悪霊たちの宴⑥
「はふぅ…」
外にある露天風呂に浸かったことでつい気の抜けた声が漏れてしまう。
いやだって露天風呂から見える綺麗な景色に熱すぎず温すぎずな温度の湯、そして外にいることで感じる心地よい風。
いやはやこれが日本人として生まれた幸運だと思う。
まぁゲームの世界だからある程度はいじってるんだろうけど…。
「…さてと」
私は一応周りを見て誰もいない事を確認し、【収納術】の中にしまっているポーションの入れ物に入れたリンゴジュースを取り出す。
「うーん贅沢だなー」
温かい湯に浸かりながら飲むジュースは最高だ。
そんな調子で景色を楽しみながらリンゴジュースを飲んでいると、中と外を繋ぐ扉がゆっくりと開き、人影が現れて私へと声を掛けてきた。
「隣、よろしいかしら?」
「あ、はい。どうぞ」
湯気で顔は見えないが、拒否する事でもないので少し移動して座る場所を広めに空ける。
まさか高級ホテルで他の客と一緒に入ってもいい物好きがいたとは。
「良いお湯ね」
「そうですね…って、女王様!?」
湯気の合間から見えた顔はフェアラートの女王様だった。
私は驚いて変な声が出てしまうが仕方ないだろう。
「あら、そんなに驚く事かしら?」
「す…すみません…」
「別に怒ってるわけじゃないから安心して。それに裸の女王なんていないでしょ? もっと気楽に話してちょうだい」
「はい…」
しかし、気楽にと言われてもなぁ…。
うぅ…緊張する…。
「それよりもさっき飲んでいたのは何かしら?」
「あ、私のお店で栽培しているリンゴのジュースです。良かったらお飲みになりますか? お口に合うかわかりませんが…」
「あらいいの?」
「まだ数はあるので大丈夫ですよ。メアリちゃんと第三王子様にも後でお渡しいたします」
「それは助かるわ。私だけ飲んだらずるいって怒られてしまうものね」
私は【収納術】から一本リンゴジュースの入ったポーションの入れ物を取り出して女王様へ渡す。
女王様はそれを受け取り、ゆっくりとリンゴジュースを口にする。
「あら、普通のリンゴより少し甘みが強いわね」
「レイクアップルという名前のリンゴから作ったジュースです。火を加えると酸味が増すんです」
「それなら色々と料理に使えそうね。輸入とかできないかしら?」
「んー…今のところ私たちがいるところのある街道に3ヶ月周期で大型モンスターが襲来しているらしいのですが、その中の一体が落とす物なのでそこまで育てている人はいないと思うので輸入できるほどの数は…」
私は参加していないが、レイクトレントがまた出たという報告は聞いていないからなぁ…。
もしかしたら別の場所に固定でいる可能性も否めないけど…。
「なら貴女がまたフェアラートに来れた際に少量でいいから持ってきてくれないかしら。買い取ってそれを元に栽培してみたいから」
「わかりました」
とは言ってみたものの、まだ沼地を抜けれないからその先に何があるかがわからないんだよねぇ…。
でも防衛イベントの時のようにゲートを作らなかったって事は、今私たちがいる大陸のどこかにフェアラートがあるってことだろうし、案外近くにあるのかもしれない。
頑張って沼地を越えねば…。
「さてと、フェアラートの女王としての話はこれぐらいにして、夫の妻としての話をするわね」
「? はい?」
「別にそう身構えなくていいわよ。これは単なるお願いなのだから」
「お願い…ですか?」
私に第三王子の奥さんとしてのお願いってなんだろ?
「先程お城への招待を断ったでしょ?」
「えっと…やっぱりまずかったですか…?」
「まずいまずくないかのどちらかと言えばまずくはないのだけども、夫の立場からするとちょっと…ねぇ…。正真正銘貴女は私の命だけでなく、娘のメアリの将来も救ってくれた。そんな命の恩人に対して何も行わないのは王族として恥となってしまうのよ」
「うぅ…」
「でも貴女は吸血鬼襲来時の褒美の時の様子を見てわかったけど、そこまで金銭や財宝に執着してるわけでもないと思うからそんなに大々的にしないでいいわよね?」
私は首を上下に振って意思表示をする。
変に大事になられても後が大変なのだ。
「なら略式といった形にすれば問題ないだろうし、私たちと一緒にお城へ行って挨拶しましょう。そうすればそこまで大々的な事にはならないはずよ」
「女王様たちと一緒に?」
「今日のところはここに泊まったけど、やっぱりお忍びとはいえ挨拶しないわけにもいかないのよ。でも貴女が先程夫の申し出を断ったのもあったから、それをどうにかするのも含めてね」
って事は、女王様は私が断ったからわざわざ一緒のホテルに…?
「あわわ…大変なご迷惑を…」
「別に貴女に悪気があったわけじゃないのは夫もわかってるわ。ただ貴女自身が己を過小評価しすぎただけなのよ。それに私たちが一緒なら多少は気楽でしょ?」
「うぅ…色々とお手数をお掛けします…」
つい褒められて恥ずかしくなり鼻の少し下ぐらいまで湯に浸かって顔を隠してしまった。
女王様はそんな私を子供をあやす様に優しく撫でてくれた。
色々と打ち合わせをした結果、遅くなりすぎるのもいけないという事で明日の午前中に女王様たちと一緒にお城へと向かう事になった。
一応他の三人については本人たちがついてきたいなら構わないという事だが、本人たちにその話をしたら全員に拒否されたため、大人しく私一人だけで行くこととなった。
ちくせう…これも悪霊の悪戯なのか…。
うぅ…気が重いよぉ…。




