悪霊たちの宴⑩
テントの中は真っ暗で、気付けば周りにいた三人の姿は消えて私一人となっていた。
ふと後ろを振り返ってみたが、入ってきたはずの入り口の光も消えており、もう引き返すことはできないようだ。
「とりあえず進むしかないよね」
立ち止まっていても意味はなさそうなので奥へと進む事にする。
少し歩くと暗闇の中から光が漏れ出ている部分が見え、私はその光が漏れ出ている場所へと足を進める。
急な強い光で咄嗟に目をつぶってしまうが、光に少し慣れて目を開くとそこは真っ白な空間が広がっていた。
「ここがバトルフィールドって事かな?」
気が付けば私が来たはずの暗闇の道も消えており、真っ白な空間に私は一人ポツンと取り残されたような形になってしまった。
さすがにこの状況から何も起こらないとは思えず、周りをキョロキョロと見ていると、二十メートル程離れた正面側から黒い水溜まりのようなものが湧き出した。
その黒い水溜まりのようなものはぶくぶくとさせながら次第に形を作り始め、人型へと形を成していった。
「あれがドッペルゲンガーってやつかな?」
一応このミニゲームの趣旨である自分の形を取るまで少し待っていよう。
「…まだかな?」
ドッペルゲンガーと思わしきものは一応人型へと形は成すが、完成したと思ったらぶくぶくと身体を動かし、また身体を再構成することを繰り返していた。
戦闘がすぐに始まるものと思っていた私は手持ち無沙汰になり、この真っ白な空間がどれぐらいの広さなのか調べることにした。
とりあえず【紅蓮魔法】を周囲に撃ってみたが、特に着弾したような音は聞こえず、恐らくかなりの広さなのだろうと理解した。
「んー…これは逃げられたら捕まえられないんじゃないかな?」
自分と同じって事は能力等も一緒という事だろうし。
とりあえず逃げれないように先に周り囲った方がいいかな?
「【急激成長】」
そう思って苗木を持って地面に手を置いてみたがうんともすんとも反応がなかった。
あっこの地面土扱いじゃないのね。
仕方ない…。
私は土壁を作ってそれを砕いて木を植えることにした。
今度からは土の入った袋とか用意しておこう。
「『ねえ、もういいかな?』」
「んっ?」
突然声を掛けられて顔を上げると、私と全く一緒の恰好をしたドッペルゲンガーと思わしき敵(?)が立っていた。
「あっ準備できたの?」
「『うん。本当ならすぐ形になれるはずなんだけど、あなたになるのは何故か凄い苦労しちゃった』」
「えっと、それはご迷惑をお掛けしました?」
「『とりあえず心配してる逃げるって事は私はしないから安心して』」
「あっそうなの?」
「『うん。だからそろそろ始めよ?』」
「そうだね」
そう言ってドッペルゲンガーは少し距離を取って刀を抜いて構える。
私も同じように刀を抜いて構える。
「『それにしても本来ならもっと好戦的なあなたになるはずだったんだけど、何故かそこまで好戦的にならなかったんだよね。なんでかな?』」
「んー…まぁ…何でだろうね?」
まぁ大体は予想がつくけど…。
恐らく私の好戦的な部分の大半がアリカという事にすると、私自身を写し取ってもアリカまでは写し取れないということだろう。
結果、好戦的な部分のアリカが除外された私が写され、今目の前にいるドッペルゲンガーの私になったのだろう。
「『じゃあ…行くよっ!』」
「うんっ!」
お互い同時に駆け出し、先程立っていた中間で刀を斬り結ぶ。
「さすがに同じ能力じゃ移動速度も一緒だね」
「『私はあなたであなたは私だからね。私を倒すには今のあなたを超える必要があるよ』」
「今の私を超えるって言われても…ねっ!」
一度離れ再び斬り合うが、基本的な思考は私のためか同じ動作になってしまい、斬り結んでばかりになってしまう。
「やっぱり自分が相手ってのは厄介だね」
「『まるで私以外にも自分と戦ったことがあるみたいな言い方だね』」
「私を写し取ったなら大体理解してるんじゃないの?」
「『残念だけど私が写し取るのは表面上のあなたであって、過去の出来事とかは写し取れないの』」
「なるほどねっ!」
まぁ確かに過去の出来事まで写し取れたら凄すぎだよね。
…単にプライバシーの問題とかでできないだけかな?
一先ず攻め方を変えてみるとしよう。
「『付加―【紅蓮魔法】』!」
「『『付加―【紅蓮魔法】』』!」
攻め口を変えようと【付加】を使ってみたが、全く同時にドッペルゲンガーも使うとは思っていなかった。
「『一応あなたの表面上の考えそうなことは思いつくから…その…あんまり驚かないでね?』」
「ホントにやりにくいよっ!」
良い考えだなって思ったことが筒抜けとかなんか恥ずかしいんだけど!
しかもそこまで好戦的じゃないせいで私も微妙にやりづらいし!
