泳ぎの練習
アリスとセラムの泳ぎの練習をすることになった俺たちは子供用プールを出て移動する。
向かった先は二十五メートルプールだ。
ここではしっかりと泳ぎたい人たちが集まっており、区切られたレーンロープの中を人々がゆったりと泳いでいる。
「カイト殿たちはいないのだな?」
セラムが周囲を見渡しながら言う。
「あいつらは五十メートルプールにいるんだろう」
「五十メートル!? それほどの距離を平気で泳ぐというのか……?」
「泳げるようなれば、それくらい軽くこなせるようになるぞ」
「うん、あたし子供の頃にスイミングスクールに通ってたけど、一日で軽く二千メートルとか泳いでたよ。身体が成長して上達するにつれて三千、四千って増えていったけど、意外といけちゃったなぁ」
「三千、四千……?」
泳ぐ距離としてのスケールの大きさにセラムは圧倒さえて言葉が出ないようだ。
スイミングスクールに通ったことがないのだが、子供の頃からそれだけの距離を泳ぐとは驚きだ。泳ぐのはかなり体力を消耗するし、ハードだろうな。
「まずは帽子とゴーグルをつけよっか」
「そうだな」
水着と一緒に帽子やゴーグルもレンタルしたのだが、今まで泳いでいなかったのでまったく付けていなかった。
ポケットに入っている帽子を被り、ゴーグルをつける。
「セラムさんはちょっと髪を結ぼうか」
「お、おお」
手間取っているセラムを見かねて、帽子を被りやすいようにゴムで結んであげる夏帆。
こういったことは男の俺は手助けしにくいので助かる。
無事に髪をまとめて帽子とゴーグルを装着するセラム。
「まるで危険地への偵察任務を任されたような気分だ」
「偵察任務?」
「なんでもない!」
異世界のことをポロリと呟いて、慌てて誤魔化すセラム。
異世界でもゴーグルをつけることはあるんだな。
とはいえ、事情を知らない夏帆やアリスにはサッパリなので、迂闊に呟くのはやめてほしい。
夏帆が入水階段を下りて、プールの中に入っていく。
「流れるプールに普通に入っていたし、二人は水が怖いってことはないよね?」
「……普通に入る分には大丈夫。だけど、潜ったりするのはちょっと怖い」
「私も同じ感じだ」
「なら、まずは水に慣れることからはじめようか! 入っておいで!」
夏帆に促されて、アリスが階段を下りていく。
アリスの身長だと足が付かないんじゃないだろうかと懸念があったが、なんとか足は付くようだ。
ただ足は付いても水面から顔のど真ん中にきてしまっているので俺たちのようにずっと立っていることは難しいだろう。
「アリスちゃんは壁に手をついていていいよ」
「……うん」
夏帆が言うと、アリスは素直に壁に張り付いた。なんだか蝉のようだ。
一方、セラムは泳げないが身長はあるのでしっかりと立つことはできる。こちらは気を遣う必要はなさそうだ。
「さて、二人がどの程度ことができるか聞いていいかな?」
泳ぐことができないといってもレベルがある。
そもそも水が怖かったり、浮くことができなかったり、浮くことはできるが、泳ぐことはできないなどと。
「……泳ごうとしたら数メートルで沈む」
「そもそも私は泳いだことがないな」
夏帆がヒアリングをすると、アリスとセラムはそれぞれの状況を教えてくれた。
泳ごうとしたら沈んでしまうということは、基礎的な体勢維持や浮き方ができていないのだろう。
逆にそれさえ改善できれば、すぐに泳げる可能性はある。
セラムは単にやったことがないからできないだけで、きちんと教えさえすれば持ち前の運動神経で何とかなる気がする。
「わかった。まずは呼吸の仕方と浮き方の練習をしようか」
スイミングスクールに通っていたのであれば、具体的な指導については夏帆に一任するのが一番だ。俺は補助に徹しておこう。
「鼻で息を吸ったら、水中に潜りながら鼻から息を出す。水中に入っても鼻から息を出し続けて、顔を水中から出したら鼻から息を吸う。その繰り返しね」
