吸血鬼イベント⑩
通知に記載されていた残り時間ももう三十分を切っていた。
幸い撃破率はどの方角も100%になっているため、現在イベントに参加しているプレイヤーの数で十分対処はできるだろう。
でも問題はこっちだ。
古城の謁見の間の中では、侍女や執事さんたちも皆銀製の武器を持って警戒している。
前回護衛として戦った執事さんの話によると、深夜0時頃に襲撃されたということだ。
となると、そろそろということになる。
「アリス様」
「あっ執事さん。どうかしましたか?」
「いえ、襲撃までもう少し時間がありますし、少し休まれてはいかがかと思いまして声を掛けました」
確かに執事さんの言う通りで、襲撃までまだ十分以上はある。
しかし、裏を掛かれて時間前に来るということは考えられるので少し気を抜くだけにしよう。
「そうだ執事さん、襲撃の時に何か気づいた点とかはありますか?」
正直執事さんとか侍女さんたちは忙しそうだったし、あまり細かい話を聞く時間がなかったんだよなぁ…。
古城と本城? の行き来とかしてるらしいし。
「お恥ずかしながら私は早々にやられて気を失ってしまいまして…」
「それでも生存者はほとんどが大怪我っていう話でしたが…」
「えぇ。ですが私は悔しくてたまりませんでした。陛下をお守りできなかったことを。そして陛下の心の臓をその手で貫いて殺した吸血鬼を…」
「でも、今回はそうならないように頑張りましょう!」
「えぇ。っと、そろそろ時間が迫ってきましたね」
おっと、執事さんと話しすぎた。
でも何か引っかかる…。
それが何なのかはわからないけど何かが引っかかっている。
重要な事だとは思うんだけど…。
…ダメだ…時間が足りない…。
仕方ない、今できることをやるだけだ。
一先ず自分の確認だ。
スキルとかの制限は解除されてはいるが、連絡関係の機能の他にアイテムの一部制限。
アイテムはレヴィとかの召喚石だね。
たぶんだけど戦闘開始時に解除される…はず。
これについては私は運営じゃないから判断できないので、隙があれば確認する必要がある。
そして時間は既に一分を切っており、侍女たちの呼吸も荒くなってきている。
女王様は王が座るような椅子に座ったままじっと目を閉じていた。
傍にはメアリちゃんが女王様の膝にすがりついている。
私は通知で時間が減っていくのを見ていた。
そして時間が0となった瞬間、入口付近の蝋燭の火が消えた。
私たちは咄嗟に武器を構えて入口のドアの方を向く。
ちらっとメアリちゃんの方を見ると、侍女の一人に抱えられて隅っこに移動していた。
メアリちゃんの安全を確認して再度前を向くと同時に、ドアがゆっくりと重たい音を上げながら開き始めた。
薄暗くてよく見えないが、長いコートを纏った長身の男がドアを開けて謁見の間に入ってきた。
「私の出迎え苦労。さて女王よ、覚悟はいいな?」
男が口を軽く開けると、鋭い牙が鈍く光った。
私たちは女王様を庇うように正面側に展開する。
「おや、これは珍しい。異邦人が紛れ込んでいるとは。しかも呪いがついているではないか」
まぁ一目見れば気づくらしいしわかるよね。
「まぁよい。異邦人とやるのも一興だろう。こいっ!」
吸血鬼が構えるのと同時に執事さんと侍女数人が吸血鬼に攻撃を仕掛ける。
だが剣や短剣が吸血鬼の身体に刺さったと思った瞬間、衝撃波か何かで壁まで吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた人たちは壁に激突した衝撃で意識を失くしていた。
物理が効かないなら…!
「『アクアショット!』」
吸血鬼は流れる水に弱いだのあったため【紺碧魔法】で対抗してみる。
流石に場内で【紅蓮魔法】は使えないからね。
だが吸血鬼は魔法を喰らっても平然としていた。
しかも直撃したはずなのに全く吸血鬼が濡れている様子がないのだ。
私はダメージと回復が逆転しているのかと思い、アイテムボックスから一番効果の弱いポーションを投げる。
同時に召喚石の状態も確認すると制限は解除されていた。
だがここで出しても水もない木もない石造りの場所では二人は力を発揮できない。
出すなら外でだ。
「っふ!」
投げたポーションが割れて中身を浴びても吸血鬼は平然としており、ダメージを喰らった様子は見られなかった。
もうわけがわからない。
しかもHPゲージすらないとか本当にこれはボスなのか?