そしてふとしたことに気付いてしまった。
「…ちなみにその装備の効果とかは…」
「『…残念ながら一緒だね』」
「…ってことは…」
「『うん。自動回復に切断不可だね』」
「……」
「『私だから言いたい事はわかるよ。この戦いって泥試合だよね』」
…本気でどうしよう…。
◇
不毛な戦いを続けて早三十分は経過しただろう。
お互い位置取りの差で攻撃が掠ることはあるが、そんなダメージは装備の効果ですぐに回復しきってしまう。
さすがのドッペルゲンガーの私も苦笑いを浮かべながら刀を振っているが、私もどうすればいいかわからないまま戦っている。
でもって今装備を解除したところでドッペルゲンガーの方が解除するわけもなく、せめてやるんだったらこの中に入る前だっただろう。
まぁ運営の事だからそんな対策をしても無駄なんだろうとは思うけどね。
「『一応ギブアップもできるけどどうする?』」
「確かにこの不毛具合はやばい…」
これは流石にどれだけ続けても無駄だろう。
そう思ってギブアップしようかと思ったら、アリカがストップを掛けてきた。
ずっと黙っていたアリカが声を掛けてきたため、私は一旦距離を取ることにした。
ドッペルゲンガーは突然の私の行動に首を傾げてその場に立ち止まる。
「『急にどうかした?』」
「あー…えーっと…」
アリカについて説明してもドッペルゲンガーにとっては何の事と思うだろうしなぁ…。
てかアリカ…自分を出せって本気?
この不毛な戦いで更にアリカも出してどうしろと…。
まぁギブアップするつもりだったし、出してもいっか。
「『現象―虚構の暗殺者』」
「『『現象―虚構の暗殺者』』」
私がアリカを出すのと同時に、向こうも同じようにアリカを召喚する。
「『これはどういうつもりなの?』」
「まぁアリカが出せ出せうるさいから…」
「いいじゃない。まっあたしの考え通りなら…」
「『なっ!?』」
えっ?
何でドッペルゲンガーが驚いてるの?
てか向こうのアリカ、ぼーっと立ってるだけなんだけど?
「ふふふっ、やっぱり思った通りね」
「どういうこと?」
「アリス、この技ってどういう技だったっけ?」
「今更どうしたの? 『現象―虚構の暗殺者』はアリカを出すための技じゃん」
「じゃあそれは誰が動かすの?」
「そんなのアリカに決まって…あっ…」
「そうよ、確かにあたしが動かす。じゃああたしがいなかったら?」
「私が動かすしかない…ってこと?」
「そういうこと♪」
アリカは楽しそうに好き勝手動き始め、ゆっくりと向こうのアリカへと近付いていく。
「『ちょっと!? 何で二人とも動いてるの!? どういう事!?』」
「あらごめんねー、あたしたち元から二人いたのー。だからたぶんあなたが作られるとき時間が掛かったのよねー」
「『ちょっちょっそれはずるいって! 反則反則!』」
「あら? ちゃんとこのゲームのルールには乗っ取ってるわよ? ちゃんと本体は一人だけでしょ? ほらアリス、二人でお互いのコピーを攻撃し合うわよー。一人は棒立ちだからきっと楽よ♪」
アリカ生き生きとしてるなぁ…。
まぁ装備も一緒ってことはスキル効果も一緒なんだろうし、片方が喰らえばもう片方もダメージを喰らう制約もそのままだろう。
私はドッペルゲンガーの私へ一言告げた。
「えっと…ごめんね?」
「『いやぁぁぁぁぁぁぁ!』」
◇
「ふぅ、やっと倒せた。…って、アリスどうしたの?」
「うん…戦いって虚しいものなんだねって思っただけだよ…」
戻ってきたルカが項垂れていた私に声を掛けてくる。
「でもアリカお姉ちゃんは生き生きしてるよー?」
「あー楽しかったわー。明日もやりましょ♪」
「アリカの鬼! 悪魔! これ以上ドッペルさんを虐めないで!」
「…アリカ、一体何したの?」
ルカに尋ねられ、アリカは意気揚々とドッペルゲンガーを倒した事の説明をした。
それを聞いたルカの反応は…。
「…さすがアリスのダークサイド…恐ろしい…」
「こんなに簡単ならもっとやりたいわよねー」
「いや、それできるのアリスとアリカだけだから」
「私絶対にもうやらないからね! ドッペルさんが可哀想だもん!」
「でもアリス、これで稼げれば報酬で良いのが手に入るかもよー?」
アリカの悪魔の囁きにピクンとつい反応してしまう。
いっいや…でもさすがに…だけど良い報酬があれば家の改装とかも…でっでもこれ以上ドッペルさんを虐めるのは…。
悶々と悩んでいると、トアさんが戻ってきた。
「流石に苦労しました…」
「お帰り」
「おかえりなさいー」
「ただ今戻りました。それで…お嬢様はどうされたのですか?」
「良心と悪魔がせめぎ合ってるところ」
「はぁ…?」
あぁ…私はどうすれば…。
鬼! 悪魔! アリカ!
さぁ想像してみよう、動けないもう一人の自分がボコボコにされている様を間近で見させられる様子を。




