【敗北者】①
誤解を与える表現だったため、少し文章と【敗北者】スキルについての表記を変更しました。
NWOを開発したアヴニール社社長の藤堂 真志は、社長室で次に行うイベントの企画書を少し豪華な椅子に座って眺めていた。
「ふむ、これはハロウィンでこっちはクリスマス。それでこちらはスポーツ大会と文化祭を合わせたようなイベント企画か。なかなか奇抜なアイデアだな。さて他には…」
他の企画書を取ろうと手を伸ばそうとすると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
真志は手に持っていた企画書を机の上に置き、部屋に入ってきた社員の方に顔を向ける。
「それで、何かあったのかな?」
「はい、GMコールで一つ気になることがありましたので…」
アヴニール社では幅広く意見を取り入れるという方針なため、このように社員がある程度気楽に社長に意見を求めたり尋ねたりすることができている。
ただ、社長もそれなりに忙しいため頻繁にというわけにはいかないが。
「ふむ、聞こう」
「はい。先程GMコールが来たので対応したのですが、社長は何故【敗北者】などというスキルを作ったのですか? あれではプレイヤーが馬鹿にされてると思われても仕方がないと思うのですが…。それにあのスキルは対人戦闘をしていないプレイヤーも取得してしまうのでは?」
「あぁ、あのスキルか」
確かに真志はいくつかのスキル作製に関与している。
しかも少し捻くれたようなスキルばかりを。
先程挙がった【敗北者】スキルだけでなく、その対となる【勝利者】スキルやスキルをセットするのに痛覚制限を50%にしなければいけない【死体回収】スキルといったものも挙げられる。
「一つ誤解をしているようだが、【敗北者】スキルはあくまで対人戦闘を行った場合のみ取得条件にカウントされる。だから生産職や非対人プレイヤーのように戦う意思のない者が襲われ、結果100連敗したとしても【敗北者】スキルは取得しないように特に気を付けて調整させてある。対となる【勝利者】スキルも同様だ。だから君の心配するような点は問題ない。その点を踏まえて君に質問しよう。現実では敗者は何かを得るという。ではVRゲームの世界では敗者は本当に何かを得るのだろうか?」
「えっ? まぁ経験とかは得るのではないですか?」
「確かに経験は得るだろう。だがその敗北が【敗北者】スキルを取得する条件である100連敗するほどに続いたとしたらどうなるかな?」
「それは…」
社員の彼は言葉に詰まる。
一回や二回程度ならばまだいいだろう。
だが【敗北者】スキルを取得するに至る100連敗をしてしまって、本当に得るものがあるのだろうか。
「故に私はあのスキルの取得条件と効果をああしたのだよ」
「GMコールがきたので来る前に少し資料は見ましたが…ですがいくらなんでもあのような効果は少しやりすぎなのでは? あれではただスキルの効果に溺れるだけでは…」
「それがどうかしたのかな?」
「えっ!?」
真志は淡々と語り始める。
「私は何も敗者を責めるつもりなどない。故に私はそのような者にも救いがあるスキルを実装させた。だがその救いに傲り、溺れる者まで助けるつもりなどない。PS至上主義とまでは言わないが、NWOには無数のスキルと組み合わせがある。対人戦闘を続けつつも敗者で居続けるならば何故その無数のスキルと組み合わせを考えないのか。運動神経がないならばスキル、戦術、作戦、戦略、工夫で補う事は可能だ。才能だけが全てではないし、無敵であるプレイヤーなどいないのだからね。なのに何故そのような事もせずただ不平等や理不尽を叫ぼうとする。私にはそこがわからない。何のためにSPを多めに与えていると思う? プレイヤー一人一人戦闘スタイルや運動神経が違うのは当たり前だ。故に私は自身に合ったスタイルを確立してもらいたいと思っている。だからこそのあのスキル数とSPの獲得しやすさにしたのだ」
「ではあの【敗北者】スキルは…」
「あれはただの切っ掛けに過ぎない。力に溺れるか、それとも『勝利』という自信を得て立ち上がるかを手助けするだけのスキルだ。…ふぅ、少し熱くなりすぎてしまったな」
真志は椅子に身体を預けて少し上を向く。
「君の質問に対する回答としてはこんなところかな」
「はい、とても参考になりました」
「他にないようならば業務に戻りたまえ、私と話していたせいで無駄な残業など嫌だろう?」
「いえ、そんな事は…」
「ははっ、すまない。答え辛い事を言ってしまったな」
「いえ、では失礼しました」
そう言って彼は社長室から出て行った。
真志は椅子を回転させ、外の景色を見ながらぽつりと呟く。
「さて、彼の言っていたプレイヤーは愚者か、それとも立ち上がれるかのどちらかな?」
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件の【敗北者】スキルを手に入れたプレイヤーは一人、地面に倒れていた。
「なっ何でなんだよ…話と違うじゃんか…」
「はぁ…」
それに対し、つまらなそうに彼を見下ろしているピンク色のウェーブの掛かったロングヘアーの女性は溜め息をつく。
「ふっ【不沈棺】はプレイヤーの攻撃を喰らってわざとやられるっていう話じゃんか…。こっこんな強いなんて聞いてない…」
「何か勘違いしているようだけど、確かに私は痛めつけられるのは好きよ。あの嗜虐的な視線を向けられたり怯えながらも私を痛めつけてくる攻撃なんてもう最高ね」
【不沈棺】は自分の身体を抱き締めるようにして身体をクネクネと身悶えさせながら語るが、すぐに表情を戻し、彼を見下ろす。
「でもね、あなたみたいに『ストレス解消』を目的にしてる攻撃なんか喰らっても何も嬉しくもないし楽しくもないのよ。たまにいるのよね、私がそういうスタイルだからってバカみたいな理由で襲ってくるPKが。私、そういう雰囲気とかわかるのよ」
「くっ…くっそぉ…」
「そもそもあなたみたいな高校生ぐらいの子供がストレス解消としてPKをやるのが間違ってると思うのよね。普通にモンスターでも倒してればいいのに」
「どいつもこいつも僕をバカにしてぇ…」
「別にバカにしているわけではないのだけどね。まぁこれ以上言っても無駄のようね」
【不沈棺】は再び手甲を装備させ、地に伏している彼に対してその右手を振り下ろす。
その一撃で彼のHPは全損し、粒子となって消えていった。
「全く、現実で嫌な事があったからってこっちに持ってこないでほしいわ」
【不沈棺】は一人溜め息をつき、歩き始めた。
「さーってと、気分転換に新しく二つ名が付いたプレイヤーのところに行かなきゃ♪」
こうして、また一人新しい二つ名が【不沈棺】のターゲットとされるのであった。
実は強キャラだった【不沈棺】()




