第6話
「むむ……」
「おーい。アタシだけ行っても意味ねえだろ」
「はーい……」
「……」
「お前も一応監視係だろ。おら、さっさと動く」
「ああ……」
一方、撫でられ側のナビとカガミは、まだ物足りなさそうにその場から動かなかったが、振り返ったアイーダに手招きされて仕方なく移動開始した。
「隊長さんよ。カガミの感情が育つのは良いたぁ思うが、仕事に支障出てねえか?」
ものすごく渋々付いてくるカガミを見遣り、アイーダは出会った頃よりは遙かに感情豊かになった彼女に目を細めつつ、電脳通信でツルギに訊く。
「まあ言えば言うこと利くから私の胃が痛いだけね。まあ、とうの昔から胃はついてないんだけれど」
「……笑って良いのか困るジョーク飛ばすんじゃねえよ」
わざとらしくアバターの肩をすくめながら、持ちネタをかまして来るツルギに、アイーダは困惑に眉を曲げてそう言った。
「――本当に戦闘マシーンみたいな子だったのに、あそこまで感情豊かにしてしまうなんて、あなたは魔法使いみたいね」
「言い得て妙ですね! 確かにアイーダさんには人をつなげる魔法をパッシブで放っているようなお方ですから!」
「……これ、個人間通信のはずなんだけれどね」
「まあそういうこともあるってこった」
「あるあるなのですビスマス」
「韻踏むな」
現実で濡れた犬みたいな顔をしているカガミを見やったツルギは、当たり前のように高セキュリティを無視して乱入してきたナビに、ギョッとして細めていた目を少し開いた。
「そういえば、なんでカガミさんは天窓割って入ってきたんです? 外から入れる点検用の通路あるじゃないですか」
〝サブマリナー〟のシステム集積端末コンテナの前に着く直前に、公安局員の手によってブルーシートで覆われた天窓を指しつつナビが単純に訊く。
「……いやその。急いでいたから、な……」
ドンドンうつむき加減になりつつ、申し訳なさそうに歯切れ悪くカガミは答える。
「急ぐとかいう次元じゃなかったのよこの子。普通に陽動の突入直後に降下するはずだったのに、〝眼〟を盗んだらサカイダさんが暴行されていた様子が見えてね」
「で、勝手に飛んでからの、蹴りで窓たたき割ってご登場、ってな辺りか?」
「そう。本当にサカイダさんが絡むと前しか見ないんだもの」
アイーダの説に頷いて肯定し、頭痛でもしているかのように顔をしかめたツルギに突かれ、カガミはさらにその巨躯を縮こまらせて小さくなっていた。
あんまりにもしおしおなカガミを見かねて、その背中を軽く叩いてフォローしたアイーダは、
「まあ、アタシは助かったけどあんまり無茶して困らせんじゃねえの」
「あ、ああ……」
「で、ナビじゃなけりゃ手に余るんだな。こいつが」
「ご明察」
管理者権限すら受け付けなくなり、打つ手がなく頭を抱えたりかぶりを振る職員スタッフを確認して、わざわざ持ってきていた、何も入っていないパイプの吸い口で端末を指してそう言った。
「だそうだ。やってくれ」
捜査協力者扱いのこの会場担当エンジニアから、管理者権限を行使する許可を貰ってから、カガミの目配せを受けたアイーダはナビへ指示する。
「はいはい、お任せくださいなのです。……あーなるほど。ここをちょいちょいと戻していじって、機材トラブルによる強制ログアウト処理でおしまーい」
人の眼で追えない速度で、慌ただしくウィンドウが表示されて消えてを繰り返し、エラーコードを吐いた直後、かなり軽い調子でナビがそう言うと同時に、残りの99人が一斉に現実世界へと戻ってきた。
「で、この行程を再現するウィ――データをわーっと撒いて完了なのです」
「今、ウィルスと……」
「ええい、本当にカガミさんはこまかーいです――あれ?」
ぬふふ、と得意げに他の会場の端末を監視していたナビは、
「どした」
「ほんの一瞬の間にコードが書き換えられて弾かれたのです」
データによって先ほどのナビが行ったのと同じ行程を踏んだにも関わらず、命令が無効にされてしまい目を丸くする。
「あ、逆ハッキングはされない様にしてありますんでご安心ください」
周りの一般公安局員の血の気が引いていったが、ナビは至って落ち着き払ってそう言い、その変更部分を解析し始める。
「どういうこった。プログラマーが常時張り付いてリアルタイムで更新してんのか?」
近くで見ていた担当エンジニアは、今回そのような運営方式ではない、とアイーダの問いにやや緊張した面持ちで答えた。
「ちょっとアクセスログ見たんですけど、これ外部からシステムを操作されてますね」
「! ……ああいや、権限があるんだったな……」
「んもー! そんなに信用ないんです?」
「ない、な」
「まあ勝手にセキュリティ飛び越えてくるものね」
「ないだろ」
「ぬあーん、アイーダさんまでぇ。ナビちゃんは悲しいです……」
「すっとぼけた事言ってねえで作業に集中しろ」
顔を覆って泣き真似をしたナビだったが、アイーダからすら冷たくそう言われ、スン、と気落ちした顔で解析を終わらせ、弾かれたそれと同じ挙動を起こすデータを送信した。
「……なぬ? また弾かれました」
「おいおい」
しかし、先ほどと全く同じように無効にされ、ナビの眉間に深いしわが刻まれる。
「このナビちゃんに2度も苦汁を舐めさせるとは良い度胸です。手数で押し切ってやりますよ……!」
「ちょっとまて。なんか下手にいじくり回すと悪影響あんじゃねえか?」
面白くなって来やがりました、とほくそ笑みつつ解析とデータ生成をごり押しで行う準備をしていたナビを止めたアイーダは、その辺にいた医療スタッフの公安局員の男へ訊く。
その可能性については、現場責任者のその男も考えていたため、すでに統括指揮官の0課長に許可を貰って、全員の脳波を監視出来るようにしていた。
「それでいつから計測できそうなの? ――あ、今からね」
ツルギが小さく首を傾げて男へ訊ねると、待ってましたとばかりに自身のホロモニターへ、全員の脳波の数値グラフを一画面に収めた物をリアルタイムで表示させた。
「じゃあ、心置きなく――」
「もう1回ちょっとまて」
「何なんですかぁーっ!?」
両手の指関節をゴキゴキ鳴らすマネをしたナビは、またもアイーダによって止められたため、頬を膨らませてアイーダへ抗議した。
「いや、この波ってこんな揃ってるもんなんだっけか、って思ってな」
アイーダがモニターを指しつつナビに訊いてきて、実際に見ると、細かい数字まで大半のプレーヤーの脳波が同じ数字を指していた。
「あっ、ですね……?」
「主任。これは一体どういうこと、だろうか?」
「私に訊かれても専門外よ」
医療スタッフの男も含めて、その場の全員が明らかに異常事態ではある程度しか分からずに困惑の声を挙げていると、
「――シナリオ・ダイバーズ……」
腕を組んだ状態で空のパイプを癖でくわえていたアイーダは、ピクリ、と動いて、盗聴していた際に聴いた、明らかに人間のそれではない声を思い出してつぶやいた。




