教会のお手伝い⑥
「王都の地下にダンジョンがあるなんて…」
「はい。それ故にここは王国の中でもトップシークレットです。そしてこの中は常に狂気が蔓延っており、一般人が入れば一分と持ちません。更にこのダンジョンは王国から危険指定区域とされており、許可された者しか立ち入る事を許されておりません」
「ではなんでそんな場所に私を…?」
許可された者しか立ち入っちゃいけないんじゃ私は入っちゃダメなんじゃ…?
私の不安を察したのか、アシュリーさんは説明を続ける。
「大丈夫ですよ。ここに立ち入っていけないのは王国民だけです。アリスさんたち異邦人には適用されません。ただし、この場所を王国民に教える事は推奨しませんけどね。そしてここの管理を任されているのは私。アリスさんならその意味がわかりますよね?」
私はアシュリーさんの確認に頷く。
あの大きな石碑を動かした事から、アシュリーさんの許可無しではこの場所には来れないということだろう。
「幸いこの場所付近にはほとんど人通りがありませんから異邦人の方が大勢来られても然程の問題はないです。ですが、それでも王都に住む人たちからしたら王都内にダンジョンがあるなどと知られたら大きな騒ぎの原因となってしまいます」
確かに自分たちの住む街にそんなものがあったと知れば大きな混乱が起こるだろうしね。
今までのダンジョンは近くと言っても一応は街の外にあったし、警備の人もいた。
だがここは違う。
王都内にダンジョンがあり、更には警備の人はいないでアシュリーさんが管理しているだけ。
そりゃあ知られたら心配になるよね。
「とは言ってもこのダンジョンの魔物自体はそこまで強くないのですよ」
「そうなんですか? じゃあなんで危険指定地区に?」
「簡単に言えば自分たちのテリトリーではないからですね。このダンジョンは危険な罠などのギミックが多数存在しています。そして…」
「そして…?」
「…いえ、その理由は実際に体験してもらった方が早いですね」
アシュリーさんはそう言って大きな扉の方へ向かう。
「大丈夫ですよ。この扉はあくまでダンジョンに入れるかの資格を測るために設置されました。本来の入り口の扉はこの扉の先にあります」
アシュリーさんは私の方へ手を伸ばす。
私はその手を掴むために扉の前へと移動する。
「では開きます。先に言っておきます。心を強く持つように」
「? は…はい…」
心を強く持つ…?
一体どういう…。
ふとそんな事を考えている内にアシュリーさんが扉を開き、私の手を掴んで前へと進む。
そして一歩中に入った瞬間、異変に気付いた。
「なに…これ…」
空気が一気に冷え込んだように感じ、身体が震えを覚える。
更に冷や汗が止まらず、呼吸も荒くなってきた。
アシュリーさんはその様子を一目確認し、更に一歩前へと私を連れて歩く。
強制的とは言え、その一歩を歩くのがとても不快に感じる。
身体が…心が…本能がもう先へと行きたくないと訴えるように血の気が引いていく。
そしてその一歩を踏んだ時、更なる異変が私を襲った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
頭の中に異常な程の殺意・悪意・恨み・妬み・嗜虐・狂気といった負の感情が流れ込んできた。
何よりも殺意の感情が強すぎる。
もう何が何だかわからない。
目の前が真っ暗になって自分の身体が自分のものじゃないように感じられる。
虚ろとなっていく視界の端に、薄っすらといつの間にか手に握られた脇差が映った。
そしてその手は私の首を目掛けて刺し貫こうとする。
その瞬間、私の身体は宙に浮くのと痛みを感じて吹っ飛ばされた。
「あぐっ!?」
気が付くと私は先程降りてきた階段の近くの壁に背中を預けていた。
ガタンという何かが閉まる音がし、アシュリーさんが私に近づいてくる。
「どうですか? 今の気分は」
「…最悪ですね…」
正直言って気持ち悪い。
吐き気というよりも殺意に支配されそうになった事の方が大きい。
「これが危険指定された一番の理由です。【狂気耐性】がないものがあの中に入れば先程のアリスさんのようになります」
「確かにこれは危険ですね…」
何も知らずに入れば一人ならともかく、複数人なら殺し合いが起きてもおかしくない。
