LIMEの交換
駐車場に引き返し、俺たちはペット用品店で買ったものを車に詰め込んだ。
猫用トイレ、ベッドなどはかなり大きかったために最後部の座席は見事に埋まってしまったな。
「これで必要なものは買えたか?」
「はい。これでおはぎちゃんに必要なものは揃ったかと思います。ですが、気に入るのはおはぎちゃん次第なので……」
「わかってる。その時は根気強く別の種類のものを買いにこよう」
猫というのは思っている以上に気難しいものでトイレやベッドを気に入らないとまったく使ってくれない場合があるらしい。
なにを気に入るかはその猫次第となっていて飼い主の永遠の課題のようだ。
「さて、これでおはぎ関連の買い物は終わりだな」
腕時計を見てみると時刻は十一時半。
思っていた以上におはぎの用品を買うのに時間がかかってしまったな。
「ジン殿、まだ時間はあるか?」
セラム、ことりから期待するような視線が突き刺さる。
滅多にやってくることのないショッピングモールだ。
おはぎの用品を買ってすぐに帰るというのは寂しいのだろう。
「じゃあ、お前たちは自由にしていろ」
「ジン殿は来ないのか?」
「日用品やら夏帆へのお土産を買う必要があるからな」
農業のための備品、生活用品、食材、お酒などと買い足しておきたいものがある。
「だったら私たちも行くぞ?」
「日用品を買い足すのに三人もいらないだろ。俺一人で十分だ」
「ですが……」
ことりとセラムは変に真面目なので俺一人だけに用事を押し付けることに罪悪感があるようだ。
「子供が変に遠慮するな。ほら、二人とも行ってこい」
「私は子供ではないのだが……ジン殿がそう言うのであれば、素直に甘えることにしよう」
「わかりました。ありがとうございます」
やや逡巡した様子だが、二人とも俺の心遣いを汲んでくれたらしい。
二人が歩き去っていったかと思うと、ことりだけが慌ててこちらに戻ってくる。
「ジンさん!」
「なんだ?」
「あの、合流する時はどうしたらいいでしょう?」
ことりに言われて気付く、俺たちは合流する時の時間も場所も決めていなかったことに。
彼女が気づいてくれて助かった。
「すまん。抜けていた。えっと、そうだな……」
脳内で買い物にかかる時間と逆算していると、ことりが何か言いたそうな表情になる。
「あ、あの! だったらLIMEを交換しておきませんか? こちらでしたらすぐに連絡が取れますし、なにかあった時に電話もできますので……」
スマホを胸の前で握りしめながらことりが意を決したような顔で言ってきた。
そういえば、海斗と夏帆とは連絡先を交換していたが、ことり、めぐる、アリスたちとは連絡先を交換していなかったな。
そもそもこんな風に出かけると思っていなかったし、出かける時は大体海斗がいるから交換する必要性を感じていなかった。
だが、二人を別行動させるのであれば、スマホを持っていることりと連絡先を交換しておいた方がいいだろう。セラムはスマホを持っていないことだし。
「わかった。交換しておこう」
「ありがとうございます」
俺もスマホを取り出してLIMEを起動させると、ことりと連絡先を起動した。
本当に猫を飼っているらしく、LIMEのアイコンは白猫と三毛猫だった。
これで何かあった時にすぐに俺が駆けつけられるし、臨機応変に動ける。
めぐるならともかく、ことりなら無駄なメッセージを飛ばしてくることもないだろう。
「それじゃあ、こっちの用事が終わったら適当に連絡する」
「はい! お待ちしていますね!」
ことりはぺこりと頭を下げると、パタパタとセラムの下へと駆けていった。
「俺は買い物を済ませるとするか……」
二人の後ろ姿を見送ると、俺はモール内にあるスーパーマーケットの方へと足を向けた。
●
「ふう、これで必要なものは買い終わったか……」
車に荷物を入れ終わった俺は一息つく。
何でも揃っているのが楽しくなっていつも以上に備品や生活用品を買い過ぎてしまったな。
お陰でショッピングモールと駐車場を何度も往復するハメになった。
別にホームセンターは近くにもあるし、こんなところで肥料や苗なんかを買わなくてもよかったのにな。
なんだかんだと俺も久しぶりのショッピングモールに浮かれていたのかもしれない。
車の鍵を閉めてショッピングモールへと歩き出す。
さて、あいつらはどこにいるのか……。
LIMEの開くと、アプリにはことりからのメッセージが届いていた。
「多いな!」
メッセージ件数が二十六とかなり多い。
買い物に夢中であまりスマホを見ていなかったが面倒を起こしたりしていないだろうか?
