教会のお手伝い③
「たっだいまーっす!」
アシュリーさんと話していると、教会の入り口の方から女性の元気な声が聞こえてきた。
「どうやら帰ってきたようですね。って…お客様がいらっしゃるのにあんな大きな声を…」
「そこまでお気遣いなく…。落ち込んでいるよりは元気な方がいいですし…」
「本当に申し訳ありません…」
「アシュリー! いないっすかー?」
「ああもうあの子はっ!」
私が気にしないとは言っても、アシュリーさんの方が気にしたようで腕をプルプルと震わせて部屋を出る。
「あっアシュリー! やっぱりいたんじゃないっすぐえっ!?」
今…何か壁にめり込むような破壊音がしたけど…気のせい…?
私は扉からそっと様子を覗く。
「痛いじゃないっすか! いきなりなんすか!」
「どうもこうもありません! 今お客様が来ているんですからシスターらしくお淑やかにしなさいと何度も言っているでしょうに!」
「だってそういう真面目っぽいのはあたしに合わないじゃないっすかー…」
「合う合わないの話じゃないと何度言えばいいんですか! 貴女は今はシスターなんですから、シスターならシスターらしい振舞いをするべきなのです!」
「まったくアシュリーは真面目っすねぇー…」
二人が話している横には大きな猪や兎などが無造作に置かれているが、そっちは気にしないでいいのだろうか…?
「そもそもですね」
「おっ! あそこに見ない子いるっすけど誰っすか?」
「だから話を…ってもう…」
猪や兎を獲ってきた女性は私に気づいたのか、アシュリーさんとの話を放っておいてこちらに近づいてきた。
「ねえねえ君誰っすか? 参拝者っすか? でもここに参拝者が来るなんて珍しいっすね」
「えっと…私は…その…お手伝いで…」
「お手伝いっすか? …あー…そういえばアシュリーが頼むとか言ってた気がするっす。でもこんなおんぼろなところに来るなんて物好きっすねえ。あっあたしはエルザっていうっす」
「あ…アリスです…」
「アリスちゃんっすね。よろしくっすー!」
「はっはい…」
エルザと名乗った女性は、私に話しかけたと思ったら全く止まる気配がない。
エルザさんは背が私より全然高く、アシュリーさんよりは少し高い170後半はいっているじゃないかと思えるぐらい長身で、アシュリーさんと同様に修道服を着ているがところどころ返り血が付いていた。
そしていつの間にかニコニコしながら私の手を掴み、握手かと思ったらぶんぶんと上下に振り始めた。
エルザさんの動きが勢いが激しいせいか、布で抑えていた赤色の髪が乱れ始める。
「いやーこんなところで異邦人に会えるなんて思わなかったっすよー!」
「あうっ…あうっ…」
最初は上下運動だけだったのが、いつの間にか横回転が入り今では何故か宙に浮かんでいる状態になっていた。
「あははー楽しいっすぐぉ!?」
「あうぅ…」
「貴女って人は…!」
目が回ってよくわからないが、回転が止まったという事はアシュリーさんが止めてくれたのだろう。
幸いな事に手を離されて吹き飛ばされるという事はなく、声から判断するにアシュリーさんが目を回している私を支えてくれたのだろう。
そして教会内に置いてある横に長い椅子までゆっくりと移動し、そこに私を寝かせる。
「アリスさんすいません…」
「いっいえ…」
「エルザには後程改めて謝罪させますので…」
アシュリーさんはそう言うと離れて恐らくエルザさんの元へと向かったのだろう。
「うぉぉぉぉ頭がぁぁぁぁ!」
「シスターエルザ」
「ちょっと今無理っす! これ頭蓋骨ヒビ入ってますって絶対!」
「いいから今すぐ着いてきなさい」
「ちょっちょっとタンマっす! マジで痛いんすよ!」
「き な さ い!」
「はっはい…」
横になってるから見えないけど、アシュリーさんとエルザさんはどこかの部屋に向かったようだ。
私の側には、先程まで話していた大人しめな子たちが私の様子を見ている。
「おねーちゃん大丈夫…?」
「うん…少しこうしていれば大丈夫だよ…」
「シスターエルザっていつも元気だから大変なんだよね…」
「うん。いつもニコニコしながら危ない事する」
「悪い人じゃないんだけどね」
「うんうん」
どうやらエルザさんはかなり元気な女性のようだ。
まさか初対面で宙に浮かんで回されるとは思わなかった…。
しばらくするとアシュリーさんとエルザさんが帰ってきて、何故かエルザさんが私の前で土下座をしている。
「この度はアリスさんに大変なご迷惑をおかけしました事謝罪いたしますっす…」
「えっと…もう大丈夫なので…」
「アリスさん本当に申し訳ありませんでした…。今度またアリスさんに何かやらかしたら…わかってますよね?」
「ひっ! もうしないっす! もうしないっすから勘弁してくださいっす!」
…一体何があったのだろうか…?
