百鬼夜行⑮
トアさんが何やら緊急の用事でこの場を離脱した後、私たちは茨木童子との激戦を続けていた。
「はぁぁぁぁっ!」
「うぉぉぉぉっ!」
ガキンっと刀と拳がぶつかる音が響く。
HP吸収の仕掛けがわかったため、私たちは返り血を浴びないように注意しつつ戦い続けていた。
茨木童子がHP吸収をするカウンター型という特性から、HPが比較的少なめなのかこの人数でもを削れており、ようやく五割を切る事ができた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
既に何時間経過したのだろうか。
日も沈み、辺りが暗くなってきた。
幸いルカが茨木童子の隙を突いて蝋燭の灯りを付けてくれているので闇夜に紛れるといった事はされていない。
とはいえ、他の方角の状況を確認する余裕がない今、援軍などは期待できない。
私たち以外のメンバーも守りを固めた鬼を崩すのは容易ではないらしく、来れないとの事だ。
トアさんも早めに戻るとは言っていたものの、あのトアさんがここを離れてでもやらなければいけない事ならそうそう戻って来れないだろう。
割とやばいかもね…。
私はチラッと周りを見るが、皆呼吸が荒いように感じられた。
だけど仕方ない事だとは思う。
この長時間の戦闘で集中力もかなり削れているだろうし、疲労感もかなりのものだろう。
だが…。
「くそっ…まさかこんなに長くなるとは思わなかったねぇ…」
茨木童子も呼吸が荒くなっているように見えた。
この時ばかりは相手の体力が無尽蔵ではない事に感謝する。
「なら撤退するなら今のうちですよ…」
「ははっ…そいつぁできねえ相談だねぇ…」
軽く撤退を促してみたが、あちらは引く気はないようだ。
ならば仕方ない。
こちら側の疲労感もあるし、ここらで一つ勝負を仕掛けるしかない…!
「…ルカ…―――」
私はルカに一つ指示をする。
ルカは少し顔をしかめるが、小さく頷いてくれた。
私は乱れた呼吸を整える。
茨木童子はその様子を見て構えを取る。
少しばかりの静寂が訪れ、私と茨木童子は同時に前に出た。
「ふんっ!」
「ぐっ!」
私は茨木童子の右の突きを避けるが、頬に掠る。
だが私はその回避とともに先程までとは違い、浅くではなく深く斬るように刀を振るう。
「何っ!?」
能力が知られてから返り血を浴びようとせずに浅く攻撃していたにも関わらず、突然深く斬るように攻撃してきた事に虚を取られ、その後の攻撃は来なかった。
「くっ! だがっ!」
茨木童子は返り血を浴びた私に対して右手を翳してHPを吸収しようとする。
その瞬間、茨木童子の右腕に複数の矢が刺さるのと同時に海花の鉄線が巻き付き、引っ張られるように翳した右腕が私の直線状から逸れる。
今までの行動からHPを吸収する対象に右手を翳さないといけないのだという事は予測できた。
だからルカにその硬直を狙うように指示をしたのだ。
「 『付加―【紅蓮魔法】!』」
私はすぐさま振り返り、付加魔法を載せた刀で茨木童子を大きく斬る。
「がぁぁぁっ!」
「今だっ! 撃てっ!」
「『デットリーポイズンショット』!」
茨木童子が怯んだ隙に背後から複数の魔法が襲い掛かる。
完全に不意を突かれ今までのようにうまく防ぐことができず、茨木童子は攻撃をもろに喰らって膝をつく。
「膝をついた今が最初で最後のチャンス! 一気に畳みかけるよ!」
「はっ!」
攻撃を控えていた首狩り教とともに私たちは四方から茨木童子へと襲い掛かる。
「ぐっ…ぬぅ…」
流石の大ダメージで上手く動けないのか、茨木童子はガクガクと震わせながら身体を起こそうとしている。
だが茨木童子が立ち上がってカウンターを打ち込むより、私たちの攻撃の方が先に入る!
