第六話 スライムをテイムして、宿屋に宿泊する
道具屋から背負い籠を借り、再び聖域の森に向かう。
時間短縮の為に草原を横切っていると、水色の球体が転がっていた。
縦の二重線のような目に、ぷるんと冷ややかな潤いボディ。
「……もしかしてスライム?」
レジェンド・ファンタジーで見るようなアメーバ状生物では無いので戸惑ったが、どうやら生きているらしく、草の上を跳ねていた。
敵意は無く、障害にもならなそうなのでそのまま見過ごす。今は時間が無い。
◇
収穫を終えて、森の外に着いた。
アコローンは数を抑えて四十個。合計四千リア分。
「……よし」
気を引き締めるように籠を背負い直し、再び草原を歩く。
空の赤みを帯び、目先に見える白い城壁も朱色に染まっていた。
あぁ、とても美しい光景だ。
「――ん?」
先程見かけたスライムっぽい生物は、夕暮れを見てぷるぷると震えていた。
『なんだろう、分裂でもするのだろうか』と思いながら見ていたが、どうやら違う様子だ。
「日暮れは……まだ先だな」
時間にはまだ余裕がありそうなので近付いて確認した。
そしたらなんと、彼は涙を流して泣いていた。
「お前、なんで泣いてんだよ……おい、どうした」
あまりにも孤独なその姿に共感し、ぷにぷにと突くと、スライムはくるっと振り向いた。
すると突然、
――――――――――――――
スライム を仲間にしますか?
[はい]
[いいえ]
――――――――――――――
「!?」
というウィンドウが目の前に現れた。
驚いたが、ゲーム内ではこの程度の事など日常茶飯事だったと思い出した。
「……あぁ、よくあるイースターエッグ系のレアイベントみたいな物か」
特定の時間に特定の位置に行くと出会える、みたいな。
ならまず、こう聞くか。
「なぁスライム。お前の持ってるスキルは何だ?」
攻略サイトで『テイムする時に必須』と言われている質問だ。
こう聞くと、モンスターのAIがステータスを開示してくれる。
「――!」
スライムは返答するようにプルルンと震え、ステータスを表示させた。
―――――――――――――――――――
名前:---- 種族:スライム?
職業:魔導師 性別:不定
ステータス
体力F 魔力SSS
筋力E 魔攻力S
敏捷D 持久力F
防御E 技巧E
知性E 幸運F
スキル
インベントリ 人語理解
低級魔法(全種類)
―――――――――――――――――――
「魔力SSS……強っ……」
俺はステータスの異常な尖り具合に唸った。レアモンスター特有の優遇措置か?
他のステータスはスライムだが、コイツはメチャクチャ有用かもしれない。
特に気になるのがインベントリだ。
ここを詳しく聞いてみよう。
「スライム、インベントリの容量を教えてくれ」
「!」
スライムは桜花の問いに答えた。
――――――――――――――――
インベントリ
アイテムを収納する異空間。
魔力量によってサイズが変動する。
0/10000000t
――――――――――――――――
「えっ、何コイツ凄い……」
キログラムじゃなくてトンで来たか。ほぼ無制限に近いな。
よし、決めた。こんな強いモンスターをここで放置する理由は無い。
俺は迷わず[はい]を押して、スライムを仲間入りさせた。
選択ウィンドウは押した所から砕けて光の粉となり、スライムに降りかかって浸透した。
これがこの世界での従属化か。
「……!」
スライムは感動でぷるぷると打ち震え、感極まったのか桜花の胸元へと飛び込んだ。
「~~!」
「うわっ!」
桜花はそれを受けて、地面に倒てしまう。
しかし悪い気はしなかった。
「……ははっ、これからよろしくな。スライム」
「!」
桜花は嬉しそうに笑いながら、異世界で初めてとなるペット“スライム”を持ち上げた。
◇
その後、閉門しかけていた街内へと何とか滑り込んだ。
「危なかったー……」
テイムしたスライムは籠の中に入れた。
これから『持ち込んで良いのか』と守衛に掛け合う所だ。
「――すいません。ちょっと良いですか」
「ん?」
話しかけられた守衛は、軽く対応してくれた。
「どうしたんだ、嬢ちゃん」
「スライムをテイムしたんですけど、街の中に持ち込んでも大丈夫しょうか?」
「そのテイムした証明は?」
「えっと……それは……」
思い付かないので言い淀んだ。
ならばと守衛は、桜花に冒険者カードを見せるよう要求した。
言われるがままに提出したが、何故だろうか。
「よし、ちゃんとテイミング出来てるな。通って良し」
「……?」
だが、その答えはスグに分かった。
――――――――――――――――――――
従魔/奴隷
スライム?
