水上格闘
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昼食を食べ終わった俺たちは、子供用のプールで遊ぶことにした。
水深が三十センチほどしかなく、小さな子供であっても余裕で足がつく安全なプールだ。
ここなら泳げないセラムやアリスも安心して遊ぶことができるだろう。
「あそこの砦に登ってみたい!」
セラムが指さして言ったのは、プールの中央にある大きな水上アスレチックだ。
確かに入り組んだアスレチックを見ると、砦のようではあるな。
「よっしゃ! 行こう!」
「……ゴー」
セラムが走り出すと、めぐる、アリス、ことり、夏帆といった面々が走り出す。
女性たちが走っていくのをしり目に俺はプールに座り込んだ。
「ジンは行かねえのか?」
海斗が隣に腰を下ろしながら言う。
「俺たち年寄りは体力を温存しないとな」
「違いねえ」
俺たちは二十七歳だ。大学生や中学生と同じ感覚で動いていたら絶対にバテる。
帰り道の運転だってあるし、適度に休憩を挟まないとな。
「こうやって浅瀬で涼んでるだけっていうのも悪くないな。家にビニールプールを出して、涼むのもアリかもしれない」
「うちの店に三千円くらいのが置いてあるぞ?」
「駄菓子屋の癖にそんなものまであるのか……」
「こんなド田舎だと色々なことに手を出さねえとやっていけねえのさ」
陽気に笑ってはいるが、駄菓子屋の経営というのも大変そうだな。まあ、大変なのは農家も同じことだが。
「冷たっ!」
「冷てえ!」
なんてのんびりと談笑していると、不意に俺たちの頭に水がかかった。
水が飛んできた方を見ると、夏帆とめぐるがニヤニヤと笑っていた。
アスレチックに備え付けられた水鉄砲で攻撃を仕掛けてきたようだ。
俺たちが無言で見上げると、夏帆とめぐるたちはキュッキュとレバーを引きながら俺たちの頭に水をかけてくる。
……安全な位置から一方的に攻撃されるというのはこうもムカつくんだな。
「こんにゃろ!」
「覚悟しろ!」
イラっとした海斗と俺は即座に立ち上がって、アスレチックを駆け上がった。
「おにぃ、キモいから近寄んな!」
海斗が夏帆を狙いに定めたので、俺はめぐるを追いかける。
「うええ、なんか早いし!」
「こちとら子供の頃に遊び尽くしてるからな!」
俺と海斗はこのアスレチックを熟知している。どこから回れば先回りできるか、どこを足場にすれば早く走れるかなどもわかるのだ。
成人男性の脚力も相まって、瞬発的なスピードならばこちらが上だ。
アスレチックの外に逃げためぐるに追いつくと、俺はそのまま彼女を転ばした。
ばっちゃーんとめぐるが水面に叩きつけられる。
加減はしてあるし、水が衝撃を流してくれるので怪我をする心配はない。
「このお!」
「甘いな」
めぐるはすぐに起き上がると、タックルをしかけてきたので勢いを利用してまた引き倒した。
「おにぃ、死ね!」
「よっと」
「わっ、ちょっと足掴むな!」
夏帆の蹴りを受け止めた海斗は手で掴むと、そのまま持ち上げるようにして動かして転かしていた。
普段は妹である夏帆に甘んじてやられているが、海斗は一応柔道や空手の経験者。しかも、全国に進んだことのあるガチなタイプだ。
そんじゃそこらの奴じゃ相手にならないだろうな。
「俺たちに喧嘩を売ったのが間違いだ」
「これに懲りたなら余計なちょっかいはかけないことだな」
ずぶ濡れになった二人を置いて、背中を向ける海斗と俺。
これでしばらくは静かになるだろう。
「うわーん、助けてセラムさん! 海斗とジンがあたしたちをいじめる!」
「おい! セラムに助けを求めるのは卑怯だぞ!?」
俺がそんな声を上げると、セラムに抱き着いためぐるがニヤリと笑った。
めぐるはチャンバラでセラムの異様な身体能力を知っている。セラムを使えば、俺たちを余裕で倒せるとわかっているのだ。なんて狡い奴。
「水上体術とは面白そうだ。水があるなら怪我をする心配もない。私も混ぜてくれ!」
泣きついてきためぐるの意思に応え、セラムがズンズンとこちらにやってくる。
俺たちの攻防を楽しそうに見ていたので嫌な予感がしたのだ。
「セラムちゃん、俺は一応柔道と空手で全国にいってるんだぜ?」
「カイト殿がなにかしらの武術を修めているのは動きでわかる。だが、遠慮は不要だ」
「ははは、セラムちゃん強気だなー。そんじゃ、いっちょ転んでもらおうかな」
セラムの言葉に笑いながら雑に間合いを詰めていく海斗だが、次の瞬間に身体が宙を舞っていた。
「――はっ?」
上体を起こした海斗は何が起こったかわからない様子。
離れて見ていても動きが素早過ぎてよくわからなかった。本人はもっと何が起こったかわからないだろうな。
「セラムさんすげー!」
「……セラム、かっこいい」
「さすがです」
鮮やかな一本にめぐる、アリス、ことりがパチパチと拍手を送る。
