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第六話 スライムをテイムして、宿屋に宿泊する

 道具屋から背負い籠を借り、再び聖域の森に向かう。


 時間短縮の為に草原を横切っていると、水色の球体が転がっていた。

 縦の二重線のような目に、ぷるんと冷ややかな潤いボディ。


「……もしかしてスライム?」


 レジェンド・ファンタジーで見るようなアメーバ状生物では無いので戸惑ったが、どうやら生きているらしく、草の上を跳ねていた。

 敵意は無く、障害にもならなそうなのでそのまま見過ごす。今は時間が無い。





 収穫を終えて、森の外に着いた。

 アコローンは数を抑えて四十個。合計四千リア分。


「……よし」


 気を引き締めるように籠を背負い直し、再び草原を歩く。

 空の赤みを帯び、目先に見える白い城壁も朱色に染まっていた。

 あぁ、とても美しい光景だ。


「――ん?」


 先程見かけたスライムっぽい生物は、夕暮れを見てぷるぷると震えていた。

 『なんだろう、分裂でもするのだろうか』と思いながら見ていたが、どうやら違う様子だ。


「日暮れは……まだ先だな」


 時間にはまだ余裕がありそうなので近付いて確認した。

 そしたらなんと、彼は涙を流して泣いていた。


「お前、なんで泣いてんだよ……おい、どうした」


 あまりにも孤独なその姿に共感し、ぷにぷにと突くと、スライムはくるっと振り向いた。

 すると突然、


 ――――――――――――――


  スライム を仲間にしますか?


 [はい]

 [いいえ]


 ――――――――――――――


「!?」


 というウィンドウが目の前に現れた。

 驚いたが、ゲーム内ではこの程度の事など日常茶飯事だったと思い出した。


「……あぁ、よくあるイースターエッグ系のレアイベントみたいな物か」


 特定の時間に特定の位置に行くと出会える、みたいな。

 ならまず、こう聞くか。


「なぁスライム。お前の持ってるスキルは何だ?」


 攻略サイトで『テイムする時に必須』と言われている質問だ。

 こう聞くと、モンスターのAIがステータスを開示してくれる。


「――!」


 スライムは返答するようにプルルンと震え、ステータスを表示させた。



 ―――――――――――――――――――


 名前:---- 種族:スライム?

 職業:魔導師  性別:不定




 ステータス


 体力F 魔力SSS

 筋力E 魔攻力S

 敏捷D 持久力F

 防御E 技巧E

 知性E 幸運F


 スキル


 インベントリ 人語理解

 低級魔法(全種類)

 

 ―――――――――――――――――――


「魔力SSS……強っ……」


 俺はステータスの異常な尖り具合に唸った。レアモンスター特有の優遇措置か?