――――――――――――――――――――
「おぉ……」
冒険者カードに従魔/奴隷の欄が出来ていたのだ。
カードで判別が出来るのか。
魔法って凄いな。
「ほら、確認は済んだんだお嬢さん。作業の邪魔だから早く宿に帰りなさい」
「あ、はい。すいません」
桜花は、その場から追い出されるように冒険者ギルドへ向かった。
◇
ギルドでクエストを完了し、籠の中で眠っていたスライムを回収した。
そこで受付嬢に『評判の良い宿は無いか』と掛け合った。
彼女が見せてくれたのは、【街の良い宿ランキング】なる金属製のボードだった。
冒険者からの口コミで加点するか減点するか決めるらしい。
「ここからお好きな宿をお選びください」
「ありがとうございます」
俺は、お手頃価格で上位に食い込んでいる宿を探した。
上位の宿の価格は大体五千リア。飯込みだと六千リアか。
夜飯と朝飯が出ると書いてある。
出来れば風呂・トイレ付きが良いんだけども……
「風呂の口コミが少ない……」
「あぁ、実はですね――」
「?」
彼女が言うには、普通の冒険者は数日風呂に入らないのは当たり前。
入ったとしても安上がりな公衆浴場で済ませるので、高額な風呂付きの宿を利用する事は無く、口コミが少ないらしい。
「風呂が無い宿もあると?」
「いえ、上位――大体二十位以内に食い込んでいる宿なら、風呂とトイレ付きの部屋がありますよ」
「そうですか」
良かった。じゃあそこから選ぼう。
ザっと見たところ、上位二十位の宿は三千から八千リアと値段がまちまち。
最初からサービスが追加された料金と、サービス無し料金の表記が混在しているらしい。
商売なのは分かるけど、酷いトラップだよな、これ。
「んー……」
そして、現在の所持金は一万千三百リア。
五千リアの宿なら、二泊は確実に泊まれる。
だが、今日の晩飯・明日の朝飯、更に風呂とトイレを確保するとなると……
一泊七千リア以上は掛かるだろう。
「はぁ……」
やはり明日もクエスト暮らしか。
お金を節約すべく公衆浴場に入る手もあるが……
その、まずは自分の身体を確かめたいので、一人で風呂に入りたい。
つい興奮して、スライムをぎゅっと抱き締めてしまった。
「どうされましたか?」
「あぁいえ、宿を決められなくて……!」
受付嬢に話し掛けられて、慌てて言い繕った。
すると彼女はこう言ってくれた。
「でしたら、私がお決めしましょうか?」
「え、良いんですか?」
「はい。何かご要望はありますか?」
「要望……」
桜花は少し考えたのち、『個室で、朝晩の食事と、風呂・トイレ付きの宿で良い場所はありませんか?』と尋ねた。
受付嬢は『私なら十七位のオオバーン亭がオススメですね』と答えたので、そこに決めた。
「では、冒険者カードをお貸し頂けますか?」
「はい」
彼女はランキングボードをタッチして、オオバーン亭に予約を入れてくれた。
個室、風呂・トイレ、朝晩の飯付き。合計で八千リア。
あぁ、なんとも高い出費だ……
だがこれは仕方ない、この必要経費なのだ、と自分に戒めた。
その後、宿への地図とカードを返して貰った。
「では桜花さん、良い一泊を」
「どうも……さ、宿に行こうかスライム……」
「Zzz……」
俺は既に爆睡状態のスライムを抱えて、今日の宿へと向かった。
◇
オオバーン亭に着いた。二階建ての宿だ。
窓ガラスは全て摺りガラスなので、覗きの心配をしなくても良さそうだ。
「まずは……」
所持金のチェックだ。
ポーチの中にはしっかりと、一万千三百リアが入っている。
「よし、大丈夫」
片手でスライムを抱えたままの桜花は、緊張しながら宿の玄関を開けた。
カランコロン、とベルが鳴る。
その音が『お前はこれからこの異世界で、この見も知れぬ国で仕事しながら生活する事になるんだぞ』と強く実感させてくる。
「大丈夫」
しかし、ここで挫けちゃダメだ。
まずは生きなければ元の世界に帰る希望も無くなってしまう。
だから気を強く持つんだ。
よし、中に入ろう。
「ごめんくださーい……予約していた桜花ですー……」
……とても心細い声になっているのは許して欲しい。
この世界にはまだ頼れる物も、知り合いも居ないのだ。
「はいいらっしゃい。予約のお客さんかい?」
対応してくれたのは、宿の主人らしき恰幅の良い青髪の男性だった。
その落ち着いた雰囲気に安心して、少しだけ元気に話せた。
「はい、桜花です。貴方がこの店のご主人ですか?」
「ハハハ、そうとも! オオバーン亭のブルーマイとは私の事さ!」
「そうなんですか」
腰に手を当てて、元気そうに話すブルーマイさん。
その豪快さに叔父の姿を重ねてしまう。
「――じゃあ桜花さん。まずは宿代をくれるかな? 部屋の鍵と交換だ!」
「は、はい。分かりました」
桜花はその場で八千リアを渡した。
そして交換で部屋の鍵――カードキーを受け取った。