恐々と確認してみると、ショッピングモール内を回っているセラムの写真が添付されていた。初めてのゲームセンターに驚く姿や、ユニシロで秋の衣服を試着している姿、アイスクリームを頬張っている姿などが収められている。
ことりとセラムがこの一時間でどういうところを見て回っているのかよくわかる。
二人が問題なく楽しんでいたことがわかって俺はホッとした。
それにしても普段写真を撮ることがないからか誰かの写真を見るのは新鮮だな。
現代人離れしたセラムの容姿は写真になっても色褪せることはない。
写真の中でもセラムは表情が豊かだな。
『お疲れ様です。ジンさん、買い物終わりました?』
写真を眺めていると、ことりからメッセージが届いた。
俺が既読をつけたことでこちらが落ち着いた状況にあると推測したのだろう。
『ああ、終わった。今、二人はどこにいるんだ?』
『二階のボイザラスにいます!』
アプリでメッセージを送ると、ことりはすぐに返信してきた。
……文字を打つのが早いな。
『二階のフードコート前に集合でどうだ?』
『わかりました! セラムさんと向かいます!』
手早く集合場所を決めると、俺はエスカレーターで二階へと上がる。
二階の中央にあるフードコート前にやってくると、二分ほど遅れてことりとセラムがやってきた。
「お疲れ様です、ジンさん」
「ああ、そっちは満喫できたようだな」
「お陰さまで」
腕にはユニシロの紙袋や雑貨屋の袋がかけられており、買い物を楽しむことができたようだ。
「ジン殿、買い物は終わったのか?」
「ああ、終わった。荷物は全部車に載せてある」
「ならば安心した」
買い過ぎてしまったせいで後部座席がやや浸食されているが、きちんと座るスペースは確保されているので問題ない。
「よし、合流できたことだし帰るか」
「ええ!? 食べないんですかぁ!?」
「ジン殿!? フードコートの前に集合させておいてそれは殺生だぞ!?」
そのまま帰ろうとすると、ことりとセラムから悲痛な声が上がった。
ちょうど中間地点だったし、セラムも前にやってきたことがあるので迷わないだろうと思ってフードコート前を指定しただけなのだが、二人はもう食べて帰る気満々らしい。
「……お前たちアイスクリームを食べただろ?」
「なぜジン殿がそのことを知っているのだ!?」
LIMEで写真を撮られ、報告されていたことなど知らないセラムが後退る。
「昼食とアイスは別なんです!」
「そ、そうだぞ! ちゃんと昼食も食べたいぞ!」
二人してアイスを食べていたので昼食はいらないと思っていたが、どうやらそれとこれとは別らしい。
二人から猛抗議を食らってしまう。
時刻は十二時半を過ぎたところ。
家に帰るのに一時間もかかることを考えると、ここで食べておいた方がいいか……。
「わかったわかった。じゃあ、飯を食ってから帰るか」
「うむ! そうこなくてはな!」
「ありがとうございます!」
おはぎの面倒を見てもらっているめぐるたちには文句を言われそうであるが、ことりへの礼も兼ねて昼食はここで摂ることにしよう。
「ジン殿、座れるところがないぞ?」
そんなわけでフードコートに入ってみたが、中はお客でいっぱいだった。
「休日の昼時にしてもやけに多いな?」
休日に来たことはあるが、みっちりとすべての席が埋め尽くされているのは珍しい。
「どうやらグッズのコラボがあるらしいです」
「それでいつもより混んでいるのか……」
ことりが持ってきたチラシを見ると、子供向けアニメのグッズとのコラボがあるらしく、それを目当てに家族客が押しかけてきているようだ。
「私たちは昼食を食べることはできないのか?」
セラムが絶望したような顔になっている。
まるで砦に籠城していた騎士たちが唯一の補給路を断たれてしまったかのようだ。
フードコートで飯が食えないだけでここまで残念がられるのがすごい。
「ならしょうがない。一階の飲食店を回ってみるか」
「む? ここ以外にお店があるのか?」
セラムはフードコート以外に飲食店があることを知らなかったようで、きょとんとした顔になる。
「ありますよ」
「ほう! それは楽しみだ!」
セラムが途端に元気になった。
とりあえず、ご飯を食べることができたら何でもいいらしい。
エスカレーターを降りると、俺たちは北出入り口の近くにある飲食店区画にやってくる。
「おお! 確かに飲食店がいっぱいだ!」
飲食店を見回してセラムが興奮の声を上げた。
この区画には十二店舗ほど飲食店が固まっている。
休日とあってそれなりに混雑しているが、フードコートでグッズのコラボがあるお陰か飲食店の方は入れないほどではなかった。
「ことりは何を食べたいんだ?」
「え? 私ですか?」
「昼食はお礼も兼ねているからな。好きな店を選んでいいぞ」
「うむ! コトリ殿の入りたいお店にしよう!」
「えっと、では『しゃぶしゃぶ菜々』なんていかがでしょう?」
おずおずとことりが指さしたのは、しゃぶしゃぶ店だった。中学生が選ぶチョイスにしては渋いな。
「わかった。そこに入ろう」
「はい!」
しゃぶしゃぶ店は混雑しておらず、俺たちはあっさりと店内に入ることができた。