 他のステータスはスライムだが、コイツはメチャクチャ有用かもしれない。

 特に気になるのがインベントリだ。

 ここを詳しく聞いてみよう。


「スライム、インベントリの容量を教えてくれ」

「!」


 スライムは桜花の問いに答えた。


 ――――――――――――――――


 インベントリ


 アイテムを収納する異空間。

 魔力量によってサイズが変動する。


 0/10000000tトン


 ――――――――――――――――


「えっ、何コイツ凄い……」


 キログラムじゃなくてトンで来たか。ほぼ無制限に近いな。

 よし、決めた。こんな強いモンスターをここで放置する理由は無い。


 俺は迷わず[はい]を押して、スライムを仲間入りさせた。

 選択ウィンドウは押した所から砕けて光の粉となり、スライムに降りかかって浸透した。

 これがこの世界での従属化テイミングか。


「……!」


 スライムは感動でぷるぷると打ち震え、感極まったのか桜花の胸元へと飛び込んだ。


「~~!」

「うわっ!」


 桜花はそれを受けて、地面に倒てしまう。

 しかし悪い気はしなかった。


「……ははっ、これからよろしくな。スライム」

「!」


 桜花は嬉しそうに笑いながら、異世界で初めてとなるペット“スライム”を持ち上げた。




 その後、閉門しかけていた街内へと何とか滑り込んだ。


「危なかったー……」


 テイムしたスライムは籠の中に入れた。

 これから『持ち込んで良いのか』と守衛に掛け合う所だ。


「――すいません。ちょっと良いですか」

「ん?」


 話しかけられた守衛は、軽く対応してくれた。


「どうしたんだ、嬢ちゃん」

「スライムをテイムしたんですけど、街の中に持ち込んでも大丈夫しょうか?」

「そのテイムした証明は?」

「えっと……それは……」


 思い付かないので言い淀んだ。

 ならばと守衛は、桜花に冒険者カードを見せるよう要求した。

 言われるがままに提出したが、何故だろうか。


「よし、ちゃんとテイミング出来てるな。通って良し」

「……?」


 だが、その答えはスグに分かった。


――――――――――――――――――――


 従魔/奴隷


 スライム?


