アリス、イメージアップ作戦②
豚肉を購入し、残りの材料を取りに一度お店に戻る。
っと、具材の他に蒸すための道具も持ってかないと。
いつ必要になるかわからないけど、先にルカに作ってもらってたんだよね。
でもあくまで大量生産用じゃないから新しくルカに何個か作ってもらわないと…。
行く前にサイに「ご主人様は一体何を目指してるんだ…?」って顔されたけど、それは私にもわからないから何も言えないんだよね…。
「ただいまー」
イベントマップに戻った私はトアさんが連絡してくれた場所へと向かう。
「あっ、お嬢様。お帰りなさいませ」
「お帰り」
「…何これ」
「何、と言われますと?」
「屋台だけど?」
なんでかれこれ二時間ぐらい席外してたぐらいで屋台ができてるの。
しかも私ルカには言ってなかったのに当然のようにいて、しかも台の上には蒸すための道具も複数置いてあるし…。
「あの…トアさん服の方は…?」
「勿論終わらせております。そしてお嬢様をお待ちしている間にルカお嬢様と一緒に屋台を作って待っておりました」
「アリスが肉まん売り出すっていうから急いで来た。褒めて」
「いや…まぁありがたいんだけど…」
ルカって確か社作ってたんじゃないっけ?
そっちはいいの?
でもそんな真っ直ぐな目をして頭を差し出して来るルカを無下にはできない…。
私はしょうがないなと思いつつもルカの頭を撫でてあげる。
「それと売り出すって言っても、一応難民の人たち向けに渡す予定だから無料にしようかなって思ってるけどね」
「売り上げいいの?」
「まぁお肉もそこまで高くなかったし、少し施設に出費したと思えばいいからね」
「あの…私も半分出すという話では…」
「そこは…屋台を作ってもらってことで無しの方向で」
「そ…そんな…」
いや、そんながっかりすることじゃないよね?
「さて、皮とかから作らないといけないからさっさとしないとね」
二人にも作業を分担してもらいつつ、私は肉まんの皮の作製をする。
材料を混ぜて作った生地が発酵を待つ間に次のを作り、出来上がった皮から順に具材を詰めて肉まんにしていく。
さすがに三人もいるから作業を分けられて楽だ。
本当だったら私一人で作るところだが、ルカもトアさんも【料理】を持っているので助かっている。
時刻もいい感じにお腹が空いてくる午後三時頃になってようやく渡せるほどの豚まんを作ることができた。
「さてと、あとは渡すだけだね」
「匂いに釣られて人も集まってきてるし、いいと思う」
「これでお嬢様のイメージアップ間違いなしですね」
あ、そういえばそんな趣旨だったね。
すっかり忘れてたよ。
「まぁ今は豚まん渡そっか」
「わかった」
「かしこまりました」
私たちは手分けして屋台の近くに寄ってきた人たちに豚まんを渡す。
「どうぞー」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
「美味しー!」
うんうん、喜んでくれてよかった。
それにしても…。
なんでプレイヤーっぽい人は避けてくの?
しかも私と顔合わせると凄い勢いで背けるし…。
豚まん配ってるだけだよ?
いっその事ここは強引に渡すべきか…。
「あのー…」
「はい…なんですか…?」
「よかったら肉まん…どうぞ」
「あ…ありがとうございます…」
近くにいたプレイヤーに豚まんを渡そうとするが、そのプレイヤーは恐る恐る豚まんの端っこを取り、受け取った手をゆっくりと手元に戻す。
いや…そんなビビらなくても…。
しかも豚まんを半分に割って中身を確認しようとまでしなくてもいいじゃん!
別に変なの入ってないよ!?
ちゃんとした具材だよ!?
仕方ない…ここは多く渡して少しでも安全な物って思ってもらわないと…。
…いや、だからなんでそもそも危険な物って思われてるの?
しばらく近寄ったプレイヤーに肉まんを渡し、何とか多少はスムーズに受け取ってもらえるようになってきた。
一時はどうなるかと思ったが、これなら多少はイメージを変えられただろう。
「おい、俺にもその豚まんくれよ」
「あっはーい」
このようにたまにだが、声を掛けてきて豚まんを受け取ってくれる人も現れてきている。
「どうぞー」
「おう」
その男の人は豚まんを受け取るとすぐに口へと運ぶ。
「結構イケんな」
「ありがとうございます」
男の人は豚まんを食った後、私の方をじろじろと見つめ始めた。
「お前なかなか料理うめえな」
「えっと、ありがとうございます」
「お前、俺の入ってるギルドに入れよ」
「…えっ?」
ん?
なんでいきなりギルドの話になったんだろ?
