浴衣
『Aランク冒険者のスローライフ』コミック6巻が発売しました。よろしくお願いします。
「ジン! 今日は夏祭りだぜ!」
天体観測から一週間後。ウキウキとした様子の海斗が家にやってきた。
「わかってるよ。わざわざそれを言いにきたのか?」
「おう! ジンは土壇場になって逃げるかもしれねえからな」
ちゃんと一週間前に約束したんだ。別に当日になったり逃げたりはしないのだが。
「ところで、セラムさんは?」
「実里さんのところでお菓子でも食ってるんだろう」
朝と昼の仕事を終えると、実里さんの家に遊びに行くと出ていったキリだ。
「そろそろ呼び戻した方が良くないか? 女の子は色々と準備に時間がかかるもんだぜ?」
セラムは化粧もしないし、衣服選びに迷うこともないので準備に手間取ることはない。
が、夏祭りが初めてなセラムのために事前に説明はしておきたい。早めに帰らせて準備させるのがいいだろう。
「それもそうだな。迎えに行くか」
「俺も暇だから行くぜー」
海斗と共に家を出て、実里さんの家に向かう。
敷地に入ると、縁側で実里さんと談笑をしながら和菓子を食べているセラムがいた。
「あら、二人ともいらっしゃい」
俺と海斗を出迎えてくれる、実里さんに会釈をしながら歩いていく。
「おお? なんだかカイト殿の服装がいつもと違うぞ?」
「なんていったって今日は夏祭りだからな! ビシッと決めていかねえと!」
いつもはラフなカッターシャツに短パンだが、今日は夏祭りということもあってか黒の浴衣を身に纏っていた。
プリン頭と相まって、少し厳つい雰囲気があるが妙に似合っている。
「しかし、ジン殿はいつもと変わらないぞ?」
「そもそも浴衣なんて持ってないからな」
単にわざわざ着るのが面倒くさいというのもある。
「だったら、茂さんの浴衣があるから着ていきな」
「えっ? いや、別に俺は浴衣なんて着なくても……」
「セラムちゃんには私のお古の浴衣を貸してあげる。きっとセラムちゃんならとても似合うはずだよ」
「おお! 浴衣とやらは私も着れるのか?」
「ああ」
「ぜひ頼む!」
俺が遠慮しようとするが、実里さんは聞く耳を持たずにセラムと一緒に奥の部屋に引っ込んだ。
どうやら俺とセラムが浴衣を着て、夏祭りに行くのは決定らしい。
「ジン君、これ僕の浴衣ね」
実里さんと入れ替わるようにして縁側にやってきた茂さんが浴衣を持ってくる。
……諦めて着て行けという茂さんの意思を感じた。
「なっ? 早めに迎えにきて正解だろ?」
何となく海斗にはこんな展開になるのが読めていたのかもしれない。
俺は諦観の息を吐いて、茂さんの持ってきた浴衣を着ることにした。
「うんうん、サイズは問題ないみたいだね」
「ジンの枯れた雰囲気と浴衣の相性が絶妙だな!」
俺の纏った浴衣を見て、茂さんが満足げに頷いた。
げらげらと笑っていた海斗には拳骨を落として黙らせた。
麻素材でできた上品な紺の浴衣だ。風合いもとても上品で、肌に触れたときにヒンヤリとするのが心地いい。風通しも実に良く、とても快適だった。
「思っていたよりもいいですね」
「でしょう? この時期だと家では作務衣や甚平なんかを普段着にするのもおすすめだよ。涼しくて安いし」
面倒くさがって敬遠していたが、これはこれで悪くないな。
茂さんがおすすめするように作務衣とか甚平のような気楽なものなら、夏の普段着のレパートリーに入れるのも検討してもいい。
「あとはセラムだな」
「あっちの方はもうちょっと時間がかかるかもね。実里が張り切ってるから」
奥の部屋ではどのような着付けが行われているか知らないが、男性の浴衣よりも女性の浴衣の方が大変なのは知っている。男のようにすぐに準備完了とはいかないか。
「そんじゃ俺は先に子供たちを集めてくるわ」
「ああ」
夏祭りにはめぐる、ことり、アリスも同行する予定だ。
海斗の駄菓子屋で集合らしいので、子供たちをここに連れてきてくれるのだろう。
海斗がいなくなって三十分ほど経過すると、遂にセラムが姿を現した。
白の生地に紺色のアサガオの花や葉、蔓などがあしらわれている。帯は黒で留められており、清楚ながらも大人っぽい雰囲気へと仕上がっていた。
いつもは下ろしている金髪は、浴衣結びと言われる結び方にされており、ほっそりとした白い首筋を惜しげもなく晒している。
普段一緒にいるセラムとのあまりの違いように驚かざるを得ない。
「……ジン殿?」
呆然としていたがセラムの不安そうな眼差しと声で我に返った。
「あ、ああ。すまん。いつもと雰囲気が違うから驚いた。似合ってるぞ」
「……そ、そうか」
照れくさそうに俯くセラム。
そんな彼女の姿を見て、妙に動悸が早くなる自分がいた。
柄にもなく恋人のような雰囲気になっており変な気分だった。
