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機械仕掛けの悪魔 -Ghost_Writer-  作者: 赤魂緋鯉
エンペラー・キーパー
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第3話

 数年前。


 〝ERROR〟という赤い文字に埋め尽くされた、全天球モニター後部が開き、その中央部にある戦闘機のそれの様な座席に座る少女を背後から照らす。


「――よもや、『内裏』を陥落させかけた者の正体が、我と変わらぬ小娘とはな。その上、電脳化すらせずにとは恐れ入る」


 そのハッチを開いたのは、桜の花紋が背中に付いた、紅い羽織を白い着物の上に羽織り、紺色の袴を穿いた姿で仁王立ちしている少女――『女帝』で、


「変わらない? 冗談にしては面白くは――えっ」


 圧があるその声の低さの割に、あまり身長も高くない上に体格も華奢そのものだった。


「驚いたか? 貴殿の知る我はまやかしでな。この見てくれでは畏れなど――」

「――そんなことより、ここに閉じこもっていた間にロクジョウはどうなった」


 自身を見て思った通りに驚く少女に、『女帝』は会心の笑みを浮かべたが、少女は座席から立ち上がって話の腰を折りつつ『女帝』に訊く。


 『女帝』はアイーダとの一件の後、当時の『七貴族』の一角である、第6席・ロクジョウ公爵から謀反を起こされ、『内裏』のシステムへの大規模クラッキングを受けた。


 一時、防衛が後手に回る程の圧のそれにより、ダミーの電脳による6層の自動攻性防壁を破られたものの、その間に『女帝』が直接ハッキングを仕掛ける。


 その結果、ロクジョウ側のシステムを数分であっさり掌握し、攻撃に参加したロクジョウ一族郎党の電脳をハックし、無抵抗で全員を警備ロボットに確保させた。


 もぬけの殻となったロクジョウの邸宅に、真正面から乗り込んだ『女帝』は、反撃の際、とっさにオフラインにして閉じこもった相手――少女の元に直接出向いていた。


「義理立てするか。貴殿を部品の様に扱う外道に」

「単に状況確認がしたいだけだ。あなたがロクジョウ(かのじょ)らの目を盗んでいるのか、それとも拘束しているのか。――あるいは殺しているのか」

「悲しい、とかはないのか?」

「ない。感情のパフォーマンスは求められていない」

「なるほど、奴の()()はそこまでもか……」


 本当にただ淡々とそう言う少女に、『女帝』はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。


「それで、ロクジョウはどうなった?」

「まあ待て」

「どうなった?」

「やれやれ、せっかちな事だ。――奴は『奈落ならく』送りになった」

「そういう婉曲えんきよくな言い方はいい。つまり後々殺す、と?」

「たわけ。〝殺す〟などと簡単に言うものではないぞ」


 そして軽々しく他人の電脳を焼こうとするな、と『女帝』は片手間で少女のクラッキングを地獄の鬼軍団(こうせいぼうへき)であしらってその動きを封じ、ツカツカと歩み寄って額にデコピンを入れる。


「――これは、痛い……?」

「……いや、我の貧弱な筋力で泣くほど痛いわけなかろう」


 その瞬間、少女は電気が奔った様に震え、額を抑える事もせずに見開いた目から涙をこぼし始めた。


「痛い……っ」

「ああいやっ、我が悪かったっ。そうだな、ずっと生身で他人とふれあう機会すら無かったからなっ。初めては驚いて当然だなっ」


 全くの真顔のままで、子どものように泣き出した少女に、これはどうも嘘泣きではないな、と『女帝』は察し、冷や汗を大量にかきながら激しく瞬きし、早口で少女をなだめにかかる。


 だが、『女帝』の手が動く度に、少女はビクビクと身を縮こまらせて怯え、さらに涙の量が増えてしまった。


「な……、なんでこんな状態に……? 何らかの洗脳でも仕込んだのか……? 脳機能に異常は無いはず……」


 完全に初めての感情というものを感じた少女は、ギクシャクした動きで掌に落ちた涙を呆然と見つめる。


「それはっ、そういうものではなくだなっ! 人間というものというかっ、動物もそうだがっ、基本的に何かしらの苦痛に拒絶反応を示すものであって……、だなっ」


 一方、泣く子の世話など生まれてこの方やったことが無い『女帝』は、怖がらせない様に手を後ろに隠し、額に汗して必死に言葉を探る様に言う。


 だがそれに効果はなく、少女の呼吸にひどい嗚咽おえつが混じり始めた。


「ええいっ、なんだこれはっ! とりあえず息を大きく吸って吐くのだっ。そら、吸ってーっ、吐いてーっ――」


 ひとまず場の大混乱を収めるため、『女帝』は身振りを交えてそう指示し、何回かの後自分も少女と一緒に深呼吸を繰り返した。


「で、我らは何の話をしていたんだったか」

「……」


 とりあえず落ち着きを取り戻しはしたが、色々間に挟まりすぎたせいで、両方とも話が遭難そうなんしてしまっていた。


「――あっ、具体的にロクジョウ達はどうなった?」

「それだそれだ。まあ、簡単に言うと『内裏』の地下で強制労働である」

「えっ」

謀反むほん人に対して甘いと思うか? では我が身で想像してみるのだ。ひとまず滅多めつたに死なない環境下で、天寿で死ぬまで延々と退屈な労働をする事は、果たして死ぬよりも良いだろうか?」