「部屋は二階、突き当りの部屋だよ。食事の時間になったら呼びに行くから、今日はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。……あの、ブルーマイさん」
「なんだい?」
「この子も一緒ですが、大丈夫でしょうか?」
俺は不安そうにスライムを持ち上げた。
主人は不思議そうな顔で聞いてくる。
「ん? 守衛さんに許可を取ったんだろう?」
「はい」
「なら大丈夫だ。ただ、ちゃんと逃げないよう管理するんだよ?」
「分かりました。気を付けます。では」
「あぁ、ごゆっくり」
桜花はブルーマイに深々と頭を下げた後、今夜だけの自室――二階の角部屋に向かう。
オオバーン亭の構造だが、一階は大食堂とキッチンで、二階が宿泊用の部屋らしい。
食堂経営がメインで、宿はあくまでもオマケのようだ。
それでも十七位に食い込んでるって事は……相当良い宿なんだろう。
フフ、期待が持てる。
「よし、付いた」
早速、カードキーを使ってドアを開け、中に入った。
「おぉ……」
部屋の内装は、ビジネスホテルと似た光景だった。
床は赤い絨毯で、壁には薄いオレンジの壁紙が貼られている。
しかし、ベッドはシングルではなく、ふかふかのダブルベッドが設置されていた。
桜花はそこにスライムを投げ置いて、自らも飛び込んだ。
「あぁ……はぁ……幸せー……――」
柔らかいベッドに沈み込むと、一日の疲れがどっと吹き出してきた。
そのまま眠ってしまいそうになる。
「――ッ、危なっ……」
しかし、慌てて身体を起こした。
「……あぁ、寝ちゃ駄目だ。まずは風呂に入りたい」
出来るなら、身体を綺麗にしてから寝たい。
桜花は風呂場を確認するべく、ベッドから降りた。
風呂場もビジネスホテルと同じ形式だった。トイレと一体型のアレ。
バスタオルやフェイスタオル、歯ブラシセットなんかも置いてある。
浴槽は海外らしく広いので、ゆっくりと浸かる事が出来るだろう。
「――――」
そして桜花は、風呂場の大きな鏡で、半日ぶりに自分の姿を見つめ直す事となった。
鏡に映る黒いセーラー服姿の美少女は、多分、俺と同じ十六歳程だろう。
容姿も完璧だ――濡烏と呼ばれる日本人女性の理想の髪質を体現した、腰まで届く長い黒髪に、血色の良い肌と、りんご飴のように赤く艶やかな唇。
鼻筋はスッと通っていて、朱い瞳と二重瞼、弓なりの形のいい眉も美しい。
身長は一般的な女子高生と同じくらい、いや、それより若干低いかもしれない。
胸は多少大きい物の、男だった時と同じ感覚で身体を動かせるのだから、とても不思議だ。
「これ……夢じゃ……ないんだよな……?」
鏡に手を合わせて、自分をじっと見つめた。
そうしていると、男だった記憶が嘘だったように感じてきて、精神が堕ちていく感覚がする。
次第に女としての自我が芽生えるような、でも、何だかそれが自然で――――
「おれ、は……いや、私は……――――ッ!?」
しかし、つい口走った『私』という一人称に恐怖し、咄嗟に目を逸らした。
俺は荒い息をしながら、『違う、違う、俺はケンジだ、ケンジなんだ』と何度も自己暗示を掛けた。
「はぁ――……」
性の転換、自我の変貌がこんなにも恐ろしい事だとは。
このまま過ごしていけば、俺は完全に【鬼神刀桜花】になってしまうだろう。
あぁ、怖い。怖くて仕方ない。自我が消えてなくなりそうで。
一体なぜ、俺はこの子になってしまったんだ?
「でも、誰も、その理由を教えちゃくれないんだよな……ははは……はぁ」
桜花は、乾いた笑いを漏らした後、風呂の準備をした。
これが最初で最後の風呂かもしれないから、せめてゆっくり湯舟に浸かりたかったのだ。
◇
桜花は眠っているスライムを叩き起こし、ベッドの下に座り込んで話し合いを始めた。
「――ではスライム、状況を整理しよう」
「?」
スライムはよく分かっていないようで、ぽよりともせず静止している。
わざわざ起こした理由だが、こうして対談形式にでもしないと心が折れそうだからだ。
「まず分かっている事は、ここは元の世界では無いという事。判明した理由は二つある」
「!」
スライムは、俺が立てた二本の指に視線を合わせた。
「一つ目。俺の記憶では最初、叔父さんの家――“太島鬼鎮神社”という所に居た。しかし、気が付いた時には全く知らない場所に居たんだ」
「?」
スライムは『そうなの?』とでも言うように、目を斜めに傾かせた。
「そして二つ目。今の俺は女の子だけど、元の世界は十六歳の男子高校生だったんだ。だからこそ俺は、“異世界転移”したと結論付ける事が出来た」
「!?」
とても驚いたスライムは、コロコロ、と後ろに転がった。
「どうした?」
「――――」
スライムは少し戸惑うような仕草をした後、こちらに近付く。
宜しければブックマークと、下にある☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けると嬉しいです!
執筆するためのやる気になります!お願いします!




