第3話
「〝この先は自分の目で確かめよう!〟でいいのでは?」
「児童誌の攻略情報じゃねえんだから」
「じゃあ〝42〟とか」
「煙に巻こうとするな」
「そうは言いますが、私に相談されても、性質上それっぽいことをはじき出せるだけなので、それだと不誠実な答えになってしまいますが」
「だよなあ」
それは分かっていて訊いたアイーダは、電脳空間でため息を吐いた。
「なので、そのくらいならカガミさんに気付かせるテイの方が、アイーダさんの株も上がると思うのです」
「だって見ろよ。アタシが答えを持ってる、って信じて疑わないあの顔」
ナビがちらっと後ろを見ると、カガミはアイーダの後頭部へ、信頼に溢れた純真でキラキラな眼差しを向けていた。
「あー……」
「アレ見てっと、スパッと悩みを払ってやりたいってなるだろ?」
「ですね……」
アイーダの方に突っこんできた窃盗犯へ、ノールックで水平チョップを喰らわせてノックアウトしたカガミから正面に視線を戻し、ナビは深く頷いた。
「まずアイーダさんが、人間っぽいな、って思う事から見付けていきますか」
「お前」
「ナビちゃんから見いだされるのは大変嬉しいですが、本当にぽいだけじゃだめだと思うのです」
「ぽいなあ……。クソヒモ男に引っかかって金庫ドロやる娘とか、浪費癖の女に引っかかって散財する兄貴とか?」
「ええ、なんですかその極端な例は……」
「仕方無えだろ。そういう話ばっか相談されっから」
「あー」
眉間に深くシワを寄せてアイーダからひねり出されたものに、若干困惑したが、そう言われてみれば中央値の端っこみたいなのと行き合ってばかりだったので、ナビは生意気な口を利いた事を謝った。
「他にはどうなのです? 案外良い感じの例があったりするかもですし」
「じゃ、根っこは善人の癖に悪役でいる義務を勝手に背負ってるバカヤローとか」
「その方、人生がスパゲティコードの極みみたいなこんがらがり方してません?」
「だよなぁ。じゃ、仕事相手なのに人生を平気で投げ出そうとするマネージャー」
「あのう……」
「分かってっから……」
とりあえずさらに2例ほど挙げてみたが、両方外れ値にも程があることに、アイーダは前者の段階から気付いてどんどん顔が渋くなった。
途中、酩酊通り(ドランクストリート)北門の道路をはさんで反対側の角にあるコンビニに寄って、ケージをカガミに持たせてアイーダはトイレに入る。
「畜生何が探偵だ。若モンの青い悩みすら満足に解決出来やしねえ……っ」
「ナビちゃん、アイーダさんのそういう熱血要素大好きですよ」
現実世界でアイーダは頭を抱え、ワシャワシャとかきむしりながら、繋ぎっぱなしの電脳通信でナビへ嘆いた。
「あっ、お手洗いで考えられます?」
「迷惑になんだろ。普通に花摘みだよ」
スッと冷静になったアイーダは、一旦切るぞ、と言ってナビとオフラインになった。
「……」
「カガミさん、アイーダさんは赤ちゃんではないですよ?」
自動ドアの脇に立つカガミは、横目でアイーダの入って行ったトイレを見ていて、ナビはそれを下からジト目で見上げて窘める。
「いや、トイレで突然、ということもあるにはあるから……」
「健康状態は私が逐一確認していますので心配ご無用なのです」
要らない心配をしているカガミに、ナビは心底呆れた様子でため息を吐いて、今朝のバイタルなどのデータを見せた。
「そんな事よりですね。カガミさん的にはなんかボンヤリこうなんじゃないか、っていう感じはあるんです?」
「いや……。本当に全く……。もしかして、気にしている方がおかしいんだろうか……?」
アイーダさんはそういう低次元な悩みは持っていないだろうし、とカガミはどんより俯いて言う。
「そんなことは無いんじゃないですかねぇ」
実際、今あなたのために絶賛悩んでらっしゃいますが、とナビは言いそうになったが、面倒くさそうにそう言うに留める。
「それにしても5分は経つが……」
「人間の女性は時間かかるものなんですよ。我々のコンポスト炉みたいに、排出弁を捻れば終わりじゃないのです」
「なるほど、そういうものか……」
「はい。これ学生なら低学年から習う事なんですけどね」
「……哲学の前に生物学から学ぶ必要があったか」
両手にケージと捕獲器をそれぞれ持ちつつも、カガミは腕組みをして難しそうに構える。
「そんな厳めしい顔してたらお客さん逃げますよ」
「はっ」
考え込んでいると表情が乏しいせいで、カガミは睨んでいるようになってしまい、彼女が周囲を確認すると、その視線に通りかかる人々がたじろぐ様子が見て取れた。
「端っこの方にいましょう」
「そうだな……。何かあったら最短距離でアイーダさんを助けに向かえる」
「誤発進系車型ミサイルじゃないんですから」
正面から見て左にあるトイレの入り口近くの窓際へ、1人と1体は移動しようとした。
「む、なんだ今のは?」
するとカガミに目もくれず、妙に目尻が刺々しいパワードスーツを着た中年の女が、地面を踏み割らんとばかりの足取りで、箱型リュックの大荷物を背負って店の中へと突入していった。
「デリバリー代行ですかね」
「コンビニには流石にないんじゃ……」
しばし唖然としていたが、不思議そうに顔を見合わせたナビとカガミは、そそくさと移動を開始した。
「……おや?」
「どうされまし――って何やってるんですかこの人……」
カガミがまたトイレの前を確認すると、先程の女が床に荷物を置いて中から一回り小さな、とはいえひと抱えほどの金属箱をとりだしたところだった。
「あれは……、通路用即席バリケード構築装置だな」
それを見てカガミがすぐに正体を見抜くと同時に、女は中から拡声器を出してトイレ前の通路へと入っていった。
「お、お客様困りますっ」
それを防犯カメラで見ていた店長が、レジ後ろのスタッフ専用扉から飛び出してきて、様子のおかしい2人を止めようとするが、
「シャーラーッブッ!」
「店長!」
耳元で拡声器を最大音量で使われたせいで失神した。
鼻を不機嫌そうに鳴らした女が、床にバリケード装置を起動すると、ラジオのアンテナの方式で上方に箱が伸び、伸縮式のゲートの様に左右へ広がってトイレの出入口を塞いだ。
その尋常じゃない何かが始まった様子を、ポカーンと眺めていたナビとカガミはあることに気が付いた。
「――アイーダさん、出られなくなってますね」
「あっ」




