はすぐさま、江ノ大の附属病院を、スマホで調べる。本当にすぐ近くにあった。僥倖ぎょうこうとしか言いようがない。

 僕は猫を抱えたまま、大学病院へと向かう。

 コンクリ二階建ての、建物だ。近くに農場があった。

 自動ドアは……しかし、開かなかった!


「そんな……! なんでだよ! 開けてよ!」


 ドンドンドン!


 僕は、何度も扉をたたく! 何度も、何度も……でも、開かなかった。どうしてだよ! 病院だろ! なんでやってないんだよ!


「おい」

「開けてください!」

「おいってば……」

「開けてください!」

「無視すんな……!」


 げしっ!


 ……誰かが僕の尻を、蹴飛ばした。なんなんだ……?


 そこに居たのは……。


「小学生……?」


 なんか、めっちゃ小さい、女の子がいた。身長は、多分140とかだろう。

 金髪で、青い瞳をしてる。


 黄色い帽子と、赤いランドセルを背負っていたら、小学生って見間違われてもおかしくない。

 でも、小学生でないことは、一目でわかった。


 医者が、良く着てる……スクラブ。それを上下で着ていたから。


「獣医さんですよね!? お願いです、この子……トラックにひかれて! 骨がおれてるかも! 助けて!」


 僕は金髪獣医さんに、そういった。すると獣医さんはじろ、と僕と、三毛猫を見る。


「馬鹿か、君は」

「ば……なんですか急に」

「その子はトラックになんてひかれてない」

「………………は?」


 何言ってるんだ……? だって、トラックにひかれるとこ、僕はちゃんと見たんだぞ……。


「野生動物の車との衝突事故は、まあ、ある。だが、動物たちは人間よりも運動能力が上だ。ぶつかる寸前に避けることができる」

「い、いやまあ……」


 たしかに犬や猫は人間より足が速いし、反射神経も上だ。


「じゃ、じゃあどうしてこいつは倒れたんですか?」

「そんなの、見れば一発だ」

「いやわからないんですけど……」


 ちら、と金髪獣医は僕を一瞥する。


「君、うちの新一年生だな」

「え!? な、なんで……」

「そんなの、見れば一発だ」


 何を見てどう判断してるんだよ……。


「そいつを胃洗浄する。手伝え」

「は? い、胃洗浄……? なんですかそれ」

「うるさい。ついてこい」

「は、はい」


    ☆


 僕はその金髪獣医さんと一緒に、大学病院の中に入った。

 人間の町医者と、同じようなつくりをしてる。待合室があって、そして……診察室がある。


【総合臨床科】と書かれた、診察室に……僕は入った。

 彼女は診察台の上に、三毛猫を横たわらせる。そして、彼女は猫に、処置をした。


 口のなかに何か、薬を入れた。

 すると……。


『おげぇえええええええええええええええええ!』


 びしゃっ、と三毛猫は口からゲロを吐いたのである。


「え、ちょっとまじ大丈夫なんですか……?」

「大丈夫。誤食してまだ1時間も経ってないだろ」

「誤食……?」


 ゲロのなかから、金髪獣医は、1つの黒い塊を手に取った。


「これを食ったのだろう、こいつは」

「これは……?」

「チョコレートだ」

「ちょ、チョコ……?」


 ずい、と金髪獣医は僕に手を突き出してきた。てゆーか……ゲロついてるし。てゆーか、良くこのひと、ゲロの中に手をつっこめたな……。


 で、ちょ、チョコ……?


「この三毛猫はチョコを食ったのだろう。それで、中毒を起こした。だから……ぐったりしていたんだ」

「そ、そうだったんですね……てっきり車にひかれたかと……」

「君、どこ見てるんだ? 外傷が見当たらないだろう?」


 たしかに、打撲痕もないし、口から血を吐いた感じもない。


「君は、通り過ぎるトラック、倒れてる猫から、トラックに猫がひかれ、倒れてしまったと誤解してしまったわけだ」

「い、いや普通はそう思うでしょう……」


「普通?」


 すると金髪獣医は、近くのシンクで手を洗いながら言う。


「動物の言葉がわかる君の、どこが普通なんだい?」

「!?」


 な、んで……なんで、この人……。


「わかるん、ですか」

「見ればわかる」

「見ればって……どうして、わかるんですか? その……僕が動物の声がわかるって」


「簡単さ。君は倒れた猫をすぐに連れてきた。動かない猫を見て、だ。普通動かない動物を見たら、死体だと思うだろう? でも連れてきたって事は、猫がまだ生きてるのがわかったってことだろ? それはどうしてか? まあ……いろいろ考えられるが、言葉がわかるから、という推理を立てたのさ」

