吸血鬼イベント⑪
「何故貴方が…」
「……」
女王様は狼狽えている。
それもそうだ。
母親の代から仕えている執事が吸血鬼の正体だったのだから。
しばらくの間無言だった執事が口を開く。
「何故私だとわかった」
「襲撃直前の会話で少し違和感があったからね。正直当たっててよかったよ」
「どうやら異邦人の子供と侮っていたようだな」
まぁもしかしたらわかるようにヒントを出すようなプログラムが組み込まれていたせいかもしれないけどね。
正直あれがなかったらわからなかったよ。
あとは遺体の傷跡が背後からっていうのもあったし、あとは幻覚に合わせて防げばいいだけだ。
「それとさっきの吸血鬼の幻覚。あれって有幻覚の一種でしょ?」
「ほう。そこまでわかっていたか」
有幻覚は簡単に言えば実体のある幻覚だ。
だが普通ならば有幻覚は実体以上の力は持たないようなものだ。
だからあんな非常識な無敵は普通できないはずなんだ。
だとしたら…。
「でもあんな有幻覚は普通なら作れない。となると、あれには何らかの制限があるはず。私が考えられたのは攻撃ができない代わりに絶対的な防御―あの吹き飛ばす衝撃波ってところかな? 全部あの有幻覚で済むならわざわざ実体で手を下す必要はないからね」
でもそうすると攻撃をした侍女たちはともかく、その後に飛ばされた侍女や私が一時的にだが飛ばされずに済んだことの辻褄が合わない。
「ほぼ正解と言っていいだろう。あれは触れたものを吹き飛ばすように作った。だがそれは最初だけだ。お前を攻撃する時には既に私がすり替わっていた」
「だから攻撃が止まるのを待っていたってことなんだ…」
ある意味術中にはまってしまったのか。
あれでずっと攻撃を仕掛けていれば入れ替わる隙はなかったってことか。
「だがまさか私の術が破られるとは予想できなかったな。原因は先ほどの歌といったところか。お前だけでなく女王も私の正体に気づいているようだしな。このようだともう幻覚は使えないのだろうな」
胡蝶の夢を歌ったことで幻覚を封じることはできた。
でもそれだけなわけがない。
吸血鬼の恐ろしいところはとても力が強いというところだ。
つまり得意なのは接近戦…。
私は打刀を構える。
それと同時に女王様に後ろに下がるように指示する。
「お前を無視して女王を殺してもいいが…まぁ今頃予定通り眷属たちが各国を侵攻しているだろうし、少しぐらい時間を掛けてもいいだろう!」
「くっ!」
吸血鬼は真っ直ぐ私に向かってきた。
私は女王様を巻き込まないようにように少し横にずれて攻撃を受け止める。
だが吸血鬼の力は強く、私は押し負けて少し後ろに吹き飛ばされる。
「その程度か! 異邦人!」
「『付加―【紅蓮魔法】!』」
この際火事とかそういうことを考えている余裕はない。
私をターゲットにした以上、下手な事をして負ければそのまま女王様が狙われるはずだからだ。
だから私の持てる力全部であの吸血鬼を打倒する!