――――――――――――――――――――


「おぉ……」


 冒険者カードに従魔/奴隷の欄が出来ていたのだ。

 カードで判別が出来るのか。

 魔法って凄いな。


「ほら、確認は済んだんだお嬢さん。作業の邪魔だから早く宿に帰りなさい」

「あ、はい。すいません」


 桜花は、その場から追い出されるように冒険者ギルドへ向かった。



 ギルドでクエストを完了し、籠の中で眠っていたスライムを回収した。

 そこで受付嬢に『評判の良い宿は無いか』と掛け合った。


 彼女が見せてくれたのは、【街の良い宿ランキング】なる金属製のボードだった。

 冒険者からの口コミで加点するか減点するか決めるらしい。


「ここからお好きな宿をお選びください」

「ありがとうございます」


 俺は、お手頃価格で上位に食い込んでいる宿を探した。

 上位の宿の価格は大体五千リア。飯込みだと六千リアか。

 夜飯と朝飯が出ると書いてある。

 出来れば風呂・トイレ付きが良いんだけども……


「風呂の口コミが少ない……」

「あぁ、実はですね――」

「?」


 彼女が言うには、普通の冒険者は数日風呂に入らないのは当たり前。

 入ったとしても安上がりな公衆浴場で済ませるので、高額な風呂付きの宿を利用する事は無く、口コミが少ないらしい。


「風呂が無い宿もあると?」

「いえ、上位――大体二十位以内に食い込んでいる宿なら、風呂とトイレ付きの部屋がありますよ」

「そうですか」


 良かった。じゃあそこから選ぼう。

 ザっと見たところ、上位二十位の宿は三千から八千リアと値段がまちまち。

 最初からサービスが追加された料金と、サービス無し料金の表記が混在しているらしい。

 商売なのは分かるけど、酷いトラップだよな、これ。


「んー……」


 そして、現在の所持金は一万千三百リア。

 五千リアの宿なら、二泊は確実に泊まれる。

 だが、今日の晩飯・明日の朝飯、更に風呂とトイレを確保するとなると……

 一泊七千リア以上は掛かるだろう。


「はぁ……」


 やはり明日もクエスト暮らしか。

 お金を節約すべく公衆浴場に入る手もあるが……

 その、まずは自分の身体を確かめたいので、一人で風呂に入りたい。

 つい興奮して、スライムをぎゅっと抱き締めてしまった。


「どうされましたか?」

「あぁいえ、宿を決められなくて……!」


 受付嬢に話し掛けられて、慌てて言い繕った。

 すると彼女はこう言ってくれた。


「でしたら、私がお決めしましょうか?」

「え、良いんですか?」

「はい。何かご要望はありますか?」

「要望……」


 桜花は少し考えたのち、『個室で、朝晩の食事と、風呂・トイレ付きの宿で良い場所はありませんか?』と尋ねた。

 受付嬢は『私なら十七位のオオバーン亭がオススメですね』と答えたので、そこに決めた。


「では、冒険者カードをお貸し頂けますか?」

「はい」


 彼女はランキングボードをタッチして、オオバーン亭に予約を入れてくれた。

 個室、風呂・トイレ、朝晩の飯付き。合計で八千リア。

 あぁ、なんとも高い出費だ……

 だがこれは仕方ない、この必要経費なのだ、と自分に戒めた。

 その後、宿への地図とカードを返して貰った。


「では桜花さん、良い一泊を」

「どうも……さ、宿に行こうかスライム……」

「Zzz……」


 俺は既に爆睡状態のスライムを抱えて、今日の宿へと向かった。





 オオバーン亭に着いた。二階建ての宿だ。

 窓ガラスは全て摺りガラスなので、覗きの心配をしなくても良さそうだ。


「まずは……」


 所持金のチェックだ。

 ポーチの中にはしっかりと、一万千三百リアが入っている。


「よし、大丈夫」


 片手でスライムを抱えたままの桜花は、緊張しながら宿の玄関を開けた。

 カランコロン、とベルが鳴る。


 その音が『お前はこれからこの異世界で、この見も知れぬ国で仕事しながら生活する事になるんだぞ』と強く実感させてくる。


「大丈夫」


 しかし、ここで挫けちゃダメだ。

 まずは生きなければ元の世界に帰る希望も無くなってしまう。

 だから気を強く持つんだ。

 よし、中に入ろう。


「ごめんくださーい……予約していた桜花ですー……」


 ……とても心細い声になっているのは許して欲しい。

 この世界にはまだ頼れる物も、知り合いも居ないのだ。


「はいいらっしゃい。予約のお客さんかい?」


 対応してくれたのは、宿の主人らしき恰幅の良い青髪の男性だった。

 その落ち着いた雰囲気に安心して、少しだけ元気に話せた。


「はい、桜花です。貴方がこの店のご主人ですか?」

「ハハハ、そうとも! オオバーン亭のブルーマイとは私の事さ!」

「そうなんですか」


 腰に手を当てて、元気そうに話すブルーマイさん。

 その豪快さに叔父の姿を重ねてしまう。


「――じゃあ桜花さん。まずは宿代をくれるかな? 部屋の鍵と交換だ!」

「は、はい。分かりました」


 桜花はその場で八千リアを渡した。

 そして交換で部屋の鍵――カードキーを受け取った。


「部屋は二階、突き当りの部屋だよ。食事の時間になったら呼びに行くから、今日はゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます。……あの、ブルーマイさん」

