雇用②
サイとリアと呼ばれた兄妹は、レヴィとネウラの姿に怯えて震えていた。
特に妹のリアはガタガタと震えて兄であるサイにしがみ付いている。
サイの方もリアほどではないが、小刻みに震えているのが見て取れた。
レヴィたちも彼らが怯えているのがわかったのか、不用意に近づこうとせず定位置から動かずにいる。
さてと、どうするかな…。
私に雇われるなら最低でもこの二人と接することができないとどうしようもない。
とはいえ、兄であるサイはじっと私を見つめているので声を掛けてみる。
「私は別に君たち二人を雇っても構わないよ」
「ほっ…本当か…?」
「お兄ちゃん…」
「でも、私に雇われるなら今私の肩と胸元にいる私のペットとも接する必要があるけどね」
その事を伝えると、サイはとても辛そうな顔をする。
きっと二人一緒に雇われる事の安心感と、モンスターに対する恐怖があるのだろう。
とはいえ、これは妥協できない内容だ。
「それが嫌なら残念だけどこの話はなかったことになるよ」
「そんなのはわかってる…でも…」
「村を襲われたからモンスターが怖い?」
「怖いに決まってるだろ! あんなことがあって…怖くないわけが…」
「じゃあ、この子たちは怖い?」
私は蛇であるレヴィより、まだ人型に近いネウラを手の上に置く。
サイとリアはびくっと反応するが、私はしゃがんで彼らを見つめる。
「確かにモンスターは怖いよね。狼でも熊でもなんでも、鋭い爪や牙で身体を切り裂いたり噛み切ったりする。でも…」
私は無邪気に笑うネウラを見つめ、再び彼らの方を見る。
「この子はそういうモンスターたちと一緒で怖い?」
「っ…」
「ぁぅ―!」
二人はじっとネウラを見つめている。
私もその様子をネウラを手の上に置いたままじっと見つめる。
一分程の僅かな時間、沈黙が続きネウラと彼らはじっと見つめ合った後、サイは口を開く。
「…見た感じはそのモンスターは怖くはない…」
「そっか…」
「でも…そのモンスターが俺らに危害を加えないなんて保証はない…」
「約束する。絶対に君たちに危害は加えさせない」
「そんなの信じられない…」
「どうしたら信じられる?」
「モンスターなんか信じられるかよ!」
「なら、私なら信じてくれる?」
「それは…」
まぁ初対面の人を信じろって言われたって信じるわけないよね。
とはいえ、私としては彼らを放っておける気にはなれなかった。
彼らの様子を見ていると少し…昔を思い出しちゃったからね…。
「でも私は君に信じられなくても君たちを雇いたくなった」
「なんでそこまでして俺らを…」
「何でって言われてもね…。しいて言えば、もう失敗したくないからかな?」
「どういうことだよ…」
「それは秘密だよ」
それにあんまり…ううん、絶対に言いたくないことだしね。
「それで、どうする?」
「…少し…考えさせて…リアと話したい…」
「わかった。じゃあ少し司祭様と話しているね」
私は一旦彼らから離れ、近くの椅子に座って司祭様と話す。
「随分彼らが気に入ったようですね」
「まぁ色々ありましてね…」
「詳しくは聞きませんが、あなたの読みではどうですか?」
「五分五分…といったところだと思います。少なくとも私のペットたちが彼らにとっての壁ですから…」
私は肩に乗っているレヴィと胸元にいるネウラの頭を撫でる。
「それにしても随分と懐いている様子が見られますね」
「元々この子たちは人懐っこいんですよ」
「それに自由奔放といったことではなく、ちゃんと周りの状況を見ている様に見られます。そういうのもちゃんと教え込ませたのですか?」
「そんな教え込ませるとまでは…。この子たちが自分で判断している感じですよ」
私と司祭様がしばらく話していると、サイとリアがこちらに近づいて来た。
どうやら結論が決まったようだ。
「結論を言う前に試させてくれ…」
「いいよ。どうすればいい?」
「その緑色の人型のモンスターをさっきみたいに手の上に置いててくれ…」
「うん、わかった」
私は言われた通りにネウラを手の上に置く。
「じゃあ…行くぞ…リア…」
「うん…」
二人は恐る恐るゆっくりと手をネウラへと伸ばす。
手がネウラに近づくにつれ、二人は冷や汗を流し顔を歪ませる。
「お兄ちゃん…」
「リア! もう少しだから頑張るんだっ!」
サイの表情も辛いのは見てわかるが、自分は大丈夫なフリをして妹のリアを励ます。
リアも兄の励ましで手を引っ込ませそうになったのを抑えて、ネウラへと手を伸ばす。
ネウラは二人の様子をじっと見て怖がらせないように動かずに二人の手が届くのを待つ。
普通なら数秒もあれば触れられる距離だが、彼らにとってはその距離ですら辛いはずだ。
だが彼らはその距離をゆっくりだが、確実に詰めていく。
そして何分時間が経ったかわからないが、ついに二人の指がネウラの肌に触れる。
ネウラに触れる事が出来て安心したのか、リアの身体はふっと崩れるように後ろに傾いた。
私とサイは咄嗟の事で反応できず、リアの身体を支えそびれリアはそのまま背中と頭を打って倒れるはずだった。
そこをネウラが自分の身体を操って蔓のように伸ばしてリアの身体を一瞬支える。
そのおかげで私とサイの手は間に合い、リアは背中と頭を打つことはなかった。
「ネウラ、ありがと」
「ぁぅ―!」
「リアっ!」
「おっお兄ちゃん…」
とはいえ、リアをまた立たせるのもあれなので、横にさせてあげる。
「気が抜けちゃったんだよね。気持ち悪いとかはない?」
「はい…すいません…」
「謝るよりありがとうと言ったほうがネウラも喜ぶよ」
「ぁぅ―!」
「その…ありがと…」
「ぁぅぁ―!」
「俺も感謝してる…。リアを助けてくれてありがとう…色々言って悪かった…」
「ぁぅ―!」
どうやらネウラに対してはもう大丈夫そうだね。
まぁレヴィ、レヴィはもう少し時間掛かる…かな…?
「それで結論はどうなったの?」
私はわかっているがあえて答えさせる。
それを彼らの口から聞きたいんだ。
「…俺たちを雇ってください。お願いします」
「おっお願いしますっ!」
サイとリアは改まって私に雇ってくれるようお願いをする。
「うん、よろしくね。サイ、リア」
「よろしくお願いします」
「ごっご主人様よろしくお願いしますっ!」
「話が決まったようですね。では契約に移りたいと思いますので、部屋を変えましょう」
私たちは司祭様について行き、別の部屋に入る。
そこには既に契約書のような紙が人数分置かれてあった。
「契約者であるあなたには契約内容を決めていただきます。その内容にサイとリアが承認することで契約が完了します」
契約内容としては基本的に雇用する彼らの人権や生活を守るような事と、それとは別に個別の契約内容を記載する箇所があった。
他には契約金についての記載で、二人は一人当たり契約金60000Gで月に10000Gの合計120000Gと月20000Gの支払いということだ。
この月の支払いについてはギルドで振り込むこととなる。
少なくても二人には重要な事なので、忘れそうになったらきっと伝えてくるだろう。
決して私が忘れちゃうとかそういうことはないんだからね。
さてと、では残りの個別の契約内容を決めちゃうとしよう。
まずはレヴィたちペットが二人に危害を加えるようなことはしないっと。
他には、二人には家で畑の世話や家事、それと生産活動の手伝いをしてもらう。
あとは…家の設備は自由に使ってもらっていいってのと、食べ物については自由にしていいということかな?
って、生産活動してもらうならハウスボックスの中身も自由にしてもらったほうがいいんだよね?
それとも先に素材を渡しておけばいいのかな?
よくわからないけど、自由に素材使えるようにした方が色々できると思うし、そうした方がいいよね。
ハウスボックスを自由にさせたら悪い事をされるかもしれないけど、私が二人を信用しないでどうするのってことでハウスボックスの自由も記載してっと。
とりあえずこれぐらいかな?
内容修正したいならまた来てって言ってたし、こんなところでいいよね。
「書き終わりました」
「ではサイ、リア、その契約内容でいいですか?」
「…あの司祭様」
「サイ、どうかしましたか?」
「ごっご主人様はなんでハウスボックスの自由も契約に書き込んでるんですか…?」
「えっ? ダメだった?」
「いくら契約してる内容だとしても流石にそこまではしないと思う…いますよ…」
「でも私は二人を信用して家を預けて色々してもらうんだから、ハウスボックス使えないと収穫物しまえないよね?」
「それなら俺たちのアイテムボックスに入れておくから…」
どうやら彼らとしては、ハウスボックスの自由化は不満だそうだ。
それにもし取られたとしても特に食べ物以外で困るような物入ってないしなぁ…。
「お兄ちゃん、ご主人様のお手伝い一杯出来るけどだめなの?」
「いや…リア…そういうことじゃなくてな…」
リアぐらい素直に思ってくれればいいんだけどなぁ…。
まぁそう簡単にはいかないよね。
でもこっちも折れるわけにはいかない。
なのでサイが折れるまで説得を続ける。
十数分後、私の説得でサイが折れたので、先程の内容で契約を行う。
そして今頃気づいたのだが、二人の首には首輪のように細い黒いチョーカーが付いていた。
どうやらそれが奴隷としての証とともに、契約を遵守させるためのアイテムらしい。
二人が契約内容に了承すると、先程の契約書がそれぞれのチョーカーに吸収された。
「これで契約は完了しました。また何かあればこちらにいらしてください」
「色々とありがとうございました」
「サイ、リア、良い人に出会えてよかったですね」
「まぁ…悪い人ではないと思います」
「ご主人様はいい人だよ? お兄ちゃん」
「それはわかってるけど…」
「では二人とも、お元気で」
「司祭様、お世話になりました」
「お世話になりました!」
二人は司祭様にお辞儀をして私の側に寄ってくる。
さてと、はぐれない様に手を繋ごうかな。
サイは私が手を繋ぐと恥ずかしそうにするが、リアが嬉しそうに手を繋いでいるので顔を赤くしながら手を繋いでいる。
さてと、我が家へ行くとしよっか。
そろそろ第二章が終わる(はず