それもダンジョンに入る前でこれだ。
ダンジョン内ではこれより更に酷くなるのだろう。
全く…運営も恐ろしいダンジョンを用意したものだ。
敵は弱いがギミックが恐ろしいダンジョン。
【発見】や【狂気耐性】などの対罠、環境適性が必要なダンジョンということだね。
「でもアシュリーさんは大丈夫って事はやっぱり…」
「はい。ちゃんと【狂気耐性】を持っています」
「やっぱり…」
一息つこうと思うと、誰かが階段を降りてくる音が聞こえてきた。
「二人ともこんなところで何やってるんすか? もう子供たちご飯食べて昼寝しちゃってるっすよ?」
エルザさんが下まで降りてきて現状を報告する。
こんな場所があるにも関わらず驚きもせずに…。
「もうそんな時間でしたか。では戻るとしましょうか」
「そうっすね。ってアリスさんなんか気分悪そうじゃないっすか? 背負うっすか?」
「あー…うん…お願いするね」
「任せるっす!」
エルザさんは私を背負い、アシュリーさんとともに階段を登る。
「…エルザさんもあそこを知っていたんですか?」
私はふとそんなことを尋ねてみた。
答えは予想しているのだけどね。
「知ってるも何も、あたしたちはあそこで生き残ったから今も生きてるっす」
「え…?」
「あの中で三日間生き残る。それが最終試験だったっすからね。いやぁ何度も死を覚悟したっすよ。あいつに捕まったらもう死亡確定っすからね。しかも捕まった子を拷問して泣き叫んでる声を外に聞かせる超嗜虐的趣味っすからね。そのせいで狂って更に捕まった子も多かったっすねー」
「ちょっ!? 拷問って一体!?」
「あれっ? シスターそこまでは言ってなかった感じっすか?」
「嬉々として聞かせる内容でもありませんしね。拷問して喜ぶような化け物の話などするものではありません」
「別にシスターのせいってことじゃないじゃないっすか。あたしたちも怨んでるわけでもないんすから」
「ですが貴女たちをあそこに送り込んだのは私です。その罪は消えません」
「全くシスターも頑固っすねー…」
今の会話で一つ気付いた事があった。
教会内に置かれていた棚の中で、一つだけやけに十字架が多かったものがあった。
もしさっきの話が本当だとしたら…あの棚はアシュリーさんの…。
考え込んでいるといつの間にか地上へと戻ってきており、アシュリーさんが再度石碑を動かして入口を閉じる。
私はもう動けるとエルザさんに言い、三人でゆっくり歩きながら教会へと戻った。
その後、昼寝から起きた子供たちと遊びつつアシュリーさんたちの手伝いをして依頼を終える事となった。
そして教会を去る前にアシュリーさんと少し会話をした。
「アリスさん。ダンジョンの件ですが…」
「大丈夫ですよ。余程の準備が整わないと行くのは厳しそうですし、公開するにしてもしばらく後にしておきます」
「ありがとうございます。それと来られるのでしたら深夜にお願いしてもいいですか? 下手に大勢来られると人通りがないとしても勘繰る方もいらっしゃるので…」
「わかりました。時間は深夜限定という事にしておきます。そしてダンジョンに入るにはアシュリーさんの協力が必要ということでー…何かダンジョンに入るための合言葉とか作っておきますか?」
「合言葉ですか…」
二人して「うーん…」と考える。
「では…『我らに贖罪の機会を与えたまえ』というのはどうですか?」
「アシュリーさん…それって…」
「ふふっ…。では合言葉はそれでお願いしますね」
「…はい、わかりました。ではお世話になりました」
「いえいえこちらこそありがとうございました。またいつでもいらしてくださいね」
「はい。今度はシスター全員とも会いたいです」
「では怪我をしないようにお願いしないといけませんね」
私たちが楽しく話していると、エルザさんがふくれっ面をしてこちらを見ていた。
「シスターだけずるいっす…。あたしだってアリスさんともっと喋りたいっす…」
「シスターエルザは五月蠅いから私たちとここで待機っ!」
「シスターエルザが行くとおねーちゃんが帰れなくなるからダメっ!」
「うぅー! 酷いっすー!」
思いつきの話がまさか6話まで行くとは思わなかった…(反らし目