「なんだい?」

「この子も一緒ですが、大丈夫でしょうか?」


 俺は不安そうにスライムを持ち上げた。

 主人は不思議そうな顔で聞いてくる。


「ん? 守衛さんに許可を取ったんだろう?」

「はい」

「なら大丈夫だ。ただ、ちゃんと逃げないよう管理するんだよ?」

「分かりました。気を付けます。では」

「あぁ、ごゆっくり」


 桜花はブルーマイに深々と頭を下げた後、今夜だけの自室――二階の角部屋に向かう。

 オオバーン亭の構造だが、一階は大食堂とキッチンで、二階が宿泊用の部屋らしい。

 食堂経営がメインで、宿はあくまでもオマケのようだ。

 それでも十七位に食い込んでるって事は……相当良い宿なんだろう。

 フフ、期待が持てる。


「よし、付いた」


 早速、カードキーを使ってドアを開け、中に入った。


「おぉ……」


 部屋の内装は、ビジネスホテルと似た光景だった。

 床は赤い絨毯で、壁には薄いオレンジの壁紙が貼られている。

 しかし、ベッドはシングルではなく、ふかふかのダブルベッドが設置されていた。

 桜花はそこにスライムを投げ置いて、自らも飛び込んだ。


「あぁ……はぁ……幸せー……――」


 柔らかいベッドに沈み込むと、一日の疲れがどっと吹き出してきた。

 そのまま眠ってしまいそうになる。


「――ッ、危なっ……」


 しかし、慌てて身体を起こした。


「……あぁ、寝ちゃ駄目だ。まずは風呂に入りたい」


 出来るなら、身体を綺麗にしてから寝たい。

 桜花は風呂場を確認するべく、ベッドから降りた。


 風呂場もビジネスホテルと同じ形式だった。トイレと一体型のアレ。

 バスタオルやフェイスタオル、歯ブラシセットなんかも置いてある。

 浴槽は海外らしく広いので、ゆっくりと浸かる事が出来るだろう。


「――――」


 そして桜花は、風呂場の大きな鏡で、半日ぶりに自分の姿を見つめ直す事となった。


 鏡に映る黒いセーラー服姿の美少女は、多分、俺と同じ十六歳程だろう。

 容姿も完璧だ――濡烏(ぬれがらす)と呼ばれる日本人女性の理想の髪質を体現した、腰まで届く長い黒髪に、血色の良い肌と、りんご飴のように赤くつややかな唇。

 鼻筋はスッと通っていて、朱い瞳と二重瞼、弓なりの形のいい眉も美しい。

 身長は一般的な女子高生と同じくらい、いや、それより若干低いかもしれない。

 胸は多少大きい物の、男だった時と同じ感覚で身体を動かせるのだから、とても不思議だ。


「これ……夢じゃ……ないんだよな……?」


 鏡に手を合わせて、自分をじっと見つめた。

 そうしていると、男だった記憶が嘘だったように感じてきて、精神が堕ちていく感覚がする。

 次第に女としての自我が芽生えるような、でも、何だかそれが自然で――――


「おれ、は……いや、()は……――――ッ!?」


 しかし、つい口走った『私』という一人称に恐怖し、咄嗟に目を逸らした。

 俺は荒い息をしながら、『違う、違う、俺はケンジだ、ケンジなんだ』と何度も自己暗示を掛けた。


「はぁ――……」


 性の転換、自我の変貌がこんなにも恐ろしい事だとは。

 このまま過ごしていけば、俺は完全に【鬼神刀桜花】になってしまうだろう。

 あぁ、怖い。怖くて仕方ない。自我が消えてなくなりそうで。

 一体なぜ、俺はこの子になってしまったんだ?


「でも、誰も、その理由を教えちゃくれないんだよな……ははは……はぁ」


 桜花(ケンジ)は、乾いた笑いを漏らした後、風呂の準備をした。

 これが最初で最後の風呂かもしれないから、せめてゆっくり湯舟に浸かりたかったのだ。



 桜花は眠っているスライムを叩き起こし、ベッドの下に座り込んで話し合いを始めた。


「――ではスライム、状況を整理しよう」

「?」


 スライムはよく分かっていないようで、ぽよりともせず静止している。

 わざわざ起こした理由だが、こうして対談形式にでもしないと心が折れそうだからだ。


「まず分かっている事は、ここは元の世界では無いという事。判明した理由は二つある」

「!」


 スライムは、俺が立てた二本の指に視線を合わせた。


「一つ目。俺の記憶では最初、叔父さんの家――“太島鬼鎮(きぢん)神社”という所に居た。しかし、気が付いた時には全く知らない場所に居たんだ」

「?」


 スライムは『そうなの?』とでも言うように、目を斜めに傾かせた。


「そして二つ目。今の俺は女の子だけど、元の世界は十六歳の男子高校生だったんだ。だからこそ俺は、“異世界転移”したと結論付ける事が出来た」

「!?」


 とても驚いたスライムは、コロコロ、と後ろに転がった。


「どうした?」

「――――」


 スライムは少し戸惑うような仕草をした後、こちらに近付く。

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