 人差し指を1本立てて、思考実験の講義の様に訊く『女帝』だが、その瞳が一瞬後ろめたそうに下へと向けられた。


「……分からない」

「それはそうだ。貴殿はまだ人というモノを知らなさすぎる」


 しばらく考えた少女は、データとしては理解していたが、自分の身となると比較対象が存在しないため答えは出なかった。


「というわけだ。これから我の傍で嫌というほど人を知ってもらう事になる」

「……『奈落』送りじゃないの?」

「貴殿ほどの逸材にカビを生やすほど、我は愚かではないからな」


 フッと微笑んだ『女帝』は、金糸で刺繍された、自身の家紋である桜の紋章が付いた羽織を脱ぐと、ウエットスーツの様な服装をした少女に羽織らせた。


「……分からない。私のような人間兵器を使い捨てにする、ロクジョウに罰を与える事に罪悪感を持ったり、冷酷非道と言いながらこうやって慈悲を与えたり……」


 言ってることとやってることが常に矛盾する『女帝』へ、貰った羽織からの温もりを心に感じている少女は、困惑しながら弱々しくかぶりを振って訊ねる。


「――本当は、私が暴君のフリなんかしなくてもいい国が、一番良いって分かってるんだけれどね……」


 彼女に背を向けると、いつも厳めしく寄せられている眉間の力が抜けた、年相応かつ穏やかな顔と声になって、『女帝』を演じる華奢な少女はつぶやくように言う。


「……?」

「つまり、力が無ければ、慈悲を与えることすらままならない、という事だ」


 再び向き直った『女帝』は、うんざりした様子でため息交じりに言った後、


「まあ、無かろうとも与えようとする異常なやつもいたが」


 と、懐から出した扇子を開いて、困った様な、それでいて愉快そうな笑みが浮かぶ顔を隠しつつ『女帝』は続けた。


「……その人は友達、というものか?」

「馬鹿な事を言うな。アレは単なる特級の危険分子だっただけだ」

「さっきから過去形だが、死んだのか?」

「行方がつかめなくなってもうしばらく経つ。この電脳社会でそこまで検知されないということは、その可能性が高いだろう」


 『奈落』で飼い殺しにしたいと思っていたのだがな、と言う『女帝』だが、その苦痛に歪んだ様な表情からは、強い後悔がにじみ出ている事を隠せていなかった。


「彼奴の話は良いだろう。さて帰るぞ」

「帰る、とは?」

「我が城たる『御所』だ。言うまでのことでもなかろう」


 それを振り払う様にかぶりを振った『女帝』は、パチン、と扇子を閉じてそう言い、戸惑う少女の手を取って歩き出した。


「ぬわッ」


 だが、少女の方が体重が重いせいで、『女帝』は逆に引っ張られた反動で尻餅をついた。


「……。な、何をぼさっとしているっ。キビキビ歩けっ」


 『女帝』は耳の縁まで真っ赤にしながら立ち上がり、今度は踏ん張りつつ少女の手を引いた。


「……?」


 ちょっと前につんのめりながら歩く少女は、その光景を見て持ち上がった口の端をもう片方の手で不思議そうにペタペタ触っていた。



                    *



「そこからが大変でな。まず名前を考える所から始まり、まともな感情表現を――」

「帝様っ」

「良いでは無いか。成長記録というのは振り返ってこそ意味があるのだから」

「後生ですから、そこから先はどうかご勘弁を……っ」


 全てを語り終えた『女帝』が、表情を緩ませながら遠い目をして続けようとしたが、顔を赤らめ土下座してまでサクナが頼み込んできたので、『女帝』はコノハに断りを入れて残念そうに止めた。


「それにしても、陛下って結構抜けている部分がおありなんですね?」

「――サクナ。此奴の色のネガポジを反転させようと思うのだが」


 『女帝』のポンコツな部分を、コノハが微笑ましげな顔で不用意に指摘したため、『女帝』は眉間に深いしわを寄せてドスの利いた声でサクナへ訊く。


「もっ、もももも、申し訳ございませんっ。どうか削除だけはっ」

「まあまあ。大人げないですよ」

「ええい、我はまだ成人していないぞっ」

「スケジュール押し気味なのでお食事の後にして下さい」

「お、面白がってないで止めて下さいよぉ……」


 1フレームで土下座し、顔色を真っ青にして命乞いをするコノハへ、照れ隠しでブチ切れる『女帝』に、サクナは飄々とした微笑みを浮かべつつそう言った。

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