そもそも敵でHPがないって一体…。
「どうした? もう来ないのか? ならこちらから行くぞ!」
「っ!」
吸血鬼は残っていた侍女たちを謎の衝撃波で吹き飛ばして私に向かってくる。
私は構えていた脇差で吸血鬼の素手による攻撃を防ぐ。
ギリギリだが足で踏ん張って吹き飛ばされずに済んだ。
「ほう、意外に耐えるな。なら少し力を上げてやろう!」
「なっ!?」
これより力が上がるのはやばいっ!
持たないっ!
吸血鬼は私を持ち上げるように少し下から力を入れる。
そのせいで私は宙に浮かんでしまう。
「ふんっ!」
そのまま私は壁に吹っ飛ばされてしまう。
「がっ!?」
幸い打撲にはならずに済んだが、女王様から離されてしまった。
女王様は椅子から立ち上がり一歩前へ出る。
未だ十数歩距離はあるが、私が全力で駆けてギリギリ間に合うぐらいだろう。
だが今度失敗すれば確実に女王様は殺される。
あの素手によって胸を貫かれて…。
そしてふと吸血鬼の方を見て不審な点に気づく。
「なんであそこだけ水の跡が…」
その場所は私が紺碧魔法やポーションを吸血鬼に撃ったり投げてぶつかった場所あたりだ。
水の跡は吸血鬼のいた場所を避けるように濡れていた。
まるでその空間から弾かれたように。
「空間転移…いや、幻覚…? でもそれだったら私を攻撃した時には…」
あれが幻覚で本体は違う場所にいる…?
でもそうしたらあの水の跡もそうだし、私を攻撃するときにはそこにいないといけない…。
いや…幻覚関連で一つだけ実体のようにできるのがある…。
でもそうなると…。
「いや待って…でも…それじゃ…」
今私は頭をフルに回転させる。
気になった違和感。
バラバラになっていた欠片が繋がっていく。
「っ…」
しかしこれは賭けになる。
もし私の推理通りなら防ぐことはできる。
ここで対処は可能かと言えば可能かもしれないが、本体が既に女王様の近くにいたら間に合わなくなる。
だから私が女王様の傍まで行く必要がある。
そして吸血鬼の攻撃を防がないといけない。
チャンスは一度のみだ…。
私は脇差を鞘にしまい、打刀の紅椿を居合いのように刀の鍔に手を添えて構える。
吸血鬼は歩むことなくその場に立ち止まり女王様を見据える。
「女王よ、覚悟はいいか?」
「えぇ…」
「だがあの異邦人はまだ諦めていないようだな。おそらくだが最後に盾にでもなるのだろう」
「彼女には悪いことをしました。私事に巻き込んでしまいましたからね」
「っふ。ではあの世で謝罪でもしているのだなっ!」
吸血鬼が足に力を入れ、床がひび割れる音が鳴ったと同時に私は女王様の元へと駆けた。
吸血鬼はこちらを一瞬見るが、すぐに視線を女王様の胸元に戻す。
吸血鬼は確実に心臓を狙う。
それはわかっていることだった。
だからっ!
「っ!」
私は女王様の背後に回って打刀を盾にする。
「なっ!?」
私の行動に吸血鬼は驚愕した。
だが吸血鬼も勢いを止めることができず、そのまま爪の生えた手で女王様の胸を貫いた。
はずだった。
「ぐっ…!」
ガチガチと打刀と手刀の鍔迫り合いが辺りに鳴り響いた。
「えっ…?」
「貴様…!」
いつの間にか正面から背後に瞬間移動した吸血鬼が悔しがる。
そして私は続いて次の手を打つ。
「『昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり』」
「何の真似だ!」
「『俄にして覚むれば、則ち蘧々然として周なり。知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを』」
「くっ!」
何かわからず不審がった吸血鬼は、すぐ傍にある椅子を邪魔だとばかりに蹴り飛ばして一度後ろに下がる。
「『周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此れを之物化と謂う!』」
私が歌い終わると、次第に吸血鬼が霧散していく。
そしてそこにいたのは最初に吸血鬼に襲い掛かって吹き飛ばされた執事さんだった。
書いててグラブルのナルメアお姉さんのセリフは胡蝶の夢から取ってたんだなと思った(今更感




