第3話
いつもの鹿撃ち帽他、どこぞの名探偵めいた服装のアイーダは、白のライダースーツっぽい服装をしたナビを連れて、酩酊通り南の正門から出て左にある電気街へと向かう。
「今回は乗り換え無くて良かったですね」
「徒歩であったら逆にレアだしな」
「この場合、靴が変わったら乗り換えになるんですかね?」
「定義しようとすりゃそうなるか」
「まあでもヒールとかじゃないと起きなさそうですよねえ」
「そんな壊れかけの靴とか見りゃ分か――」
隣を歩くナビに歩幅を合わせて、まったりと適当な会話をしていたアイーダの靴底が、
「ら、らない事もありますよ……」
両方ともベロッと剥がれて一歩前の位置に足跡マークを残した。
「安物買うもんじゃねえな……」
しばし無言でそれを振り返ってみていたアイーダは、周辺をチラチラ見やりつつそれを回収し、渋い顔を耳まで真っ赤にしてため息を吐いた。
「変な意地張らずに、靴ぐらいカガミさんに買って貰っても良いんじゃないです?」
「折半ぐらいはまあそうだな……。というか今どうすっかだけど……」
「とりあえず接着剤ならその辺のお店にありますからそれで行きますか」
「だな……。なんか今日ついてねえなぁ……」
「まあ気にしない方がいいと思うのです」
すぐ近くに工具店があり、ちょうど瞬間接着剤が安売りになっていたため、迷わず購入してくっつけるとやや早足で会場の商用ビルへと向かった。
地上4階地下5階建てのそれは電気街の地下鉄駅周辺を再開発する際に建造されたものだ。
だが、行政が使用料を高く設定しすぎているせいでホールの稼働率もテナントの入居率も悪く、周辺住民からは最新鋭の廃墟呼ばわりされている。
「なんか、やけに警備員が重装備じゃねえか?」
会場に上がる前の通路から、人1人がほぼ隠れるような金属防護盾を持った警備員が、チラホラと見かけていたアイーダは、電脳通信でナビに言う。
「こういうイベントって、業界のイメージを損ねようとする輩が来たりするんでその対応ですかね?」
「それは知ってる。にしたってあんなクソでかい盾つかうかって話」
「警備の予算が全体の4割も掛かってるんで、質も重視かもです」
しれっとシアワセ・ゲームス社にクラッキングして、ナビが予算割を覗いてきた事に関してはスルーしつつ、まあそういうこともあるか、と納得してアイーダは大ホールに足を踏み入れる。
建物の4階と3階をぶち抜く大ホールが会場になっていて、中央の偏光ガラスドームの下に小ぶりの鉄道用コンテナの様なメタリックな箱がずらりと10×10の並びで100個ほど設置されていた。
それぞれの天面にケーブルが2本接続されたそれは、10個を1列として繋がれていて、さらにその元は広いホールの奥にある、船舶用コンテナサイズの箱に集約されていた。
「こりゃ何に使うんだ?」
アイーダはいつもの癖で、上から下から隅々まで覗き込んで確認し、そろいの蛍光オレンジティーシャツを着たスタッフから、やや不審そうに見られつつ電脳通信でナビに訊く。
「これですね」
「あー、この操作者保護システム〝サブマリナー〟ってやつか」
「曰く、ゲーム中に洪水に飲まれようと地震に見舞われようと、なんなら火事になっても1日は耐えうるとか」
「……これ販売してるって、そこまでしてゲームしたいヤツいるのか? オーダー品だからクソ高えし」
ナビから会社の通販ページを見せられ、その説明をされたアイーダは、高級車種の大型二輪が3台ぐらい買える値段を見てあんぐりした。
「まあ物好きの方はどこにでもいらっしゃいますし……」
「アタシに執着しまくる物好きなお前が言うと説得力あるな」
「私がアイーダさんをいっぱいちゅきなのは、私がそうだからなんてことありません! だってアイーダさんは万人から愛されるお方ですので!」
「まーた過大評価しやがってからに」
事実ですのにー、とナビがむくれていると、フロア中央付近に大きなホログラムスクリーンが現れ、シアワセ・ゲームス社が翌年に発売するフルダイブVRシステム〝RーDIVER〟の紹介映像が流れ始めた。
このシステムは電脳通信のそれを拡張するもので、操作感覚自体はまるっきり同じであり、慣れるまでの期間がほぼ存在せずに、リアルなもう一つの世界へ旅立てる、といった事を派手な演出や実際の映像と共に説明していた。
なお、この音声が会場の設定ミスでライブハウス並にかなりやかましかったため、アイーダは終わるまでしかめっ面で耳を塞いでいた。
「マジでなんなんだ今日はよぉ……」
「まー、3回不運が起きたんでこれ以上はないはずなのです」
「迷信以外のなにもんでもねえんだよな……」
「気休めでもないよりはマシですよー」
音響ミスの謝罪がアナウンスで入った後、係員の指示の下、アイーダはナビに励まされながら油圧式の〝サブマリナー〟のハッチを開けて中に入る。
入って左側にあるのは、電脳から送られてくるバイタルを検知して気温を管理できるポッドで、その中はセンサーで体圧を検知して最適な硬さに変化して、姿勢を維持することができるチェアになっている。
奥には内外の汚水を処理して飲み水や酸素を供給するシステムや、漂流時に1週間分のクッキーバーを完全栄養食が濃縮された液体から印刷できる、開発されたばかりの食品用3Dプリンターが付いている、天井高の壁面収納のような装置がある。
右側にあるのは3人がけのベンチと見せかけて、蓋を開けると右から潜水艦の様なトイレ、簡易焼却装置を備えたゴミ箱、奥の装置に繋がる処理装置のメンテナンスハッチが着いていた。
「まー驚きのお値段するだけはあるってもんだ。浮いてるみてえな感じすんぞこれ」
ポッドの中に座って、手元にホログラムで表示された説明書を読んだアイーダは、無駄に豪華な装備の数々を見回し、目を丸くしてでベンチに座っているナビへ言う。
「ですねー。なんでこんな核シェルターみたいにしてるのかは謎オブ謎ですが」
眉を寄せて首をかしげてそう返したナビは、お早いお帰りを、と軽く手を挙げてアイーダへ言った。
正しく装置を頭に被りうなじのインプラントに接続すると、アイーダの意識はゲームのマップ内に移ってベータテストが始まった。