夏帆が基礎的な呼吸の仕方を教えながら、水中に顔をつけて顔を上げてを繰り返す。
それを見て、セラムとアリスが真似をするように水の中に沈んでは顔を上げた。
「おお、まったく目に水が入らない!」
「そのためのゴーグルだからな」
その反応からしてセラムの世界にはこういった水中ゴーグルはなかったのだろうな。
まあ、潜ったり泳いだりする文化がなかったら作られることもないか。
「水の中をこうもじっくりと見たのは初めてだ」
水に顔をつけては水中を眺めるセラム。
「プールの中に差し込む太陽の光とか綺麗だよな」
「ああ、本当に綺麗だ」
海や川の中ならもっと綺麗なのだろう。プール同様、長らく泳いでいなかったが機会を見つけて行ってみるのもいいかもしれないな。
「じゃあ、次は浮き方の練習ね。息を吸ったら水中で身体を丸めてみて」
基礎的な呼吸ができており、セラムも問題ない様子だったので次の段階へ。
夏帆は息を吸うと、身体を丸めるようにして浮かんだ。
だるま浮きと言われる基礎的な浮き方だ。
水泳は水に受けなければ始まらないからな。基礎をしっかりと確認するのは大事だ。
夏帆を真似してアリスとセラムがだるま浮きをする。
二人とも見事に浮かんでいる。
練習だとわかっているが、傍から見るとショールな光景だな。
「お、二人ともバッチリだね。じゃあ、そのまま腕を伸ばして」
セラムがゆっくりと腕を伸ばし、見事な腕上げをみせる。
だがアリスは沈んでしまい、呼吸をするために立ち上がることになった。
「アリスちゃん、すぐに腕を伸ばすと沈んじゃうからゆっくりね。力はもっと抜いて大丈夫だから」
「……わかった」
夏帆にアドバイスを貰ってもう一度挑戦するアリス。
今度はゆっくりと腕を伸ばすと、アリスはバランスを崩すことなく浮くことができた。
「じゃあ、次は足を伸ばして」
腕を伸ばしたまま安定すると、アリスとセラムは足を伸ばしてみる。
今回はアリスも焦ることなく、腕と同じようにゆっくりと伸ばしている。
お陰ですぐに沈むようなことはないが、ここでアリスとセラムの下半身が沈みを見せた。
「二人とも腕の位置をもっと水面に近づけてみて」
夏帆に言われて腕の位置を上げると、自動的に背中がそるような姿勢になって二人の下半身は浮くことができた。
やがて呼吸が限界を迎えると、アリスとセラムが立ち上がる。
「二人ともいい感じ!」
「……こんなに綺麗に浮けたのははじめて」
「これでいざという時の私の生存確率は上がった」
なんだか一人だけコメントの質が違うような気がするが、技術を会得できたのなら問題ない。
「浮きはできてるし、次は泳ぎの基本姿勢のストリームラインに移ろうか」
「ストリームラインとは?」
「浮きやすく、水の抵抗を最小限にさせた姿勢のことだ」
「なるほど」
魚やイルカがすいすいと泳げるのも水の抵抗が小さい流線形だからだ。それを見習って俺たち人間も流線形姿勢になるのだ。
「両腕をピンと伸ばして身体を真っすぐにね。お尻を締めて骨盤も真っすぐに」
夏帆がわかりやすいようにストリームラインの姿勢を作ると、アリスとセラムを真似をする。
僅かなズレができると、夏帆が即座に修正。
「ストリームラインを覚えたら、次は蹴伸びに移るよ」
夏帆はそのままゆっくりと沈むと、プールの壁を蹴って真っすぐに進んだ。
姿勢が真っすぐで身体のてっぺんが前を向いている。
たったひと蹴りだけでプールの三分の一程度まで進んでいる。
「……すごい、何も動かしてないのに遠くまで進んでる」
「カホ殿の身体がまるで一本の矢になったかのようだ!」
姿勢がしっかりと安定し、綺麗に力を伝えられると、泳ぐこともなくあれだけ距離を伸ばせるんだな。
「あたしはアリスちゃんを見るからジンさんはセラムさんをお願い」
「わかった」
ここまでくると、後はひたすらにやらせて姿勢を矯正するだけだ。
それだけなら俺でもできるので引き受ける。
アリスと夏帆は一番レーンで練習し、俺たちは二番レーンで練習することにした。