「…………」


 ……この人……ちょっと見ただけで、そこまで……わかってしまうなんて……。


「凄い……」

「いや、何を言ってるんだ。凄いのは君のほうだろ?」

「ぼ、僕……? 僕の何が凄いっていうんですか……」


 僕なんて、ダメダメな人間なのに。


 すると金髪獣医は、本気で目をむいていた。

「動物の言葉がわかるんだぞ、君、すごすぎるだろ……!」

「…………!」


 ……初めて、言われた。そんなこと。僕は……小さいときに、言われた。動物の言葉わかるって言ったとき……。

 気持ち悪い、って。


 そりゃそうだ。みんなが聞こえないものが、聞こえてるのだ。キモいと思われて当然……。

「私たち獣医が治療する相手は、動物だ。言うまでも無く、彼らは言葉を発しない。そんな彼らの治療には、言葉というおおきな壁が我らの前に立ち塞がる」

「そりゃ……そうですよね。人間が相手なら、赤ん坊以外……どこが痛いって……言えますもんね」


「そのとおり。でも動物だと、言葉がしゃべれない。我らはまず、動物を観察するとこ、そして飼い主からの聞き取りから治療を開始する。それは、まあ言ってしまえば無駄なワンステップだ」


「無駄って……」

「完全に無駄ではないが、しかし、治療に入る前にそれをする必要がある。その間に、死んでしまう命もある」

「…………」


 この猫も、そうだ。いろいろと聞き取りや、検査をしてる間に、死んでしまう可能性はあった。

 でも……この人は、それらをカットして、一瞬で……原因に気付いて、それを排除(治療)してみせた……。


「私の場合は、観察と経験により、動物の病状を見抜く。だが……君は、違う。動物の声に耳を傾け、最適な治療ができる」


 ニッ……と、金髪獣医は笑う。


「君……獣医に向いてるよ。誰よりも凄い獣医になれる。私が保証しよう」

「…………」


 ……そんなこと、初めて……言われた。ずっと……僕は穂高の家のお荷物だった。

 出来損ないの弟。病院を継げない、駄目な……やつだって……。


 でも、この人は言った。僕は……獣医に向いていると。才能が、あると。

 それが……僕は、本当に……嬉しかった……。


「ま、ちょっと能力頼みなところがあるから、そこはしっかり勉強するように。チョコレート中毒なんて、ちょこっと獣医学をかじっていれば、誰でもわかることさ」

「…………」


 ちらちら、と金髪獣医は僕を見つめる。


「え? なんですか?」

「いや、だから……チョコレート中毒なんて、ちょこっと……ってほら……」


「え? え?」

「…………エスプリの効いたジョークだったんだけど」


 あ、ああ……!


「だじゃれっすか……」

「シャレだよ。お洒落なシャレさ。……ちらちら」

「はぁ……その……はぁ……」


 なんなんだこの人……。まじで……。


「私かい? 私は、江ノ大総合臨床学研究室教授、【白馬はくば 千咲ちさき】と言うものさ」


「………………は? はぁ!? 大学……教授!?」


 え、嘘でしょ……?

 小学生くらいの、見た目なのに?

 金髪なのに?