「やめてぇぇぇぇぇぇ!」
「っ!?」
そう思った瞬間、突然子供の大きな声が響き渡った。
その声に茨木童子も驚愕した表情を浮かべたのを見て私たちは咄嗟に攻撃が茨木童子に当たる直前に止めた。
声の主は茨木童子と同様に白髪のショートで、頭に短い赤い角を生やした和服を着た子供だった。
「ととさまをこれ以上虐めないでっ!」
「馬鹿野郎っ! 何で来たぁぁぁぁ!」
その声の主である子供に対して茨木童子は怒声を浴びせる。
だがその子供は涙目になりながらも茨木童子の元へと近付いてきて庇うように茨木童子に抱き着く。
「邪魔だっ! さっさと離れてろ!」
「やだっ! ととさまが傷付くのこれ以上見たくないっ!」
私たちは武器を下げるにも下げられず、警戒しながら二人のやり取りを見るしかなかった。
だが声を掛けないわけにもいかず、私は恐る恐る声を掛けた。
「その子に免じて見逃してあげるからさっさと引いて」
「んな事できるかっ! 大将がまだ戦ってんのに俺が引けるわけねえだろ!」
「その大将もつい今しがた倒されたようですよ」
「トアさん!」
森の中からトアさんが姿を現し、鬼の大将が倒されたことを告げる。
「遅くなりまして申し訳ございません。少し手間取ってしまいまして…」
「無事ならいいんだけど…その話って本当?」
「はい。つい今しがた南西にいた酒呑童子が倒されたと報告がありました。そして酒呑童子が倒される直前には四天王を含めるこの方角以外のボス級は全て倒されたらしいです。とはいえ、今だ残党が多くいるためその対処に当たっているとのことです」
「大将が…やられた…だと…」
茨木童子は信じられないといった表情を浮かべ愕然としている。
しかし私たちが茨木童子のHPが3~4割残ってる状況で他の人たちは討伐かぁ…。
「ですので、これ以上の戦闘は無意味かと思いますが?」
「ととさま…」
「……」
茨木童子は起そうとした身体を胡坐を取るような姿勢に変える。
「…わかった、俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしな」
「その言葉に嘘偽りはない?」
「鬼に横道はない」
横道はない…つまり嘘はつかないって事か。
「わかった。皆も武器を下げて」
私たちは武器を下げ、茨木童子から少し距離を取る。
だが鬼の子供は私たちを睨むように威嚇し続ける。
「やめろ」
「でっでも…」
「俺は負けたんだ。お前がゴチャゴチャ言うな」
茨木童子は袖の中からキセルを取り出して一服する。
「だがこいつは無関係だ。見逃してやってくれ。頼む」
茨木童子は私たちに対して頭を下げる。
「てかその子…貴方の子供? ととさまって呼んでたし…」
「えっ? あぁ…まぁ…そうだな…」
「ならお父さんと一緒の方がいいだろうし、二人で逃げて…いいよね?」
私は他のメンバーに確認を取るが、特に不満はなさそうに頷いてくれた。
だが、それには茨木童子が待ったを掛ける。
「いや、それはいけねぇ。俺は鬼たちの副将だ。それが何のけじめも付けねえで見逃してもらうなんて道理が付かねえ」
「そんな事言われても…」
いくら敵とは言え、子供の前で親を殺すとかそういう事はちょっと気が引ける…。
私たちがうーんと悩んでいると、ルカが茨木童子の子供をひょいと抱き上げる。
「なっ何するんだっ!?」
「んっ、君がいたら話したい事も話せないだろうし、少し離れてよと思って」
「はーなーせー!」
「暴れない暴れない」
その光景に私と茨木童子はくすっと笑ってしまう。
「全く…ついさっきまで殺し合ってた相手の子供に対して何してんだか。特に君は俺に眷属を倒されたんだぞ。憎くないのか?」
「少しは憎い部分もあるけど生死を賭けた戦いだから仕方ない。その事はカルディアもわかってるはず」
「…そうかい」
ルカのおかげで少し空気が和んだけど、未だに茨木童子の処遇をどうするかが決まらない。
何か良い手はないものか…。
(展開とか古戦場とか色んな意味で)((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル




