心奪の撃墜王
「ふぐぅぅ! ぅっ! ぅぅぅぅぅ!」
「アリスさん、気を強く持つのです」
「アリスさん頑張ってっす!」
嘆きの里に入る前の門の中、私は手足を縄で縛られ、自害防止用の猿ぐつわをはめられていた。
そんな私をアシュリーさんとエルザさんの二人が暴れないようにがっちりと拘束している。
「…はい、そろそろ限界よ」
門の外で目を閉じていたアリカは私の限界を二人に伝える。
「はいっすー!」
「ふぐぅっ!?」
「ほーい、キャーッチあーんどレリース」
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
アリカの声とともに私は、外で待機していたもう一人のシスターの元へエルザさんに素早く投げ飛ばされる。
私に付けられていた拘束用の縄や猿ぐつわを外され、私は荒い呼吸を少しずつ整える。
「アリスさん大丈夫っすかー?」
「でも時間伸びてるから良い調子良い調子」
「ありがとう…ございます…うぅ…」
「あーやっぱりきつそうっすねぇー」
「はい紅茶。アリスさんのティーポットのやつだけど」
「どうもです…」
私はエルザさんともう一人、茶髪のシスターのヘンリさんに介抱されながら休憩する。
「にしてもアリスさん、こんな無茶な方法でスキルレベルを上げるなんて…。アリカさんがいなかったらできませんよ?」
「ごめんなさいアシュリーさん…」
「アリカさんも大丈夫ですか?」
「えぇ平気よ。まぁ多少影響はあるけど、二心同体のあたしとアリスならではの方法ね」
「それでも最初アリスさんからこの話を聞いた時は驚きましたよ…」
「ごめんなさい…」
息を絶え絶えながらアシュリーさんに謝罪する。
いやだって…大空洞って何があるかわからないし、一応上げれる耐性スキルは上げておきたいじゃん?
それに【狂気耐性】はこのダンジョン、嘆きの里に入るためには必須のスキルだ。
上げておいて損はないだろう。
「にしても沼地にダンジョンっすかー。うちらも下手したらそっちに駆り出されてたんすかねぇ?」
「ぶっちゃけめんどくさいから行かずに済んでラッキー」
「こら二人とも、アリスさんの前なんですからしっかりしなさい」
「えー? でもアリスさんは素のままの自分でいいって言ってくれたっすよー?」
「そうだそうだー聖女様の言う事は聞かないとー」
「貴女たちはあー言えばこう言うんですから…」
アシュリーさんがプルプルと拳を振るわせているが、とりあえずとばっちりこっちに来ないよね?
今のグロッキーな状態の私にアシュリーさんの拳が入ったら普通に吐くからね?
お願いだから巻き込まないでね?
「…はぁ…。今はアリスさんの前ですので控えますが、後でお説教ですからね」
「「ぶーぶー」」
「貴女たちはぁ…」
あの…二人とも…そろそろアシュリーさんを煽るのはやめて頂きたいのですが…主に巻き添えが怖いので…。
「二人とも…アシュリーさんに構ってもらいたいのはわかるけど、そろそろ巻き添えが怖いのでやめてほしいなぁーと…」
「そそそそそんなわけないじゃないっすか! 自分がアシュリーに構ってほしいとか!」
「うっわー、エルザ焦ってるー」
「ヘレンさんもそんな事言わないのー…。ここのシスターは皆優しいのはわかってるんだからね…?」
「…優しい…? 私が…?」
「ヘレンさん…?」
ヘレンさんは未だ横になっている私を見下ろすようにゆっくりと立ち上がり、先程の飄々とした様子とはうって代わり冷たく無表情になり言葉を続ける。
「アリスさん、私が優しいわけがないじゃないですか。友も仲間も見捨てて生き延びたこんな私が…。そうですね…私を一言で言うなら…ただのロクデナシですよ」
「ヘレン!」
「やめないよ。アシュリーだってそうでしょ? 友を見捨てて一人生き延びたやつなんて早く死んでほしいよね? 何なら今から里に入って死んでこようか?」
「ヘレン!!」
アシュリーさんはパチンと大きな音が鳴るぐらい思いっきりヘレンさんの頬を引っ叩く。
だがその直後のヘレンさんはどこかホッとしたような表情を一瞬だけ見せる。
「ヘレン、貴女は先に戻って少し頭を冷やしてきなさい」
「はいはい、わかりましたよ」
そう言ってヘレンさんは一人先に地上へと戻っていった。
「アリスさんにアリカさん、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