エルザさん身体中ガクガク震えてるし…。
「まったく…元気なのはいいですが、初対面の…しかもお手伝いに来てくださった方にあのような事をするなんて…」
「ちゃんと反省したっす! アリスさんにはもうあんな事しないっす!」
「…アリスさんには…?」
「こっ子供たちにも極力危ない事はしないっす!」
極力って…。
やっぱり危ない事って自覚あるのね…。
「まぁ今まで怪我がないので許していますが、もし怪我でもさせたら…」
「だだだだ大丈夫っす! 安全には気を使ってるっすから! だからアリスさん振り回してもどこも破損してないっすよ!」
「いやそういう問題じゃないかと…」
「はぁ…。ほらアリスさんもこう言ってますよ…」
あっついツッコんじゃった。
「でも何も壊さなかったら問題なくないっすか?」
「えっ?」
キョトンとして首を傾げるエルザさん。
「いやでも危ない事は…」
「はいっす。危ない事には注意するっす。でも結局は何かに当たったりぶつかったりしなければ怪我しないっすよね?」
「まぁそう…ですけど…」
「そりゃあ子供たちに怪我させるわけないじゃないっすか。ゴミとは違うんすから」
「えっエルザさん…?」
「生きてる必要のないゴミだったら何かにぶつけようが当てようがどうしようがいいじゃないっすか。そう思わないっすか?」
エルザさんはニッコリと笑みを浮かべる。
その笑みには邪気や悪意や殺意などは全く感じられない。
ただ本当にそう考えているんだと思わせられるような…。
「エルザ!」
「「っ!?」」
アシュリーさんの突然の大声に私とエルザさんはびくっと反応する。
「…あー…あたしちょっと顔洗ってくるっす。ついでに服の血も落としてくるっす!」
「ではその後食事の用意をお願いしますね。獲ってきたものは運んでおきますので」
「了解っす!」
エルザさんは先程の不気味な感じから一転し、出会った最初のように元気な笑顔で去って行った。
私は状況が掴めず、ただ唖然としていた。
最初に出会った頃にエルザさんと先程のエルザさん。
どちらが本当のエルザさんなのか私はわからなくなってしまった。
そんな私の様子を見かねたアシュリーさんが声を掛けてくる。
「アリスさん」
「はい…」
「先程のエルザについては…。…いえ、忘れてくださいなんて言えませんね」
「あれは…あのエルザさんは一体…」
「昔…色々ありましてね…。その影響と思ってください。でも根は良い子なんですよ」
「はい…それはわかります…」
一見危ない事をしてても周りを見て怪我には注意しているし、あの元気な笑顔は作り笑顔とかじゃなかった。
「とはいえ、いきなり納得しろと言われても困りますよね…」
「正直言えば…そうですね…」
「ふふっ…アリスさんは正直ですね」
「すっすみません…」
「いえ、謝る必要はありませんよ」
アシュリーさんはすっと立ち上がり、三歩ぐらい歩くとこちらに振り返る。
「…アリスさん。つかぬ事をお聞きしますが、よろしいですか?」
「はい…」
「アリスさんは…罪を背負うためだけに生まれてきた子供について…どう思いますか?」
アシュリーさんはロザリオを両手でぎゅっと握ってそう私に問い掛けた。
天下統一がやめられなくて……色々と忙しくて遅くなりました。