「ちょっと油断したかな?」
「カイト殿、本気できてもらって大丈夫だ」
「ああ、次はそうさせてもらうぜ!」
先ほどとは違い、しっかりと構えを取って間合いを測る海斗。
なんだか子供用プールとは思えない緊迫感。
昼時だけあって、俺たち以外に遊んでいる人がいないのが救いだな。
海斗はゆっくりと間合いを詰めて右手を伸ばすが、セラムが左手で腕を弾く。
すかさず海斗は足を踏み出して左手を伸ばす。
しかし、それはフェイントで弾かれた右手で死角外から回り込ませた。
が、セラムはそれすらも反応。海斗の右手を押して後ろ側に回ると、そのままプールに叩きつけた。
「ま、マジか……セラムちゃん、つええ」
「カイト殿も中々だったぞ」
ここまでやられると海斗もまぐれではないとわかったのだろう。
海斗が苦笑いしながら呟いた。
相手はガチものの女騎士、しかも実戦経験済みだ。
全国大会に行くほど柔道や空手を修めている海斗でも勝てるはずがなかった。
「セラムさん、すごくない!? おにぃ、あれでもかなり強いのに……」
「セラムさんは、あたしたちの師匠だからね!」
「チャンバラで三人がかりになっても一太刀も当たらないんです!」
「体術だけじゃなくて、剣道とかも強いってこと? なんかセラムさん、すごいんだね」
夏帆はセラムの身体能力の高さを知らなかったので驚いているようだ。
実際はそれらの競技とは異なる実戦技だろうが、すごいことに変わりはない。
「さて、次はジン殿だな?」
海斗を解放すると、セラムがこちらに歩み寄ってくる。
あっ、なんかこのパターン見たことあるな。具体的には秘密基地で遊んだチャンバラの時と同じだ。
動いたらやられる。だけど、動かなくとも一方的にやられる。
それだったら何か行動を起こした上で負ける方が何倍もマシだった。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺はなりふり構わずにセラムへと突っ込んでいった。
結果は言うまでもなく、プールに引き倒された。
●
「ジン、ちょっくら泳いでくるわ!」
子供用プールでのんびりと遊んでいると、海斗がそう言った。
とはいっても海斗が泳ぎたいと言うより、傍にいるめぐるとことりが泳ぎたいのだろう。
プールにやってきたもののセラムやアリスに配慮して、思いっきり泳ぐといった遊びはしていない。
遊び盛りの子供たちにとって、プールにやってきて泳がないというのは酷だろう。少しくらい泳ぎたくもなる。
「おう、こっちは大丈夫だから行ってこい」
手を挙げて返事をすると、海斗、めぐる、ことりは違うプールへと移動した。
「……ジン、カイトたちは?」
水に浸かってボーッとしていると、すぐにアリスがこちらにやってきた。
どうやらアスレチックから移動する海斗たちが見えていたらしい。
一緒に遊んでいたセラム、夏帆もアスレチックから降りてくる。
「泳ぎに行ったみたいだ」
「……そう」
海斗、めぐる、ことりたちと別行動になってしまうのが悲しいのだろう。
アリスがしょんぼりした顔になる。
「ねえ、もう一回ウォータースライダーに行かない?」
「いいな! 私も遊びたいぞ!」
寂しがっているアリスに気を遣って、夏帆とセラムが明るい声で提案する。
しかし、アリスは首を縦に振ることはなかった。
夏帆とセラムどうしたものかと悩む中、アリスはポツリと呟いた。
「……私も泳げるようになりたい」
「それは泳ぎの練習をしたいってことか?」
尋ねると、アリスがこくりと頷いた。
めぐると違って、自己主張をあまりしないアリスがここまでハッキリと希望を伝えることは珍しい。それだけ彼女にとって泳げるようになりたいという想いは強いのだろう。
「それじゃあ、あたしたちと一緒に練習しよっか」
「……いいの?」
「もちろん」
「ちょうどもう一人泳げない奴がいるみたいだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「うええっ!?」
先ほど、思いっきり引き倒された意趣返しも兼ねて提案すると、セラムがビクリと身を震わせた。
「いや、私は別に泳げなくても構わない。他に楽しい遊びはたくさんあるし……」
挙動不審な様子で呟くセラム。
ごにょごにょと呟いているが、ただやりたくない面倒事から逃げているだけに見える。
「……セラムも一緒に練習しよう? 泳ぐのは怖いけど、セラムが一緒だと心強い」
そんなセラムの腕を取り、見上げながら言うアリス。
その瞳には純粋に一緒にいて欲しいという想いが熱く宿っている。
「わ、わかった。私も一緒に練習しよう」
気が重そうにしていたセラムだが、アリスからの懇願を無下にはできないようだ。
やや力ないながらもセラムは頷いた。
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