「そうね、アシュリーさんが謝ることではないわ」
「あの子にはよく言っておきますので…」
「にしてもヘレン、まだ引きずってたんすねー。あれはヘレンのせいじゃないって言ってるのにー」
「私としてはエルザと二人で馬鹿やってくれてた方が安心するんですけどね…」
「ひどっ!? あたしたちのこと馬鹿って言ったっすね!?」
話を聞いてる限り、先程のはエルザさんたち全員ではなくヘレンさん一人の問題のようだ。
とは言え私が介入していいことなのだろうか…。
「アリス、気になるなら行きなさい」
「アリカ…」
「やらないで後悔よりやって後悔、でしょ? いざという時はあたしも一緒に背負うから」
「…うん、ありがと」
体調も戻ってきたので私は一人ヘレンさんを追う。
外へ出て周りを見渡すとヘレンさんは一人少し離れた場所で墓石の前に座っていた。
「ヘレンさん…」
「何か用です? それとも私がどれだけロクデナシか聞きに来ましたか?」
「ううん。私はただ気になった事を聞きに来ただけだよ」
私はそっとヘレンさんの隣に腰を下ろす。
「そのお墓…ヘレンさんのお友達の?」
「…そうですよ。私が見捨てた親友の墓です…」
「そっか…」
親友を見捨てることになってしまったヘレンさん。
その心情は如何ほどだったのだろうか…。
「それで、何が聞きたいんですか?」
「あ、うん。さっきアシュリーさんに叩かれた時、何で一瞬ほっとしたのかなって」
「っ!? そんなことなんてないです!」
ヘレンさんは明らかに動揺している。
恐らく無意識だったのだろう。
「ヘレンさん、アシュリーさんに叩かれたところ見せて」
「…はい…」
ヘレンさんが叩かれた頬をこちらに向け、私はそっと濡らしたハンカチをヘレンさんの頬へと付ける。
ヘレンさんは一瞬顔を歪めるが、見る限り腫れたり口の中を切ったりなどはしていないようだった。
「痛む?」
「いえ、大丈夫です」
「アシュリーさんの攻撃って結構痛そうなのに?」
「あれはあれで加減してくれてるんで平気です」
「…アシュリーさんの事を恨んだりしてないの?」
「…最初の方は恨んでました。どうしてあんなことをしたのかって…。でも…生きて帰ってきた後一人で悲しそうにしてたアシュリーを何度も見てたらそんな事思わなくなりましたよ…」
恐らく嘆きの里を試験会場としたのもアシュリーさんの命令ではなくその上からの命令だろう。
にも関わらずアシュリーさんが合言葉にしたあの言葉…。
きっと今もアシュリーさんは悔やんでいるんだろう。
「アシュリーさんとヘレンさんって似てるね」
「え…? どこがですか? アシュリーは私と違ってロクデナシじゃないですよ?」
「あーうん、似てるってのはそういうことじゃなくて、二人ともどこか贖いを求めているところがってことだよ」
「贖いを…? 私はともかくアシュリーが?」
「あっ、今認めたね?」
「っ!?」
ヘレンさんはぱっと慌てて両手で口元を隠す。
そして恨めしそうに私を睨みつける。
「アリスさん、今のは無しです」
「どうしようかなー」
「…はぁ…わかりましたよ、降参です認めます。確かに私はどこか贖いを求めているんでしょう。でもどうしろっていうんですか? こんな私が罪を償ったところで救われるとでも?」
「誰にだって救いはあってもいいって私は思うよ?」
「じゃあ…アリスさんが私を救ってくれますか…?」
「ヘレンさん…?」
ヘレンさんは急に両手で耳を抑えてうずくまる様に顔を隠す。
「止まないんです…あの子の悲鳴が…恨み言が…気を抜くと聞こえてくる…お前のせいだと…何で助けてくれなかったのと…ずっと囁いてくるんですよ…。そんな私をアリスさんは救ってくれますか…? 助けてくれますか…? いっその事聖女なんですから…悪を裁いたとして…私を…殺してくれますか…?」
酷く弱々しい表情をしたヘレンさんに私が言えることはなく、ただ優しくぎゅっと抱き締める。
「ごめんね…ヘレンさんは死んで楽になりたいって思ってるのかもしれないけど、私はそんな事をしたくないの…」
「でも…私は疲れて走れなくなったフランを見捨てたの…あの子が待ってと言っても見捨てたの…」
「…疲れて走れなくなった…?」
以前エルザさんは嘆きの里での最終試験は三日間生き延びることだと言っていた。
それに罠が多くある場所でそんな疲れる程走り回るのだろうか?
