穢れし奇魂②
「少し…お話を聞かせていただきたいのです。…西の森にある廃村について」
私が西の森の廃村について尋ねると、ペカドさんは明らかに動揺していた。
ペカドさんは予想通り高齢のようで、髪も白髪で顔や手にしわがかなりあった。
「いっ一体何の話ですかな?」
だがペカドさんは平静を装うとする。
なので私はその平静を奪うために話を続ける。
「先ほどギルドホールの職員に話を聞いた際、依頼主については秘密という事を説明されました。ですが、どうしても話を聞きたいと思って依頼主である貴方を探していたわけです」
「何故私が依頼主だと思ったんですか? この街の誰もが依頼主になり得るのに…」
「実は私、あの廃村について少し話を聞いているんです。百年程前にその廃村に訪れたエルフから。そこで興味深い話を聞きました。その件の廃村…実は五十年以上前から廃村になってたらしいじゃないですか」
「!?」
おっ明らかに動揺した。
さすがにそこまで知られているとは思ってなかったっぽいね。
「だとしたら話は簡単です。他所から来た住人。そして高齢の方。この二点で探せばいいと思ったんです。そして、貴方に辿り着いた、というわけです」
「わっ…私から何が聞きたい…」
ペカドさんは観念したのか、誤魔化すのをやめた。
「私はその廃村に何が起こったのかを聞きたいんです。何故廃村になったのか。そして、森に現れる少女についてを…」
「なら家に入りなさい…話はそれからだ…」
ペカドさんは私を家の中に招き、私もそれに従った。
依頼主を隠したがる状況から、あまり人に聞かれたくないのだろう。
だが、依頼を出したということは解決してほしいという面もあるのだろう。
家の中に入ると、ペカドさんは何やらタンスから古ぼけた書物を取り出して机の上に置いた。
「これは…?」
「当時起こった事をなんとなく書いた物です…」
私はその古ぼけた書物を傷つけないように慎重に開いた。
〇月×日
最近日照りが続いている。
作物もうまく育たない。
どうしよう。
〇月△日
村長が雨ごいのために人柱を立てるらしい。
誰が選ばれるんだろう…。
〇月□日
人柱が決まった。
まさかあの子が選ばれるなんて…。
嫌だけど僕にはどうしたらいいかわからないよ…。
〇月◇日
人柱になると聞いてあの子と話してきた。
僕は悲しくて一杯泣いてしまった。
でもあの子は一度も泣かなかった。
これは自分の役目だから。
これで村が救われるならって言ってた。
僕は…どうすればいいんだろう…。
×月〇日
あの子は人柱として祠に入れられた。
僕は怖くて家で震えていただけだった。
×月△日
あの子を人柱にしたにも関わらず、日照りは収まらなかった。
作物も元気がなくなっていくばかりだ。
大人たちは何やら言い争っていた。
×月□日
村に突然死者が出た。
疫病かわからないが、少なくとも餓死ではないようだった。
村のおじいちゃんが祟りって慌ててた。
それを聞いた大人の人たちも何やら焦って祠に向かったのを見た。
×月◇日
村の大人たちが祟りの原因はあの子がちゃんと人柱にならなかったからだって言ってあの子の家族全員を祠に入れた。
あの子の家族が騒いでいた声が耳から離れない。
嫌だ聞きたくない。
△月〇日
お父さんとお母さんが村を出ようと言ってきた。
お父さんはこの村に何か良くないものが来てしまったのかもしれないと言っていた。
でもこのことは誰にも言わないようにって注意された。
僕たちは身支度を整えることにした。
△月×日
異変が起こった。
突然大量の虫が村中を襲ってきた。
僕たちは身支度を整えてたのもあって、すぐに脱出できたけど他の人たちはわからない。
逃げてる途中村の方から悲鳴が聞こえたりしたけど僕たちも必死に逃げてたからそんな余裕はなかった。
△月□日
なんとか森を抜けて違う街に辿り着いた。
街での手続きはお父さんとお母さんがやってくれた。
新しい家も何とか用意できた。
△月◇日
こっちに避難してきた人の話を聞かない。
お父さんとお母さんは僕にあの事は忘れるように言う。
でも僕はあれを忘れるなんてできなかった。
日記はここで終わっていた。
私は書物を閉じてペカドさんの方を向く。
「何故この事を言わなかったんですか?」
「怖かったんです…。自分たちだけ逃げ延びたことに…責められるんじゃないかと…」
「そして全てを無かったことにしていたら最近になってその廃村に女の子が現れたと…。そして慌てて依頼を出したということですね」
ペカドさんは小さく頷く。
「女の子の姿については何か聞きましたか?」
「いえ…」
「女の子は栗色の髪をした十二、三歳ぐらいの子らしいです。その子に覚えは?」
ショーゴから聞いた話を伝えると、ペカドさんは身体を震わせて自分の身体を抱き締める。
「あの子だ…きっと逃げ延びた僕を恨んで…」
ガタガタと震えるペカドさんの肩に軽く手を乗せる。
「だとしたらもっと前から出現報告があってもおかしくないです。それが今になって現れたということは何か理由があるはずです。それに聞いた話だと女の子は村に案内しているようなんです」
恨みを晴らすだけならその場で襲えばいいだけだ。
それをわざわざ村に案内するのは非効率だと思う。
村に案内する意味。
これが異変を解決する手がかりになるのではないだろうか。
とは言ってもまだ情報が足りない…。
人柱になった少女。とても弱い。倒すと霧散して消える。再度村に行くとまたいる。攻撃をずっと耐えていても何も進行しない。そして森で攻撃せずに村に着いてから攻撃する。
きっと何か共通点があるはずなんだ。
倒すのでもなく耐えるのでもない…。
仮に怨念だとして、村に行くと強くなるわけでもないのに何で村に案内するんだろう…。
仮に私がその怨念だとして、村に案内させて何をさせたい…?
村に行くことで何をさせれる…?
そこで私はハッとする。
「もしかして…」
その女の子が村に案内させてさせたかった事って…。
「ペカドさん」
「何でしょうか…?」
「その女の子の何か大切な物とかについて何か知りませんか?」
「大切な物ですか…? 大切な物は確か人柱の時に全て祠に一緒に入れる話なので、あっても祠の中に一緒にあると思いますが…」
んー…大切な物を探してほしい、というわけではないようだ。
となると…。
私は立ち上がり、ペカドさんにお礼を言う。
「この度はお話し辛いことを話していただきありがとうございました」
「いえ…。その…私が言えたことではありませんが…どうか…よろしくお願いします…」
ペカドさんは私に頭を下げる。
私は微笑み返してペカドさんの家から出て西の森の廃村に向かう。