「君、私は小学生だと思っただろ。あと金髪だからなんだ」

「!? な、なんで僕の思ったことわかるんですか……?」


「そんなの、見れば一発だろうが」


 ……この人の、青い瞳には、一体何が映っているんだろう。


「すみませんでした……その、白馬先生」

「うむ……。ところで、君はあれだな、新一年生だな。しかも県外者。しかも親が獣医だろう」


「な!? どうして……」


 エスパーかよこの人……。


「まず、この時期に構内にいる若いやつであること、あと身なりが整ってることから、この学生の関係者、かつ、新入生だということはわかる。次に、三月なのにそんな厚着をしてることから、県内者でないことはすぐわかる。北海道……いや、長野かな?」


「!? なんでそこまで……」

「続いて親が獣医だとわかったのは、私のスクラブを見て、一発で獣医だと気付いたからだ」


 そう、この人は白衣ではなく、スクラブの上下を着ていた。


「一般的に医者っていうと、白衣のイメージだものな。でも、スクラブ姿の私を見て獣医と気付いた。ということは、見慣れてるってことだ。その若さで見慣れてるためには、親が獣医である可能性が高い。そうだろう?」


 ……なんて人だ。この人、僕の身なりから、出身地を言い当ててしまった……。名探偵みたいだな……。


「長野の獣医か……。穂高病院の子がたしか一人いたな。三年生だったかな」

「あ、はい……兄です」


「なるほどなるほど……。つまり君は臨床志望なわけか」

「あ、いや……」


 臨床、つまり実際に動物を診療する、いわゆるお医者さんのことだ。

 僕は……たしかに臨床医の息子だけど、でも……臨床を志してるってわけじゃあない。そもそも獣医学部に来たのも、不純な動機だし……。


「よし、決めた。君……うちの、総合臨床の研究室に来なさい」

「は、はぁ……!? なんで!?」


「どうせ君、友達ゼロでしょ?」

「いやまあそうですけど……なんで……?」

「県外者で、しかも一人で昼間っからぶらついてるような君に、友達がいるとは思えん」


 なんという名推理だ……。


「で、でもたしか……研究室入りって、四年生になってからなんじゃ……?」


 獣医学部は、6年制度だ。

 1~3年で基礎を学び、4年目から研究室に入って、専門のことを学んでいく、というカリキュラムになってる。


「うち、人気が無くてね。なにせ今年の新四年生でうちに入りたいって子はゼロなんだ」

「は、はぁ……それで?」


「君、私を手伝いなさい。ちょうど欲しかったんだよね、君みたいな助手が」

「…………」


 なんなんだこの人……。もう何度思っただろうか……。


「助手なら、いるんじゃあないです? 研究室に」

「変わり者の助手と准教授がいるんだが、二人ともそれぞれの研究やら治療やらで忙しいみたいでね」


 あんたも相当変わってるよ……。


「で、どう? 私を手伝ってくれない? 正直、困ってるんだ。雑用やってくれる子いなくてさ」


 ……ようするに、パシリが欲しいらしい。


 なんて人だまったく……。

 ……でも。変わり者だけど、僕を……変人扱いしなかった。


 駄目な奴扱いも、しなかった。そんな人は……今までずっと、僕の世界には、居なかった。


 ……僕は、ある予感を抱いていた。

 この人の元にいれば、きっと……楽しい、大学生活が、送れるんじゃあないかって。


「わかり、ました。暇なときなら……」

「よしっ! 決まりだ! よろしく……穂高……いや、君下の名前は?」

「え、汐夏せな……ですけど」


汐夏せなくんか。うん、じゃあ汐夏せなくんって呼ぶね。君、上の名前で呼ばれたくないっぽいし」


 ……この人、ほんと、なんでもわかってるようだな。

 多分僕の発言から、家のこと、あんまり好きじゃあないことを見抜いたんだろう。


「私のことも千咲ちさきで良いよ」

「さすがにそれはちょっと……」

「じゃあ千咲ちさきちゃん?」

千咲ちさきさんで……」


「ま、いいか。よろしく汐夏せなくん」


 こうして、僕、穂高 汐夏せなは、変わり者の教授、白馬 千咲ちさきの助手となったのだった。


「しかし君、大学卒業したら、病院をつぐんだろ? 出る前にうちで修行して生きなさい。それがいい」

「い、いいや……病院をつぐのは兄で……」


「? 何言ってるんだ。あの病院は、君のものだろ」

「………………は? 僕の……え、どういう?」


「どういうもなにも、あの病院は君の養父のものではなく、君の死んだ父上のものだろう?」


 …………………………は?

【★☆読者の皆様へ 大切なお知らせです☆★】


新作の短編投稿しました!

タイトルは、


『獣医師・阿寺渓子の診断推理』



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『獣医師・阿寺渓子の診断推理』

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