教会のお手伝い④
「アリスさんは…罪を背負うためだけに生まれてきた子供について…どう思いますか?」
アシュリーさんは真剣な顔つきで私にそう問いかける。
「それは…」
「初めて会ったばかりの方に聞くような事ではないとは思います…。ですが先程の事をアリスさんが見てしまった以上…聞いておきたいのです…」
先程の…ということはエルザさんの事だよね…?
つまりエルザさんは罪を背負うためだけに生まれてきた子供っていう事なんだろう。
でも罪って一体…。
「…私は…そう難しい事はわかりません…。生まれた環境とかもありますし…生きるためには悪い事をしなきゃいけない事だってもしかしたらあるかもしれません…。私の生まれた国は平和だったのでそういう事はなかったですが、詳しくはわかりませんが他の国ではそういった事もよくあるのかもしれません…。ですのでそんな子供が私に助けを求めていたとすれば助けてあげたいなぁとは思います…。まぁ色々難しいと思いますけどね…」
実際経済面や倫理面など色々な問題があるため、簡単に助けるなんて事はできないし言えない。
でも、手を貸すぐらいならしてあげたいとは思う。
それがその子の支えになってくれると信じて…。
「そう…ですか…」
私の答えを聞き、アシュリーさんは心なしかほっとしたように見えた。
「アリスさんはお優しいんですね…」
「そうでもないですよ…。私だって酷い事をしたことだってありますし…」
「でもそれを悪い事と理解していますよね?」
「えぇ…まぁ…」
アシュリーさんは再び私の隣に座り、少し上を見上げる。
「…少し…昔話をしてもいいですか…?」
「…はい」
「ある…子供の話です…。その子供は生まれた場所を知りません。そもそも親というものを知りませんでした。そんな子供がどうやったら生きていけると思いますか? あっ一応物心はついている年頃と思ってください」
「えっ? えーっとまずは食事の確保…? いやでも寒さをしのげるところを確保しないと…」
私があーだこーだ悩んでいるとアシュリーさんはクスっと笑う。
「ふふっ、そんな考えるような事ではありませんよ。実際その子供は街をうろうろしていたところをある大人に引き取られました。そしてその大人の言う事を聞いて言う通りに行動するだけです。そうすれば食事も寝床も用意されましたからね」
「まぁ食事も寝床もあるなら…」
「ですがその大人に引き取られたのはその子供一人だけではありません。多くの子供たちが引き取られていたのです。そんな子供たちは互いに干渉などせず、ただ大人の言う通りに行動します。その行動がどんな事なのかも理解せずに…」
「もしかしてその子供って…」
「その子供たちは人形のように何も感じず…考えず…ただ言われるままに言われた事をしました…」
「アシュリーさん…」
「ですがそんな生活も終わりを迎えます。ある時突然その子供たちは解放されました。ですが自分で考えることを放棄した子供たちは解放されたとしてもどうすればいいかなどわかりません。自由に生きろと言われても自由が何なのかなどわかりませんからね」
昔話を語るアシュリーさんの表情は語れば語るほどに暗くなっていく。
そこで私は一つ質問をしてみる。
「その子供たちは…何故解放されたのですか?」
「そうですね…。強いて言えば異邦人の方が来られたからですかね…」
私たちが来たから…?
「それは一体どういう…」
「…その子供たちは端的に言えば戦うために集められていました。魔物は勿論の事、不穏分子の排除といった事も行っていました。ですが不穏分子はともかく、魔物については異邦人の方々がいればそうそう必要はありません。そういった諸々の事情から解放されました。あと誤解しないでもらいたいのですが、アリスさんたち異邦人が来てくださったことで命を失わずに済んだ子供たちも多くいますので、決して迷惑だったという事はありませんからね」
アシュリーさんは私が言おうとした事を察して一言付け加えてくれた。
実際私たちが来た事で子供たちが放り出されてしまった事には変わりなかったのだが、恐らくその関係者であるアシュリーさんがそう言うからにはその通りだったのだろう。
だが間接的に私たちによる影響があるからこそ、私は一つ踏み込んでみる事にした。
「アシュリーさん、一つ聞いてもいいですか?」
「…はい」
「その子供たちは…今は幸せですか?」
アシュリーさんは私の問いに少し驚いたように口を少し開けるが、すぐに口角を少し上げて微笑んで答える。
「えぇ。暮らしは大変ですが皆元気に過ごしています。とはいえ普通の生活というのを教えるのも大変だったと聞きましたね。学もないので何がいけないのかといった事も一つ一つ教えないといけませんし、長年沁みこんだ習慣というのもそうそう無くなるわけではありませんからね。それに…」
「それに面倒を見ている人に怒られるような事を一杯して住処がボロボロになったりとかですか?」
「なっ!?」
アシュリーさんは少し焦って頬を赤らめる。
「毎回説教する度に床とかが破損してたら大変ですよね」
「べっ別に壊してるわけではないですよ! あれはエルザやヘンリたちが怒られるような事を…っ!」
自分の言い過ぎた発言にはっと気づいたアシュリーさんは口を両手で抑えるようにする。
そして目は閉じたままだが、私を恨めしそうに見つめる。
「アリスさんは優しいですが少し意地悪な方ですね…」
「別に私は意地悪をしたつもりはありませんよ。でもその子供たちの今を話しているアシュリーさんはどこか嬉しそうに見えましたよ」
実際先程のアシュリーさんはどこか生き生きとしていたように見えた。
その事を指摘すると、顔を更に赤くするのだからまんざらでもないのだろう。
「まったくアリスさんには敵いませんね…」
「そんなことないですよ。私だって教えられた立場ですから」
アリカという私の中の負の部分。
その負の部分を含めて私という存在なのだという事をあの事件で教わった。
「過去に何かがあったから自分は幸せになってはいけない、なんていうのは結局は逃げなんだと思います。だからこそ自分自身の正も負も受け入れて前に進む事が大事なんだと思うんです。でも一人じゃうまく進めない事だってあります。そんな時こそ側で支えてあげればいいんだと思います」
私はすっとアシュリーさんの手を取って両手で包むように握る。
「その子供たちが世界は黒く濁って何も見えないものだと思っているなら、そんな世界でも光り輝くものだってあるんだってことを教えてあげればいいんですよ」
「アリスさん…」
アシュリーさんは何か感動したように私の手を握り返す。
「アリスさん…貴女が聖女でしたか…」
「…いえ違います…」
あれ…?
今そういう流れだったっけ…?
「うぅっ! 感動したっす!」
そしていつの間にか私の後ろの方にいたエルザさんがすすり泣いてるし…。
「アリスさんも色々あったっていうのに、今日会ったばっかりのあたしたちのようなゴミのような存在にも救いがあるって教えてくれるなんて…! あたしアリスさんに一生付いていくっす!」
「私が言うのも何ですがちょろくないですか!?」
「シスター! 今までお世話になりましたっす!」
「エルザ! 勝手に話を進めるんじゃありません! アリスさんのところへ奉公に行くなら色々と契約書を用意しないといけないんですから!」
「アシュリーさんも落ち着いてください!」
いい話してたはずなのに…。
もう全部台無しだよ…。
いつからシリアスが続くと錯覚していた?