「お前どこかのギルド入ってんのか? 入ってねえだろ?」
「えぇ…まぁ…入ってませんけど…」
「なら俺の入ってるギルドに来いよ」
「いや…別にギルドに入ろうとかそういうのは考えてないので…」
私は苦笑いをしてやんわりと断る。
だが、男は何かが気に食わなかったのか、突然私の右腕を掴む。
「いいから入れてやるっつってんだろ!」
「っ! 離してっ!」
突然腕を掴まれた事もあり、びっくりして私は身体がこわばってしまう。
その様子を見て難民のおじさんが声を掛けてきた。
「こらこら異邦人の方。お嬢さんも嫌がっているようですし…」
「うるせぇ! NPCの癖に指図するんじゃねえ!」
「ひぃっ!?」
突然男は怒鳴り声を上げて難民のおじさんを威嚇する。
その男の怒声に周囲の難民の人たちも驚いてこの一帯から離れてしまった。
私はその様子を見て、頭の中で何かがプツンと切れた音がした。
「…離して…」
「うるせぇ! 元はと言えばお前が!」
「…離せ」
もはや無意識に私は空いていた左手で腰に差している脇差を抜こうと柄に手を掛ける。
それと同時にルカとトアさんが現れ、ルカが私の左手を、トアさんが男の腕を掴む。
「アリス、落ち着いて」
「申し訳ありません。気付くのに遅れました」
ルカは冷や汗を流しながら私の手を掴んでおり、トアさんは殺気を出しながら男の腕を掴みつつ、男を威嚇している。
男もトアさんの殺気に怖気づいてたのか、私の右腕を離し、トアさんもそれを確認して手を離す。
「くそっ!」
男はもはや何をやっても無理だと判断したのか、そのまま走り去っていった。
その様子を見て私も左手の力を弱める。
「…落ち着いた?」
「うん…」
ルカの様子から、私もかなりやばい状態だったのだと冷静になった後理解した。
恐らくルカが止めてくれなかったら、あの人の首か腕を斬り落としていただろう。
「こんなところで流血騒ぎなんてしたら、アリスのイメージ悪くなっちゃう」
「うん…。止めてくれてありがと…。トアさんもありがとね…」
「いえ、私がもっと早く気付いていればうまく対処できたのですが…」
「ううん。こっちこそああいう人がいるって事すっかり忘れてたからね。ちゃんと気を付けないといけなかったよね」
「そもそも、イベントステージにまであんなのが来るとは思ってなかった。想定外」
ルカの言う通り、協力するのが前提のイベントマップでああやって場を乱すような人がいるなんて思わなかったのもある。
そのため対処が上手くできなくてああいった事になってしまった。
「それよりさっき止めようとしてくれた難民のおじさんにお礼言わないと…」
さっきの騒ぎで逃げてしまったのか、見当たらない。
「わかった。私が探す。その人の特徴教えて」
「いいの?」
「アリスがこの場を離れるよりはいい。だから大丈夫」
「ありがと…」
私はルカにぱっと見だったが、そのおじさんの特徴を伝える。
ルカは簡単にだがメモを取って探しに行く。
残った私とトアさんはこの後どうするか話し合う事にした。
「ではルカお嬢様が戻ってくるまでは豚まんの配布を続けるとしましょうか」
「そうだね。でも余計人が近寄らなくなっちゃったね…」
先程までは多少なりとも人は寄っていたのだが、今はほとんど近寄ってこようとしてこない。
「先程のような事があったのです。こればかりは仕方ありません」
「せっかくトアさんがアイデア出してくれたのにごめんね…?」
「いえ、私こそああいった輩の対策を考えずにいて申し訳ありません。次からはお嬢様を一人にしないように他に手の空いてる方にも手伝っていただきましょう」
「他のってなると…海花とかぐらいしか思いつかないんだけど…」
「海花お嬢様ならば、お嬢様がお願いすれば飛んでくることでしょうし、安心です」
いや、安心なのかな?
むしろファンの人たちも来てかなり大事になりそうな気しかしないんだけど…。
相談が終わるとトアさんは真面目な顔をする。
「それと今回の件について、リーネ様たちにも報告する必要がありますね」
「…うん、そうだね」
ああいった人がいるならその対処もしないといけないもんね。
十分後、ルカが探していた難民のおじさんを連れてきてくれたので私は先程の事のお礼を言う。
そして余り物で申し訳ないが、少しばかりのお礼として家族分の豚まんを人数分袋に入れて渡すことにした。
おじさんも先程の件について思うところもあったのだろうが、微笑みながら「頑張ってね」と言ってくれた。
私はその気持ちに裏切らないよう心に誓った。
必殺技使ってないからまだセーフ。
半月も経たねえうちにまた古戦場だけどよぉ…止まるんじゃねえぞ…