「ヘレンさん、何でフランさんはそんなに疲れるまで走ってたの?」
「何でって…それは…えっと…え…何でだっけ…? いや…私が走って逃げようって…いや違う…あんな罠が一杯あるところで…でも…」
私の問いにヘレンさんは戸惑うように自問自答を繰り返す。
もしかして…。
「ヘレンさん、もしかしてフランさんは走れなくなってしまうような罠に掛かったんじゃないんですか?」
「か…仮にそうだったとしても私がフランを見捨てたことには…」
「本当にヘレンさんはフランさんを見捨てたんですか?」
話を聞いている限り、ヘレンさんの記憶には齟齬があるように感じられる。
でもこの曖昧なヘレンさんの記憶では真実がどうだったのかはわからない。
となると同じく最終試験を受けた人に話を聞くしかない。
「ヘレンさん、今の話をエルザさんに聞いてもいいですか?」
「あっ呼んだっすか?」
私がエルザさんの名前を呼ぶと、後ろから少し申し訳なさそうにエルザさんが現れた。
「…えーっといつから?」
「アリスさんがヘレンをぎゅってした辺りからっすかね? あたしらも心配だったんでこっそり見ようと思って…。てかヘレンにその時の話はタブーって思ってたんで話そうとしなかったんすよー」
「それで、実際にはどうだったんですか?」
「んー…確かに忘れたい記憶だったっすけど、少なくてもフランって子はヘレンの事恨んでなかったはずっすよ?」
「うっ嘘だっ! フランは私の事を恨んで叫んでたはず!」
ヘレンさんの反論にエルザさんは首を傾げる。
「いや、あたしらもヘレンの名前を言ってるのは聞いたっすけど、全然恨み言なんて言ってなかったっすよ。言ってたのは『生きて』とか『幸せになって』とかだったはずっす。そのせいであの化け物もイライラして喚いてフランって子をさっさと殺したはずっすよ? その後に別の子が捕まって仲間の名前を叫んだりはしてたっすけど」
「え…?」
「あたしとしては何でヘレンがそんな勘違いをしてたのかがわからないんすけど…」
エルザさんは不思議そうにしているが、恐らくそうでもしないとフランさんを失った事にヘレンさんが耐えられなかったのだろう。
自分自身が見捨てたって事にしないといけないほど悲しみを背負ったから…。
呪いと呪いは同じ漢字だけど全く意味の違う言葉だ。
フランさんがヘレンさんを思って掛けた呪いは、不幸にもヘレンさんを縛る呪いになってしまったのだろう。
「はは…私…馬鹿じゃないですか…。全部…全部思い出しました…あの時…罠に掛ったフランは助けようとした私を突き放した…逃げてと…ここから離れてと…。それで捕まったフランが声を押し殺しながら私に掛けた言葉を聞いて…私はほっとしてしまった…。捕まったのが私でなくてよかったと…私は生きてると…」
「でもその事で罪悪感を覚え、フランさんが殺されてしまった事も合わさりヘレンさんの心が壊れそうになりかけたのを、記憶の齟齬が働いて生きて罪を償わなければいけないのだと思うようになったってことですね…?」
ヘレンさんが私の問いかけに小さく頷く。
「でも何でヘレンはそんな事になったっすか?」
「一種の自己防衛反応ですよ。あまりに精神に大きな負荷が掛かった時、本能が現実と異なる認識にする事で自分を守ることもあるんです」
「なるほどっす」
私の中のアリカもある意味一種の自己防衛反応だろうからね。
方向性は違うけど。
「でも…今更どうすればいいんですか…? 罰を求めるためとはいえ、エルザと馬鹿やってるキャラって思われてる私が普通にできますか…?」
「ひどっ!?」
「確かに罰を求めたくなる気持ちはわかるよ。でもフランさんはヘレンさんにそんな風に過ごしてほしいとは思ってないと思うよ。私の勝手な思い込みだけどね」
「じゃあどんな風に過ごせば…?」
「んー…やっぱりまずは心から笑う事からかな? ヘレンさんが辛そうな顔をしている方がフランさんは心配だろうし」
「心から笑う…」
私も七つの大罪の件でそういう思いになった事もあるからね。
ヘレンさん程重くはないから簡単にはいかないと思うけど。
「それからだよ。ヘレンさんがやりたいことを、フランさんができなかった事も含めて、思う存分生きて、楽しんで、笑って、幸せになって、その権利はヘレンさんにもあるはずだから」
「私の…したい事…」
私はヘレンさんを抱き締めていた手を離し、大きく広げる。
「この世界はこんなにも広くて自由なんだよ。ヘレンさんのやりたい事がきっと見つかるよ」
「私は…生きててもいいの…?」
「うん!」
「私は…幸せになってもいいの…?」
「うん!」
「なら私は…フランの分まで生きて…幸せになりたい…。フランと一緒にしたかった事…やりたい…」
「それでいいんだよ」
「アリスさん…うっ…うぁ…」
「泣いてもいいんだよ…。だからおいで?」
「うぁぁぁぁぁぁぁ! 本当は見捨てたくなかった! フランと一緒にいたかった! だけどフランが! フランがぁぁぁぁ!」
ヘレンさんは私に顔を埋めるように抱き着き、堰を切るように涙や秘めていた思いを流す。
私はそれを優しく肯定しながらヘレンさんの頭を撫で続ける。
◇
「で、これは一体どういう状況なんでしょうか?」
「いやぁーあたしにもわからないっす」
「アリス様ぁ~」
あの後泣き疲れて眠ってしまったヘレンさんを教会へ運び、しばらくして目が覚めたヘレンさんは私にべったりとなっていた。
「えーっと…ヘレンさん? 一体どうしたんでしょうか?」
「私はアリス様のしたい事をやるようにというお言葉に従っているだけですよ~」
「し…したい事…?」
「はい! 聖女であるアリス様の側で尽くすこと、それが私のしたい事です!」
「……」
どうしてこうなったのだろう…。
私はただヘレンさんに元気になってほしくてやったことなのに…。
「なるほど。これが相手の心を奪い、自身の虜にしてしまう心奪の撃墜王という名の由縁なのですね」
「アシュリーさん!? その二つ名はどういうこと!?」
「いえいえそんな謙遜ならさずに。あの過去に囚われていたヘレンの心を溶かしてここまで明るくさせたアリスさんは正に人心掌握のプロ。貴女があの時の上司であればどれだけの子が貴女を慕い、命を賭けたでしょうか」
「垂らしてるつもりもないし、命も賭けさせるつもりもないからね!?」
アシュリーさんは私を何だと思っているんだろうか…。
そんな私とアシュリーさんのやり取りすら気にせず、ヘレンさんは私に顔をすり寄らせてくる。
「アリス様ぁ~私と一緒に建国祭を回りましょうよ~」
「建国祭?」
「あぁ、そういえば建国祭で思い出しました。姫様から頼まれごとがあったのでした。割と突拍子の無い事だったので気が向いたらとアリスさんがいらしたら伝えると返答しましたが」
「いやアシュリーさん、お相手は姫様なんですよね? そんなんでいいんですか?」
てか姫様からの頼み事って…何か嫌な予感しかしないのですが…。
気が付いたらsteam版のアトリエ発売日になってた…やっべ…(反らし目




