第37話 “賊”ってなんじゃい
ちょっと後半抜けてたので修正
「……ぬしの父は、まるで鬼神じゃの」
平行化個体エテルナの視界を通じて戦闘を見ておったわしらは、呆れとも安堵ともつかぬ息を吐く。
さすがに弱いとは思うておらんかったがの。なんじゃ、あの理不尽なまでの強さは。単身で敵陣に向かう姿を見て心配しておったんじゃが、完全な杞憂であったわ。
残るは重装騎兵のみじゃが、あやつの敵ではなかろう。機動力を生かす気もない騎兵など、単なるデカい的じゃ。
「あの剣は……あれじゃの。ずいぶんと、手に馴染んでおるようじゃの」
「はい。父は片時も手放さず、家族にも触れさせませんでした。“師より賜った、宝剣だ”と」
テネルの言葉で、胸にほのかな火が点る。たったひと月の付き合いでしかなかった、あの小坊主が。わしを、師と呼んでくれよるか。
「わしは、果報者じゃ」
いま気づいたんじゃが、あやつ魔王の下で修業を積んだせいで適性が闇黒色に偏ってしもうたようじゃ。一般的な魔法を使うには苦労するであろうが、身体強化に振り切っておるあたり己の才を知悉した上での判断じゃろ。
迷いなく我が道を進む、良き男になりよったわ。
「へーか」
ダンジョンの出口に近づいたところで、エテルナが小さく警告を発した。
「敵か?」
「まどーしが七と、ほへいが三十二、ゆみもちが……十五?」
どこの兵かは訊くまでもなかろう。このダンジョンを守っておった――そして守り切れず魔物を殲滅され、魔人の錬成を潰されコアまで奪われた――プルンブム侯爵領軍の増援じゃろ。
ダンジョンに入る前、双頭の黒狼に弾き飛ばされたのも五十やそこらじゃ。増援というよりも、散っておった兵力を再編成したというところかの。
「ダンジョン出口で待ち構えとるということは、わしらの迷宮内での動きは伝わっておるな。深層に置いてきた魔導師連中からかの?」
「そ~なの、たすけ、呼んでたけど……」
「見捨てられたか」
「かくれてた、ゴブリンにくわれたみたい」
「おう……」
そうなるように仕向けておいて言うのもなんじゃが、最低な死に方じゃの。
「アリウス様。ここは、わたくしにお任せいただけませんか」
「む?」
テネルがそれなりに強いのはわかっておるが、敵は五十を超える兵じゃ。若き乙女をひとりで行かすのは抵抗があるのう。
「父だけに良いところを持っていかれるわけには参りません」
案外この娘、負けず嫌いのようじゃ。いざとなればわしとエテルナが援護するという条件で、わしはテネルの望みを受け入れた。
「感謝いたします。プルンブムの者たちには、いささか腹に据えかねるものがありますので」
テネルの生家は領地を接する侯爵領と常に揉めておると言っておったが、侯爵領から逃げ込んできた者たちを見てのことかの。
「スタヌム領で保護されたプルンブム領民の多くは、廃人同然でした。残念ながら、助けられた者はほとんどおりません」
相手が侯爵ともなれば、領内の問題に伯爵家は口出しできん。せいぜいが自領に入り込んだ野盗を殲滅するくらいであろうが、それについても知らぬ存ぜぬで逃げられて終いであろう。
自領民の誘拐についても揉め事の種と言っておったが、それについても泣き寝入りだったのは想像に難くない。
正直者ほど馬鹿を見るのが貴族社会と言うのは、魔界での知識からもアリウスの記憶からも知っておった。
「油断するでないぞ。強者が常に勝者になるわけではないと、アダマス公爵が言うておった」
「肝に銘じます」
そう言ってダンジョンを出たテネルは、すでに滾っておった。
「プルンブム侯爵家に仇なす、賊……」
偉そうに能書きを抜かしておった男の手首を、テネルは一瞬で両断する。小柄な身体の接近も双剣の一閃も、あまりに速すぎて視認できん。
「あああああぁッ⁉」
両手を喪い叫び声を上げる男は血を振り撒きながら吹き飛ばされる。それがテネルの蹴りによるものであったと気づいたときには、もう内懐に入り込まれておった。
「なにをしている! 止めろ!」
「相手は小娘がひとりだぞ!」
「殺せ!」
そら無理じゃろ。自軍の兵と近接戦闘が始まると、七名の魔導師と十五の弓兵は戦術的に役割を喪う。対することができるのは三十余名の歩兵のみだが、これもまた無理であろうな。テネルは的が小さすぎ、挙動が速すぎるわ。
静かに優雅に舞うような動きでありながら、叩き込まれた習い性か、攻撃を受け流しながら常に死角へと回り込む。あれは並みの兵では補足できんじゃろ。
おまけに、生来の優しさからか溜め込まれた怒りからか、殺さぬという選択を選んだことが事態を最悪なものにしておる。
あっという間に三十二名の歩兵が両手首を断ち落とされ、悲鳴を上げながら地べたで身悶えておった。魔導師は攻撃を放てず右往左往しておるし、弓兵は距離を置こうと必死に逃げ惑うておる。ちょっとでも近づけば両手首を斬り落とされるのがわかりきっておる状況では尚更じゃ。
一対一では相手が武器を使いにくい利き手側の死角に回り込み、多数に対するときは敵との間に別の敵を挟む。移動は素早いものの、動作は簡潔。撹乱しながら着実に殲滅する読み合いの巧さといい、間合いを潰す武器の選択といい、あれは父親譲りなのかの。
「鬼神の子もまた、鬼神じゃな」
「じゃなー?」
わしとエテルナの出番はないまま、すぐに全員が手首から先を喪うて悶絶する地獄絵図じゃ。出血を見る限り、ここで生き残れる者はおるまい。
「すみませんアリウス様、お見苦しいものをお見せしました」
傷ひとつなく戻ってきたテネルは、わずかに浴びた袖の返り血を見て不甲斐ないとばかりに眉尻を下げる。
「いや、戦術は見事なものじゃと思ったがの」
エテルナの案内で、最初に声を上げた男のところに向かう。プルンブム侯爵領の、おそらくこの部隊の指揮官じゃろ。出血が続いてすでに虫の息じゃが、エテルナに止血と生命維持を頼む。血止めくらいはわしもできなくはないが、闇黒色の魔力は生命を奪う力が強い。弱った相手への使用は避けておいた。
「プルンブム侯爵のもとへと逝くが良い」
青白い顔で目を泳がす男に、わしが笑顔で伝える。
自分が殺されぬことは伝わったようじゃがの。それでも、なぜ生かされたのかは理解できておらんようじゃ。
「そして伝えよ。我らが、貴様を殺しに行くとな」
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