「はぁぁぁぁ!」
「がぁぁぁぁ!」
炎の刀と金属のように硬い素手とで斬り合いを続ける。
そして鍔迫り合いになったが、吸血鬼が少し距離を取った。
「少しはやるようだな! ならこれはどうだ! 『クリムゾンランス!』」
「!?」
吸血鬼は自分の腕を爪で傷付けた。
だが、傷口から流れ出す血が重力に従ってそのまま床に落ちると思いきや突然槍の形状に変化した。
吸血鬼はその槍を掴んでこちらに投擲した。
間一髪横に避けると同時に、背後から破壊音が響いた。
ぱっと後ろを向くと背後にあった壁が破壊され、外の風景が見えるようになっていた。
「あっ…危なかった…」
あんなの喰らったら一撃とはいかなくても大ダメージだっただろう。
「っち、避けたか…」
ふといつの間にか現れていた吸血鬼のHPバーがほんの少し減っていた。
先ほど血の槍を投げられる前は確か減ってなかった気がするので、おそらくだがあの攻撃はHPと引き換えに使うのだろう。
「ならこれではどうだ!」
今度は先ほどよりも深く傷を付けてより多くの血を流す。
しかし、先ほどのように槍の形状にするわけでもなく、そのまま血を床に流している。
だが床に流れた血はまるで私を目指すようにこちら側に流れてくる。
私は何かやばいと思い横に飛ぶ。
「『カズィクルランス!』」
「ぐっ!?」
次の瞬間、床に流れていた血が槍の形状となり私のいた場所に複数突き立った。
だが、少し広がっていた槍に少し腕がかすってしまった。
「ほう、中々勘がいいな」
「それはどうも…」
あの血を使う攻撃は厄介だ。
HPが減る代わりにかなり威力は高いのだろう。
あの攻撃と高い身体能力…。
せめてこのどちらかを潰さないと…。
まぁどっちが潰しやすいかと言えばあの血だけど…。
【溶魔法】で蒸発させる…いや気化して数が増えて余計凶悪になりそう。
【紺碧魔法】で血を薄くする…固まってからじゃどうしようもないかな…。
って、どっちもこれ対処法ないのでは…。
いや、血を固まらせなければいいのか。
えっと血が固まるのは血小板とかそういうのが作用するとかだから…つまり薄めれば固め辛くなる…?
なら手段は一つ!
私は壊れた壁から外をチラっと見る。
「避けてばかりでは私は倒せないぞ!」
「そんなことわかってるよ!」
私は突っ込んできた吸血鬼の手刀を受け流し、その勢いを利用して吸血鬼の背中を蹴る。
「何っ!?」
「はぁぁぁぁ!」
勢いのまま吸血鬼は外に飛び出し、そのまま落下しようとしていたところを私も飛び降りて追いかける。
そして上を取った私は打刀を吸血鬼の心臓目掛けて突き下ろす。
だが、その攻撃は吸血鬼の右腕で防がれてしまった。
「ぐっ!」
「小娘がぁぁぁぁ!」
「がっ!?」
地面に落ちた勢いも加算して一気に貫こうとしたが、それを察知したのか私は横に蹴られて湖の中へと落ちていった。
吸血鬼も回避行動までは取れず、そのまま古城への道となる置石の上へと落下した。
「くそっ小娘め…予想以上にダメージを負ったか…」
【落下耐性】のスキルがないためか、吸血鬼は少なくないダメージを負っていた。
「っち…小娘を見失ったか…。だが逃げるなどという愚行は起さんだろう…」
吸血鬼はキョロキョロと周りを見てどこから来ても対処できるように構えている。
だが、少し待っていても湖から出てくる様子がない。
まさか溺死したのではと気を緩めた瞬間、吸血鬼の足に何かが絡みついた。
「植物の蔓…っ!?」
自身の足に絡みついたものを認識した時にはもう遅かった。
吸血鬼は植物の蔓に捕まった足を引っ張られ、湖の中へと引き込まれた。
私は吸血鬼が湖の中に引きずり込まれたのを確認し、土壁から離れて吸血鬼の方に接近する。
予想通りというかやはりというか、吸血鬼は水の中での活動は苦手なようだ。
足に絡みついた蔓を引き千切ろうとするが、なかなか千切れないでいた。
私はその隙を狙うように、【水術】で上がった水中での移動速度を利用して吸血鬼を斬りつけてすぐさま離れる。
逆に捕まってしまってはこちらが危うくなるため、一撃離脱を繰り返すつもりだ。
あとはこのチャンスでどれぐらい削れるかだ。
さて、第二ラウンド開始だ。