「うんうん、さすがはセラムちゃんだね。昔の私のように綺麗だよ。ねえ、茂さん?」
「ああ、昔の実里ちゃんを思い出すよ」
セラムの浴衣姿を見て、恍惚とした表情を浮かべる実里さん、懐かしむような顔をする茂さん。
実里さんの若い頃がどのようなものか知らないので、何とも言えないがきっと若い頃は楚々としたこの着物が似合う素敵な女性だったに違いない。
「ジン殿の浴衣も似合っているぞ。より落ち着いた大人の雰囲気を感じる」
「海斗には枯れた雰囲気って言われたけどな」
「ああー、なるほど」
そこに納得するのか。海斗やセラムの俺に対するイメージが気になるところだ。
「初々しい二人の反応が見られて満足だけど、そろそろ合流して向かった方がいいんじゃないかい?」
茂さんに言われて、時刻が十五時を過ぎていることに気づく。
夏祭りの開始は十六時から。ここから合流して、近くの町にまで出ることを考えると、そろそろ出発しないといけない頃合いだ。
「そうですね。では、そろそろ行こうと思います。茂さん、浴衣ありがとうございます」
「ミノリ殿もありがとう。浴衣の着付けだけでなく、こんな風に化粧までして綺麗にもらって……まるで自分じゃないかのようだ!」
「二人とも夏祭りを楽しんでおいで」
「気を付けていくんだよ」
茂さんと実里さんに礼を言うと、俺とセラムは集合場所である海斗の駄菓子屋に向かう。
コンクリートの上をカツカツと下駄が踏みしめる音が鳴っていた。
「わっとと!」
「大丈夫か?」
後ろを歩いていたセラムがつんのめったので、手を差し伸べて身体を支えてやる。
「すまない、ジン殿。この下駄という履き物になれなくてな……」
「いつもの服や靴に比べると歩きづらいからだろうから、ゆっくりと歩いていこう」
こっちは歩きやすいものだから、いつものように歩いてしまった。
配慮が足りなかったな。
「ありがとう、ジン殿。だが、目の前に夏祭りが迫っているとなると、気が逸ってしまうのだ」
「そこは我慢してくれ」
意図して歩くペースを抑えるが、セラムがせかせかと歩いていく。
まったく、浴衣を着て化粧をして別人のようになってもセラムはセラムだな。
綺麗になっても変わりないセラムの様子を見て、俺は安堵の笑みを漏らした。
早く歩こうとするセラムを諫めながら進んでいくと、合流地点である海斗の駄菓子屋にやってきた。
そこには海斗だけでなく、めぐる、ことり、アリスの三人が集まっていた。
「うわあああ! セラムさん、めっちゃ綺麗じゃん! 半端ねえ!」
「いつも綺麗だと思っていましたが、今日はいつも以上綺麗です!」
「……美人」
「そ、そうか? ありがとう」
セラムの浴衣姿を見るなり、子供たちが寄ってきて騒ぎ出す。
口々に褒められてセラムも嬉しそうだ。
こうやって普通に女の子同士ではしゃいでいる姿を見ると、とても異世界からやってきた女騎士には見えないな。
「……しい」
そんな様子を眺めていると、傍で突っ立っている海斗が何かを呟いた。
「ん? なんか言ったか海斗?」
「羨ましい! なんでジンにはこんな綺麗な嫁さんがいて、俺には彼女もいないんだ!」
問いかけると、海斗が突然俺の肩を掴んで血涙を流さんばかりに訴えた。
それは独身男性の魂の慟哭だった。
いや、そんなことを俺に言われてもなあ。嫁というのは建前でしかないので、実際は俺も海斗と変わらない独身なのだ。偉そうに何も言うことはできない。
精々が無難な慰めをかけるくらいだった。
「海斗にもいつかいい出会いがあるさ」
「いつかって、いつだよおぉぉ……」
普段は家で動画編集、副業兼、趣味として田舎で駄菓子屋経営。
そもそもの活動範囲が狭すぎるので、異性との出会いがないのが大きな原因だろうな。
「出会いがないなら作ればいいんじゃない?」
「そうですよ! 夏祭りにはたくさんの人が集まりますから、そこで出会いだってあるかもしれません」
「……自分から動くべし」
「そ、そうか! 夏祭りといえば、定番の出会いイベントだもんな! よし、祭り会場でいい感じの女性と巡り会ってみせるぜ!」
嘆いていた海斗だが、子供たちのフォローで立ち直ったみたいだ。
海斗が恋人を見つけられるかは不明だが、彼の健闘を祈ることにしよう。
「んじゃ、そろそろ向かうかー。海斗、今日も車を出せるか?」
「すまん。今日は親が車を使っててねえんだ」
すまなさそうに言う海斗。
確かにいつもはあるはずの車が駐車場にはなかった。
「なら、電車で向かうか」
「だな!」
うちにある軽トラは二人しか乗れないので論外。
車で行けないのであれば、電車で向かうしかない。
バスはかなり本数が限られているので、電車の方がまだ向かいやすいからな。
そんなわけで俺たちは最寄りの駅まで移動することにした。




